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最終回
「猫」との別れ、そしてさらに新しい豊かさへ
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秋の澄んだ空気の青空に、シェアハウスのシンボルのドームがくっきりと映えている日曜日、了二は管理人室の窓から、元庭を区切って貸している、レンタル農園のほうを見ていた。
農園の一区画を借りて、畑をしている家族が、日曜日で仕事がお休みなのだろう、両親と、まだ幼稚園児くらいの女の子と三人で来ている。
お父さんが、緑に繁った植物の外側からスコップを入れて土を掘り返し、女の子とお母さんが緑に繁ったところを持って引き抜くと、土の中から鈴なりに実ったピーナッツが現れた。
了二も土の中で実っているピーナッツの姿を初めて見たが、女の子も、もちろん初めてで、ピーナッツにさわりながら数を数えたりして、収穫を喜んでいる。
了二はその様子を見ながら、自分にも妻と子どもがそばにいてくれる未来があるものだろうかと、ぼんやり考えていた。
その時、突然!
「ピン・ポ~ン」と、間の抜けた、玄関チャイムが鳴り響き、了二は現実に引き戻された。
玄関のドアは、シェアハウスの住人の出入りのため、普段は施錠をしていない。だから彼らがチャイムを押すことはないし、何かの業者の人か、セールスの人にしても、今日は日曜日なので来そうにないものだが、誰だろう?と思いつつ、管理人室から玄関ホールへつながるドアを開けた。
そこに立っていたのは!!
三年前の秋、駅の通路で、了二に「猫」を売った、バリカン刈りの白髪頭に紺の作務衣を着た、じいさんだった!!!
了二が口を開く前に、じいさんが、先にしゃべりだした。了二が着ているTシャツを見つめながら、
「やっぱりナイキなんやなあ。ナイキのどこが好きやのん?」
了二は思わぬ質問に、虚をつかれ、
「ナイキのマークは翼を表しているから、未来へ羽ばたいてゆけそうで好きなんです。」
と、真正直に答えてしまった。じいさんは、
「そのマークは翼やのん?それは初めて知ったわ。ひとつ、勉強になったわ。」
と言い、続けて、了二が飾り棚に置いている「猫」を指差して、
「この子が、了二さんはもう大丈夫やから、迎えに来て。と言うとるもんで、迎えに来たんよ。」
「ええっ!「招き猫」を持って行ってしまうんですか?!」
ここで「猫」がしゃべり出した。
(了二さん、急なことですまんニャア。あらかじめ予告したら、かえって別れがつらくニャると思って。猫は、次の、お金に困っている人のところへ、行かニャアならないから。困っている人を豊かにするのが、猫の仕事ニャから。)
ふたたび了二が口を開く前に、じいさんが先に言った。
「心配すな。兄ちゃんには、これから先を見守ってくれる別の「招き猫」を持って来とる。」
じいさんは、背負っていた大きく膨らんだリュックサックを、よっこらしょっ!と床に下ろし、中から大きな赤ん坊ほどもある、黄金色の招き猫を取り出すと、玄関の飾り棚に、勝手にドン!と置いた。
「えっ…あのー…ちょっと……」
とまどって、オロオロしている了二に構わず、じいさんは、飾り棚からこれまでの、小さな猫をつかんでリュックに入れると、了二のほうに振り向き、
「この黄金の招き猫は、特別仕様やから、消費税込み110万円な。今の兄ちゃんならラクに払える金額やろ。ここに振り込んどいて。振込手数料は兄ちゃん持ちやで。」
と、言って、紙きれを渡し、玄関ドアから走り出ていった。
了二が紙きれに目を落とすと、都市銀行の銀行名と支店名、口座番号が書いてあり、口座名義人として書かれている名前は…
布袋 陶士朗 ホテイ トウジロウ
陶士朗って、あの招き猫を作った、明治時代の有田の陶工だろ?まさか、あのじいさん本人が陶士朗?
