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「後悔って……もしかして、ヤギを連れた農夫と少年は本当は民間人じゃなくてタリバンの仲間だったってことっスか?」

 四つん這いだった男が的外れなことを言う。

「それは違うかな。二人はただの民間人だったよ」

「あ、やっぱそうっスよね」

「何寝ぼけたこと言ってるんですか? 話の説明で民間人だってちゃんと言ってましたよね。説明で嘘を言っていたら質問として成立しませんよ。そうじゃなくて、ヤギ飼いの二人がタリバン指導者にラトレルさん達のことを知らせてしまったということですよね?」

 女がかみ砕くように説明した上で男に確認を促した。

「ええ、まさにその通りです。ヤギを連れた二人を解放してから一時間半ほど経った頃、ラトレル達は武装した100人ぐらいのタリバン兵に包囲されてしまったんです。その結果、ラトレル以外の他のメンバー三人は全員戦死してしまいました。しかも、ラトレル達を助けようとした仲間のヘリコプターも撃墜されてしまい16人の兵士が亡くなってしましました。重傷を負いながらも唯一生き残ったラトレルはその後、ヤギを連れた二人を解放したことをひどく後悔したそうです」

 男は事の顛末を告げた。

「そんな、せっかく解放して助けてあげたのにひどいっスよ」

「確かに、解放してもらった二人がやったことは恩を仇で返す行為となってしまったわけだから、ひどいと言えばひどいですよね。けど、もしかしたらその二人は解放された後にタリバンの兵士達に見つかり脅されて仕方なくラトレル達のことを話してしまったのかもしれない。それか、二人は過去に米軍の攻撃によって大切な人を亡くした経験からラトレル達米軍に強い恨みを持っていたかもしれない。実際のところ、二人がどうしてラトレル達の存在をタリバン側に伝えてしまったのかは分からないけどね」

「一概にひどいとは言えないってことっスね」

 四つん這いだった男は自分の軽率な発言を反省した。

「それが戦争の現実なんですね」

「そうかもしれないね」

 女の他人事とは言えない言葉に男は相槌を打った。
 男は一度ゆっくりとまばたきをする。

「2人を救ったことで16人が亡くなった。これはトロッコ問題で1人を救うために5人を犠牲にするという選択を取ったことと同義になる。だが、君達はトロッコ問題では5人を救うために1人を犠牲にする選択を選び、民間人を解放すべきかどうかの問題では解放すべきという2人を救うために16人を犠牲にする選択を選んだ。つまり、ここに矛盾が生じている。トロッコ問題での選択のように数が多い方が重要だと考えるのであれば、君達はどうして次の質問で民間人を解放する選択を選んだのか? どちらの質問の内容は本質的には同じだ。にもかかわらず、正反対の選択をしてしまうのはなぜだろうか?」

「それは……」

 四つん這いだった男と介抱していた女は共に言葉に詰まる。

「トロッコの行先をレバーひとつで切り替える行為よりも目の前の民間人に向けて直接手にした銃の引き金を引く行為の方が罪の意識が強く感じるからなのだろうか? この矛盾は私達には理解出来ないな」

 男は言葉に詰まった二人を他所に話を進める。

「そういえば、は『科学技術は進歩はすれど決して後退することはないため、行き過ぎた科学技術を抑制する』というお題目を掲げていたな。それは全くの誤りというわけではないが、科学技術は回り道のような後退をすることはある。例えば、このモノレール」

 男は自分達が立っているモノレールの駅を指さした。

「正確にはジャイロモノレールだが、これは100年以上前にルイス・ブレナンが発明した一本のレールの上を走行するモノレールだ。ジャイロスコープという技術によってバランスを保ち、カーブの際の安定性は通常の鉄道車両よりも優れていた。また、現在の主流である二本のレールの場合では国や鉄道の規模によって規格が異なり多くの時間や費用が消費されるが、一本のレールしか使わないジャイロモノレールであればその心配はない。それどことろか、建設費や工事期間を大幅に削減し短縮することが可能だ。車両に費用が掛かってしまう欠点があるが、全体的に見ればそれは些細な問題だ。しかし、現在ではこの技術は忘れさられている。なぜだか分かるか?」

 男の話を聞いていた二人は訝しげな表情を浮かべている。

「一本のレールの上を今にも倒れそうな車両が走るという斬新な見た目が人々の安全性に対する疑念などがジャイロモノレールの実用化を阻んだからだ。試験走行にも成功しており、科学的な安全性も確かめられているというのに人々は実用化に踏み切れなかった。論理よりも非合理的な感情が上回ったためだ。ジャイロモノレールの他にも地動説などもあるな。元々は地動説だったはずが、いつからか天動説に捻じ曲げられていたらしい。時には、科学技術の進歩を政治や宗教が阻害する。だが、根本的にはやはり非合理的な人間の感情が科学技術の進歩を阻害している。それが人間の限界だ。そして、に掲げられているお題目は建前でしかないということだ」

 女は男の最後の発言に目を見開いて驚いた。

「あなたは一体、何者なんですか!?」

 女は臨戦態勢を取り、釣られて四つん這いだった男も臨戦態勢を取る。

「君達がよく知っている者であり、君達がよく知っておかなければならない者だ」

 男は答えだとも答えとも取れないことを言った。
 だが、女にはそれで見当がついた。

「まさか、あなたは!? ……でも、どうやってここへ?」

 そう言った女がはっと我に返った時には、男は忽然と姿を消していた。
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