105 / 123
Tier51 表札
しおりを挟む
ブラックスーツに身を包んだ僕は玄関を出る。
これを着ると妙に緊張感が出るのはなぜだろう。
僕はまだこの服を着ているのではなく、服に着られているのだろうか。
慣れない革靴に戸惑いながらも玄関扉の鍵を閉めていると、隣から扉が開く音が聞こえた。
「あ、マノ君。おはよう」
「うん? あぁ、伊瀬か。おはよ」
慣れた足取りと手つきで素早く戸締りを済ませたマノ君は僕の右隣の扉を見つめている。
すると間もなく、丈人先輩が扉を開けて出てきた。
「お、二人共おはよう」
僕とマノ君は丈人先輩に挨拶を返す。
「それにしても、皆して同じ時間に出るとはね」
「そりゃそうでしょう。住んでいる場所も同じで行先も同じだったら、出る時間だって同じでしょう」
それが分かっていたからマノ君はそろそろ出て来るであろう丈人先輩の部屋の扉を見つめていたのか。
「となると、これは必然ってやつかな?」
軽快に笑いながら丈人先輩は言う。
「それにしても、六課の皆を全員招集するなんて、よっぽどマイグレーターに関する有力が入ったんですか?」
「俺も手塚課長からは何も聞かされてないからな~。こればっかしは、行って聞いてみるまでは分かんないと思うよ」
「ま、そうなりますよね」
招集がかかった理由をマノ君は気になっているようだった。
「あっ、そうだ。波瑠見ちゃんが今日の招集ちょっと遅れるらしいんだ。なんでも、生徒会の仕事が終わらなくて招集の開始には間に合いそうにないんだって。最近の学校の生徒会はかなり忙しいんだね」
その話を聞いて僕とマノ君は顔を見合わせた。
那須先輩が生徒会の仕事に追われている理由が、ある界隈で出回っていた写真の一件であることに僕もマノ君もすぐにピンときた。
これに関しては那須先輩の自業自得だとは思う。
「そうなんですか。じゃあ、後で手塚課長に伝えるのを忘れないようにしませんとね」
那須先輩が生徒会の仕事に追われている原因を露ほども知らないという顔でマノ君は答えた。
ここまで上手くポーカーフェイスをするマノ君は一周回って怖いとすら感じてしまう。
「そうだね。波瑠見ちゃんが来たら労ってあげようかな」
「それはやめて下さい」
「え? どうして?」
「どうしてもです」
事情を知らない丈人先輩はマノ君が断固として拒否する理由が分からず、不思議そうな顔をしていた。
「よしっ」
僕は戸締りが出来ているか指さし確認をして、扉の正面を向いた。
その時、少し違和感を覚えた。
「あれ? 今さらだけれど、ここのマンションの部屋って表札が無いんですか?」
違和感の正体は普通ならあるはずの表札が無いことだった。
「いや、そんなことないと思うよ。ほら、向こうの部屋には表札あるよ」
丈人先輩が示した先には確かに表札があった。
でも、僕の部屋にもマノ君の部屋にも丈人先輩の部屋にも表札はなかった。
「なら、表札が無いのは僕達の部屋だけなんでしょうか?」
「どうだろう。探そうと思えば一つや二つ、表札の無い部屋はあると思うよ。表札を付けるかどうかは個人の自由だしね。ただ、六課の皆は表札は付けていないかな」
「どうしてですか?」
「う~ん、面倒くさいから?」
丈人先輩はいたずらっぽく笑う。
「あとは、少しでも六課についての情報を漏らさないためとかだったりな。表札なんてのは苗字を晒しているだけだろう。ここに住んでいるのは○○ですってよ」
「そういうことなのかな?」
納得出来るような納得出来ないような感じがする。
「そんなことより、早く行こうぜ。あんまり悠長にしていると乗り過ごすはめになるぞ」
「そうだね早く行こうか」
僕達は駅へと向かった。
--------------------------
駅に着くと美結さんと市川さんが一足先に着いていた。
「あれ? 皆も同じ電車?」
「その件もうやったから言わなくていいぞ」
「何よ、その言い方! それにもうやったってどういうことよ!」
「だから、やらなくていいって言っているだろ」
会って早々、マノ君と美結さんは相変わらずの口喧嘩を始める。
喧嘩するほど仲が良いとはこのことだなと僕はつくづく思う。
