怪物街道

ちゃぴ

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怪物街道 倉の話

楽しい時間はあっという間です

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 今日一日お世話になってしまうとあらば、何かお手伝いをしたいとぼっこさんに申し出たところ、まず申しつけられたのは夕餉ゆうげの支度であった。

 とまれ、その前に倉の中について説明しようと思う。
 倉は十四畳、もしくは七坪程度の大きさで二階建てになっている。
 一階には、今はなかなかお目にかかれないであろうかまどがあり、そこで料理等を作ることになる。そして、机や椅子などは置いておらず、座布団が置かれている。お客様用にまだ幾つかあるようだ。かなり広々としている。物が少ないため、僕の意見としてはであるが、寂しさを感じる。
 二階には色々と物が置いているが、とても綺麗に整理されていた。とはいえ、大きな物や重い物が置いているわけではない。倉横にあったような腰掛けに似ている物が多少あったり、という具合だ。一階にあった物からもだが、古い時代に使われていた物が多い印象で、現代で使われているような電化製品等は一切無い。まるで何世紀も前の時代にでも来てしまったかのような感覚に陥ってしまう。不思議なところだ。

 さて、調理の話に戻ろう。
 本日の一品は、ぼっこさんが自信を持っておすすめ出来るものとのことで、その仕込みはぼっこさん自身が行うから、僕がする事といえば味噌汁を作ることである。味噌汁の具は、豆腐と油揚げ。手頃な大きさに切った後、鍋に水を入れる。具材を入れて沸騰ふっとうさせ、味噌を溶かす。少し味見を失敬。なかなかの出来。恐悦至極きょうえつしごくとのたまう姿が目に浮かぶでござるよぼっこ殿。
 そんなことを考えながらぼっこさんの方を向いた。ぼっこさんは現在魚を焼いているようだ。良い匂いが鼻を刺激する。表面部分に焼き目がついているのが見えた。
 焼いている横に濃い茶色の液体が入った小皿が見える。調味料だろう。醤油だと思われる。あれを魚にかけて食べるのを想像すると、喉がゴクリとなった。ついでに腹も鳴るのではないかと思った。ぼっこさんとはかなり距離が近いので、お腹が鳴った場合には即座にわかるだろう。
 ぐぅ。
 ちょうど聞こえてきた。成程、これくらい聞こえてしまうわけか。これは恥ずかしい。ぼっこさんは目を見開いてこちらを見ている。
「…聞こえた?」
 ぼっこさんの顔がみるみる赤くなる。
「いえ、何のことでしょう。それより火に近付きすぎかもしれませんよ。顔が随分赤い」
 僕が少し笑いながら言うと、聞こえているのに意地悪だとぶつぶつ言い出した。
 穏やかな時間が流れていく。

 ぼっこさんは御膳ごぜんを用意し、その上に白米を置いてくれた。隣に僕が作った味噌汁を置く。そしてさらにぼっこさんが焼いた魚をのせたお皿を置いた。完璧な三角形の完成である。
と思ったら魚の隣に漬物をのせた小皿が置かれた。訂正しよう、完璧な菱形ひしがたの完成である。
 美味しそうだと眺めていると、ぼっこさんが先程の醤油と思われる液体を持ってきた。その笑顔は、燦然さんぜんと輝いているとまで言えるほど。
「今日はお客さんが来ているので、高級品を食べても許されます!」
 ぼっこさんは声高々に、小皿を掲げた。
「醤油ですか」
 僕がぼっこさんに聞くと
「醤油… だけではないよ」
と答えた。
 どうやら隠し味があるようだ。
「なんと、みりんも入ってます!」
 ぼっこさんの鼻から勢いよく息が漏れた。恐ろしい程の自信の溢れよう。これは凄い。
「これを魚にかけます」
 焼かれた魚に醤油とみりんを混ぜたものがかけられる。たしかにこれは美味しかろう。
「さぁ、ご飯にしましょう」
 僕とぼっこさんは向かい合って座り、両手を合わせた。
「「いただきます」」
 楽しい夕食の始まりである。

 ぼっこさんと話すのは楽しかった。というのも、彼女は明るく振る舞い、失敗談であっても前向きに話を締める。常に柔らかい口調で喋り、言葉遣いも優しいものであった。心地良く話を聞いていられるので、体が自然と前のめり気味になってしまうのも致し方ないだろう。どんな話であっても何かに対して負に当たる言葉や感情は表さない。

 日が沈み、夜になってくるとぼっこさんは行灯あんどんに火をつけた。灯明皿とうみょうざらと呼ばれる小皿に油を入れ、そこに細めのひもひたす。撚り紐を灯心とうしんとし、端に火をつける。これを灯りにしていた。風流とは思うが、蝋燭ろうそくも使わないとはかなりのこだわりだ。
 灯火ともしびはか細く、雰囲気は、ともすれば怪談でも始まるのかという部屋の状況。しかし、内容は明るく、ぼっこさんと僕は夜が更けていくのを尻目に話を続けた。
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