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十二.

よみがえる女神様

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アパートに帰る途中で、多和海比賣神社にもう一度寄り、鳥居とその奥の社が、一枚の写真の中に収まる構図で撮影してから、帰りの道を急いだ。歩きながら、了二はこの記事を、どうまとめるべきか頭の中は高速回転していた。

(やはり、インパクトがあるのは、蛸の頭に乗った多和海比賣と侍女の姿だよな。これは自分でイラストを描くしかないな。ただ、神話とはいえ、古代の女性の服装や髪形がわからんな。)

こう思った時、猫が話しかけてきた。

(猫を作ってくれた陶士朗さんは、絵にも詳しかったニャ。)

(そうだろうね。陶芸家は陶器に絵を描くこともあるから。)

(陶士朗さんが、図録を見てた古代の女の人の絵は、「とりげりつじょのびょうぶ」 奈良の正倉院宝物。)

(ほう。)

(それから、猫のおすすめとしては、高松塚古墳の壁画に描かれた、女子群像。日本画家の安田靫彦(やすだゆきひこ)先生の、古代の女性を描いた作品も、きれいだニャン。)

(猫は、美術に詳しいね。)

(いろんな持ち主のところで過ごして来て、いろんなものを見聞きしてきたからニャン。)

(そっかあ、猫は明治生まれだもんなあ。)

猫から、古代の女性が描かれている資料を教えてもらった了二は、アパートに帰る道からはずれ、図書館へ直行した。図書館で猫が教えてくれた絵画が載っている本と蛸の生物図鑑を探し出し、その数冊を借りて、胸に両手で抱え込み帰宅した。

ローテーブルの上にスケッチブックと図書館から借りてきた本を広げた了二は、森田さんが話してくれた神話の情景を噛み締めるように思い出しながら鉛筆を握り、まず穏やかな波の海面と、海面から上にでている蛸の頭と目の部分、同じく海面から上にでている蛸の足の、くねっとし吸盤のついた何本かを描いた。

次に蛸の頭の上に、すっくと立つ、多和海比賣の姿。侍女は多和海比賣の横に、片ひざを立てて座っているポーズにした。

髪形と服装は、資料を見比べながら、多和海比賣は頭の上で黒髪を高く結い上げ、上半身はタイトな感じの着物、下半身は足元まで隠れる長いプリーツスカート状の衣服、肩にかけ、腕に回した羽衣のような布が、海風になびいている。侍女はたらした髪を首の後ろで束ね、上半身から腰にかけ、ややゆったりした着物と、下半身はやはり長いスカート状。多和海比賣も侍女も、スカート状の衣服の下から、裸足の指先がのぞき、海上にいる雰囲気が表れるようにした。

ここまで一気呵成(いっきかせい)に下絵を描き上げ、スキャンしてパソコンに取り込んだ。

そこからは、画像編集ソフトで輪郭線を細い筆で描いたように変換し、ペイントしていった。
色合いは、安田靫彦先生の絵画を参考にし、明るく鮮やかな色彩になるよう心がけた。

了二はこのような、神様のイラストは初めて描いたが、猫が教えてくれた資料を見ることができたので、我ながら臨場感にあふれた美しいイラストが完成し、満足した。

翌日は、記事をまとめた。タイトル「蛸に乗って海から来た女神    多和海比賣神社の由来」の下に、昨日仕上げたイラストを配置し、その下に、神社の全景の写真を入れた。

神社の写真の下に、森田さんから聞いた「神話」のあらすじを書き、最後に、この神社を護る役目の侍女の子孫が、神社の近くの地域に暮らす森田さんであること、森田家に、神話の写本が伝わっていることを書いて、写本の写真と森田さんの顔写真を小さく入れ、戦時中に「比賣神様の縁日」の行事は失われたけれども、今でも満月の日には多和海比賣様が社に来られているから、参拝されてみてはどうですか?という言葉でしめた。

次の日、プリントした記事の下書きを持って、再び森田さん宅を訪ねた。

プリントを一目見た森田さんは、

「この比賣神様と侍女と蛸の絵は、あんたさんが描かれたんか?まるで生きておられるようじゃ。」

と言われ、記事を最後まで読むうちに、涙がこぼれるのを止められなくなり、目頭を指で押さえてうつむかれた。そして、うれし涙で震える声で話された。

「こんな、素晴らしい日が来るとは、わたしはこの上ない幸せ者じゃ。母の教えの通り、比賣神様の侍女の役目を続けてきて本当に良かった。あんたさんは比賣神様が遣わしてくださった、お人のように思えてならん。」

と言われ、少しお待ちくだされ、と言葉を残して客間から出て行かれ、茶封筒を手に帰って来られた。

「こころばかりじゃが、あんたさんへの御礼じゃ。」

と了二のほうに差し出される。
了二は昨日も言ったとおり、会社から原稿料が出るからと話して辞退しようとしたが、森田さんが、

「わたしからではなく、比賣神様からじゃと思うて、受け取ってくだされ。」

と、頼み込むように言われるので、

「それではありがたくいただきます。大切に使わせていただきます。」

と、受け取ることになった。

了二がプリントを、盛金稲荷の宮司さんにも見てもらうつもりだと話すと、森田さんはすぐに、森田さんから宮司に電話をかけてくださり、今日の午後三時頃から1時間くらいなら時間がとれるので、訪ねて来てほしい。と、いうことになった。

見送りに出てくださった、森田さんに何度もお礼を言われながら森田家の門を出ると、了二はショルダーの中の猫に礼を言った。

(この記事が書けたのは、あの神社は面白いよとヒントをくれて、森田さんの家を教えてくれて、女神様たちのイラストを描くための資料を教えてくれた、全部、猫のおかげだよ。ありがとな、猫。)

(どういたしニャしてだニャン。それより猫は森田さんがくださった茶封筒の中身が知りたいニャン。)

(今すぐ見るの?まあ、いいけど…)

了二は道の端に寄り、ショルダーからそっと茶封筒を出し、封かんされた部分を丁寧にはがして、中身を確認した。

(一万円札3枚。こんなにくださったんだ…)

(良かったニャ~。猫は安心したよ。)

猫がこれまでになく、安堵の口調で言うので、了二は、

(金額が、猫にとってそんなに重要なの?)
と聞いてみた。

(そうニャ。招き猫の仕事は、持ち主に入るお金を増やしてゆくことにあるニャ。前回の、アサギマダラの記事で、了二さんの手に入る金額は一万五千円だったニャ。だから、猫としては前回よりたくさんのお金が了二さんに入らないと、仕事をしていないって、招き猫協同組合で言われてしまうニャ。)

(招き猫の仕事って厳しいものなんだね。俺にとってはありがたいことだけど。)

(そうだよ。わかってくれてうれしいニャン。午後は盛金稲荷だね。猫はお稲荷さんとも仲良しだから楽しみだニャ。)
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