31 / 34
三十一.
お別れに来た野々村さん
しおりを挟む
紅葉のニュースが、北の地方から順々に日本列島を下って届き始め、空気は涼しく、朝晩は冷たく感じる秋がやってきた。そんなある日、了二に、また不思議な出来事が起こった。
まだ夜が明けやらず、白々とした薄闇に街が沈んでいる時刻、了二のアパートの部屋のドアを、外からコツコツと、誰かがノックをする音がする。
こんな早朝から誰だろう?了二はいぶかしく思いながら、ドアを細く開けた。
そこには、つばの広い帽子をかぶり、おしゃれなレースの襟がついた長袖のワンピースを着て、片手に旅行用のキャリーケースを持った、野々村さんが立っていた。
了二が驚いている様子を見て、野々村さんは言った。
「びっくりさせて、ごめんなさいね。ゆうべ、夫がエーゲ海の空から迎えに来たから、一緒に行くことにしたの。朝倉さんに、お別れのあいさつをしなくては、と思ってここに来たの。朝倉さん、あのね…」
野々村さんは、穏やかな、それでいて少しはずかしそうな、微笑みを浮かべて言った。
「わたしは娘しか育ててないから、男の子のことは、わからないまま生きてきたのだけれど…朝倉さんと出会って、いっしょに時間を過ごすようになってから、わたしがもし、男の子を生んでいたら、朝倉さんみたいだったのかしら?といつも思っていたのよ。朝倉さん、楽しい時間を過ごさせてくれて、本当にありがとう。これから、シェアハウスのことで、お世話になるけれど、どうぞよろしくね。では、さようなら。」
野々村さんは、キャリーケースを引いて、足早に立ち去って行く。
「野々村さん!ちょっと待って!!」
ーー
了二は自分が発した大声で、目が覚めた。
せんべい布団の上で、上半身を、ガバッと起こしていた。
(さっきの野々村さんは…夢?それにしては妙にリアルな…)
時計を見ると、7時を少し過ぎたところだった。了二は胸さわぎを感じた。朝早い時間だが、野々村さんに電話をせずにはいられなかった。
スマホの連絡先リストから「野々村裕子」を選び、タップして、電話をかける。
プルルル…
プルルル…
プルルル…
プルルル…
プルルル…
呼び出し音が鳴り続ける…
5回……10回……20回……
野々村さんは出ない……
いったん電話を切り、30分程たってから、もう一度、電話をかけたが、やはり、出ない……
了二はザワザワする心を押さえきれず、野々村さんの娘さんに、知らせようと思った。
シェアハウスの完成披露会の時に、娘さんとスマホの番号の交換をしていた。連絡先リストから今度はその番号にかける。
野々村さんの娘さんは、すぐに電話に出た。
了二は、明け方、野々村さんが自分のアパートへ別れを告げに来られた夢を見たこと、胸さわぎがしたので、野々村さんに電話をかけたが、出ないことを、娘さんに話した。
娘さんは「わたしのほうからも、かけてみます。」と言い、いったん電話を切ったが、しばらくして了二のスマホにかけてこられ、
「わたしから電話をかけても、やはり出ません。わたし、今から車でシェアハウスへ向かいます。到着は昼ごろになると思います。朝倉さんもいっしょにシェアハウスに来ていただきたいのですが、お時間ありますか?」と言われた。
了二は仕事の予定はあったが、野々村さんのことが先だと思い、仕事のスケジュールを変えて、シェアハウスへ行きますと答えた。
娘さんは、到着する頃また電話をします、と言い、娘さんと了二とで野々村さんのところへ行くこととなった。
ーー
昼の12時過ぎ、娘さんから「30分後くらいに着きます。」と電話があった。
了二もアパートを出て、徒歩でシェアハウスへ向かった。了二が歩道を歩いていると、丸みのあるかわいらしい車が、スーッと近づいて来て、軽くクラクションを鳴らした。
運転していたのは娘さんで、了二を手招きして助手席に座るように、と、ジェスチャーをした。
了二は車のドアを開けて座り、ふたりでシェアハウスへ向かった。ふたりの間の空気は重かった。
