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第6話 ロストス、語る
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「それってどういう……」
あまりにも急すぎるロストスの言葉に思考が追いつかない。なぜなら彼に惚れられる心当たりが全くないからだ。
「おいお前、何を言ってるんだ!」
ヨーデルも反応してすごい形相でロストスのことを睨んでいるが、彼は無視して話を続けた。
「まあそれはそうでしょうね、僕が一方的に惚れているんですから。この際です、理由をお教えしましょう。アメリスさん、僕はあなたの目に惚れたんです」
目? 世の中にはさまざまな嗜好を持つ人がいると聞いたことがあるが、ロストスも変わった嗜好を持つ人間なのだろうか。
「別に変態的な意味合いではないですよ。そうですね、これを説明するには僕の出自から語る必要がありますね」
ロストスはそう言うと、ぽつりぽつりと自分のことを語り出した。
ロストスはマスタールの地下貧民街で生まれた。そこは光の届かない絶望の街であり、皆死んだ目をしていたそうだ。マスタールの商業地区はあんなに人で溢れて賑わっていたのに考えられない。
両親も幼い頃にすぐに亡くなり、自分よりもさらに幼い妹と二人っきり、暗い地下に残されてしまう。同じような子供たちと徒党を組んで商業地区であるが故に豊富に発生する廃棄された食べ物を漁って生活する日々。その頃は自分が生きているのか死んでいるのかもわからないような気分であり、ただただ生きるのに必死であったという。
だがそんな日々を過ごしているうちに転機が訪れる。いつもと同じようにゴミの山を食糧を求めてさまよっていた日、ロストスはある一冊の本を見つけたそうだ。それは絵本であった。もちろん文字など教わっていない、何が書かれているかは絵から想像するしかなかったが、そこには自分とはかけ離れた生活を送る人々がのっていた。彼の話を聞く限り、私たちのような貴族(私は元だが)が豪勢に飲み食いするシーンであったという。
「あの衝撃は今でも忘れませんよ、煌びやかな服装に見たこことないほど綺麗な食べ物。自分と同じ人間のはずなのにここまで違うのかって思いました」
ロストスは当時のことを思い出して、そう語る。彼が抱いたのは正と負の二つの感情であったという。一つは憧れ、もう一つは憎しみ。今の現状と比較して彼らを羨ましいと思うと同時に、その姿が脳裏に焼き付いて離れない悪夢となった。
「そこからは這い上がるために一生懸命でしたよ。地下街の浮浪者で文字を読める人を探して必死に勉強しました。マスタール州は商業が盛んで成り上がることもできるけどその分没落した人間が地下街に流れてくるんです。彼らから経営や経済のことを学びました」
見える部分だけが全てではない。私はそのことを見せつられているような気分になる。ヨーデルが私の見えないところで貧困にあえいでいたように、マスタールにも太陽の届かない闇があるのだろう。しかもその闇は光を浴びている人間は気づかないのだ。
そして彼は成り上がる。学歴もなければ親の後ろ盾がないのにも関わらず自分の知識と言葉だけを頼りにして大成したのだ。
「そう、あなたも大変だったのね……でも今の話と私に惚れるのになんの関係があるのかしら」
確かにロストスはすごい。私は虐げられていながらも一応はロナデシア家の令嬢としての身分は持っていた。私だったらそんなこと絶対無理だと思うと同時に、話が見えてこなかった。
「そうだ。お前が苦労人だということは分かったが、アメリス様に惚れるのと話が繋がってこない。あとさっきからアメリスさんと呼んでいるが様をつけろ、お前だって貴族じゃないんだろ?」
なぜか喧嘩腰でヨーデルは言った。いつの間にか彼もしゃがみ込んで私の横に座っており、三人で内緒話でもしているかのようだ。
「そこに僕が惚れたヒントがあるんだよ、農民君」
たしなめるようにロストスは返す。彼は話を続けた。
ロストスは成り上がって裕福になり、貴族のように豊かな生活を送れるようになって彼らへの憧れは消えたが、幼少期に消えた負の感情は失っていなかった。貴族へ抱いた憎しみは依然と残り続けていたのだ。だからロストスは貴族をある種見下していそうだ、私たち貴族にも身分の異なるものを見下す者がいるように。
しかしそんな貴族たちともうまく付き合っていかなければ実業家というものは成立しない。そこで彼が思いついた遊びのようなものがあえて貴族を「様」ではなく「さん」づけで呼ぶことであった。
一般に貧富の差に関係なく、身分の下のものは身分の上のものに対して「様」をつけるのが世の中の慣わしだ。いくら平民上がりで権力を手に入れようとも、貴族には一生「様」をつけるのが自然である、
ロストスは当初は貴族に対し「さん」づけで呼ぶことで嫌がらせをしていただけだったが、続けていくうちにある時相手の反応で自分達貴族以外をどう思っているのか大体わかるようになったというのである。
「そんなこと可能なの?」
私もいろんな人と出会ってきた。でも露骨に態度に出ない限り相手の考えていることなんてわかりっこない。
「それが最初の話につながってくるんです。目の動きを見るんですよ」
ロストスは自分の目を指さす。
ロストス曰く、「さん」づけで呼ばれた貴族はその苛立ちの程度に応じて目の動きが変わるのだそうだ。今までそんなこと意識したことなかった。
「ちなみにテレースさんは目だけじゃなくて口角も若干動いてましたよ」
苦笑いをすることしかできない。あの傲慢なお母様のことだ、そんな反応にもなるだろう。
「でもね、アメリスさんだけは違った。正直前情報だけで聞いていたあなたの印象は良くなかったんですよ。慈善事業をしているといってもどうせ貴族の自己満足を満たすためにやっているだけで内心は平民のことを馬鹿にしているんだろうって」
「そんなことないわよ!」
私はロストスの言葉を強く否定する。今まで生きてきてそんなこと思ったことがない。平民であっても私と同じ平等な人間なのだ。
「ええ、そうなんでしょうね、証拠にあなたはあの時全く目を動かしませんでしたから」
これが僕があなたに惚れた理由ですよ、アメリスさん。ロストスは最後に付け足して話を締め括った。
「さあ僕のことは話しました。次はアメリスさんの抱えている事情を話してもらいますよ」
ロストスは顔を近づけて私にせまる。しかしロストスを本当に信用していいのか疑問が残り、口はすぐに動かない。彼は貧民街から成り上がってきたということは口は相当うまいはずだ、私を騙している可能性だってあり、今の話だって全て嘘かもしれない。
「アメリス様、こんなやつ信用できません。きっと何か企んでるに」「君は黙っててくれ、僕は今アメリスさんと話しているんだ」
ヨーデルが忠告しようとしたのを鋭い声で静止して、ロストスは私を見つめてくる。その真っ直ぐとした視線がなんだか回答を急かされているような気がして、目を逸らしてしまう。
結局のところ、今問題となるのはロストスを信じるか否かだ。地面を見つめながら、私は考える。
しかし結論は出ない。
ふともう一度ロストスを見る。彼の視線は私から逸れることなく、ずっと真剣な表情と共に私に向けられていた。
彼の瞳に私の顔が映る。その顔は見たことないほど苦悩で歪んでいた。
そこではっと気づく。どうして人を信じるのにここまで迷っているのだろう。今までここまで人を疑ったことなどあっただろうか。何事も自分から信じないと始まらない。領民の信頼を得るには自分から信じないといけないと言うことを忘れたのか。
しっかりしなさい、アメリス!
自分の頬を叩いて気合いを入れる。小気味のいい音が暗く静かな通りに響き渡る。
ここまでの話の流れで彼が私に惚れている経緯も、その意味も理解できた。こんなに私のことを人間として惚れていると言ってくれる人物を信じないで何が領主だ、たとえ領主の一家から追放されてもその矜持だけは失ってたまるものか!
「分かったわ、ロストス。私の置かれている状況を話します。こんなに人間として尊敬していると言われたんだもの、あなたを信じるわ」
私は決心して言葉を口にする。ロストスは喜んでくれるかと思ったが、怪訝な表情を浮かべてからこう言った。
「アメリスさん、僕が言った惚れてるっていうのは……」「ええ、分かってるわ。男女の意味じゃないってことでしょ? 私が貴族にあまりいないタイプだったから注目してれたのよね。私だって貴族の世間知らずといってもそれくらいは理解できるから安心しなさい」
私がロストスにそう言うと、彼は口を開けて何も喋らなくなった。誤解がないと分かって安心したのだろうか。
私はことの経緯をロストスに語ることにした。話している間、どうしてかわからないが彼は終始残念そうな顔をしており、ヨーデルは嬉しそうに少し口角を上げていた。
あまりにも急すぎるロストスの言葉に思考が追いつかない。なぜなら彼に惚れられる心当たりが全くないからだ。
「おいお前、何を言ってるんだ!」
ヨーデルも反応してすごい形相でロストスのことを睨んでいるが、彼は無視して話を続けた。
「まあそれはそうでしょうね、僕が一方的に惚れているんですから。この際です、理由をお教えしましょう。アメリスさん、僕はあなたの目に惚れたんです」
目? 世の中にはさまざまな嗜好を持つ人がいると聞いたことがあるが、ロストスも変わった嗜好を持つ人間なのだろうか。
「別に変態的な意味合いではないですよ。そうですね、これを説明するには僕の出自から語る必要がありますね」
ロストスはそう言うと、ぽつりぽつりと自分のことを語り出した。
ロストスはマスタールの地下貧民街で生まれた。そこは光の届かない絶望の街であり、皆死んだ目をしていたそうだ。マスタールの商業地区はあんなに人で溢れて賑わっていたのに考えられない。
両親も幼い頃にすぐに亡くなり、自分よりもさらに幼い妹と二人っきり、暗い地下に残されてしまう。同じような子供たちと徒党を組んで商業地区であるが故に豊富に発生する廃棄された食べ物を漁って生活する日々。その頃は自分が生きているのか死んでいるのかもわからないような気分であり、ただただ生きるのに必死であったという。
だがそんな日々を過ごしているうちに転機が訪れる。いつもと同じようにゴミの山を食糧を求めてさまよっていた日、ロストスはある一冊の本を見つけたそうだ。それは絵本であった。もちろん文字など教わっていない、何が書かれているかは絵から想像するしかなかったが、そこには自分とはかけ離れた生活を送る人々がのっていた。彼の話を聞く限り、私たちのような貴族(私は元だが)が豪勢に飲み食いするシーンであったという。
「あの衝撃は今でも忘れませんよ、煌びやかな服装に見たこことないほど綺麗な食べ物。自分と同じ人間のはずなのにここまで違うのかって思いました」
ロストスは当時のことを思い出して、そう語る。彼が抱いたのは正と負の二つの感情であったという。一つは憧れ、もう一つは憎しみ。今の現状と比較して彼らを羨ましいと思うと同時に、その姿が脳裏に焼き付いて離れない悪夢となった。
「そこからは這い上がるために一生懸命でしたよ。地下街の浮浪者で文字を読める人を探して必死に勉強しました。マスタール州は商業が盛んで成り上がることもできるけどその分没落した人間が地下街に流れてくるんです。彼らから経営や経済のことを学びました」
見える部分だけが全てではない。私はそのことを見せつられているような気分になる。ヨーデルが私の見えないところで貧困にあえいでいたように、マスタールにも太陽の届かない闇があるのだろう。しかもその闇は光を浴びている人間は気づかないのだ。
そして彼は成り上がる。学歴もなければ親の後ろ盾がないのにも関わらず自分の知識と言葉だけを頼りにして大成したのだ。
「そう、あなたも大変だったのね……でも今の話と私に惚れるのになんの関係があるのかしら」
確かにロストスはすごい。私は虐げられていながらも一応はロナデシア家の令嬢としての身分は持っていた。私だったらそんなこと絶対無理だと思うと同時に、話が見えてこなかった。