了二もあわてて玄関から道路まで走り出て、道路の左右を見たが、もうどこにも、じいさんの姿はなかった。
出会った時と同じように、じいさんの正体を確かめることはできなかった。
了二は玄関ホールに戻って、じいさんが置いていった、黄金の招き猫に近づきながめた。
正面は、一般的な招き猫と同じような姿だが、背中のほうに何か描いてある。
了二は招き猫を両手で持って、背中を見るために回した。そして、一目で胸がいっぱいになり、温かい感情があふれてきた。
そこには、了二が陶士朗の招き猫を買ってから、お世話になった人達の似顔絵が、手慣れた筆さばきで背中一面に描かれていたのである。
時計屋のじいさん、鑑定士さん、多和海比賣神社の隣家のおっちゃん、森田さん、盛金稲荷の宮司、島田氏、野々村さん、ミケロ・アンジェロのパティシエご夫婦、田所医師、伊出レーサー、野々村さんの娘さん。
そして、右下に小さく、さっきこの猫を持って来た、白髪バリカン刈りのじいさんが、右手でピースをした姿が描かれ、その下に「陶士朗」とサインが書いてあった。
後日、了二は指定された口座に、110万円を振り込んだ。
あの、白髪バリカン刈りのじいさんが、最初の招き猫を作った明治時代の陶士朗なのか、あるいは陶士朗という名前が代々相続されているのか、了二にはわからずじまいだったが、人生の伴走をしてくれる、心強い味方を、あのじいさんが了二に与えてくれたのは確かだ。
シェアハウスの玄関に帰ってくると、了二は飾り棚の前に行き、黄金の猫の頭をなでながら、心の中で言った。
(黄金の猫くん、これから末長くよろしく。)
(こちらこそ、よろしくでゴ~ンす。)
大きな猫から、低音のあいさつが返って来た。
まもなく、シェアハウスの大学生達が帰ってくる頃だ。了二は自分もみんなも、自分が知り合うすべての人が、叶うものなら地球上のすべての人が豊かになりますようにと願い、その未来を考えると、ワクワクする気持ちが、とまらなかった。
(完)
農園の一区画を借りて、畑をしている家族が、日曜日で仕事がお休みなのだろう、両親と、まだ幼稚園児くらいの女の子と三人で来ている。
お父さんが、緑に繁った植物の外側からスコップを入れて土を掘り返し、女の子とお母さんが緑に繁ったところを持って引き抜くと、土の中から鈴なりに実ったピーナッツが現れた。
了二も土の中で実っているピーナッツの姿を初めて見たが、女の子も、もちろん初めてで、ピーナッツにさわりながら数を数えたりして、収穫を喜んでいる。
了二はその様子を見ながら、自分にも妻と子どもがそばにいてくれる未来があるものだろうかと、ぼんやり考えていた。
その時、突然!
「ピン・ポ~ン」と、間の抜けた、玄関チャイムが鳴り響き、了二は現実に引き戻された。
玄関のドアは、シェアハウスの住人の出入りのため、普段は施錠をしていない。だから彼らがチャイムを押すことはないし、何かの業者の人か、セールスの人にしても、今日は日曜日なので来そうにないものだが、誰だろう?と思いつつ、管理人室から玄関ホールへつながるドアを開けた。
そこに立っていたのは!!
三年前の秋、駅の通路で、了二に「猫」を売った、バリカン刈りの白髪頭に紺の作務衣を着た、じいさんだった!!!
