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十六.
盛金稲荷縁起 1 初めの始まり
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その後の了二は、盛金稲荷の宮司に頼まれていた「盛金稲荷縁起」の取材に行った。ここは、大きな稲荷神社ではあるが、創建は多和海比賣神社にくらべれば、はるかに新しく、江戸時代の中期だった。しかし稲荷神社という性質上、御利益(ごりやく)の話は数えきれないほどあるらしい。
了二は島田氏とLINEで相談し、眷属の子ギツネを案内役として、マンガ仕立てで連載させてもらうことにした。
そもそもの創建は江戸時代中期の1700年代で、この地方が冷夏の不作のせいで、飢饉に襲われた年のことだった。
雑穀の粥で食いつないでいた人々の中から体力のない乳幼児や老人が命を落とし始めた。
この状況に心を痛め、これ以上、亡くなる人々を出したくないと願った、庄屋の息子、来兵衛
(きへえ)は、五穀豊穣の神である、稲荷大神を祭る京都の伏見稲荷大社に行って、おみたまを御分霊していただき、持ち帰って祭れば、稲荷大神様のお力で飢饉の被害をまぬがれられるのではないかと考えた。
この考えを両親に話すと、大反対された。
ここから京都までは、来兵衛のような若者でも、片道15日、往復で一ヶ月はかかる。道中何があるかわからぬし、最悪、命を落とすかもしれない。来兵衛は両親にとって、子ども達のなかでただひとりの男子で、庄屋を継ぐことになる子に危険な旅をさせるわけにはいかないというのが両親の思いだった。
しかし、来兵衛の決心のほうが固かった。
「このままでは飢えて亡くなる人は増える一方です。我が身を危険にさらしても、人々のためにできることをするのが庄屋の家に生まれた者のつとめではありますまいか。」
こう言われると、両親も返す言葉がなかった。
両親は、来兵衛に精一杯の旅支度をさせ、伏見稲荷大社へ向けて送り出した。
来兵衛は雨の日も風の日も歩き続け、無事、伏見稲荷大社に到着できた。
儀式を受け、稲荷大神のおみたまを御分霊していただき、おみたまを桐の木でできた箱に納めて帰途についた。
旅籠で眠る時は、他の旅人と雑魚寝になるので、おみたまの箱を胸に載せ、両手でしっかり抱いて眠った。
そんな帰途のある日のことである。
街道沿いに植えられた、松の木の根元に頭をのせて、ぐったりしている一匹の犬がいるのを、来兵衛は見つけた。
他の旅人は気にもとめず通りすぎてゆくのだが、来兵衛は気になった。よく見ると、犬のお腹のあたりには、まだ目も開いていない小さな子犬達が、三匹重なるように寄り添っているではないか。
来兵衛は母犬に声をかけた。
「おい、お前、どうした?子犬達に乳がやれぬのか?」
母犬は、目を閉じたまま、かぼそい声で、
「キュウン…」
と鳴いた。
「腹がへっているのか?これを食べるか?」
来兵衛は振り分け荷物の行李(こうり)をほどいて、弁当箱を取り出し、今朝、宿を出る時に、握ってもらった握り飯をつかんで出した。
握り飯を母犬の鼻先に近づける。
「そら、これを食え。食って元気をだせ。」
来兵衛にとって大切な握り飯である。犬に食わせてしまえば今日の夜に次の宿場に着くまで、来兵衛は空腹をかかえて歩かなければならない。
それでも来兵衛は、母犬を見過ごすことができなかった。
鼻先に、握り飯をあてがわれた母犬は、松の根元に頭をのせたまま、口を開いて舌をだし、少しずつ食べ始めた。
(よかった…食べる力があれば、元気になれるだろう…)
来兵衛が心からホッとした、その時!
母犬と子犬の姿が、一瞬のうちに、大きな白いキツネの姿に変わったのである!!
来兵衛は腰を抜かさんばかりに驚いた!!
白いキツネは、金色の後光を放ちながら、来兵衛に告げた。
「我は稲荷大神の遣いである。そなたの慈悲の心は本物であった。そなたが「おみたま」を持ち帰れば、たちまちにしてその御利益が現れるであろう。」
言い終わると、キツネは煙のように消え、不思議なことに、母犬と子犬の姿も無くなっていた。
来兵衛はこの奇瑞(きずい)に驚くとともに、たいへん勇気づけられ、帰途の道をいっそう急いだ。
了二は島田氏とLINEで相談し、眷属の子ギツネを案内役として、マンガ仕立てで連載させてもらうことにした。
そもそもの創建は江戸時代中期の1700年代で、この地方が冷夏の不作のせいで、飢饉に襲われた年のことだった。
雑穀の粥で食いつないでいた人々の中から体力のない乳幼児や老人が命を落とし始めた。
この状況に心を痛め、これ以上、亡くなる人々を出したくないと願った、庄屋の息子、来兵衛
(きへえ)は、五穀豊穣の神である、稲荷大神を祭る京都の伏見稲荷大社に行って、おみたまを御分霊していただき、持ち帰って祭れば、稲荷大神様のお力で飢饉の被害をまぬがれられるのではないかと考えた。
この考えを両親に話すと、大反対された。
ここから京都までは、来兵衛のような若者でも、片道15日、往復で一ヶ月はかかる。道中何があるかわからぬし、最悪、命を落とすかもしれない。来兵衛は両親にとって、子ども達のなかでただひとりの男子で、庄屋を継ぐことになる子に危険な旅をさせるわけにはいかないというのが両親の思いだった。
しかし、来兵衛の決心のほうが固かった。
「このままでは飢えて亡くなる人は増える一方です。我が身を危険にさらしても、人々のためにできることをするのが庄屋の家に生まれた者のつとめではありますまいか。」
こう言われると、両親も返す言葉がなかった。
両親は、来兵衛に精一杯の旅支度をさせ、伏見稲荷大社へ向けて送り出した。
来兵衛は雨の日も風の日も歩き続け、無事、伏見稲荷大社に到着できた。
儀式を受け、稲荷大神のおみたまを御分霊していただき、おみたまを桐の木でできた箱に納めて帰途についた。
旅籠で眠る時は、他の旅人と雑魚寝になるので、おみたまの箱を胸に載せ、両手でしっかり抱いて眠った。
そんな帰途のある日のことである。
街道沿いに植えられた、松の木の根元に頭をのせて、ぐったりしている一匹の犬がいるのを、来兵衛は見つけた。
他の旅人は気にもとめず通りすぎてゆくのだが、来兵衛は気になった。よく見ると、犬のお腹のあたりには、まだ目も開いていない小さな子犬達が、三匹重なるように寄り添っているではないか。
来兵衛は母犬に声をかけた。
「おい、お前、どうした?子犬達に乳がやれぬのか?」
母犬は、目を閉じたまま、かぼそい声で、
「キュウン…」
と鳴いた。
「腹がへっているのか?これを食べるか?」
来兵衛は振り分け荷物の行李(こうり)をほどいて、弁当箱を取り出し、今朝、宿を出る時に、握ってもらった握り飯をつかんで出した。
握り飯を母犬の鼻先に近づける。
「そら、これを食え。食って元気をだせ。」
来兵衛にとって大切な握り飯である。犬に食わせてしまえば今日の夜に次の宿場に着くまで、来兵衛は空腹をかかえて歩かなければならない。
それでも来兵衛は、母犬を見過ごすことができなかった。
鼻先に、握り飯をあてがわれた母犬は、松の根元に頭をのせたまま、口を開いて舌をだし、少しずつ食べ始めた。
(よかった…食べる力があれば、元気になれるだろう…)
来兵衛が心からホッとした、その時!
母犬と子犬の姿が、一瞬のうちに、大きな白いキツネの姿に変わったのである!!
来兵衛は腰を抜かさんばかりに驚いた!!
白いキツネは、金色の後光を放ちながら、来兵衛に告げた。
「我は稲荷大神の遣いである。そなたの慈悲の心は本物であった。そなたが「おみたま」を持ち帰れば、たちまちにしてその御利益が現れるであろう。」
言い終わると、キツネは煙のように消え、不思議なことに、母犬と子犬の姿も無くなっていた。
来兵衛はこの奇瑞(きずい)に驚くとともに、たいへん勇気づけられ、帰途の道をいっそう急いだ。
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