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第17話 アメリス、励ます
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「アメリス様、次はそちらの番です。こんな危険地帯にあなたのような人物がいるなんておかしいじゃないですか」
行き場のない怒りと悲しみを噛み締めていると、目の前のアルドが口を開いた。
自然な流れで事情を話しそうになるが、ふと言葉を詰まらせた。彼らの抱える事情が深刻であることは重々理解できたが、私の事情を全て話しても大丈夫かはまた別の話である。彼らはあくまでもマハス公国ロナデシア領に属する兵士であり私たちを捕らえるかもしれないし、別の角度からの心配としてヨーデルが国境を勝手に超えていたことが露呈してしまう。
何が正解で何が不正解なのか、頭をフル回転させて考える。
しかし私ではどうにも判断することができず、ついヨーデルの方を向いてしまう。相変わらず拗ねてそっぽを向いていたが、私の視線に気付いたのかこちらに顔を動かした。
「ヨーデル、どうしたらいいと思う?」
私はヨーデルに近づき、アルドには聞こえないように彼の耳元でささやいた。突然耳に空気が触れたから驚いたのであろうか、彼の体が少し震えたような気がした。
ヨーデルは少し黙っていたが、私の耳元に口を寄せてアメリス様に任せますと言った。その声は彼の信頼が伝わってくるようで、なんだかくすぐったかった。
するとアルドが私たちのやりとりを見て、
「アメリス様、安心してください。私たちはあなたを捕まえようなどと思ってはいません。そもそもここにいる兵士たちは皆かつてはあなたに忠誠を誓った身です。だから我々に話してください、話して頂けなければ我々はどうすることもできません」
と言った。私とヨーデルが内緒話をしていたことから、何か複雑な事情を抱えていることを察してくれていたのだろうか。アルドの発言から、私と別れてしまってからも彼は変わっていないのだと知る。
自分では自覚したことがないが、私はたまに相手のことをうまく理解できないことがある。一生懸命頑張るのだが、肝心なところで見落としをしてしまうのだ。そのせいで相手に誤解されてしまうことがしばしばあった。
そんな時、私の意図をうまく読み取り齟齬がないように、適切に相手に言葉が伝わるようにフォローしてくれていたのがアルドであった。
いつも私のそばにいて私のことを誰よりも理解していてくれていたアルド。今までのことが思い出されて、話しても大丈夫であろうかという不安が、彼ならば信じられるという確信に変わる。ロストスの時に感じたのと同じ感情だ。
私は抱えていた事情をアルドに話した。私が追放されてしまったこと、ヨーデルやロストスと出会ったこと、お父様に見捨てられてしまったこと、そして今はヨーデルの村に村民を助けに行く途中であることを全て語った。
「くそっ、私たちは騙されていたのか……。 しかもアメリス様にこんな仕打ちを向けるなんて!」
アルドは私の話を聞くと、膝から崩れ落ちた。その姿を見て、狡猾に彼らを騙したアサスお姉様への怒りが再びこみ上げてくる。
アサスお姉様は昔から数字上の損得でしか物事を見ない傾向があった。だからこそ財政の管理というものに向いているのだろうが、私はそんなお姉様が苦手だった。彼女から慈善事業は経費の無駄であると何度言われたかわからない。
だがそれにしてもこの仕打ちは度が過ぎている。私の性格からして、反乱など起こすつもりがないことはわかっているでしょうに!
しかしいくら怒りを感じたところで問題が解決するわけでもなく、こうしている間にも少しずつ時間は過ぎていく。ひゅうと軽く息を吐いて怒りを逃し、目の前の事態に向き合う。一刻も早くヨーデルの村に行かなければならない。だから膝立ちで呆然としているアルドに、しゃがみこんで目線を合わせてから私は言った。
「アルド、だから私たちのことは見逃して欲しいの。私にはどうしてもやらなければならないことがある。自分のしてしまったことに責任を持ちなさいと教えてくれたのはあなただったかしら。今が私にとってその教えを実行すべき時なの、お願い!」
アルドの目をまっすぐに見て訴えかける。しかし彼の瞳はどこか上の空で、私のことが視界に入っているものの存在に気づいていないようである。
「私たちは、今まで何のために……!」
先ほどの話のショックが大きかったのか、私の声が届いているようには思えなかった。あれほどまでいつも堂々とした態度であったアルドが、ここまで意気消沈している姿を見るのは初めてである。
「アルド、しっかりしなさい!」
生気のないアルドの肩を掴み、前後に揺さぶる。だがここまでしても彼はぶつぶつと何かを呟くだけであり、抜け殻のようであった。
私は他の兵士たちにもアルドに呼びかけてもらおうと、周囲の人々を見まわした。するとそこには衝撃的な光景が広がっていた。松明の明かりで浮かび上がる彼らの顔は、一様にアルドと同じような生気のない、絶望という言葉がふさわしい表情をしていた。お調子者だった者、怒りやすかった者、クールだった者、みんなそれぞれ個性があったはずなのに、浮かび上がるのは幽霊のような顔ばかりである。
その時、記憶の奥底からある思い出が浮かび上がってきて、以前も彼らと同じような表情をした人間に私は出会ったことがあることを思い出した。
支援に行った村で、夫と子供を病気で失った女性が似たような表情を浮かべていた。私は彼女を励まそうと何度も言葉をかけたが、彼女は恵まれているアメリス様には分かりませんよと力なく弱々しい笑みを浮かべるだけであった。
その時の光景と今の光景が重なってしまう。
こんな彼は見ていられない、何とかしなければいけない。しかしヨーデルの村にも行かなければならない。ああ、頭の中がこんがらがってぐちゃぐちゃだ。自分が何をすべきかよくわからなくなってくる。励ますだけでは以前の女性と同じように通用しないだろう、ああもう、どうしろっていうのよ!
人間追い込まれると、想定外の行動を取る。私も例に漏れずその一人であった。私は気づけば、とんでもない行動に及んでいた。その行為に、死んだ顔をしていた兵士も目を丸くし、後ろで事の成り行きを見守っていたヨーデルは「ああ……」とため息混じりの声を漏らした。
私は無意識のうちに右手を振り上げ、あろうことか自分の手のひらを彼の右頬めがけて思いっきり振り下ろしていた。
パァァン!
森の中の静寂を切り裂くかのような凄まじい音だけが響き渡る。
ビンタをされて状況が掴めずに目を丸くしているアルドを見て、私は我に帰った。
「ご、ごめんなさいアルド! 悪気はなかったの、だけど体が勝手に……!」
慌てふためきながら弁明を述べるが、そんなもの通用しないだろう。どうしよう、このまま彼が死んじゃったりしたら! 助けを求め周りを見まわしても、この状況は覆せない。
アルドはさらに落ち込むかと思ったが、彼はビンタをした私を丸い目で見た後、突然「あはははっ!」と自分の目を手で覆いながら笑い出してしまった。
「えと、その……」
本格的におかしくなってしまったのだろうか、そんな心配をしていると、アルドは私の方を向き直して、
「すみませんアメリス様、みっともない姿を見せてしまって。まさかあなたにビンタをされるほどだとは。今の一撃で目が覚めました」
と何度も見た以前の表情でアルドは言った。続けて彼は、
「アメリス様の置かれている状況はよく分かりました。もちろんヨーデルの村へと急いでもらって構いません。ただし一つ条件があります」
彼は指を一本立てて、顔に少し笑みを浮かばせながら言った。
「条件?」
「そうです、それは……」
一旦言葉を区切り、彼は一呼吸おいた。そのせいでこちらも身構えてしまう。どんな条件を出されるのか全く予想がつかない。
けれども、彼の出した条件は、これまた想定外のことであった。
「私たちも一緒に連れて行ってください。それが条件です」
彼の瞳は、今度はしっかりと私のことを捉えていた。
行き場のない怒りと悲しみを噛み締めていると、目の前のアルドが口を開いた。
自然な流れで事情を話しそうになるが、ふと言葉を詰まらせた。彼らの抱える事情が深刻であることは重々理解できたが、私の事情を全て話しても大丈夫かはまた別の話である。彼らはあくまでもマハス公国ロナデシア領に属する兵士であり私たちを捕らえるかもしれないし、別の角度からの心配としてヨーデルが国境を勝手に超えていたことが露呈してしまう。
何が正解で何が不正解なのか、頭をフル回転させて考える。
しかし私ではどうにも判断することができず、ついヨーデルの方を向いてしまう。相変わらず拗ねてそっぽを向いていたが、私の視線に気付いたのかこちらに顔を動かした。
「ヨーデル、どうしたらいいと思う?」
私はヨーデルに近づき、アルドには聞こえないように彼の耳元でささやいた。突然耳に空気が触れたから驚いたのであろうか、彼の体が少し震えたような気がした。
ヨーデルは少し黙っていたが、私の耳元に口を寄せてアメリス様に任せますと言った。その声は彼の信頼が伝わってくるようで、なんだかくすぐったかった。
するとアルドが私たちのやりとりを見て、
「アメリス様、安心してください。私たちはあなたを捕まえようなどと思ってはいません。そもそもここにいる兵士たちは皆かつてはあなたに忠誠を誓った身です。だから我々に話してください、話して頂けなければ我々はどうすることもできません」
と言った。私とヨーデルが内緒話をしていたことから、何か複雑な事情を抱えていることを察してくれていたのだろうか。アルドの発言から、私と別れてしまってからも彼は変わっていないのだと知る。
自分では自覚したことがないが、私はたまに相手のことをうまく理解できないことがある。一生懸命頑張るのだが、肝心なところで見落としをしてしまうのだ。そのせいで相手に誤解されてしまうことがしばしばあった。
そんな時、私の意図をうまく読み取り齟齬がないように、適切に相手に言葉が伝わるようにフォローしてくれていたのがアルドであった。
いつも私のそばにいて私のことを誰よりも理解していてくれていたアルド。今までのことが思い出されて、話しても大丈夫であろうかという不安が、彼ならば信じられるという確信に変わる。ロストスの時に感じたのと同じ感情だ。
私は抱えていた事情をアルドに話した。私が追放されてしまったこと、ヨーデルやロストスと出会ったこと、お父様に見捨てられてしまったこと、そして今はヨーデルの村に村民を助けに行く途中であることを全て語った。
「くそっ、私たちは騙されていたのか……。 しかもアメリス様にこんな仕打ちを向けるなんて!」
アルドは私の話を聞くと、膝から崩れ落ちた。その姿を見て、狡猾に彼らを騙したアサスお姉様への怒りが再びこみ上げてくる。
アサスお姉様は昔から数字上の損得でしか物事を見ない傾向があった。だからこそ財政の管理というものに向いているのだろうが、私はそんなお姉様が苦手だった。彼女から慈善事業は経費の無駄であると何度言われたかわからない。
だがそれにしてもこの仕打ちは度が過ぎている。私の性格からして、反乱など起こすつもりがないことはわかっているでしょうに!