「皆と同じ電車だったのなら最初から集まって行けば良かったね」
二人の口論は気にせずに市川さんが僕と丈人先輩に向かって言う。
「それもそうだね」
「確かにね」
僕達が話している間に二人の口論もだいぶ落ち着いてきたみたいだ。
「ここから本部の六課までってどのくらいの時間が掛かるの?」
口論を終えた二人に聞いてみた。
「だいたい、1時間を少し超えるくらいだったかな」
美結さんが少し首を傾けながら答える。
「思ったより時間が掛かるんだね」
「同じ東京にいるはずなのにな。やっぱり、多摩は東京じゃねぇよ。東京にいるのに、なぜか東京に行くって感覚になるのはどう考えてもおかしい」
マノ君は多摩地域に対して相当鬱憤が溜まっているようだ。
けれど、マノ君が言わんとしていることは僕も分かる。
千代田区とか新宿区とか渋谷区とかの方面に出かける時、東京に行くという感覚を感じる。
東京にいて東京に行くというのはマノ君が言うようになんか変だ。
「それにこの辺は奥多摩の方のように豊かな自然があるかと言われればそうでもない。豊かな自然もなく、ただ住宅街が広がっているだけだ。本当に中途半端な田舎だよな」
「ちょっと! アンタには地元愛とかないわけ!?」
少し言い過ぎなマノ君に美結さんが待ったをかける。
「あると思うか?」
「あるとは思わないけど、少しは地元愛を持つ努力をしなさいよ!」
結局、いつも通り二人の口喧嘩が始まって、タイミング良く電車がやって来た。
これを着ると妙に緊張感が出るのはなぜだろう。
僕はまだこの服を着ているのではなく、服に着られているのだろうか。
慣れない革靴に戸惑いながらも玄関扉の鍵を閉めていると、隣から扉が開く音が聞こえた。
「あ、マノ君。おはよう」
「うん? あぁ、伊瀬か。おはよ」
慣れた足取りと手つきで素早く戸締りを済ませたマノ君は僕の右隣の扉を見つめている。
すると間もなく、丈人先輩が扉を開けて出てきた。
「お、二人共おはよう」
僕とマノ君は丈人先輩に挨拶を返す。
「それにしても、皆して同じ時間に出るとはね」
「そりゃそうでしょう。住んでいる場所も同じで行先も同じだったら、出る時間だって同じでしょう」
それが分かっていたからマノ君はそろそろ出て来るであろう丈人先輩の部屋の扉を見つめていたのか。
「となると、これは必然ってやつかな?」
軽快に笑いながら丈人先輩は言う。
「それにしても、六課の皆を全員招集するなんて、よっぽどマイグレーターに関する有力が入ったんですか?」
「俺も手塚課長からは何も聞かされてないからな~。こればっかしは、行って聞いてみるまでは分かんないと思うよ」
「ま、そうなりますよね」
招集がかかった理由をマノ君は気になっているようだった。
「あっ、そうだ。波瑠見ちゃんが今日の招集ちょっと遅れるらしいんだ。なんでも、生徒会の仕事が終わらなくて招集の開始には間に合いそうにないんだって。最近の学校の生徒会はかなり忙しいんだね」
その話を聞いて僕とマノ君は顔を見合わせた。
那須先輩が生徒会の仕事に追われている理由が、ある界隈で出回っていた写真の一件であることに僕もマノ君もすぐにピンときた。
これに関しては那須先輩の自業自得だとは思う。
「そうなんですか。じゃあ、後で手塚課長に伝えるのを忘れないようにしませんとね」
那須先輩が生徒会の仕事に追われている原因を露ほども知らないという顔でマノ君は答えた。
ここまで上手くポーカーフェイスをするマノ君は一周回って怖いとすら感じてしまう。
「そうだね。波瑠見ちゃんが来たら労ってあげようかな」
「それはやめて下さい」
「え? どうして?」
「どうしてもです」
事情を知らない丈人先輩はマノ君が断固として拒否する理由が分からず、不思議そうな顔をしていた。
「よしっ」
僕は戸締りが出来ているか指さし確認をして、扉の正面を向いた。
その時、少し違和感を覚えた。
「あれ? 今さらだけれど、ここのマンションの部屋って表札が無いんですか?」
違和感の正体は普通ならあるはずの表札が無いことだった。
「いや、そんなことないと思うよ。ほら、向こうの部屋には表札あるよ」
