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八.

ミステリーをご一緒に

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了二はアパートに帰るなり、ローテーブルの上でノートパソコンを開き、さっそく記事作成を始めた。

これまで派遣社員として仕事をしてきた経験から、インターネット上にあふれる膨大な情報の中で、目を止めて読んでもらえる記事にするには、相応の工夫が必要だということは身にしみて理解していた。

「アサギマダラ」について、教科書的な昆虫紹介記事にしてしまうと、昆虫好きな人にしか読んでもらえないだろう。どのような書き方をすれば、より多くの人の興味を引くことができるだろうか?

了二はしばらく考えたすえ、ミステリー小説のように、最初に謎を提示し、記事の最後で「アサギマダラ」の正体が明らかになるように書いてみようと決めた。

タイトルを「あなたは気づいていますか?異国からわが街に訪れる華麗な訪問者」とし、タイトル部分の写真は、アサギマダラのはねの一部をトリミングして、黒いすじと、その間の浅葱色が交互に表れている模様だけ見せて、最初から蝶だと気づかれない書き出しにした。それから自分が「清水町児童公園」をたまたま訪れて、見慣れぬ蝶に初めて出会ったこと、その蝶の美しさに心ひかれたこと、調べてみると、南西諸島や台湾まで、はるかな旅をする蝶であったこと、
と、謎が徐々に解けてゆくような書き方を心がけ、記事の最後に、アサギマダラが花にとまっている全身の写真や、花から花へと飛んでいるところの動画を掲載し、すべてのタネ明かしをする記事にまとめた。

5000文字の記事とはいえ、記事を丸ごと作成することは、了二には初めての経験だったので、何度も文章の表現を探りながら書き直し、書き直しし、まあ、これでまとまっているのでは、と思えるものになった時には、昼過ぎから作業を始め、真夜中を通り越して、夜明けを迎える時刻になっていた。

了二は出来上がった記事を、(株)アンノウンのメールアドレス宛に、短いあいさつ文に添付して送信した。

送信し終わると、一気に疲れと眠けが襲いかかってきて、ふとんに潜り込みたちまち眠りに落ちた…


~~~


(腹へった…)
了二がそう感じて目を覚ますと、時刻は昼過ぎになっていた。

食品配布でもらったカップ麺食べよ、と思うと同時に、(株)アンノウンからメールが来ていることに気づいた。

電気ケトルで湯を沸かしながら、メールを読む。

「朝倉了二   様   早速に素晴らしい記事を作成していただき、誠にありがとうございました。私は、アサギマダラという蝶がわが街にいるということを、朝倉様の記事で初めて知りました。
アサギマダラのミステリアスな生態と共に、朝倉様の記事の、謎が謎をよぶ書き方に、とても感動をおぼえました。来週水曜日に配信の「アンノウン  ニュースレター 」のなかに掲載させていただきます。配信を楽しみにしていただけますと幸いです。5000文字のこの記事の原稿料は15,000円です。当社は月末締め翌月15日払いとなっております。引き続き、朝倉様に記事の作成を依頼させていただきますので、新しい記事がまとまりましたら、また当社まで送信をお願いいたします。朝倉様の才能あふれる記事を待っております。株式会社    アンノウン    代表   島田ゆうき」

了二は島田氏に、記事が好感をもって受け入れられたことにまずは安堵し、それから

(1本15,000円の原稿料は悪くないな…)
と思った。

「招き猫」を買ってから、思わぬ形で9,220円が手に入り、今度は15,000円だ。さらに次の記事も依頼された。徐々に金運が上がってきて、了二はうれしかった。

(猫、ありがとな。猫のアドバイスのおかげだよ。)

(了二さんもがんばってるニャン。猫の金運はまだまだこんなもんじゃないニャン。これからが楽しみだニャン。)

(うん、俺もこれまでしたことがないことでも、チャレンジしてみるよ。)

(その意気だニャン!!)

了二はこれまで見たことのない世界が、自分の前に開かれてゆくのを感じながら、カップ麺をすすった。
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