マイグレーション ~現実世界に入れ替え現象を設定してみた~

気の言

文字の大きさ
上 下
91 / 123

Tier38.02-1 /9163059133

しおりを挟む
 ピッ、ピッ、ガッコン。

 押しボタン式から奏でられた電子音に、交通系電子マネーから支払いが完了した合図となる電子音。
 そして、選択したミネラルウォーターが自動販売機から出てくる音が人が少なくなったホームにこだまする。
 買ったばかりのミネラルウォーターを片手に男はホームで四つん這いになっている男へと近づいていった。

「大丈夫かい? これでも飲んで少し酔いをさました方が良いですよ」

 男はミネラルウォーターを四つん這いの男に差し出して言った。

「え? そんな、申し訳ないっスよ」

 見知らぬ男からの唐突の親切に四つん這いの男は驚きつつ遠慮する。

「遠慮しないで大丈夫ですから」

「本当に良いんですか?」

 隣で四つん這いの男を介抱していた女が聞く。

「もちろんです。それにあいにく私は喉が渇いていないので、その水勿体ないので飲んじゃって下さい」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて頂くっス」

 ミネラルウォーターを受け取った四つん這いの男は少しずつ水を口へと流し込んだ。
 二度、三度、同じ行動を繰り返して四つん這いの男はどうにか一息ついた。

「どうですか? 少しは落ち着きましたか?」

「はい。ちょっとずつですが、酔いもさめてきたっス」

「なら、良かった。それにしてもこんな昼間からかなりのお酒を飲んだようですね」

「え? あ、いや……まぁ、そんなところっス」

 四つん這いだった男はそう言って、後頭部に手を回した。

「そうですか。じゃあ、あなたも?」

 男は隣にいた女にも問いかけた。

「あ、はい。お恥ずかしいですけれど。あの~もしかして、さっきのモノレールに乗るはずだったんじゃないですか?」

「なぜ、そう思ったんですか?」

 聞いたはずの女が逆に聞き返された。

「ほら、さっきまで高校生ぐらいの子達と一緒にいませんでしたか? 見た感じ、高校生の子達は乗ってしまわれたみたいですけれど」

「あぁ、見ていましたか。いえ、あれは私が勝手に彼らの会話に割って入ってしまっただけなんです。先ほどのモノレールも乗る必要はありませんでしたからお気になさらないでください」

「そうですか。私達が原因で乗れなかったわけではなかったようでほっとしました。親切にもお水を差し入れて下さった方に重ねて迷惑をかけてしまうところでした」

「そんな大げさですよ。私は必要なことしかしませんから。私よりもお二人の方が先ほどのモノレールに乗るべきだったんじゃないですか?」

 二人の反応を見るに図星のようだ。

「そうなんです。でも、追いつくことは簡単に出来ますので大丈夫です」

 女の言葉に四つん這いだった男は少し嫌そうな顔をした。

「そうですか。それなら、もう少し休んでからの方が良さそうですね」

「ところで、高校生の会話に割って入るまで何の話をしてたんスか?」

 酔いから少し回復してきた四つん這いだった男が聞く。

「あぁ、それは自動運転についてですよ。自動運転の問題点について」

「問題点スか。普段乗っててあんまり意識しないっスね。どんな問題点があるんスか?」

 四つん這いだった男に聞かれて、男は四人の高校生達に話した説明を端的に要約しながら目の前にいる男女二人にも説明することにした。

 --------------------------

「なるほど、トロッコ問題ですか……」

 女は感心したように呟く。

「確かに、その問題をどうやって解決したんでしょうか?」

「自動運転にはそんな問題があったんっスね。いや~自分はそんなこと考えたこともなかったっスよ」

 四つん這いだった男はいつの間にか飄々としている。

「このトロッコ問題についてはいろいろな意見があると思うけれど、多くの人間は5人助ける選択を取ると思うんだ。君達と同じようにね」

 四つん這いだった男と隣で介抱していた女は二人とも5人を助けるという選択肢を選んでいた。

「1人を犠牲にするのは悲劇だけれど、5人を救う行為は正しいように感じるしね。じゃあ、ここで一つ別の物語でも考えてみよう」

「別の物語っスか?」

「そう。物語と言っても、この話は実際の話なんだけどね」

 軽く咳払いをしてから、男は再び語り出した。

「この出来事が起きたのは2005年6月のアフガニスタンでのことなんだ。マーカス・ラトレル二等兵曹は米海軍特殊部隊のメンバー三人と共に、パキスタン国境付近から極秘の偵察を行ったんだ。偵察の任務はオサマ・ビン・ラディンと親交の深いタリバン指導者の捜索。その任務中、ラトレル達の特殊部隊はヤギを連れたアフガニスタン人の農夫と14歳くらいの少年の二人に出くわしてしまった。この二人は非武装の民間人ではあったけれど、もし何もせずにこのまま解放したらラトレル達のことをタリバン指導者に知らせてしまうリスクがあった。しかし、ラトレル達には二人を拘束するための手段も時間もなかった。ラトレル達には民間人の二人を解放するか、殺すかの二択しかなかったんだ。さて、君達ならどちらの選択肢を選ぶ?」

「自分はもちろん、解放するっス! 武器も持っていない民間人を殺すなんてあり得ないっス」

 四つん這いだった男は迷いなく答えた。

「君はどうだい?」

 女の方は四つん這いだった男と違い、少し悩んでいるようだった。

「ラトレルさん達はアメリカの軍人さんなんですよね。それなら、軍人としては任務を遂行するためにも、自分や他のメンバーの身を守るためにも、相手がいくら民間人だからと言っても殺すべきだと思います。だけど、やっぱり私としては、人間としては殺さずに解放すべきだと思います」

 男は二人の答えを聞いて何度か頷いた。

「そうだよね。これも多くの人間は君達と同じように解放するって答えると思うよ。実際に、ラトレルは解放することにしたんだ。ただね、ラトレルはこの選択を後悔することになってしまうんだ」

 男はここで溜めるように一息ついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』

コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ” (全20話)の続編。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211 男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は? そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。 格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

処理中です...