丈人先輩が示した先には確かに表札があった。
でも、僕の部屋にもマノ君の部屋にも丈人先輩の部屋にも表札はなかった。
「なら、表札が無いのは僕達の部屋だけなんでしょうか?」
「どうだろう。探そうと思えば一つや二つ、表札の無い部屋はあると思うよ。表札を付けるかどうかは個人の自由だしね。ただ、六課の皆は表札は付けていないかな」
「どうしてですか?」
「う~ん、面倒くさいから?」
丈人先輩はいたずらっぽく笑う。
「あとは、少しでも六課についての情報を漏らさないためとかだったりな。表札なんてのは苗字を晒しているだけだろう。ここに住んでいるのは○○ですってよ」
「そういうことなのかな?」
納得出来るような納得出来ないような感じがする。
「そんなことより、早く行こうぜ。あんまり悠長にしていると乗り過ごすはめになるぞ」
「そうだね早く行こうか」
僕達は駅へと向かった。
--------------------------
駅に着くと美結さんと市川さんが一足先に着いていた。
「あれ? 皆も同じ電車?」
「その件もうやったから言わなくていいぞ」
「何よ、その言い方! それにもうやったってどういうことよ!」
「だから、やらなくていいって言っているだろ」
会って早々、マノ君と美結さんは相変わらずの口喧嘩を始める。
喧嘩するほど仲が良いとはこのことだなと僕はつくづく思う。
「皆と同じ電車だったのなら最初から集まって行けば良かったね」
二人の口論は気にせずに市川さんが僕と丈人先輩に向かって言う。
「それもそうだね」
「確かにね」
僕達が話している間に二人の口論もだいぶ落ち着いてきたみたいだ。
「ここから本部の六課までってどのくらいの時間が掛かるの?」
口論を終えた二人に聞いてみた。
「だいたい、1時間を少し超えるくらいだったかな」
美結さんが少し首を傾けながら答える。
「思ったより時間が掛かるんだね」
「同じ東京にいるはずなのにな。やっぱり、多摩は東京じゃねぇよ。東京にいるのに、なぜか東京に行くって感覚になるのはどう考えてもおかしい」
マノ君は多摩地域に対して相当鬱憤が溜まっているようだ。
けれど、マノ君が言わんとしていることは僕も分かる。
千代田区とか新宿区とか渋谷区とかの方面に出かける時、東京に行くという感覚を感じる。
東京にいて東京に行くというのはマノ君が言うようになんか変だ。
「それにこの辺は奥多摩の方のように豊かな自然があるかと言われればそうでもない。豊かな自然もなく、ただ住宅街が広がっているだけだ。本当に中途半端な田舎だよな」
「ちょっと! アンタには地元愛とかないわけ!?」
少し言い過ぎなマノ君に美結さんが待ったをかける。
「あると思うか?」
「あるとは思わないけど、少しは地元愛を持つ努力をしなさいよ!」
結局、いつも通り二人の口喧嘩が始まって、タイミング良く電車がやって来た。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。


可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)
チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。
主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。
ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。
しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。
その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。
「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」
これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる