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第35話 アメリス、逃れる
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「……黙っていれば見逃したのに。面倒ごとは嫌なんだが突っかかってくるなら仕方がないな」
男は私の声に反応してこちらを向くと、私の方へと歩いてきた。
何か仕掛けてくるのかしら。どう対処していいかもわからないがこの怒りだけは消え失せることはない。目を逸らさずに男の顔をしっかりと捉える。暗くて表情は見えないが、それがかえって不気味に感じられた。足音だけが私と彼の距離を教えてくれる。
コツコツと音が響くたびに、心音の速度が漸次的に上がっていくのが体感でわかる。ひゅうと軽く息を吐き、心拍を上げる熱を逃そうとする。
あと少しで私の前に現れる。そう思って覚悟を決めた時であった。急に暗闇で唯一音を奏でていた足音が息を潜めた。
どうして足音が聞こえなくなったのかしら。まさか転移でもしたのかしら。後ろから現れたりして。
軽く後ろを振り向くが、もちろん誰もいない。どこ、どこに行ったの!
「こっちだよお嬢さん」
声は後ろからではなく、さっきまで向いていた方向から聞こえた。しかもその音源は随分と耳の近くからしたので驚いて前を向くと、そこには驚きの光景が広がっていた。
「っ!」
思わず叫びそうになったが口で手を塞いで必死に抑える。まさか、本当に瞬間移動が使えたなんて!
私の目と目と鼻と鼻の先、少し間違えればキスでもしてしまいそうなほど近くまで男は顔を近づけていたのである。
「部外者は連れていく必要はない。しばらくここで眠っていてくれ。もっとも人間基準だから目覚めた時には肉体は朽ちているかもしれないがな」
男は再び耳元でそう囁くと、ローナにやったのと同じように私の頭に手を添えてきた。
まずい、何かされてしまう!
触れられないようにしようとして男の手首を掴むが、逆にその手を払いのけられてしまう。そして今度こそ男に頭を触れられてしまう。どうなるかわからない恐怖で目を強く瞑り、唇を噛み締める。
だが身構えていたが、何も変化は起きなかった。まさか見掛け倒しで、男は逃げてしまったのかと思い目を開けると、以前として男の姿はそこにあった。だが先ほどまでのどこか余裕のある飄々とした態度とはうってからわり、
「どうして、どうして能力が通じないんだ、まさか、お前も同族か? いやそんなはずはない、だったら……」
とぶつぶつと何かを呟きながら、明らかに狼狽えていた。
「何者なんだお前!」
男は叫ぶ。よほど狼狽えているのか拍子に担いでたローナを落とした。慌てて床へと滑り込み、彼女を受け止める。どうにかローナのことを取り戻すことができた。そのまま五歩ほど距離をとり、
「しっかりしなさい、ローナ!」
と彼女に向かって呼びかけた。「うう……」という呻き声と共に彼女の目が少し開かれる。よかった、無事だったのね。
ここからどうしようかしら。よくわからないが男は先ほどからぶつぶつと言葉を呟きながら立ち尽くしており、こちらに危害を加えてくる様子はない。今のうちに逃げてしまえるのではないか。そう思い、寝ぼけまなこのローナの手を引いて一歩、また一歩と男から離れて、なんとかして逃げようとする。
しばらく離れて天井にマンホールがあるところまでやってきた。あとはハシゴを登れば解決である。そう思って、上へと出ようとした時であった。
「いや、君たちはにがさないよ? さっきは狼狽えたけど、よく考えれば二人とも連れて帰ってしまえばいいだけだし」
再び男の声が聞こえた。どこから聞こえたのかと思いあたりをランプの光だけを頼りに見回すと、どこにもその姿はなかった。一体どういうことなのだろう。しかし姿が見えないのであれば好都合だ、今のうちに外へと出てしまえばいい。そこなら兵士たちもいるだろうし、何か対策を練ることができるはずだ。
いまだに意識が完全に覚醒していないローナをおぶって、私はハシゴを登る。外に出ると、そこは薬屋のある路地の入り口であった。ここなら兵士たちが誰かしら潜んでいるはずであり、すぐに助けてもらえるだろう。
男は私の声に反応してこちらを向くと、私の方へと歩いてきた。
何か仕掛けてくるのかしら。どう対処していいかもわからないがこの怒りだけは消え失せることはない。目を逸らさずに男の顔をしっかりと捉える。暗くて表情は見えないが、それがかえって不気味に感じられた。足音だけが私と彼の距離を教えてくれる。
コツコツと音が響くたびに、心音の速度が漸次的に上がっていくのが体感でわかる。ひゅうと軽く息を吐き、心拍を上げる熱を逃そうとする。
あと少しで私の前に現れる。そう思って覚悟を決めた時であった。急に暗闇で唯一音を奏でていた足音が息を潜めた。
どうして足音が聞こえなくなったのかしら。まさか転移でもしたのかしら。後ろから現れたりして。
軽く後ろを振り向くが、もちろん誰もいない。どこ、どこに行ったの!