了二が口を開く前に、じいさんが、先にしゃべりだした。了二が着ているTシャツを見つめながら、
「やっぱりナイキなんやなあ。ナイキのどこが好きやのん?」
了二は思わぬ質問に、虚をつかれ、
「ナイキのマークは翼を表しているから、未来へ羽ばたいてゆけそうで好きなんです。」
と、真正直に答えてしまった。じいさんは、
「そのマークは翼やのん?それは初めて知ったわ。ひとつ、勉強になったわ。」
と言い、続けて、了二が飾り棚に置いている「猫」を指差して、
「この子が、了二さんはもう大丈夫やから、迎えに来て。と言うとるもんで、迎えに来たんよ。」
「ええっ!「招き猫」を持って行ってしまうんですか?!」
ここで「猫」がしゃべり出した。
(了二さん、急なことですまんニャア。あらかじめ予告したら、かえって別れがつらくニャると思って。猫は、次の、お金に困っている人のところへ、行かニャアならないから。困っている人を豊かにするのが、猫の仕事ニャから。)
ふたたび了二が口を開く前に、じいさんが先に言った。
「心配すな。兄ちゃんには、これから先を見守ってくれる別の「招き猫」を持って来とる。」
じいさんは、背負っていた大きく膨らんだリュックサックを、よっこらしょっ!と床に下ろし、中から大きな赤ん坊ほどもある、黄金色の招き猫を取り出すと、玄関の飾り棚に、勝手にドン!と置いた。
「えっ…あのー…ちょっと……」
とまどって、オロオロしている了二に構わず、じいさんは、飾り棚からこれまでの、小さな猫をつかんでリュックに入れると、了二のほうに振り向き、
「この黄金の招き猫は、特別仕様やから、消費税込み110万円な。今の兄ちゃんならラクに払える金額やろ。ここに振り込んどいて。振込手数料は兄ちゃん持ちやで。」
と、言って、紙きれを渡し、玄関ドアから走り出ていった。
了二が紙きれに目を落とすと、都市銀行の銀行名と支店名、口座番号が書いてあり、口座名義人として書かれている名前は…
布袋 陶士朗 ホテイ トウジロウ
陶士朗って、あの招き猫を作った、明治時代の有田の陶工だろ?まさか、あのじいさん本人が陶士朗?
了二もあわてて玄関から道路まで走り出て、道路の左右を見たが、もうどこにも、じいさんの姿はなかった。
出会った時と同じように、じいさんの正体を確かめることはできなかった。
了二は玄関ホールに戻って、じいさんが置いていった、黄金の招き猫に近づきながめた。
正面は、一般的な招き猫と同じような姿だが、背中のほうに何か描いてある。
了二は招き猫を両手で持って、背中を見るために回した。そして、一目で胸がいっぱいになり、温かい感情があふれてきた。
そこには、了二が陶士朗の招き猫を買ってから、お世話になった人達の似顔絵が、手慣れた筆さばきで背中一面に描かれていたのである。
時計屋のじいさん、鑑定士さん、多和海比賣神社の隣家のおっちゃん、森田さん、盛金稲荷の宮司、島田氏、野々村さん、ミケロ・アンジェロのパティシエご夫婦、田所医師、伊出レーサー、野々村さんの娘さん。
そして、右下に小さく、さっきこの猫を持って来た、白髪バリカン刈りのじいさんが、右手でピースをした姿が描かれ、その下に「陶士朗」とサインが書いてあった。
後日、了二は指定された口座に、110万円を振り込んだ。
あの、白髪バリカン刈りのじいさんが、最初の招き猫を作った明治時代の陶士朗なのか、あるいは陶士朗という名前が代々相続されているのか、了二にはわからずじまいだったが、人生の伴走をしてくれる、心強い味方を、あのじいさんが了二に与えてくれたのは確かだ。
シェアハウスの玄関に帰ってくると、了二は飾り棚の前に行き、黄金の猫の頭をなでながら、心の中で言った。
(黄金の猫くん、これから末長くよろしく。)
(こちらこそ、よろしくでゴ~ンす。)
大きな猫から、低音のあいさつが返って来た。
まもなく、シェアハウスの大学生達が帰ってくる頃だ。了二は自分もみんなも、自分が知り合うすべての人が、叶うものなら地球上のすべての人が豊かになりますようにと願い、その未来を考えると、ワクワクする気持ちが、とまらなかった。
(完)
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