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怪物街道 鬼の話
対面
しおりを挟む怪物街に着く頃には、月が高く昇っていた。提灯が点々と灯る街並み、往来の真ん中で、威風堂々としたほんのり赤黒い肌の男がいた。
白髪で髪は少し長く、襟足が首を覆っている。身長が非常に高く、大柄な身体には黒色の大きな敷布を纏っていた。
男が振り向く。男の目は、煌々と紅く輝いている。
「よう、随分と探したぜ」
鬼は、口角を上げ、白く尖った歯を覗かせながらそう言った。
○
鬼を目の前にしているのは僕一人。ぼっこさんもついて来てくれているが、隠れてもらっている。ぼっこさんと僕が常に一緒に行動している事は鬼に知られていない。これは一つの強みだ。そして、ぬらりひょんの爺さんは怪物街に着く前に別行動をしている。どこかで見ているとは思うが、姿を早々に隠した。
爺さんの存在を僕が認識したままでは、爺さんの力が真に発揮出来ないと僕は思っているから別に何も思わない。認識されない事こそあの爺さんの強みだからだ。
そもそも、助けがあるかどうかという問題もあるが。
手札は多い方が良い。相手に知られていない札は重要だ。土壇場で、ただ単に出すも良し、状況を見て新たに策を考えるも良し。
さらに言えば、ぼっこさんの存在を知らない事からも、鬼はこちら側の情報を殆ど持っていない事が窺える。反面、僕はこの鬼について多くの事を知り得た。
この鬼、存在としてはかなり上位の妖怪。ぬらりひょんの爺さんや貂のような特殊な技能を持ってはいないが、単純に身体能力が高い。人間の数倍もの力を遺憾無く発揮出来るらしい。本来、人間が使える力というのはそれだけで相当である。それが鍛えられ、さらに数倍にも膨れ上がり、余す事なく使う事が出来たとすれば脅威だ。それも、一瞬とか生半可な制限も無い。常時その状態。弱い訳がない。
鬼には幾つかの習性がある。僕らの中では、鬼とは極悪非道のモノであるという想像が簡単に成せる。その想像は、当たっているし、外れているとも言えるのだ。鬼が生まれた由来は、古で多く語られるのが嘘や罪によって、嫉妬や絶望が身を包み、鬼と化すものが大概である。他にも、地獄に棲まう鬼、所謂、獄卒に関しては、堕ちた人間を裁く為にあらゆる罪に応じて執行する。中には勿論、ただ己の欲の為に理由無く暴れ回る鬼もいるらしいが、何かしらの理由がある事が大体だそうだ。
長々語ったが、曲がった事が嫌いという話だ。
全てがそうとは限らないが、少なくともこの鬼は常にそれを意識する、とのこと。
襲いかかる時も、真正面から堂々と来る。それがこの鬼の美学なのだろう。
全てが単純。だからこそ強いのはわかるし、だからこそ戦いやすい面もある。
長所と短所は表裏一体。半端者では無いからこそハッキリしている。ありがたい。
正面切って、というか戦うつもりは無いが、知っているという事は大事だ。まぁ、話がしたいだけだが、そう穏便に上手く行くとも思えないからな。
「どうして僕を探していたんですか」
鬼は鼻で笑って答え出す。どうやら会話はしてくれるようだ。
「怪物街に、骨のある人間が来たという噂が立った。面白そうだったからな、ちっと遊んでやろうと思ってよ」
「だからって、関係ない人達を巻き込むのはやめてもらいたいところです」
「人じゃねぇ。妖怪だ」
声を低くして鬼は訂正してきた。その威圧に、足が竦む。
「大体な、この程度の荒事はこっちじゃ日常茶飯事なんだよ。目くじら立てることでもねぇ」
鬼は頭をボリボリ掻きながら、見下すように顔を上げる。
「何だ、てめぇ。怒ってんのは、この前のイタチ娘のことか?珍しくぬらりひょんのジジイがオレに突っかかって来たからな。直接やり合えるかもと思ったが、ジジイは逃げやがったよ」
鬼は、嘲るように笑う。
「あのイタチ娘に関しちゃ、おれの周りをチョロチョロしてうざったくてな。一発はたいてやったら高い声で何言ってるかわかりゃしねぇ。だから、今度は小突いてやったら思いの外軽くてな。大した怪我でもねぇのに涙目になってやがった」
仮に何分の一かの力で殴ったとしても、それは鍛えた成人男性が本気で殴るのと威力は変わらない。人間の制限のかかってない鬼の身体能力ならば、軽く小突くと言ってもどれだけの力が出たかわからない。
「女の子に手を上げて、自慢げに語るなよ」
「やっぱり知り合いか。目つきも口調も変わってるぜ」
鬼は尚も挑発的に笑う。
「その後ジジイが来て、イタチ娘を連れて逃げてった。この程度のいざこざは良くあることさ。むしろ、力が無い事を示す妖怪なんざどうかと思うぜ、おれぁな」
「力自慢はもうわかったよ。僕はただの非力な人間だ。悪いが、お前を楽しませる力なんて無い。話すら合わない。わかったなら、もう誰かに迷惑をかけるのはやめてもらいたい」
僕はため息を吐きながら言った。
「いやいや、そうはいかねぇだろ」
鬼はニヤニヤしながら言う。
「折角、怪物街まで来たんだ。御足労頂いたんだし、ついでにお手合わせ願うぜ!」
鬼は身体に纏っていた敷布を取っ払った。出て来たのは、鍛え上げられて盛り上がった上半身、下には黒の袴を着用している。放たれる威圧感は、息をするのも苦しくなる程だった。
鬼は膝を曲げ、その体躯が沈み、こちらに駆け出す予備動作を始める。
お手合わせなんて全くの冗句だ。
「虐めたいだけだろお前…!」
僕も姿勢を低くし、鬼の動きに備えた。
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