「そうだ。お前が苦労人だということは分かったが、アメリス様に惚れるのと話が繋がってこない。あとさっきからアメリスさんと呼んでいるが様をつけろ、お前だって貴族じゃないんだろ?」
なぜか喧嘩腰でヨーデルは言った。いつの間にか彼もしゃがみ込んで私の横に座っており、三人で内緒話でもしているかのようだ。
「そこに僕が惚れたヒントがあるんだよ、農民君」
たしなめるようにロストスは返す。彼は話を続けた。
ロストスは成り上がって裕福になり、貴族のように豊かな生活を送れるようになって彼らへの憧れは消えたが、幼少期に消えた負の感情は失っていなかった。貴族へ抱いた憎しみは依然と残り続けていたのだ。だからロストスは貴族をある種見下していそうだ、私たち貴族にも身分の異なるものを見下す者がいるように。
しかしそんな貴族たちともうまく付き合っていかなければ実業家というものは成立しない。そこで彼が思いついた遊びのようなものがあえて貴族を「様」ではなく「さん」づけで呼ぶことであった。
一般に貧富の差に関係なく、身分の下のものは身分の上のものに対して「様」をつけるのが世の中の慣わしだ。いくら平民上がりで権力を手に入れようとも、貴族には一生「様」をつけるのが自然である、
ロストスは当初は貴族に対し「さん」づけで呼ぶことで嫌がらせをしていただけだったが、続けていくうちにある時相手の反応で自分達貴族以外をどう思っているのか大体わかるようになったというのである。
「そんなこと可能なの?」
私もいろんな人と出会ってきた。でも露骨に態度に出ない限り相手の考えていることなんてわかりっこない。
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ロストスは自分の目を指さす。
ロストス曰く、「さん」づけで呼ばれた貴族はその苛立ちの程度に応じて目の動きが変わるのだそうだ。今までそんなこと意識したことなかった。
「ちなみにテレースさんは目だけじゃなくて口角も若干動いてましたよ」
苦笑いをすることしかできない。あの傲慢なお母様のことだ、そんな反応にもなるだろう。
「でもね、アメリスさんだけは違った。正直前情報だけで聞いていたあなたの印象は良くなかったんですよ。慈善事業をしているといってもどうせ貴族の自己満足を満たすためにやっているだけで内心は平民のことを馬鹿にしているんだろうって」
「そんなことないわよ!」
私はロストスの言葉を強く否定する。今まで生きてきてそんなこと思ったことがない。平民であっても私と同じ平等な人間なのだ。
「ええ、そうなんでしょうね、証拠にあなたはあの時全く目を動かしませんでしたから」
これが僕があなたに惚れた理由ですよ、アメリスさん。ロストスは最後に付け足して話を締め括った。
「さあ僕のことは話しました。次はアメリスさんの抱えている事情を話してもらいますよ」
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しっかりしなさい、アメリス!
自分の頬を叩いて気合いを入れる。小気味のいい音が暗く静かな通りに響き渡る。
ここまでの話の流れで彼が私に惚れている経緯も、その意味も理解できた。こんなに私のことを人間として惚れていると言ってくれる人物を信じないで何が領主だ、たとえ領主の一家から追放されてもその矜持だけは失ってたまるものか!
「分かったわ、ロストス。私の置かれている状況を話します。こんなに人間として尊敬していると言われたんだもの、あなたを信じるわ」
私は決心して言葉を口にする。ロストスは喜んでくれるかと思ったが、怪訝な表情を浮かべてからこう言った。
「アメリスさん、僕が言った惚れてるっていうのは……」「ええ、分かってるわ。男女の意味じゃないってことでしょ? 私が貴族にあまりいないタイプだったから注目してれたのよね。私だって貴族の世間知らずといってもそれくらいは理解できるから安心しなさい」
私がロストスにそう言うと、彼は口を開けて何も喋らなくなった。誤解がないと分かって安心したのだろうか。
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