上 下
35 / 41

第35話 アメリス、逃れる

しおりを挟む
「……黙っていれば見逃したのに。面倒ごとは嫌なんだが突っかかってくるなら仕方がないな」
 男は私の声に反応してこちらを向くと、私の方へと歩いてきた。

 何か仕掛けてくるのかしら。どう対処していいかもわからないがこの怒りだけは消え失せることはない。目を逸らさずに男の顔をしっかりと捉える。暗くて表情は見えないが、それがかえって不気味に感じられた。足音だけが私と彼の距離を教えてくれる。

 コツコツと音が響くたびに、心音の速度が漸次的に上がっていくのが体感でわかる。ひゅうと軽く息を吐き、心拍を上げる熱を逃そうとする。

 あと少しで私の前に現れる。そう思って覚悟を決めた時であった。急に暗闇で唯一音を奏でていた足音が息を潜めた。

 どうして足音が聞こえなくなったのかしら。まさか転移でもしたのかしら。後ろから現れたりして。

 軽く後ろを振り向くが、もちろん誰もいない。どこ、どこに行ったの!

「こっちだよお嬢さん」

 声は後ろからではなく、さっきまで向いていた方向から聞こえた。しかもその音源は随分と耳の近くからしたので驚いて前を向くと、そこには驚きの光景が広がっていた。

「っ!」

思わず叫びそうになったが口で手を塞いで必死に抑える。まさか、本当に瞬間移動が使えたなんて!

私の目と目と鼻と鼻の先、少し間違えればキスでもしてしまいそうなほど近くまで男は顔を近づけていたのである。

「部外者は連れていく必要はない。しばらくここで眠っていてくれ。もっとも人間基準だから目覚めた時には肉体は朽ちているかもしれないがな」

 男は再び耳元でそう囁くと、ローナにやったのと同じように私の頭に手を添えてきた。

まずい、何かされてしまう!

 触れられないようにしようとして男の手首を掴むが、逆にその手を払いのけられてしまう。そして今度こそ男に頭を触れられてしまう。どうなるかわからない恐怖で目を強く瞑り、唇を噛み締める。

 だが身構えていたが、何も変化は起きなかった。まさか見掛け倒しで、男は逃げてしまったのかと思い目を開けると、以前として男の姿はそこにあった。だが先ほどまでのどこか余裕のある飄々とした態度とはうってからわり、

「どうして、どうして能力が通じないんだ、まさか、お前も同族か? いやそんなはずはない、だったら……」

 とぶつぶつと何かを呟きながら、明らかに狼狽えていた。

「何者なんだお前!」

 男は叫ぶ。よほど狼狽えているのか拍子に担いでたローナを落とした。慌てて床へと滑り込み、彼女を受け止める。どうにかローナのことを取り戻すことができた。そのまま五歩ほど距離をとり、

「しっかりしなさい、ローナ!」

 と彼女に向かって呼びかけた。「うう……」という呻き声と共に彼女の目が少し開かれる。よかった、無事だったのね。

 ここからどうしようかしら。よくわからないが男は先ほどからぶつぶつと言葉を呟きながら立ち尽くしており、こちらに危害を加えてくる様子はない。今のうちに逃げてしまえるのではないか。そう思い、寝ぼけまなこのローナの手を引いて一歩、また一歩と男から離れて、なんとかして逃げようとする。

 しばらく離れて天井にマンホールがあるところまでやってきた。あとはハシゴを登れば解決である。そう思って、上へと出ようとした時であった。

「いや、君たちはにがさないよ? さっきは狼狽えたけど、よく考えれば二人とも連れて帰ってしまえばいいだけだし」

 再び男の声が聞こえた。どこから聞こえたのかと思いあたりをランプの光だけを頼りに見回すと、どこにもその姿はなかった。一体どういうことなのだろう。しかし姿が見えないのであれば好都合だ、今のうちに外へと出てしまえばいい。そこなら兵士たちもいるだろうし、何か対策を練ることができるはずだ。

