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二十二.
自分の脳とのご対面、そして野々村さんの屋敷へ
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脳神経外科医の田所先生は、歳は50才代くらい、にこやかで白衣から有能さが滲みでているような医師だった。
了二が、野々村さんが書いてくれた手紙を田所先生に渡して読んでもらうと、先生はそばで控えていた看護師に、
「頭部CT。」
と、短い指示をだした。
了二は看護師に先導されながら、長い廊下を歩き、看護師が、ドアをスライドさせて開けた室内に入った。
そこには巨大なドーナツを立てて、ドーナツの穴に入れるように、寝台がついている白い機械があった。
了二はパーカーを脱いで寝台に横になった。
カタカタと寝台が動き、頭がドーナツの穴の中に入ってしばらくたったなあと思った頃、寝台が外に出た。
「もういいですよー。」
技師の人の声で、寝台から降り、また長い廊下を通って、待合室に戻った。
名前を呼ばれ、田所医師の診察室に入ると、生まれて初めて「自分の脳の画像」とご対面~となった。
黒と白とグレーの階調で、キュウリの薄切りの断面を次々と見るみたいに、頭頂部から大脳小脳までの輪切り画像が、田所医師と了二の間に置かれたモニターに写しだされてゆく。
田所医師が明るい声で言った。
「頭蓋内の出血や脳の損傷はありません。しかし頭を打ってから、数日後、数週間後に、これらの症状が現れることもありますから、痛みや吐き気、めまいなど、頭を打つ前にはなかった症状が現れた時には、すぐに来てください。」
「わかりました。気をつけます。」
了二はとりあえずホッとし、診察料を払って病院を後にした。
翌日。了二は「猫」を買ってから、初めてずくしの体験をしているが、今日また初めての体験をしている。この街で一番と言われている高級洋菓子店に入って、ケーキを選んで詰め合わせをしてもらうのだ。これまで甘いものを食べたくなった時には、コンビニスイーツを買っていたから、このような店には、入ったこともなかった。
だが野々村さんのように、大きな屋敷に住む上品な人に御礼としてさしあげるには、高級な品でなければ失礼になると思い、この店で買うことにした。
ショーケース越しに見るケーキは、どれも工芸品のように美しく、食べるのがもったいないくらいだ。どのケーキにも魅力があって選ぶのに迷ったが、8つを選んで詰め合わせてもらった。
ケーキの箱を持ち、一昨日頭を打った橋に向かう。そこから野々村さんに案内された道を、うろ覚えにたどってゆくと、案内されたらしい家にたどり着いた。
ずいぶん変わった個性的な建物だ。
玄関ドアは六角形の白い塔の正面にあり、三階立ての塔の上には、群青よりも明るく、新橋ブルーよりは濃い、日本には無いブルーの色のドームが乗っている。
塔から続く二階立ての建物の側面には、長方形の上を半円にした形の窓が、一階、二階とも等間隔で並んでいる。
屋上はヨーロッパの城に見られるような、凹凸のついた壁で囲まれており、塔とドームと窓と凹凸が、独特のリズムを醸し出し、日本建築とはまた違う美しさを感じさせる。
了二が塔のドアに近づくと、ドアの横にローマ字で「NONOMURA」と書かれた、小さいプレートが貼ってあり、その下にインターフォン付きチャイムがあった。
チャイムを押すと、一瞬間があってから、
「ハーイ、どなた?」
と、野々村さんのハキハキした声が聞こえた。
了二はインターフォンにむかって話した。
「おととい、橋の上で頭を打ったところを助けていただいた、朝倉という者です。お礼に来させていただきました。」
「ハーイ。今、出るわね。」
パタパタと足音が聞こえ、ドアが20センチほど開いた。細面の野々村さんの顔がのぞいた。
「きのう、田所医師のところに行って、CT検査を受けました。今のところ異常はないが、数週間くらい経ってから異常が出ることもあるので、気をつけるように言われました。」
「そう、とりあえず良かったわね。わたしも安心したわ。」
「それで、これ、ささやかですけど御礼です。」
了二はケーキの箱を差し出した。
野々村さんは、ケーキの箱のロゴを見て、
「まあ、ミケロ・アンジェロのケーキじゃない。わたしはうれしいけれど、あなた、ずいぶん奮発したんじゃない?」
「命の恩人の、野々村さんにはこれでも全然足りないです。」
野々村さんは、首を傾げて、うれしい時のような感動した時のような、ほろっとした笑顔をみせた。
「あなた、いい人ね。もし、これから少し時間があれば、お茶を入れるから、一緒にケーキをいただかない?あなたがよければだけど?」
「え?いいんですか?僕は時間はあります。」
と、いうわけで、了二は野々村さんと、お茶することになった。
了二が、野々村さんが書いてくれた手紙を田所先生に渡して読んでもらうと、先生はそばで控えていた看護師に、
「頭部CT。」
と、短い指示をだした。
了二は看護師に先導されながら、長い廊下を歩き、看護師が、ドアをスライドさせて開けた室内に入った。
そこには巨大なドーナツを立てて、ドーナツの穴に入れるように、寝台がついている白い機械があった。
了二はパーカーを脱いで寝台に横になった。
カタカタと寝台が動き、頭がドーナツの穴の中に入ってしばらくたったなあと思った頃、寝台が外に出た。
「もういいですよー。」
技師の人の声で、寝台から降り、また長い廊下を通って、待合室に戻った。
名前を呼ばれ、田所医師の診察室に入ると、生まれて初めて「自分の脳の画像」とご対面~となった。
黒と白とグレーの階調で、キュウリの薄切りの断面を次々と見るみたいに、頭頂部から大脳小脳までの輪切り画像が、田所医師と了二の間に置かれたモニターに写しだされてゆく。
田所医師が明るい声で言った。
「頭蓋内の出血や脳の損傷はありません。しかし頭を打ってから、数日後、数週間後に、これらの症状が現れることもありますから、痛みや吐き気、めまいなど、頭を打つ前にはなかった症状が現れた時には、すぐに来てください。」
「わかりました。気をつけます。」
了二はとりあえずホッとし、診察料を払って病院を後にした。
翌日。了二は「猫」を買ってから、初めてずくしの体験をしているが、今日また初めての体験をしている。この街で一番と言われている高級洋菓子店に入って、ケーキを選んで詰め合わせをしてもらうのだ。これまで甘いものを食べたくなった時には、コンビニスイーツを買っていたから、このような店には、入ったこともなかった。
だが野々村さんのように、大きな屋敷に住む上品な人に御礼としてさしあげるには、高級な品でなければ失礼になると思い、この店で買うことにした。
ショーケース越しに見るケーキは、どれも工芸品のように美しく、食べるのがもったいないくらいだ。どのケーキにも魅力があって選ぶのに迷ったが、8つを選んで詰め合わせてもらった。
ケーキの箱を持ち、一昨日頭を打った橋に向かう。そこから野々村さんに案内された道を、うろ覚えにたどってゆくと、案内されたらしい家にたどり着いた。
ずいぶん変わった個性的な建物だ。
玄関ドアは六角形の白い塔の正面にあり、三階立ての塔の上には、群青よりも明るく、新橋ブルーよりは濃い、日本には無いブルーの色のドームが乗っている。
塔から続く二階立ての建物の側面には、長方形の上を半円にした形の窓が、一階、二階とも等間隔で並んでいる。
屋上はヨーロッパの城に見られるような、凹凸のついた壁で囲まれており、塔とドームと窓と凹凸が、独特のリズムを醸し出し、日本建築とはまた違う美しさを感じさせる。
了二が塔のドアに近づくと、ドアの横にローマ字で「NONOMURA」と書かれた、小さいプレートが貼ってあり、その下にインターフォン付きチャイムがあった。
チャイムを押すと、一瞬間があってから、
「ハーイ、どなた?」
と、野々村さんのハキハキした声が聞こえた。
了二はインターフォンにむかって話した。
「おととい、橋の上で頭を打ったところを助けていただいた、朝倉という者です。お礼に来させていただきました。」
「ハーイ。今、出るわね。」
パタパタと足音が聞こえ、ドアが20センチほど開いた。細面の野々村さんの顔がのぞいた。
「きのう、田所医師のところに行って、CT検査を受けました。今のところ異常はないが、数週間くらい経ってから異常が出ることもあるので、気をつけるように言われました。」
「そう、とりあえず良かったわね。わたしも安心したわ。」
「それで、これ、ささやかですけど御礼です。」
了二はケーキの箱を差し出した。
野々村さんは、ケーキの箱のロゴを見て、
「まあ、ミケロ・アンジェロのケーキじゃない。わたしはうれしいけれど、あなた、ずいぶん奮発したんじゃない?」
「命の恩人の、野々村さんにはこれでも全然足りないです。」
野々村さんは、首を傾げて、うれしい時のような感動した時のような、ほろっとした笑顔をみせた。
「あなた、いい人ね。もし、これから少し時間があれば、お茶を入れるから、一緒にケーキをいただかない?あなたがよければだけど?」
「え?いいんですか?僕は時間はあります。」
と、いうわけで、了二は野々村さんと、お茶することになった。
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