5 / 59
怪物街道 倉の話
楽しい時間はあっという間です
しおりを挟む
今日一日お世話になってしまうとあらば、何かお手伝いをしたいとぼっこさんに申し出たところ、まず申しつけられたのは夕餉の支度であった。
とまれ、その前に倉の中について説明しようと思う。
倉は十四畳、もしくは七坪程度の大きさで二階建てになっている。
一階には、今はなかなかお目にかかれないであろう竈があり、そこで料理等を作ることになる。そして、机や椅子などは置いておらず、座布団が置かれている。お客様用にまだ幾つかあるようだ。かなり広々としている。物が少ないため、僕の意見としてはであるが、寂しさを感じる。
二階には色々と物が置いているが、とても綺麗に整理されていた。とはいえ、大きな物や重い物が置いているわけではない。倉横にあったような腰掛けに似ている物が多少あったり、という具合だ。一階にあった物からもだが、古い時代に使われていた物が多い印象で、現代で使われているような電化製品等は一切無い。まるで何世紀も前の時代にでも来てしまったかのような感覚に陥ってしまう。不思議なところだ。
さて、調理の話に戻ろう。
本日の一品は、ぼっこさんが自信を持ってお薦め出来るものとのことで、その仕込みはぼっこさん自身が行うから、僕がする事といえば味噌汁を作ることである。味噌汁の具は、豆腐と油揚げ。手頃な大きさに切った後、鍋に水を入れる。具材を入れて沸騰させ、味噌を溶かす。少し味見を失敬。なかなかの出来。恐悦至極とのたまう姿が目に浮かぶでござるよぼっこ殿。
そんなことを考えながらぼっこさんの方を向いた。ぼっこさんは現在魚を焼いているようだ。良い匂いが鼻を刺激する。表面部分に焼き目がついているのが見えた。
焼いている横に濃い茶色の液体が入った小皿が見える。調味料だろう。醤油だと思われる。あれを魚にかけて食べるのを想像すると、喉がゴクリとなった。ついでに腹も鳴るのではないかと思った。ぼっこさんとはかなり距離が近いので、お腹が鳴った場合には即座にわかるだろう。
ぐぅ。
ちょうど聞こえてきた。成程、これくらい聞こえてしまうわけか。これは恥ずかしい。ぼっこさんは目を見開いてこちらを見ている。
「…聞こえた?」
ぼっこさんの顔がみるみる赤くなる。
「いえ、何のことでしょう。それより火に近付きすぎかもしれませんよ。顔が随分赤い」
僕が少し笑いながら言うと、聞こえているのに意地悪だとぶつぶつ言い出した。
穏やかな時間が流れていく。
ぼっこさんは御膳を用意し、その上に白米を置いてくれた。隣に僕が作った味噌汁を置く。そしてさらにぼっこさんが焼いた魚をのせたお皿を置いた。完璧な三角形の完成である。
と思ったら魚の隣に漬物をのせた小皿が置かれた。訂正しよう、完璧な菱形の完成である。
美味しそうだと眺めていると、ぼっこさんが先程の醤油と思われる液体を持ってきた。その笑顔は、燦然と輝いているとまで言えるほど。
「今日はお客さんが来ているので、高級品を食べても許されます!」
ぼっこさんは声高々に、小皿を掲げた。
「醤油ですか」
僕がぼっこさんに聞くと
「醤油… だけではないよ」
と答えた。
どうやら隠し味があるようだ。
「なんと、みりんも入ってます!」
ぼっこさんの鼻から勢いよく息が漏れた。恐ろしい程の自信の溢れよう。これは凄い。
「これを魚にかけます」
焼かれた魚に醤油とみりんを混ぜたものがかけられる。たしかにこれは美味しかろう。
「さぁ、ご飯にしましょう」
僕とぼっこさんは向かい合って座り、両手を合わせた。
「「いただきます」」
楽しい夕食の始まりである。
ぼっこさんと話すのは楽しかった。というのも、彼女は明るく振る舞い、失敗談であっても前向きに話を締める。常に柔らかい口調で喋り、言葉遣いも優しいものであった。心地良く話を聞いていられるので、体が自然と前のめり気味になってしまうのも致し方ないだろう。どんな話であっても何かに対して負に当たる言葉や感情は表さない。
日が沈み、夜になってくるとぼっこさんは行灯に火をつけた。灯明皿と呼ばれる小皿に油を入れ、そこに細めの撚り紐を浸す。撚り紐を灯心とし、端に火をつける。これを灯りにしていた。風流とは思うが、蝋燭も使わないとはかなりのこだわりだ。
灯火はか細く、雰囲気は、ともすれば怪談でも始まるのかという部屋の状況。しかし、内容は明るく、ぼっこさんと僕は夜が更けていくのを尻目に話を続けた。
とまれ、その前に倉の中について説明しようと思う。
倉は十四畳、もしくは七坪程度の大きさで二階建てになっている。
一階には、今はなかなかお目にかかれないであろう竈があり、そこで料理等を作ることになる。そして、机や椅子などは置いておらず、座布団が置かれている。お客様用にまだ幾つかあるようだ。かなり広々としている。物が少ないため、僕の意見としてはであるが、寂しさを感じる。
二階には色々と物が置いているが、とても綺麗に整理されていた。とはいえ、大きな物や重い物が置いているわけではない。倉横にあったような腰掛けに似ている物が多少あったり、という具合だ。一階にあった物からもだが、古い時代に使われていた物が多い印象で、現代で使われているような電化製品等は一切無い。まるで何世紀も前の時代にでも来てしまったかのような感覚に陥ってしまう。不思議なところだ。
さて、調理の話に戻ろう。
本日の一品は、ぼっこさんが自信を持ってお薦め出来るものとのことで、その仕込みはぼっこさん自身が行うから、僕がする事といえば味噌汁を作ることである。味噌汁の具は、豆腐と油揚げ。手頃な大きさに切った後、鍋に水を入れる。具材を入れて沸騰させ、味噌を溶かす。少し味見を失敬。なかなかの出来。恐悦至極とのたまう姿が目に浮かぶでござるよぼっこ殿。
そんなことを考えながらぼっこさんの方を向いた。ぼっこさんは現在魚を焼いているようだ。良い匂いが鼻を刺激する。表面部分に焼き目がついているのが見えた。
焼いている横に濃い茶色の液体が入った小皿が見える。調味料だろう。醤油だと思われる。あれを魚にかけて食べるのを想像すると、喉がゴクリとなった。ついでに腹も鳴るのではないかと思った。ぼっこさんとはかなり距離が近いので、お腹が鳴った場合には即座にわかるだろう。
ぐぅ。
ちょうど聞こえてきた。成程、これくらい聞こえてしまうわけか。これは恥ずかしい。ぼっこさんは目を見開いてこちらを見ている。
「…聞こえた?」
ぼっこさんの顔がみるみる赤くなる。
「いえ、何のことでしょう。それより火に近付きすぎかもしれませんよ。顔が随分赤い」
僕が少し笑いながら言うと、聞こえているのに意地悪だとぶつぶつ言い出した。
穏やかな時間が流れていく。
ぼっこさんは御膳を用意し、その上に白米を置いてくれた。隣に僕が作った味噌汁を置く。そしてさらにぼっこさんが焼いた魚をのせたお皿を置いた。完璧な三角形の完成である。
と思ったら魚の隣に漬物をのせた小皿が置かれた。訂正しよう、完璧な菱形の完成である。
美味しそうだと眺めていると、ぼっこさんが先程の醤油と思われる液体を持ってきた。その笑顔は、燦然と輝いているとまで言えるほど。
「今日はお客さんが来ているので、高級品を食べても許されます!」
ぼっこさんは声高々に、小皿を掲げた。
「醤油ですか」
僕がぼっこさんに聞くと
「醤油… だけではないよ」
と答えた。
どうやら隠し味があるようだ。
「なんと、みりんも入ってます!」
ぼっこさんの鼻から勢いよく息が漏れた。恐ろしい程の自信の溢れよう。これは凄い。
「これを魚にかけます」
焼かれた魚に醤油とみりんを混ぜたものがかけられる。たしかにこれは美味しかろう。
「さぁ、ご飯にしましょう」
僕とぼっこさんは向かい合って座り、両手を合わせた。
「「いただきます」」
楽しい夕食の始まりである。
ぼっこさんと話すのは楽しかった。というのも、彼女は明るく振る舞い、失敗談であっても前向きに話を締める。常に柔らかい口調で喋り、言葉遣いも優しいものであった。心地良く話を聞いていられるので、体が自然と前のめり気味になってしまうのも致し方ないだろう。どんな話であっても何かに対して負に当たる言葉や感情は表さない。
