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Tier31 許可
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美結さんに叩かれた頭をマノ君は痛そうにさすっていた。
「マノ君、頭大丈夫?」
「ケンカ売ってんのか?」
「えっ!? あっ、いや、そうじゃなくて! さっき、美結さんに叩かれて痛そうだったから」
マノ君に言われてみて自分の言い方が捉えようによっては、ただの悪口か煽り文句でしかなかったことに僕は気付いた。
心配したつもりで発した言葉が、こうも誤解を生むようなことになるとは。
人間関係のトラブルは、こういう小さな誤解からエスカレートしていくものなのかもしれない。
幸い、マノ君は僕が心配で言ったとは分かってはいるようだ。
分かってて、あんなことを言うのは余計たちが悪いと思う。
「あー、こんくらい全然大丈夫。いつものことだから」
「いつものことって、どういう意味!? まるでアタシが常日頃アンタに手をあげているみたいじゃない!」
「実際、そうだろ」
「なッ! それはアンタがいつもロクなことしないからでしょ! 伊瀬っち、こんな奴が言うことまともに聞いちゃだめだからね」
「俺はいつだってまともだ。万が一まともじゃなくたって、叩く必要はないだろ。もう少し、この体を労わってくれ」
「どこがまともなのよ、無茶ばっかりするくせに! それにアタシだって、ちゃんと手加減してるし。人を暴力女にみたいに言うのはやめなさいよ!」
「いや、誰もそこまでは言ってないだろ!」
「言ってなくても、言ったようなものじゃない!」
小さな誤解から人間関係のトラブルがエスカレートしていく様を僕はまじまじと見せられていた。
「ちょっと、二人ともそろそろいい加減にして!」
マノ君と美結さんの攻防を見るに見かねた市川さんが二人の間に割って入った。
市川さんの仲裁に二人とも妙にすぐにおとなしくなった。
「まず、マノ君も美結もお互いに対してもっと優しくね」
市川さんはまるでお母さんかのように二人に諭すように言った。
「そして、マノ君は美結の言うことはちゃんと聞いて、あまり無茶はしないように。マノ君だけの体じゃないんだからね」
「……そんなことは俺が一番よく分かっている」
「美結はマノ君に対してもっと素直になること。気を遣う必要なんてないんだから……」
「日菜っち……」
なんだか場の空気が重くなったように感じられた。
「さっ、二人が仲直り出来たことだし話を進めようかな。伊瀬君にはまだ教えておきたいこともあるしね」
手塚課長がパンと一度を手を叩いて、重く感じられた場の空気を一変させた。
「僕に教えておきたいことですか?」
「そう、マノ君が如月君に一言余計だと怒られていたけれど伊瀬君の思い付きにまだ問題があることは本当なんだからね。それが、これから教えるマイグレーションに対する制限のことなんだ」
「制限ですか?」
「まぁ、制限と言っても物理的な制限があるわけじゃなくて法的な制限がある感じかな」
法的な制限?
マイグレーションを制限するような法律なんてあっただろうか。
ううん、マイグレーションは世間に公表されてないんだから、そんな法律なんてあるわけはずだ。
「マノ君達マイグレーターは上からの許可があって初めてマイグレーションを行うことが出来るんだよ。裏を返せば許可無しでのマイグレーションは禁じられているということだね。マイグレーターに対して上の人達はまだまだ信用していないからね。その能力を自分達の知らないところで使われるのは虫の居所が悪いんだと思うよ」
「許可が必要と言っても、やろうと思えば許可なんか無くてもいつだって出来るけどな。ルールで制限するだけで出来なくなるなら、犯罪者なんてものは存在しないだろ」
マノ君が相変わらずの口ぶりで皮肉めいたことを言う。
「もし、許可無しで勝手にマイグレーションをしたらどうなるの?」
「有無も言わさずに処分されるだろうな」
「それって……」
マイグレーターを処分出来るのはマイグレーターしかいない。
「俺が許可を得ずにマイグレーションをやったことがバレれば、市川か丈人先輩に殺されなきゃいけないってことだな」
「そんなの私は嫌だからね!」
「分かっているよ、市川にはそんなことさせねぇよ」
「俺だって嫌だよ」
「大丈夫ですよ。そんなことにはなりませんから。そもそもバレなきゃ問題無いわけだし。あ、でも、六課の皆とかにやったら即バレるな」
僕達は定期的に検査を受けるから、どうしもバレてしまうということらしい。
「マノ君、『そもそも』の使い方間違っているよ。言うなら『そもそもやらなきゃ問題無い』でしょ?」
「そうとも言う」
お尻をよく出す幼稚園児がするような言い訳をマノ君はした。
「まぁ、とにかく、マイグレーションをするには上からの許可が必要ってことだから。容疑者を逮捕する時に礼状が必要なのと似たような感じかな。事件ごとにマイグレーションを許可する命令が下るからね。そして、マイグレーターでない私達は勝手にマノ君達がマイグレーションをしないように監視するという役目も担っているからね」
「上に逆らおうなんてしたら、真っ先にチクられて殺されるってわけだ」
「だから、言い方~!」
美結さんがマノ君に睨みを利かせる。
けれど、言い方はともあれマノ君の言っていることは正しい。
マイグレーターはマイグレーションという能力を持っているという違い以外には僕達と何も変わらないのに、危険因子として常に見張られているのはあんまりだと思う。
悪意のあるマイグレーターの悪事を阻止するための仲間なんだから、もっと同じ仲間を信じてあげるべきじゃないんだろうか。
それともやっぱり、マイグレーションという能力を持っているという違いはとてつもない程大きいのだろうか。
「マノ君、頭大丈夫?」
「ケンカ売ってんのか?」
「えっ!? あっ、いや、そうじゃなくて! さっき、美結さんに叩かれて痛そうだったから」
マノ君に言われてみて自分の言い方が捉えようによっては、ただの悪口か煽り文句でしかなかったことに僕は気付いた。
心配したつもりで発した言葉が、こうも誤解を生むようなことになるとは。
人間関係のトラブルは、こういう小さな誤解からエスカレートしていくものなのかもしれない。
幸い、マノ君は僕が心配で言ったとは分かってはいるようだ。
分かってて、あんなことを言うのは余計たちが悪いと思う。
「あー、こんくらい全然大丈夫。いつものことだから」
「いつものことって、どういう意味!? まるでアタシが常日頃アンタに手をあげているみたいじゃない!」
「実際、そうだろ」
「なッ! それはアンタがいつもロクなことしないからでしょ! 伊瀬っち、こんな奴が言うことまともに聞いちゃだめだからね」
「俺はいつだってまともだ。万が一まともじゃなくたって、叩く必要はないだろ。もう少し、この体を労わってくれ」
「どこがまともなのよ、無茶ばっかりするくせに! それにアタシだって、ちゃんと手加減してるし。人を暴力女にみたいに言うのはやめなさいよ!」
「いや、誰もそこまでは言ってないだろ!」
「言ってなくても、言ったようなものじゃない!」
小さな誤解から人間関係のトラブルがエスカレートしていく様を僕はまじまじと見せられていた。
「ちょっと、二人ともそろそろいい加減にして!」
マノ君と美結さんの攻防を見るに見かねた市川さんが二人の間に割って入った。
市川さんの仲裁に二人とも妙にすぐにおとなしくなった。
「まず、マノ君も美結もお互いに対してもっと優しくね」
市川さんはまるでお母さんかのように二人に諭すように言った。
「そして、マノ君は美結の言うことはちゃんと聞いて、あまり無茶はしないように。マノ君だけの体じゃないんだからね」
「……そんなことは俺が一番よく分かっている」
「美結はマノ君に対してもっと素直になること。気を遣う必要なんてないんだから……」
「日菜っち……」
なんだか場の空気が重くなったように感じられた。
「さっ、二人が仲直り出来たことだし話を進めようかな。伊瀬君にはまだ教えておきたいこともあるしね」
手塚課長がパンと一度を手を叩いて、重く感じられた場の空気を一変させた。
「僕に教えておきたいことですか?」
「そう、マノ君が如月君に一言余計だと怒られていたけれど伊瀬君の思い付きにまだ問題があることは本当なんだからね。それが、これから教えるマイグレーションに対する制限のことなんだ」
「制限ですか?」
「まぁ、制限と言っても物理的な制限があるわけじゃなくて法的な制限がある感じかな」
法的な制限?
マイグレーションを制限するような法律なんてあっただろうか。
ううん、マイグレーションは世間に公表されてないんだから、そんな法律なんてあるわけはずだ。
「マノ君達マイグレーターは上からの許可があって初めてマイグレーションを行うことが出来るんだよ。裏を返せば許可無しでのマイグレーションは禁じられているということだね。マイグレーターに対して上の人達はまだまだ信用していないからね。その能力を自分達の知らないところで使われるのは虫の居所が悪いんだと思うよ」
「許可が必要と言っても、やろうと思えば許可なんか無くてもいつだって出来るけどな。ルールで制限するだけで出来なくなるなら、犯罪者なんてものは存在しないだろ」
マノ君が相変わらずの口ぶりで皮肉めいたことを言う。
「もし、許可無しで勝手にマイグレーションをしたらどうなるの?」
「有無も言わさずに処分されるだろうな」
「それって……」
マイグレーターを処分出来るのはマイグレーターしかいない。
「俺が許可を得ずにマイグレーションをやったことがバレれば、市川か丈人先輩に殺されなきゃいけないってことだな」
「そんなの私は嫌だからね!」
「分かっているよ、市川にはそんなことさせねぇよ」
「俺だって嫌だよ」
「大丈夫ですよ。そんなことにはなりませんから。そもそもバレなきゃ問題無いわけだし。あ、でも、六課の皆とかにやったら即バレるな」
僕達は定期的に検査を受けるから、どうしもバレてしまうということらしい。
「マノ君、『そもそも』の使い方間違っているよ。言うなら『そもそもやらなきゃ問題無い』でしょ?」
「そうとも言う」
お尻をよく出す幼稚園児がするような言い訳をマノ君はした。
「まぁ、とにかく、マイグレーションをするには上からの許可が必要ってことだから。容疑者を逮捕する時に礼状が必要なのと似たような感じかな。事件ごとにマイグレーションを許可する命令が下るからね。そして、マイグレーターでない私達は勝手にマノ君達がマイグレーションをしないように監視するという役目も担っているからね」
「上に逆らおうなんてしたら、真っ先にチクられて殺されるってわけだ」
「だから、言い方~!」
美結さんがマノ君に睨みを利かせる。
けれど、言い方はともあれマノ君の言っていることは正しい。
マイグレーターはマイグレーションという能力を持っているという違い以外には僕達と何も変わらないのに、危険因子として常に見張られているのはあんまりだと思う。
悪意のあるマイグレーターの悪事を阻止するための仲間なんだから、もっと同じ仲間を信じてあげるべきじゃないんだろうか。
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