駐車スペースに入るやいなや、娘さんはバッと車のドアを開け、テラスから入るドアへ走り寄った。シェアハウスに改装した時に、野々村さんの居住スペースと、シェアハウスの住人が通るところとを完全に仕切ったので、居住スペースへの出入口はテラスのドアになっていた。
娘さんが合鍵でドアを開けて入り、了二も後に続く。
娘さんが「お母さん!」と小さく叫んで、リビングのソファーに駆け寄った。
了二がかつて、頭を打ち、野々村さんに、ここに横になりなさいと言われたソファーに、野々村さんは座っていた。パジャマを着て、めがねをかけ、背もたれにもたれたまま、目は閉じて、呼びかけに応えなかった。
娘さんは、野々村さんが呼吸をしていないことがわかると、すぐに救急車を呼んだ。
ーー
搬送された病院で、野々村さんの死が確認された。
まだ夜が明けやらず、白々とした薄闇に街が沈んでいる時刻、了二のアパートの部屋のドアを、外からコツコツと、誰かがノックをする音がする。
こんな早朝から誰だろう?了二はいぶかしく思いながら、ドアを細く開けた。
そこには、つばの広い帽子をかぶり、おしゃれなレースの襟がついた長袖のワンピースを着て、片手に旅行用のキャリーケースを持った、野々村さんが立っていた。
了二が驚いている様子を見て、野々村さんは言った。
「びっくりさせて、ごめんなさいね。ゆうべ、夫がエーゲ海の空から迎えに来たから、一緒に行くことにしたの。朝倉さんに、お別れのあいさつをしなくては、と思ってここに来たの。朝倉さん、あのね…」
野々村さんは、穏やかな、それでいて少しはずかしそうな、微笑みを浮かべて言った。
「わたしは娘しか育ててないから、男の子のことは、わからないまま生きてきたのだけれど…朝倉さんと出会って、いっしょに時間を過ごすようになってから、わたしがもし、男の子を生んでいたら、朝倉さんみたいだったのかしら?といつも思っていたのよ。朝倉さん、楽しい時間を過ごさせてくれて、本当にありがとう。これから、シェアハウスのことで、お世話になるけれど、どうぞよろしくね。では、さようなら。」
野々村さんは、キャリーケースを引いて、足早に立ち去って行く。
「野々村さん!ちょっと待って!!」
ーー
了二は自分が発した大声で、目が覚めた。
せんべい布団の上で、上半身を、ガバッと起こしていた。
(さっきの野々村さんは…夢?それにしては妙にリアルな…)
時計を見ると、7時を少し過ぎたところだった。了二は胸さわぎを感じた。朝早い時間だが、野々村さんに電話をせずにはいられなかった。
スマホの連絡先リストから「野々村裕子」を選び、タップして、電話をかける。
プルルル…
プルルル…
プルルル…
プルルル…
プルルル…
呼び出し音が鳴り続ける…
5回……10回……20回……
野々村さんは出ない……
いったん電話を切り、30分程たってから、もう一度、電話をかけたが、やはり、出ない……
了二はザワザワする心を押さえきれず、野々村さんの娘さんに、知らせようと思った。
シェアハウスの完成披露会の時に、娘さんとスマホの番号の交換をしていた。連絡先リストから今度はその番号にかける。
野々村さんの娘さんは、すぐに電話に出た。
了二は、明け方、野々村さんが自分のアパートへ別れを告げに来られた夢を見たこと、胸さわぎがしたので、野々村さんに電話をかけたが、出ないことを、娘さんに話した。
娘さんは「わたしのほうからも、かけてみます。」と言い、いったん電話を切ったが、しばらくして了二のスマホにかけてこられ、
「わたしから電話をかけても、やはり出ません。わたし、今から車でシェアハウスへ向かいます。到着は昼ごろになると思います。朝倉さんもいっしょにシェアハウスに来ていただきたいのですが、お時間ありますか?」と言われた。
了二は仕事の予定はあったが、野々村さんのことが先だと思い、仕事のスケジュールを変えて、シェアハウスへ行きますと答えた。
娘さんは、到着する頃また電話をします、と言い、娘さんと了二とで野々村さんのところへ行くこととなった。
ーー