日が沈み、夜になってくるとぼっこさんは行灯に火をつけた。灯明皿と呼ばれる小皿に油を入れ、そこに細めの撚り紐を浸す。撚り紐を灯心とし、端に火をつける。これを灯りにしていた。風流とは思うが、蝋燭も使わないとはかなりのこだわりだ。
灯火はか細く、雰囲気は、ともすれば怪談でも始まるのかという部屋の状況。しかし、内容は明るく、ぼっこさんと僕は夜が更けていくのを尻目に話を続けた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
異人こそは寒夜に踊る
進常椀富
ライト文芸
高校生・咲河凛可はある晩、怪人に襲われる。
そこを超人的なお兄さんに救われる。
お兄さんは自分も怪人も『次元接続体』と呼ばれる存在だと説明し、自らは「イチ」と名乗って消えた。
この非日常はそれで終わりかと思われたが、次の日、凛可が親友の美好とバイトをしているときにも、
また別の次元接続体が現れるのであった……。
【完結】白蛇神様は甘いご褒美をご所望です
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
キャラ文芸
廃業寸前だった小晴の飴細工店を救ったのは、突然現れた神様だった。
「ずっと傍にいたい。番になってほしい」
そう言い出したのは土地神である白蛇神、紫苑。
人外から狙われやすい小晴は、紫苑との一方的な婚約関係を結ばれてしまう。
紫苑は人間社会に疎いながらも、小晴の抱えていた問題である廃業寸前の店を救い、人間関係などのもめ事なども、小晴を支え、寄り添っていく。
小晴からのご褒美である飴細工や、触れ合いに無邪気に喜ぶ。
異種族による捉え方の違いもありすれ違い、人外関係のトラブルに巻き込まれてしまうのだが……。
白蛇神(土地神で有り、白銀財閥の御曹司の地位を持つ)
紫苑
×
廃業寸前!五代目飴細工店覡の店長(天才飴細工職人)
柳沢小晴
「私にも怖いものが、失いたくないと思うものができた」
「小晴。早く私と同じ所まで落ちてきてくれるといいのだけれど」
溺愛×シンデレラストーリー
#小説なろう、ベリーズカフェにも投稿していますが、そちらはリメイク前のです。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
後宮の下賜姫様
四宮 あか
ライト文芸
薬屋では、国試という国を挙げての祭りにちっともうまみがない。
商魂たくましい母方の血を強く譲り受けたリンメイは、得意の饅頭を使い金を稼ぐことを思いついた。
試験に悩み胃が痛む若者には胃腸にいい薬を練りこんだものを。
クマがひどい若者には、よく眠れる薬草を練りこんだものを。
饅頭を売るだけではなく、薬屋としてもちゃんとやれることはやったから、流石に文句のつけようもないでしょう。
これで、薬屋の跡取りは私で決まったな!と思ったときに。
リンメイのもとに、後宮に上がるようにお達しがきたからさぁ大変。好きな男を市井において、一年どうか待っていてとリンメイは後宮に入った。
今日から毎日20時更新します。
予約ミスで29話とんでおりましたすみません。
イルミネーションがはじまる日
早稲 アカ
ライト文芸
まちでは、イルミネーションの点灯がはじまる日。まゆみちゃんは、冷たくなった手にあたたかい息をふきかけながら、駅前のロータリーでちょこんとベンチにすわって、スケッチブックをひざもとにのせています。そんなまゆみちゃんに起こったお話です。
天乃ジャック先生は放課後あやかしポリス
純鈍
児童書・童話
誰かの過去、または未来を見ることが出来る主人公、新海はクラスメイトにいじめられ、家には誰もいない独りぼっちの中学生。ある日、彼は登校中に誰かの未来を見る。その映像は、金髪碧眼の新しい教師が自分のクラスにやってくる、というものだった。実際に学校に行ってみると、本当にその教師がクラスにやってきて、彼は他人の心が見えるとクラス皆の前で言う。その教師の名は天乃ジャック、どうやら、この先生には教師以外の顔があるようで……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる