マイグレーション ~現実世界に入れ替え現象を設定してみた~

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Tier33 連絡

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 六課を後にした私は、連絡が来るのを待っていた。

「プルルルル」

 ジャケットの内ポケットでバイブレーション機能を振動させながら、着信を知らせる電子音が鳴った。
 内ポケットから携帯を取り出し、電話を掛けてきた相手の表示を見て私は待っていた連絡が来たのだと悟った。
 二つ折りの携帯を片手でカチャリと開き、押しボタン式の受話器が持ち上がったマークがあるボタンを押して電話に出た。

「深見だ」

「言われなくても分かってますよ。電話を掛けた相手が深見さん本人だって分かって掛けてるんですよ。家電いえでんに掛けているわけじゃないんだから。それに、今どき家に固定電話がある方が珍しいですし。皆、個人個人で端末を持っている時代ですからね。深見さんが子供の頃は、まだ学校とか地域とかで連絡網が辛うじて残ってたでしょ。それで、親御さんとかが家電に掛かって来た電話を出る時に自分の苗字を名乗って出ているのを見てたから自然と深見さんも真似しちゃって、そのままずっと続けてきたってところですかね」

 電話の向こうで相手は調子良く喋っている。
 一言えば十どころか百で返ってくるような、よく喋る奴だ。

「深見さんはそういうとこが古いっていうか、おっさん臭いですよね。ガラケーっていう平成の化石みたいな代物を使っているし」

 確かに私はガラケーと呼ばれていた二つ折りで押しボタン式の黒い「ガラパゴス携帯」を使っている。
 だからといって、私はこれを好きで使っているわけではない。
 今では、もうこのガラケーはとうの昔にサービスを終了して市場に出回らなくなり、目にすることは無くなった。
 しかし、政府関係者や六課のような国家機密を扱うような機関ではセキュリティ対策として、政府が特注で作ったガラケーを使っている。

「これはセキュリティ上の意向だ」

「へぇ~そうなんですか。だから、一部の政治家とかは未だにガラケーなんですね。俺はてっきり老人だから、それしか使えない脳みそしか残っていないからだと思っていましたよ」

「そんなわけないだろう」

 私は否定はしたものの全否定はどこか出来ないでいた。
 全員がということはなくとも、中には本当にガラケーしか扱えなかった者がいてもおかしくはないという疑念があったからだ。

「そもそもお前がそれを知らないなんてことはないだろう。報告を聞く度に口調や声が変わっているようなお前が」

 今日はやたらテンションの高い若い男の声だった。
 電話の向こうの相手とは私は一度も面と向かって会ったことは無い。
 顔も名前も性別も年齢も何一つとして知らない。
 そんな相手から相手以外の情報については驚くほど簡単に多くの情報が手に入る。
 何ともおかしな話だ。

「つれないな~深見さんは。少しは乗ってくれても良いじゃないですか。あと、口調や声が変わるのは勘弁してください。こういうことをやっている身ですから。そうでもしないと体がいくつあっても俺、死んじゃいますよ」

 口調や声が変わっても、余計なことを話し過ぎるのは変わらないようだ。

「で、報告は?」

「もう~深見さんは冷たいな~。もう少しコミュニケーションを、言葉のキャッチボールをしましょうよ~」

「キャッチボール? いつも一方的に私が投げつけられているだけじゃないのか?」

「う~ん、言われてみればそんな気もしますね。じゃあ、俺がピッチャーで深見さんがキャッチャーのバッテリーという感じでどうです?」

 相変わらずの口の多さには辟易する。

「御託はいい。さっさと報告をしろ」

「そう、イライラしないでよ深見さん。報告はちゃんとするからさ。え~と伊瀬祐介だっけ?」

「そうだ」

 つい先日、手塚課長の推薦で六課に配属された人物。
 彼はマイグレーターではなく、ただの一般人。
 監視役としての増員……いや、補充か?
 だが、補充にしては遅すぎる。
 理由はともあれ六課に配属されたということは彼には何かしらの要素があるはずだ。
 マイグレーションを口外しないと担保出来る要素が。

「深見さんに調べってくれって言われて調べたけど、いたって平凡な普通の子だよ。もちろん適当に調べたからとかじゃなくて、ちゃんと調べて本当に普通の子なんだって。学校の成績だって中の中ぐらいだし、運動だって出来るわけでも出来ないわけでもない。何か特化した特技もないし、コミュニケーション能力も高くはない。クラスにいても印象に残らない、言い方は悪いかもしれないけど居ても居なくても何も影響を及ばさない、そんな子かな」

 報告された内容は私が伊瀬に対して抱いた第一印象そのものだった。

「ただ、彼の周りの環境はちょっとだけ普通じゃないかも」

「どういうことだ?」

「いや~ね、彼の両親は既に他界しているんですよ。親戚関係の付き合いは一切なくて、一人で暮らしていたみたいです。それに生前の両親の夫婦仲はあまりよくなかったとか。最後の方はほぼ別居状態だったみたいで、実質は母親と彼の二人暮らしだったようです。まぁ、これくらいはよくある話といえば、よくある話ですし大した情報じゃないですね。これ以外は全くと言っていいほど、何もありませんでした」

「そうか、何もなかったか。あくまでもデータ上は……」

「ちょっと深見さん、そりゃあ俺はデータ上でしか調べられませんよ。でも、今の時代あらゆる情報がデータ化されているんです。どんなにセキュリティ対策をしても、それを突破出来る奴は出来るんです。それがたとえ政府が秘密裏に特注したガラケーであってもです」

「それは驚きだな。なら、なぜ私がただの高校生を調べさせたのか、なぜただの学生が公安部の特別捜査官になっているのか、なぜ六課という課が設立されたのか、分かっているというわけだ」

「……深見さん。俺はこういうことをやっている立場の人間です。だから、世の中には知ってはいけない、知らないことの方が良い情報があることは誰よりも分かっています。そういう線引きを上手くやっているからこそ、俺はこうして生き長らえることが出来ているんです。深見さんだって、それは分かっているでしょ?」

「あぁ」

 口調は変わっていないが、電話の向こうの相手が真剣に話しているということが伝わってくる。

「さっ、俺の報告は以上です。こんな情報しかありませんでしたけど、お役に立ちましたかね?」

「役には立った。何もないという情報が得られたからな」

「情報が何もないという情報……なるほど、これも貴重な情報ということですか。それでは、また何かあればいつものルートでご連絡ください。今度はもう電話に出る時に自分の苗字を名乗らないでくださいね」

 最後に余計な一言を言って、電話は切られた。

「やはり、これといった情報は得られなかったか……」

 今回の場合は何か情報があった方が問題だった。
 何もなかったということは、何もなかったことにされているに他ならない。
 つまり、あった何かをわざわざ消したということだ。
 おそらく、その何かが伊瀬を六課に配属させるにあたり都合の良い要素だったのだろう。
 それが分かっただけでも、今日は良しとしよう。
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