「こっちだよお嬢さん」
声は後ろからではなく、さっきまで向いていた方向から聞こえた。しかもその音源は随分と耳の近くからしたので驚いて前を向くと、そこには驚きの光景が広がっていた。
「っ!」
思わず叫びそうになったが口で手を塞いで必死に抑える。まさか、本当に瞬間移動が使えたなんて!
私の目と目と鼻と鼻の先、少し間違えればキスでもしてしまいそうなほど近くまで男は顔を近づけていたのである。
「部外者は連れていく必要はない。しばらくここで眠っていてくれ。もっとも人間基準だから目覚めた時には肉体は朽ちているかもしれないがな」
男は再び耳元でそう囁くと、ローナにやったのと同じように私の頭に手を添えてきた。
まずい、何かされてしまう!
触れられないようにしようとして男の手首を掴むが、逆にその手を払いのけられてしまう。そして今度こそ男に頭を触れられてしまう。どうなるかわからない恐怖で目を強く瞑り、唇を噛み締める。
だが身構えていたが、何も変化は起きなかった。まさか見掛け倒しで、男は逃げてしまったのかと思い目を開けると、以前として男の姿はそこにあった。だが先ほどまでのどこか余裕のある飄々とした態度とはうってからわり、
「どうして、どうして能力が通じないんだ、まさか、お前も同族か? いやそんなはずはない、だったら……」
とぶつぶつと何かを呟きながら、明らかに狼狽えていた。
「何者なんだお前!」
男は叫ぶ。よほど狼狽えているのか拍子に担いでたローナを落とした。慌てて床へと滑り込み、彼女を受け止める。どうにかローナのことを取り戻すことができた。そのまま五歩ほど距離をとり、
「しっかりしなさい、ローナ!」
と彼女に向かって呼びかけた。「うう……」という呻き声と共に彼女の目が少し開かれる。よかった、無事だったのね。
ここからどうしようかしら。よくわからないが男は先ほどからぶつぶつと言葉を呟きながら立ち尽くしており、こちらに危害を加えてくる様子はない。今のうちに逃げてしまえるのではないか。そう思い、寝ぼけまなこのローナの手を引いて一歩、また一歩と男から離れて、なんとかして逃げようとする。
しばらく離れて天井にマンホールがあるところまでやってきた。あとはハシゴを登れば解決である。そう思って、上へと出ようとした時であった。
「いや、君たちはにがさないよ? さっきは狼狽えたけど、よく考えれば二人とも連れて帰ってしまえばいいだけだし」
再び男の声が聞こえた。どこから聞こえたのかと思いあたりをランプの光だけを頼りに見回すと、どこにもその姿はなかった。一体どういうことなのだろう。しかし姿が見えないのであれば好都合だ、今のうちに外へと出てしまえばいい。そこなら兵士たちもいるだろうし、何か対策を練ることができるはずだ。
いまだに意識が完全に覚醒していないローナをおぶって、私はハシゴを登る。外に出ると、そこは薬屋のある路地の入り口であった。ここなら兵士たちが誰かしら潜んでいるはずであり、すぐに助けてもらえるだろう。
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