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第14話 ロストス、思いつく

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「私にできることって一体何なの、令嬢としての権限はもう失墜してしまったのよ?」

 目の前に立つロストスに私は問いかける。一体どうやってこの状況を切り抜けるというの?

「ええ、確かにアメリスさんはロナデシア家を追放されました。でもそのことを知っている人間はごく僅かだと思うのです。だってアメリスさんは今朝追放されたばかり、あなたの父親であるバルトさんでさえ僕から事情を聞くまであなたの追放のことを知らなかったんですよ」

 ロストス曰く、彼がお父様に追放のことを告げた夕方の時点では少なくともお父様はこの事実は知らされていなかったそうだ。

「そうかもしれないけど、いずれは知られてしまう事実よ、そのことは問題じゃないんじゃないかしら」

 お父様は他国にいたから私の情報を知るのが遅れてしまっただけだろう。

「いえ、この情報の伝達の遅さを逆手に取るんです。僕が確認した範囲ではこのマスタール州にはアメリスさんが追放されたという事実は広まっていません。もしかしたら州知事レベルの人間ならば情報をキャッチしているかもしれませんが、少なくとも一般市民はまだ知らないでしょう。例えば、検問所の一兵士とかね」

 彼の言わんとしていることが見えてこない。一般市民に私が追放された事実が伝わっていなかったとしても、だからなんだというのだ。ヨーデルも同じ感想らしく、訝しむ視線をロストスに向けている。

「兄さん、まさか……!」

 しかしルネは兄の言っていることを汲み取ったのか、「それならまだ間に合うかも」と呟いて、指でヨーデルの村とマスタール州に入る時に使った検問所の距離を縮尺を使って調べていた。

今度は察しがいいなとロストスはルネの方を見て言ってから、驚くべきことを私たちに告げてきた。

「つまりですね、アメリス様の貴族としての身分がまだ有効である部分があるということです」

「え……?」

 咄嗟に言われた時はどういうことかわからなかった。だがロストスの言葉を吟味して考える。私が追放されたことはまだマスタールの市民には知られていない。そして検問所の話が持ち上がってきた。ということは……!

「私がまだ権力を持っているように見せかけて、私の権限でヨーデルの村の人間を検閲所を通って合法的に入国させるってこと?」

「ビンゴです、アメリスさん」

 ロストスはご名答と言わんばかりに拍手してきた。そんな考え私にはかけらたりとも思いつかなかった。さすがアサスお姉様が一目置くだけのことはある。もっともお姉様ならこんな回答に辿り着くのは朝飯前だろうが。

「検問所を抜けてしまえばあとはこっちのものです。うまく手引きしますよ」

 髪をかき撫でながらロストスは言った。髪を撫でるのが彼の癖なのだろうか。

「ヨーデル! これならあなたの村の村人を救えるわ、やったわね!」

 私は光明がさしたような気持ちになり、横に座っているヨーデルの方を向いた。きっと彼も私と同じ気持ちだろう。

 だがヨーデルは険しい表情を浮かべて、広げてある地図を凝視していた。

「ヨーデル、どうかしたの?」

「いえアメリス様、このオールバックの言っている作戦がうまくいくのか一つ疑問がありまして。マハス公国の国境をこんな大人数で抜けられるのでしょうか」

 そういえばヨーデルの村には三百人以上の人間がいるのだった。そんな人数分の馬車を用意できるはずもないし、歩いて移動するしかないだろう。しかも国境には森が生い茂っているので、森林の中を抜けて逃げてくることになる。

「それは運としか言いようがないぞ馬鹿農民。最近はナゲル連邦とマハス公国の小競り合いも多い、なるべく成功する確率を高めるためには深夜に移動したりするしかないな」

 地図と睨めっこしているヨーデルにロストスが言った。

「だった今すぐ出発したほうがいいんじゃない? 幸いにも今は夜だし、行きは馬車で行って帰りは歩きでも十分明け方までには帰ってこれるはずだよ。それにアメリス様のことがいつ広まるかわからないし、行動は早いほうがいい」

 付け加えるようにルネが提案する。彼女も髪を撫でながら言った。兄弟揃っての癖なのかもしれない。

「そうと決まれば早速実行だ。馬鹿農民、今すぐ準備をしろ。馬車はこっちで用意してやる」

「お前の作戦っていうのは気に食わないが乗ってやる、それが最善らしいしな。アメリス様、必ず戻って参ります。検問所で再び会いましょう」

 ヨーデルはロストスの言葉にそう返す。これで話は終わったかのように感じられた、おそらくみんなもそう思っただろう。だが私には一点だけ納得できない点があった。

「ちょっと待ってヨーデル、あなた一人で行く気なの?」

「ええ、もちろんです。アメリス様を危険な目に遭わせるわけにはいきませんから」

 ヨーデルは当然と言わんばかりに言った。しかし、私にはその言葉は飲み込めるものではなかった。

 ヨーデルだけが危険を犯し、私だけ安全圏でそれを眺めるなんてできないわよね。
「私も一緒に行くわ」

 私がそう言うと、ヨーデルとロストスがこちらを同時に向いて、

「何を言ってるんですか、そんなことできません!」

「そうですよ、アメリスさん。あなたにもし何かあれば僕たちは死んでも死にきれないんですよ?」

 と二人仲良く言ってきた。なんと優しい人たちなのだろう、自分だって窮地に立たされているのにここまで人の心配をしてくれるなんて。

 だがこれは譲れないことであった。私は私のしてしまったことに責任を持つと決めた、だったら私自身が行動しなければならない。

「いいえ、絶対にヨーデルに着いて行くわ。そっちの方が村での説得もすぐに済むだろうし。勝算を上げるためにも絶対私が一緒に行ったほうがいいと思うの!」

 しかし、反応が芳しくない。二人とも渋い顔をしていや、でも……と言っている。

「私はアメリス様が行くのに賛成だよ、客観的に見てそのほうがスムーズにことが運ぶだろうし。それにさっきのバルト様への蹴りを見ればわかるでしょ、この人は自分の考えを曲げないって」

 するとルネが私の味方をして助け舟を出してくれた。彼女の方を向いて目が合うと、パチリとウインクをしてきた。

 その言葉で諦めてくれたのか、ロストスとヨーデルはため息をついた後、しぶしぶ私がヨーデルと一緒に彼の村まで同行することを許してくれた。

 方針さえ決まってしまえばあとは早い。私たちは急いで作戦実行の準備を進めた。とりあえず行きはヨーデルがマスタール州に来る時に使った道を使うことにして、帰りは臨機応変に対応することに決定した。

 準備も終わり、私たちは早速出発する。馬車はロストスの屋敷に止めてあった馬車を使わせてもらえることになり、私とヨーデルはその馬車の止めてある場所へと向かうため、屋敷を出る。

 外に出ると夜の冷たい空気が全身にぶつかって来て、一気に私たちの体を引き締らせる。暖かい陽の光はなく、月の明かりだけが私たちを照らしていた。
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