昼の12時過ぎ、娘さんから「30分後くらいに着きます。」と電話があった。
了二もアパートを出て、徒歩でシェアハウスへ向かった。了二が歩道を歩いていると、丸みのあるかわいらしい車が、スーッと近づいて来て、軽くクラクションを鳴らした。
運転していたのは娘さんで、了二を手招きして助手席に座るように、と、ジェスチャーをした。
了二は車のドアを開けて座り、ふたりでシェアハウスへ向かった。ふたりの間の空気は重かった。
駐車スペースに入るやいなや、娘さんはバッと車のドアを開け、テラスから入るドアへ走り寄った。シェアハウスに改装した時に、野々村さんの居住スペースと、シェアハウスの住人が通るところとを完全に仕切ったので、居住スペースへの出入口はテラスのドアになっていた。
娘さんが合鍵でドアを開けて入り、了二も後に続く。
娘さんが「お母さん!」と小さく叫んで、リビングのソファーに駆け寄った。
了二がかつて、頭を打ち、野々村さんに、ここに横になりなさいと言われたソファーに、野々村さんは座っていた。パジャマを着て、めがねをかけ、背もたれにもたれたまま、目は閉じて、呼びかけに応えなかった。
娘さんは、野々村さんが呼吸をしていないことがわかると、すぐに救急車を呼んだ。
ーー
搬送された病院で、野々村さんの死が確認された。
5
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
神楽
モモん
ファンタジー
前世を引きずるような転生って、実際にはちょっと考えづらいと思うんですよね。
知識だけを引き継いだ転生と……、身体は女性で、心は男性。
つまり、今でいうトランスジェンダーってヤツですね。
時代背景は西暦800年頃で、和洋折衷のイメージですか。
中国では楊貴妃の時代で、西洋ではローマ帝国の頃。
日本は奈良時代。平城京の頃ですね。
奈良の大仏が建立され、蝦夷討伐や万葉集が編纂された時代になります。
まあ、架空の世界ですので、史実は関係ないですけどね。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにて先行更新中
実はスライムって最強なんだよ?初期ステータスが低すぎてレベルアップが出来ないだけ…
小桃
ファンタジー
商業高校へ通う女子高校生一条 遥は通学時に仔犬が車に轢かれそうになった所を助けようとして車に轢かれ死亡する。この行動に獣の神は心を打たれ、彼女を転生させようとする。遥は獣の神より転生を打診され5つの希望を叶えると言われたので、希望を伝える。
1.最強になれる種族
2.無限収納
3.変幻自在
4.並列思考
5.スキルコピー
5つの希望を叶えられ遥は新たな世界へ転生する、その姿はスライムだった…最強になる種族で転生したはずなのにスライムに…遥はスライムとしてどう生きていくのか?スライムに転生した少女の物語が始まるのであった。
No One's Glory -もうひとりの物語-
はっくまん2XL
SF
異世界転生も転移もしない異世界物語……(. . `)
よろしくお願い申し上げます
男は過眠症で日々の生活に空白を持っていた。
医師の診断では、睡眠無呼吸から来る睡眠障害とのことであったが、男には疑いがあった。
男は常に、同じ世界、同じ人物の夢を見ていたのだ。それも、非常に生々しく……
手触り感すらあるその世界で、男は別人格として、「採掘師」という仕事を生業としていた。
採掘師とは、遺跡に眠るストレージから、マップや暗号鍵、設計図などの有用な情報を発掘し、マーケットに流す仕事である。
各地に点在する遺跡を巡り、時折マーケットのある都市、集落に訪れる生活の中で、時折感じる自身の中の他者の魂が幻でないと気づいた時、彼らの旅は混迷を増した……
申し訳ございませんm(_ _)m
不定期投稿になります。
本業多忙のため、しばらく連載休止します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる