マイグレーション ~現実世界に入れ替え現象を設定してみた~

気の言

文字の大きさ
上 下
21 / 126

Layer21 レンズ

しおりを挟む
「そ、それは……」

苦虫を噛み潰したような表情でサラリーマンは呟いた。
そして俺達二人の間に沈黙ができた。

「ねぇ、そこに何が映ってるの? 」

沈黙を破いた姫石が俺の持っていたスマホの画面をのぞきこんできた。

「ッ! 嘘、これって……」

姫石はショックを受けつつ、映像に映っていた女子高生の方を見た。
そして、俺が今までで一度も見たことがないような剣幕でサラリーマンを睨んだ。
俺でもこんな顔ができるのか。

「……最低っ! 」

驚くほどにドスの効いた声で姫石は言った。

「ひッ! 違う! 私はこんなものは知らない! きっと誰かに私のスマホが悪用されているんだ! 私は何もやっていない! 信じてくれ! 」

サラリーマンは情けなくおどおどとした様子で訴えてきた。

「さすがに、その言い訳は無理があるだろ。この盗撮野郎! 」

俺の言葉にようやく事態が飲み込めた三人組の女子高生と立花は小さく肩を震わせた。
同じ車両に盗撮犯が乗っていたんだ。
怖がってあたり前だ。
しかも、その内の一人は被害者になりかけた。
幸い俺が殴ったおかげで未然に防げたらしく、映像は盗撮する寸前で途切れていた。

「いい加減なことを言うな! 私が撮った証拠はどこにあるんだ! 証拠は! 」

そんなもんお前のスマホに盗撮の映像があること自体が証拠だろと思ったが、俺はあえてそれを言わなかった。
そんなに証拠が欲しいならもっと教えてやるよ。

「証拠ならそこにありますよ。ほら、足元に」

「足元だ……と……!? な、何もないじゃないか! 」

「何言ってるんです? あるじゃないですか。その靴ですよ」

そう言って、俺はサラリーマンの黒い革靴を顎で指した。

「私の靴がなんだって言うんだ! 」

「この状況でまだ白を切るのかよ。その神経だけは尊敬するわ。あるんだろ? その靴の先端に盗撮用の極小サイズの隠しカメラが」

「ッ!? 」

サラリーマンはとうとう何も言い返すことができず、口をパクパクとさせていた。
これこそまさに、餌に群がる池の鯉だな。

「……んで……かった」

サラリーマンが何かを呟いた。

「なんだって? 」

さすがに聞き取れなかったので、俺は聞き返した。

「……なんでわかった? 」

ここまできたらそりゃあ認めるよな。
しかし、謝罪をする前になんでわかったと言ってくるか。
このサラリーマンは反省なんてしていないだろうな。
たぶんまた、盗撮をするはずだ。
証拠になんでわかったのかと聞いてきた。
次回への参考にするために改善点を要求してきたからな。
ま、教えてはやるよ。
けれど、もう二度と盗撮はできないからな。

「カメラのレンズの反射だよ。革靴のテカりにしては不自然がすぎる。シモ・ヘイヘを見習うことだな」

「シモ・ヘイヘだと? 」

「知らないのか? ソ連がフィンランドに侵攻して起こった冬戦争で「白い死神」と呼ばれ、恐れられた狙撃兵だ。「白い悪魔」と訳されることも多いらいしが、そっちはシモ・ヘイヘのことよりも機体の名前の方を連想してしまうため、そっちの訳し方はあまり好きじゃないんだけどな」

少し脱線したな。
話を戻すか。

「彼はスコープのレンズが光を反射して自分の位置がバレるからという理由でスコープをつけなかったそうだ。それだけ、レンズによる反射は目立つってわけだ」

「なるほど。だが、レンズを外したら何も見えないじゃないか」

「そうだ。レンズを外したら何も見えない」

「それでは、シモ・ヘイヘのことをどう見習え……」

「だから、そもそも盗撮なんかすんなって言ってんだよ! 」

俺はサラリーマンの言葉を遮って、強く怒鳴った。

「っ! 」

俺の圧に押されてサラリーマンは押し黙った。

「次は東上水市、東上水市です。お出口は左側です」

そう車内でアナウンスがかかった瞬間、サラリーマンが俺に飛びかかってきた。

「ッ! 」

「玉宮! 」

姫石の叫び声が聞こえた時にはサラリーマンが俺の持っていたスマホに掴みかかってきていた。
いつかは力ずくで来ると思ってはいたが、思ったよりはやくきたな。
これなら俺の体である姫石に渡しといた方が良かったか。
俺の体ならまともに抵抗できるだろう。
しかし、体は俺の体だし中身は姫石だ。
あまり危険な目には合わせられない。

「くッ! 」

俺は出せる力を思い切り出したが、サラリーマンの方が40代後半ぐらいといっても力は姫石の体よりは強い。
スマホを奪い取ろうとギチギチと力と共に痛みも伝わってくる。
これが火事場の馬鹿力か。
いや、犯行現場の糞力だな。
このままでは、冗談抜きで指に食い込んでくるスマホのフチによって指を折られそうだ。
これ以上は姫石の体を傷つけさせるわけにはいかない。
悔しいがここは引き下がるしかない。
そう思い、抵抗する力を少し緩めたとたんサラリーマンは俺からスマホを奪い取った。

「玉宮! 大丈夫!? 」

奪い取られた反動で俺はひざから体制を崩し床に尻もちをついた。
そこに姫石がとても心配そうな顔でかけ寄ってきた。
この状況の中で動ける姫石は本当にすごいと思う。
立花や他の三人組の女子高生達は怖くて一歩も動けていないというのに。
別にこれは立花達のことを非難しているわけではない。
立花達の反応があたり前だということだ。
それなのに姫石は立花達とは違い動けている。
これは姫石の強みであり、弱みでもある。

「……大丈夫。悪いスマホ取られちった」

「それも大事だけど、玉宮のことの方が大事でしょ! 」

たしかにそうかもしれないが、スマホを取られたのは非常に不味い。
このまま持ち逃げされることだってありえる。
最低でも盗撮のデータは消去したい。
だが、どうする?
俺の今の体では太刀打ちできない。
姫石にはあまり危険なことはさせたくないが、二人がかりで取り返せたとしてもデータを完全に消去するための時間を確保するのは難しい。
何か手っ取り早くデータを消去する方法はないのか?
考えろ。
どうする?
どうする?
どうする!

ふと、前方から風を感じた。
見るとサラリーマンが立っている後ろの窓が車内の換気のためか手のひら分空いていた。
これだ!
よし、後はサラリーマンの隙を突くだけだ。
そして、その隙は危険因子だったスマホが自分の手元に戻って来たことによる安堵を感じた今しかない。

俺は踏み込んだ右足に力を入れ、少しうしろに伸ばした左足をバネのように使い体が前に倒れていくようにサラリーマンに向かって突っ込んだ。
サラリーマンが持っているスマホを目掛けて思い切り左手を伸ばし、うしろにある右手を左手に沿って力いっぱい突き出した。
右手のひらにスマホが当たる感触が伝わり、俺は出せる限りの力で押し出した。

「しまった! 」

直後、俺はサラリーマンのひどく焦った声が聞こえた。

見ると、窓から放り出されたスマホが空を舞っていた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

貞操観念が逆転した世界に転生した俺が全部活の共有マネージャーになるようです

.
恋愛
少子化により男女比が変わって貞操概念が逆転した世界で俺「佐川幸太郎」は通っている高校、東昴女子高等学校で部活共有のマネージャーをする話

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...