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三十一.
お別れに来た野々村さん
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紅葉のニュースが、北の地方から順々に日本列島を下って届き始め、空気は涼しく、朝晩は冷たく感じる秋がやってきた。そんなある日、了二に、また不思議な出来事が起こった。
まだ夜が明けやらず、白々とした薄闇に街が沈んでいる時刻、了二のアパートの部屋のドアを、外からコツコツと、誰かがノックをする音がする。
こんな早朝から誰だろう?了二はいぶかしく思いながら、ドアを細く開けた。
そこには、つばの広い帽子をかぶり、おしゃれなレースの襟がついた長袖のワンピースを着て、片手に旅行用のキャリーケースを持った、野々村さんが立っていた。
了二が驚いている様子を見て、野々村さんは言った。
「びっくりさせて、ごめんなさいね。ゆうべ、夫がエーゲ海の空から迎えに来たから、一緒に行くことにしたの。朝倉さんに、お別れのあいさつをしなくては、と思ってここに来たの。朝倉さん、あのね…」
野々村さんは、穏やかな、それでいて少しはずかしそうな、微笑みを浮かべて言った。
「わたしは娘しか育ててないから、男の子のことは、わからないまま生きてきたのだけれど…朝倉さんと出会って、いっしょに時間を過ごすようになってから、わたしがもし、男の子を生んでいたら、朝倉さんみたいだったのかしら?といつも思っていたのよ。朝倉さん、楽しい時間を過ごさせてくれて、本当にありがとう。これから、シェアハウスのことで、お世話になるけれど、どうぞよろしくね。では、さようなら。」
野々村さんは、キャリーケースを引いて、足早に立ち去って行く。
「野々村さん!ちょっと待って!!」
ーー
了二は自分が発した大声で、目が覚めた。
せんべい布団の上で、上半身を、ガバッと起こしていた。
(さっきの野々村さんは…夢?それにしては妙にリアルな…)
時計を見ると、7時を少し過ぎたところだった。了二は胸さわぎを感じた。朝早い時間だが、野々村さんに電話をせずにはいられなかった。
スマホの連絡先リストから「野々村裕子」を選び、タップして、電話をかける。
プルルル…
プルルル…
プルルル…
プルルル…
プルルル…
呼び出し音が鳴り続ける…
5回……10回……20回……
野々村さんは出ない……
いったん電話を切り、30分程たってから、もう一度、電話をかけたが、やはり、出ない……
了二はザワザワする心を押さえきれず、野々村さんの娘さんに、知らせようと思った。
シェアハウスの完成披露会の時に、娘さんとスマホの番号の交換をしていた。連絡先リストから今度はその番号にかける。
野々村さんの娘さんは、すぐに電話に出た。
了二は、明け方、野々村さんが自分のアパートへ別れを告げに来られた夢を見たこと、胸さわぎがしたので、野々村さんに電話をかけたが、出ないことを、娘さんに話した。
娘さんは「わたしのほうからも、かけてみます。」と言い、いったん電話を切ったが、しばらくして了二のスマホにかけてこられ、
「わたしから電話をかけても、やはり出ません。わたし、今から車でシェアハウスへ向かいます。到着は昼ごろになると思います。朝倉さんもいっしょにシェアハウスに来ていただきたいのですが、お時間ありますか?」と言われた。
了二は仕事の予定はあったが、野々村さんのことが先だと思い、仕事のスケジュールを変えて、シェアハウスへ行きますと答えた。
娘さんは、到着する頃また電話をします、と言い、娘さんと了二とで野々村さんのところへ行くこととなった。
ーー
昼の12時過ぎ、娘さんから「30分後くらいに着きます。」と電話があった。
了二もアパートを出て、徒歩でシェアハウスへ向かった。了二が歩道を歩いていると、丸みのあるかわいらしい車が、スーッと近づいて来て、軽くクラクションを鳴らした。
運転していたのは娘さんで、了二を手招きして助手席に座るように、と、ジェスチャーをした。
了二は車のドアを開けて座り、ふたりでシェアハウスへ向かった。ふたりの間の空気は重かった。
駐車スペースに入るやいなや、娘さんはバッと車のドアを開け、テラスから入るドアへ走り寄った。シェアハウスに改装した時に、野々村さんの居住スペースと、シェアハウスの住人が通るところとを完全に仕切ったので、居住スペースへの出入口はテラスのドアになっていた。
娘さんが合鍵でドアを開けて入り、了二も後に続く。
娘さんが「お母さん!」と小さく叫んで、リビングのソファーに駆け寄った。
了二がかつて、頭を打ち、野々村さんに、ここに横になりなさいと言われたソファーに、野々村さんは座っていた。パジャマを着て、めがねをかけ、背もたれにもたれたまま、目は閉じて、呼びかけに応えなかった。
娘さんは、野々村さんが呼吸をしていないことがわかると、すぐに救急車を呼んだ。
ーー
搬送された病院で、野々村さんの死が確認された。
まだ夜が明けやらず、白々とした薄闇に街が沈んでいる時刻、了二のアパートの部屋のドアを、外からコツコツと、誰かがノックをする音がする。
こんな早朝から誰だろう?了二はいぶかしく思いながら、ドアを細く開けた。
そこには、つばの広い帽子をかぶり、おしゃれなレースの襟がついた長袖のワンピースを着て、片手に旅行用のキャリーケースを持った、野々村さんが立っていた。
了二が驚いている様子を見て、野々村さんは言った。
「びっくりさせて、ごめんなさいね。ゆうべ、夫がエーゲ海の空から迎えに来たから、一緒に行くことにしたの。朝倉さんに、お別れのあいさつをしなくては、と思ってここに来たの。朝倉さん、あのね…」
野々村さんは、穏やかな、それでいて少しはずかしそうな、微笑みを浮かべて言った。
「わたしは娘しか育ててないから、男の子のことは、わからないまま生きてきたのだけれど…朝倉さんと出会って、いっしょに時間を過ごすようになってから、わたしがもし、男の子を生んでいたら、朝倉さんみたいだったのかしら?といつも思っていたのよ。朝倉さん、楽しい時間を過ごさせてくれて、本当にありがとう。これから、シェアハウスのことで、お世話になるけれど、どうぞよろしくね。では、さようなら。」
野々村さんは、キャリーケースを引いて、足早に立ち去って行く。
「野々村さん!ちょっと待って!!」
ーー
了二は自分が発した大声で、目が覚めた。
せんべい布団の上で、上半身を、ガバッと起こしていた。
(さっきの野々村さんは…夢?それにしては妙にリアルな…)
時計を見ると、7時を少し過ぎたところだった。了二は胸さわぎを感じた。朝早い時間だが、野々村さんに電話をせずにはいられなかった。
スマホの連絡先リストから「野々村裕子」を選び、タップして、電話をかける。
プルルル…
プルルル…
プルルル…
プルルル…
プルルル…
呼び出し音が鳴り続ける…
5回……10回……20回……
野々村さんは出ない……
いったん電話を切り、30分程たってから、もう一度、電話をかけたが、やはり、出ない……
了二はザワザワする心を押さえきれず、野々村さんの娘さんに、知らせようと思った。
シェアハウスの完成披露会の時に、娘さんとスマホの番号の交換をしていた。連絡先リストから今度はその番号にかける。
野々村さんの娘さんは、すぐに電話に出た。
了二は、明け方、野々村さんが自分のアパートへ別れを告げに来られた夢を見たこと、胸さわぎがしたので、野々村さんに電話をかけたが、出ないことを、娘さんに話した。
娘さんは「わたしのほうからも、かけてみます。」と言い、いったん電話を切ったが、しばらくして了二のスマホにかけてこられ、
「わたしから電話をかけても、やはり出ません。わたし、今から車でシェアハウスへ向かいます。到着は昼ごろになると思います。朝倉さんもいっしょにシェアハウスに来ていただきたいのですが、お時間ありますか?」と言われた。
了二は仕事の予定はあったが、野々村さんのことが先だと思い、仕事のスケジュールを変えて、シェアハウスへ行きますと答えた。
娘さんは、到着する頃また電話をします、と言い、娘さんと了二とで野々村さんのところへ行くこととなった。
ーー
昼の12時過ぎ、娘さんから「30分後くらいに着きます。」と電話があった。
了二もアパートを出て、徒歩でシェアハウスへ向かった。了二が歩道を歩いていると、丸みのあるかわいらしい車が、スーッと近づいて来て、軽くクラクションを鳴らした。
運転していたのは娘さんで、了二を手招きして助手席に座るように、と、ジェスチャーをした。
了二は車のドアを開けて座り、ふたりでシェアハウスへ向かった。ふたりの間の空気は重かった。
駐車スペースに入るやいなや、娘さんはバッと車のドアを開け、テラスから入るドアへ走り寄った。シェアハウスに改装した時に、野々村さんの居住スペースと、シェアハウスの住人が通るところとを完全に仕切ったので、居住スペースへの出入口はテラスのドアになっていた。
娘さんが合鍵でドアを開けて入り、了二も後に続く。
娘さんが「お母さん!」と小さく叫んで、リビングのソファーに駆け寄った。
了二がかつて、頭を打ち、野々村さんに、ここに横になりなさいと言われたソファーに、野々村さんは座っていた。パジャマを着て、めがねをかけ、背もたれにもたれたまま、目は閉じて、呼びかけに応えなかった。
娘さんは、野々村さんが呼吸をしていないことがわかると、すぐに救急車を呼んだ。
ーー
搬送された病院で、野々村さんの死が確認された。
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