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ピッ、ピッ、ガッコン。
押しボタン式から奏でられた電子音に、交通系電子マネーから支払いが完了した合図となる電子音。
そして、選択したミネラルウォーターが自動販売機から出てくる音が人が少なくなったホームにこだまする。
買ったばかりのミネラルウォーターを片手に男はホームで四つん這いになっている男へと近づいていった。
「大丈夫かい? これでも飲んで少し酔いをさました方が良いですよ」
男はミネラルウォーターを四つん這いの男に差し出して言った。
「え? そんな、申し訳ないっスよ」
見知らぬ男からの唐突の親切に四つん這いの男は驚きつつ遠慮する。
「遠慮しないで大丈夫ですから」
「本当に良いんですか?」
隣で四つん這いの男を介抱していた女が聞く。
「もちろんです。それにあいにく私は喉が渇いていないので、その水勿体ないので飲んじゃって下さい」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて頂くっス」
ミネラルウォーターを受け取った四つん這いの男は少しずつ水を口へと流し込んだ。
二度、三度、同じ行動を繰り返して四つん這いの男はどうにか一息ついた。
「どうですか? 少しは落ち着きましたか?」
「はい。ちょっとずつですが、酔いもさめてきたっス」
「なら、良かった。それにしてもこんな昼間からかなりのお酒を飲んだようですね」
「え? あ、いや……まぁ、そんなところっス」
四つん這いだった男はそう言って、後頭部に手を回した。
「そうですか。じゃあ、あなたも?」
男は隣にいた女にも問いかけた。
「あ、はい。お恥ずかしいですけれど。あの~もしかして、さっきのモノレールに乗るはずだったんじゃないですか?」
「なぜ、そう思ったんですか?」
聞いたはずの女が逆に聞き返された。
「ほら、さっきまで高校生ぐらいの子達と一緒にいませんでしたか? 見た感じ、高校生の子達は乗ってしまわれたみたいですけれど」
「あぁ、見ていましたか。いえ、あれは私が勝手に彼らの会話に割って入ってしまっただけなんです。先ほどのモノレールも乗る必要はありませんでしたからお気になさらないでください」
「そうですか。私達が原因で乗れなかったわけではなかったようでほっとしました。親切にもお水を差し入れて下さった方に重ねて迷惑をかけてしまうところでした」
「そんな大げさですよ。私は必要なことしかしませんから。私よりもお二人の方が先ほどのモノレールに乗るべきだったんじゃないですか?」
二人の反応を見るに図星のようだ。
「そうなんです。でも、追いつくことは簡単に出来ますので大丈夫です」
女の言葉に四つん這いだった男は少し嫌そうな顔をした。
「そうですか。それなら、もう少し休んでからの方が良さそうですね」
「ところで、高校生の会話に割って入るまで何の話をしてたんスか?」
酔いから少し回復してきた四つん這いだった男が聞く。
「あぁ、それは自動運転についてですよ。自動運転の問題点について」
「問題点スか。普段乗っててあんまり意識しないっスね。どんな問題点があるんスか?」
四つん這いだった男に聞かれて、男は四人の高校生達に話した説明を端的に要約しながら目の前にいる男女二人にも説明することにした。
--------------------------
「なるほど、トロッコ問題ですか……」
女は感心したように呟く。
「確かに、その問題をどうやって解決したんでしょうか?」
「自動運転にはそんな問題があったんっスね。いや~自分はそんなこと考えたこともなかったっスよ」
四つん這いだった男はいつの間にか飄々としている。
「このトロッコ問題についてはいろいろな意見があると思うけれど、多くの人間は5人助ける選択を取ると思うんだ。君達と同じようにね」
四つん這いだった男と隣で介抱していた女は二人とも5人を助けるという選択肢を選んでいた。
「1人を犠牲にするのは悲劇だけれど、5人を救う行為は正しいように感じるしね。じゃあ、ここで一つ別の物語でも考えてみよう」
「別の物語っスか?」
「そう。物語と言っても、この話は実際の話なんだけどね」
軽く咳払いをしてから、男は再び語り出した。
「この出来事が起きたのは2005年6月のアフガニスタンでのことなんだ。マーカス・ラトレル二等兵曹は米海軍特殊部隊のメンバー三人と共に、パキスタン国境付近から極秘の偵察を行ったんだ。偵察の任務はオサマ・ビン・ラディンと親交の深いタリバン指導者の捜索。その任務中、ラトレル達の特殊部隊はヤギを連れたアフガニスタン人の農夫と14歳くらいの少年の二人に出くわしてしまった。この二人は非武装の民間人ではあったけれど、もし何もせずにこのまま解放したらラトレル達のことをタリバン指導者に知らせてしまうリスクがあった。しかし、ラトレル達には二人を拘束するための手段も時間もなかった。ラトレル達には民間人の二人を解放するか、殺すかの二択しかなかったんだ。さて、君達ならどちらの選択肢を選ぶ?」
「自分はもちろん、解放するっス! 武器も持っていない民間人を殺すなんてあり得ないっス」
四つん這いだった男は迷いなく答えた。
「君はどうだい?」
女の方は四つん這いだった男と違い、少し悩んでいるようだった。
「ラトレルさん達はアメリカの軍人さんなんですよね。それなら、軍人としては任務を遂行するためにも、自分や他のメンバーの身を守るためにも、相手がいくら民間人だからと言っても殺すべきだと思います。だけど、やっぱり私としては、人間としては殺さずに解放すべきだと思います」
男は二人の答えを聞いて何度か頷いた。
「そうだよね。これも多くの人間は君達と同じように解放するって答えると思うよ。実際に、ラトレルは解放することにしたんだ。ただね、ラトレルはこの選択を後悔することになってしまうんだ」
男はここで溜めるように一息ついた。