 いまだに意識が完全に覚醒していないローナをおぶって、私はハシゴを登る。外に出ると、そこは薬屋のある路地の入り口であった。ここなら兵士たちが誰かしら潜んでいるはずであり、すぐに助けてもらえるだろう。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

魔力無しだと追放されたので、今後一切かかわりたくありません。魔力回復薬が欲しい?知りませんけど

富士とまと
ファンタジー
一緒に異世界に召喚された従妹は魔力が高く、私は魔力がゼロだそうだ。 「私は聖女になるかも、姉さんバイバイ」とイケメンを侍らせた従妹に手を振られ、私は王都を追放された。 魔力はないけれど、霊感は日本にいたころから強かったんだよね。そのおかげで「英霊」だとか「精霊」だとかに盲愛されています。 ――いや、あの、精霊の指輪とかいらないんですけど、は、外れない?! ――ってか、イケメン幽霊が号泣って、私が悪いの? 私を追放した王都の人たちが困っている?従妹が大変な目にあってる?魔力ゼロを低級民と馬鹿にしてきた人たちが助けを求めているようですが……。 今更、魔力ゼロの人間にしか作れない特級魔力回復薬が欲しいとか言われてもね、こちらはあなたたちから何も欲しいわけじゃないのですけど。 重複投稿ですが、改稿してます

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

王国冒険者の生活(修正版)

雪月透
ファンタジー
配達から薬草採取、はたまたモンスターの討伐と貼りだされる依頼。 雑用から戦いまでこなす冒険者業は、他の職に就けなかった、就かなかった者達の受け皿となっている。 そんな冒険者業に就き、王都での生活のため、いろんな依頼を受け、世界の流れの中を生きていく二人が中心の物語。 ※以前に上げた話の誤字脱字をかなり修正し、話を追加した物になります。

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

聖女は祖国に未練を持たない。惜しいのは思い出の詰まった家だけです。

彩柚月
ファンタジー
メラニア・アシュリーは聖女。幼少期に両親に先立たれ、伯父夫婦が後見として家に住み着いている。義妹に婚約者の座を奪われ、聖女の任も譲るように迫られるが、断って国を出る。頼った神聖国でアシュリー家の秘密を知る。新たな出会いで前向きになれたので、家はあなたたちに使わせてあげます。 メラニアの価値に気づいた祖国の人達は戻ってきてほしいと懇願するが、お断りします。あ、家も返してください。 ※この作品はフィクションです。作者の創造力が足りないため、現実に似た名称等出てきますが、実在の人物や団体や植物等とは関係ありません。 ※実在の植物の名前が出てきますが、全く無関係です。別物です。 ※しつこいですが、既視感のある設定が出てきますが、実在の全てのものとは名称以外、関連はありません。

異世界に行ったら才能に満ち溢れていました

みずうし
ファンタジー
銀行に勤めるそこそこ頭はイイところ以外に取り柄のない23歳青山 零 は突如、自称神からの死亡宣言を受けた。そして気がついたら異世界。 異世界ではまるで別人のような体になった零だが、その体には類い稀なる才能が隠されていて....

遺棄令嬢いけしゃあしゃあと幸せになる☆婚約破棄されたけど私は悪くないので侯爵さまに嫁ぎます!

天田れおぽん
ファンタジー
婚約破棄されましたが私は悪くないので反省しません。いけしゃあしゃあと侯爵家に嫁いで幸せになっちゃいます。  魔法省に勤めるトレーシー・ダウジャン伯爵令嬢は、婿養子の父と義母、義妹と暮らしていたが婚約者を義妹に取られた上に家から追い出されてしまう。  でも優秀な彼女は王城に住み、個性的な人たちに囲まれて楽しく仕事に取り組む。  一方、ダウジャン伯爵家にはトレーシーの親戚が乗り込み、父たち家族は追い出されてしまう。  トレーシーは先輩であるアルバス・メイデン侯爵令息と王族から依頼された仕事をしながら仲を深める。  互いの気持ちに気付いた二人は、幸せを手に入れていく。 。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.  他サイトにも連載中 2023/09/06 少し修正したバージョンと入れ替えながら更新を再開します。  よろしくお願いいたします。m(_ _)m

処理中です...