しかしいくら怒りを感じたところで問題が解決するわけでもなく、こうしている間にも少しずつ時間は過ぎていく。ひゅうと軽く息を吐いて怒りを逃し、目の前の事態に向き合う。一刻も早くヨーデルの村に行かなければならない。だから膝立ちで呆然としているアルドに、しゃがみこんで目線を合わせてから私は言った。
「アルド、だから私たちのことは見逃して欲しいの。私にはどうしてもやらなければならないことがある。自分のしてしまったことに責任を持ちなさいと教えてくれたのはあなただったかしら。今が私にとってその教えを実行すべき時なの、お願い!」
アルドの目をまっすぐに見て訴えかける。しかし彼の瞳はどこか上の空で、私のことが視界に入っているものの存在に気づいていないようである。
「私たちは、今まで何のために……!」
先ほどの話のショックが大きかったのか、私の声が届いているようには思えなかった。あれほどまでいつも堂々とした態度であったアルドが、ここまで意気消沈している姿を見るのは初めてである。
「アルド、しっかりしなさい!」
生気のないアルドの肩を掴み、前後に揺さぶる。だがここまでしても彼はぶつぶつと何かを呟くだけであり、抜け殻のようであった。
私は他の兵士たちにもアルドに呼びかけてもらおうと、周囲の人々を見まわした。するとそこには衝撃的な光景が広がっていた。松明の明かりで浮かび上がる彼らの顔は、一様にアルドと同じような生気のない、絶望という言葉がふさわしい表情をしていた。お調子者だった者、怒りやすかった者、クールだった者、みんなそれぞれ個性があったはずなのに、浮かび上がるのは幽霊のような顔ばかりである。
その時、記憶の奥底からある思い出が浮かび上がってきて、以前も彼らと同じような表情をした人間に私は出会ったことがあることを思い出した。
支援に行った村で、夫と子供を病気で失った女性が似たような表情を浮かべていた。私は彼女を励まそうと何度も言葉をかけたが、彼女は恵まれているアメリス様には分かりませんよと力なく弱々しい笑みを浮かべるだけであった。
その時の光景と今の光景が重なってしまう。
こんな彼は見ていられない、何とかしなければいけない。しかしヨーデルの村にも行かなければならない。ああ、頭の中がこんがらがってぐちゃぐちゃだ。自分が何をすべきかよくわからなくなってくる。励ますだけでは以前の女性と同じように通用しないだろう、ああもう、どうしろっていうのよ!
人間追い込まれると、想定外の行動を取る。私も例に漏れずその一人であった。私は気づけば、とんでもない行動に及んでいた。その行為に、死んだ顔をしていた兵士も目を丸くし、後ろで事の成り行きを見守っていたヨーデルは「ああ……」とため息混じりの声を漏らした。
私は無意識のうちに右手を振り上げ、あろうことか自分の手のひらを彼の右頬めがけて思いっきり振り下ろしていた。
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アルドはさらに落ち込むかと思ったが、彼はビンタをした私を丸い目で見た後、突然「あはははっ!」と自分の目を手で覆いながら笑い出してしまった。
「えと、その……」
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「すみませんアメリス様、みっともない姿を見せてしまって。まさかあなたにビンタをされるほどだとは。今の一撃で目が覚めました」
と何度も見た以前の表情でアルドは言った。続けて彼は、
「アメリス様の置かれている状況はよく分かりました。もちろんヨーデルの村へと急いでもらって構いません。ただし一つ条件があります」
彼は指を一本立てて、顔に少し笑みを浮かばせながら言った。
「条件?」
「そうです、それは……」
一旦言葉を区切り、彼は一呼吸おいた。そのせいでこちらも身構えてしまう。どんな条件を出されるのか全く予想がつかない。
けれども、彼の出した条件は、これまた想定外のことであった。
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