押しボタン式から奏でられた電子音に、交通系電子マネーから支払いが完了した合図となる電子音。
そして、選択したミネラルウォーターが自動販売機から出てくる音が人が少なくなったホームにこだまする。
買ったばかりのミネラルウォーターを片手に男はホームで四つん這いになっている男へと近づいていった。
「大丈夫かい? これでも飲んで少し酔いをさました方が良いですよ」
男はミネラルウォーターを四つん這いの男に差し出して言った。
「え? そんな、申し訳ないっスよ」
見知らぬ男からの唐突の親切に四つん這いの男は驚きつつ遠慮する。
「遠慮しないで大丈夫ですから」
「本当に良いんですか?」
隣で四つん這いの男を介抱していた女が聞く。
「もちろんです。それにあいにく私は喉が渇いていないので、その水勿体ないので飲んじゃって下さい」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて頂くっス」
ミネラルウォーターを受け取った四つん這いの男は少しずつ水を口へと流し込んだ。
二度、三度、同じ行動を繰り返して四つん這いの男はどうにか一息ついた。
「どうですか? 少しは落ち着きましたか?」
「はい。ちょっとずつですが、酔いもさめてきたっス」
「なら、良かった。それにしてもこんな昼間からかなりのお酒を飲んだようですね」
「え? あ、いや……まぁ、そんなところっス」
四つん這いだった男はそう言って、後頭部に手を回した。
「そうですか。じゃあ、あなたも?」
男は隣にいた女にも問いかけた。
「あ、はい。お恥ずかしいですけれど。あの~もしかして、さっきのモノレールに乗るはずだったんじゃないですか?」
「なぜ、そう思ったんですか?」
聞いたはずの女が逆に聞き返された。
「ほら、さっきまで高校生ぐらいの子達と一緒にいませんでしたか? 見た感じ、高校生の子達は乗ってしまわれたみたいですけれど」
「あぁ、見ていましたか。いえ、あれは私が勝手に彼らの会話に割って入ってしまっただけなんです。先ほどのモノレールも乗る必要はありませんでしたからお気になさらないでください」
「そうですか。私達が原因で乗れなかったわけではなかったようでほっとしました。親切にもお水を差し入れて下さった方に重ねて迷惑をかけてしまうところでした」
「そんな大げさですよ。私は必要なことしかしませんから。私よりもお二人の方が先ほどのモノレールに乗るべきだったんじゃないですか?」
二人の反応を見るに図星のようだ。
「そうなんです。でも、追いつくことは簡単に出来ますので大丈夫です」
女の言葉に四つん這いだった男は少し嫌そうな顔をした。
「そうですか。それなら、もう少し休んでからの方が良さそうですね」
「ところで、高校生の会話に割って入るまで何の話をしてたんスか?」
酔いから少し回復してきた四つん這いだった男が聞く。
「あぁ、それは自動運転についてですよ。自動運転の問題点について」
「問題点スか。普段乗っててあんまり意識しないっスね。どんな問題点があるんスか?」
四つん這いだった男に聞かれて、男は四人の高校生達に話した説明を端的に要約しながら目の前にいる男女二人にも説明することにした。
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「なるほど、トロッコ問題ですか……」
女は感心したように呟く。
「確かに、その問題をどうやって解決したんでしょうか?」
「自動運転にはそんな問題があったんっスね。いや~自分はそんなこと考えたこともなかったっスよ」
四つん這いだった男はいつの間にか飄々としている。
「このトロッコ問題についてはいろいろな意見があると思うけれど、多くの人間は5人助ける選択を取ると思うんだ。君達と同じようにね」
四つん這いだった男と隣で介抱していた女は二人とも5人を助けるという選択肢を選んでいた。
「1人を犠牲にするのは悲劇だけれど、5人を救う行為は正しいように感じるしね。じゃあ、ここで一つ別の物語でも考えてみよう」
「別の物語っスか?」
「そう。物語と言っても、この話は実際の話なんだけどね」
軽く咳払いをしてから、男は再び語り出した。
「この出来事が起きたのは2005年6月のアフガニスタンでのことなんだ。マーカス・ラトレル二等兵曹は米海軍特殊部隊のメンバー三人と共に、パキスタン国境付近から極秘の偵察を行ったんだ。偵察の任務はオサマ・ビン・ラディンと親交の深いタリバン指導者の捜索。その任務中、ラトレル達の特殊部隊はヤギを連れたアフガニスタン人の農夫と14歳くらいの少年の二人に出くわしてしまった。この二人は非武装の民間人ではあったけれど、もし何もせずにこのまま解放したらラトレル達のことをタリバン指導者に知らせてしまうリスクがあった。しかし、ラトレル達には二人を拘束するための手段も時間もなかった。ラトレル達には民間人の二人を解放するか、殺すかの二択しかなかったんだ。さて、君達ならどちらの選択肢を選ぶ?」
「自分はもちろん、解放するっス! 武器も持っていない民間人を殺すなんてあり得ないっス」
四つん這いだった男は迷いなく答えた。
「君はどうだい?」
女の方は四つん這いだった男と違い、少し悩んでいるようだった。
「ラトレルさん達はアメリカの軍人さんなんですよね。それなら、軍人としては任務を遂行するためにも、自分や他のメンバーの身を守るためにも、相手がいくら民間人だからと言っても殺すべきだと思います。だけど、やっぱり私としては、人間としては殺さずに解放すべきだと思います」
男は二人の答えを聞いて何度か頷いた。
「そうだよね。これも多くの人間は君達と同じように解放するって答えると思うよ。実際に、ラトレルは解放することにしたんだ。ただね、ラトレルはこの選択を後悔することになってしまうんだ」
男はここで溜めるように一息ついた。
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