使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん

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第2話 アメリス、森に入る

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 どれくらいの時間が経ったのだろうか。私は馬車の荷台に乗り、荷物と一緒に揺られている。荷台には作物を雨から守るために一応屋根がついているが、年季が入っており今にも破けそうだった。

 それに先ほどから結構揺れがひどいが、おそらく国境警備の兵士といった他の人間になるべく見つからないようにするために、あまり整備のされていない道を進んでいるためだろう。証拠に先ほどからすれ違う馬車の姿はない。善良な領民である彼らに野盗のような隠密行動を強いてしまう事実が揺れとともに伝わってくる。

 荷台には作物の入った箱が十個ほど積み上げられている。食用の作物ならば慈善事業の都合上詳しいが、箱の中に入っている作物は見たことのない種類の作物であった。なので香料や薬の材料として使われるものではないかと私は予想する。

 そんなことを考えていると、急に馬車が停車した。

「どうしたのヨーデル。もう着いたの?」

 私は荷台から顔を出し、馬に乗って馬車を操作しているヨーデルに問いかける。

「いいえアメリス様、俺たちがこれから向かうナゲル連邦のマスタール州は商業が盛んな街でして商人なら商業地区に通行証などもなく入国できるのですが、なにぶんアメリス様のお姿は目立ってしまいます。だからしばらくこの馬車で待っていてくださいませんか。商品を卸して洋服を調達したらすぐに戻って参りますので」

 ヨーデルの言うことは一理ある。こんな派手に着飾っている私が急に商売人とそれを買い求める人々の間に現れたらなにごとかと思われてしまう。早起きしてお茶会の準備を万全にしていたのがこんなところで裏目に出るなんて。

「そういうことね。わかった、私はここで待ってるわ」

 私がそう言うと、ヨーデルはすぐに戻ってきますと言って馬から降りると、荷台から五個ほど箱を下ろして、手際よく積み上げるとよいしょという掛け声とともに持ち上げた。箱の一つ一つはそれなりのサイズがあるが、それをまとめて持ち上げてもヨーデルはびくともしない。さすが毎日の農作業で鍛えられていることはある。

 ヨーデルは荷物を持ち、馬車の進行方向へと歩いていった。あまり前を見ていなかったので気づかなかったが、道の先にはかすかに街のようなものが見えた。

 私は再び一人になる。ヨーデルは馬車を運転するのに集中していたためあまり会話はしなかったが、それでも人がそばにいるのといないのでは大違いだ。少し寂しさがこみ上げてくる。

「ヨーデルはどれくらいで帰ってくるのかしら」

 最初は手切れ金の金貨を指で弾いたりしてなんとか暇を潰していたが、そんなことが楽しいはずもなくすぐに飽きてしまう。ヨーデルが帰ってくるまでの時間が無限に感じられ、このままでは気持ちが沈んでいくばかりだと思い、私は気分転換に荷台から降りて外を少し散歩することにした。他の誰かに見つかったらまずいのではないかという考えも浮かんだが、先ほどまで誰ともすれ違わなかったのだ、大丈夫だろうと思い直し荷台から降りた。

 この辺りの道は森を切り開いて作った道であり、道の左右には森林が広がっている。屋敷で家庭教師から教わったが、マハス公国の国境はどこも森林で区切っているらしい。なぜかと理由を尋ねたところ、マハス公国の兵士は平地で戦うよりも森の中などで奇襲をかけて戦う戦法が得意であり、土地の利を生かして戦闘を行うために長い年月をかけて樹木を植えたのだそうだ。

 あれ、でもここはナゲル連邦よね、どうしてこんなに樹木が生い茂っているのかしら。

 少し考えてみたが理由は浮かばなかった。まあ今の私にはどうでもいいことだ。そんなことより少し森の中でも探索してみよう。

 私は森の中へと入った。地面は少し湿っており、何歩か歩いただけで靴が汚れてしまった。これが公務の前であったなら焦って土を落としていただろうが、今の私はロナデシア家のアメリスではない、ただのアメリスなのだ。少しの汚れなどかまうものかと思って、私は森の中へと入っていく。あまり遠くに行くとヨーデルが私を心配するかもしれない。馬車が見える範囲で散歩をしよう。

 馬車が見える範囲を移動するので同じ場所を行ったり来たりしているだけであったが、荷台で座っているだけよりも少しばかり心が落ち着くような気がする。メイドの中に趣味は森林浴と言っていたものがいた。森の中を歩くだけで楽しいのだろうかと疑問に思っていたが、実際にやってみると思いの外悪くない。知らないことであった。

 ふらふらと歩きながら、私はナゲル連邦のことを考えていた。

 ナゲル連邦。マハス公国のロナデシア領とマルストラス領に接する国だ。統治体系は連邦制であり、いくつかの州が連合して形成されている。州同士がある程度の独立を保ったまゆるやかに連合しており、ナゲル連邦は一つの国というよりも国にもなれないような自治体がいくつか集まって国としての規模を保つに至っていると言った方がいいのかもしれない。

 ロナデシア領と接しているのはマスタール州であり、国境ということもあってか商業で栄えている。接しているのにもかかわらず、私はマスタール州に関しては知識以外では知らず、どんな州であるかは情報でしかわからないのだ。公務で来た時は商業地区などをみる暇もなく、すぐに州の知事の屋敷に連れて行かれてしまったからである。

 私はナゲル連邦にあまりいい思い出はない。公務では私と姉と妹の三姉妹で連れて行かれるのだが、得意の頭脳を生かして取引やら何やらをお偉いさんと話し合う姉や、他国の若い有望な男たちと関係を構築する妹と比べて、私は何もすることができなかった。たまに私に興味を持ってくれる人もいるが、大体お母様が邪魔をしてくるのだ。

 ナゲル連邦での公務の一環として屋敷での交流会という名前のパーティーに参加した時も、私を食事に誘ってきた若い実業家がいたが、勝手にお母様がキャンセルした。本当になんなのあの人、自分がお腹を痛めて産んだ子供がかわいくないのかしら。

 ナゲル連邦のことを考えていたはずなのに、いつの間にかお母様への苛立ちへと思いを馳せる対象が変わってしまっていることに気づき、ぶんぶんと頭を振って思考を切り替える。やはり一人でいると思考がマイナスの方向に走ってしまってよくない。気持ちを切り替えるために口から大きく息を吸ってゆっくり吐き出す。自然が育てた爽やかな空気が胸いっぱいに広がる。

 何度か深呼吸をしていると、私を呼ぶ声が馬車の方から聞こえた。少し馬車の方に戻ると、ヨーデルが私の名前を大声で叫んでいた。いつの間にかヨーデルが帰ってくる時間になっていたらしい。街は結構遠いから時間がかかると思っていたのに、急いでくれたのだろうか。

 私は彼に向かって今いくわと大声で言った。大自然の中ということもあってか、驚くほどその声は透き通っていた。

 私ってこんなに声出るんだ。 

 今まで知らなかった自分の一面を知ったようでなんだか面白くて少し笑ってしまう。

 私はヨーデルの元へと急いだ。走ったせいで彼の元に辿り着いた時には、靴は見たことないほど土だらけになっていた。
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