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七.

未知との遭遇?

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翌日、了二は猫をショルダーに入れ、ネタ
探しに町へと出かけた。

これまでのように、特別な目的を持たずに町をぶらつくのと、記事にできるネタがないか観察しながら町を歩くのでは、同じ町を歩いていても、違う空間に来たかのような異次元感があった。

(う~ん、商店や飲食店の紹介ならすぐできそうだけど、もう他のメディアやSNSで紹介されているかもしれないし、何か別の切り口が必要だろうなあ…)

いろいろと考えながら町を歩くも、これなら地域密着で希少性もあるという条件を満たせている、と、自信が持てるネタに至らず、了二は商店街を何往復かした後、地域を広げて歩いてみようと、住宅街のほうへ足を伸ばした。

商店がまばらになり、住宅が立ち並ぶ地域に入って来た。日本の地方都市の住宅街の多くがそうであるように、この町の住宅も1960年代くらいから1970年代くらいの高度経済成長期に建てられた家が多く、全体的には昭和レトロな印象だ。そのなかにポツンポツンと建て替えられた新築があったり、また「売家」の看板が出ている家もあり、住宅街の新陳代謝が起こっているように、了二は感じた。

平日の住宅街は人どおりもほとんどなく、シーンとして、ますますネタらしきものを見つけるのは難しそうになってきた。

「清水町児童公園」と書いてある、手作りの木の看板が、緑のフェンスに針金で結わえてある小さな公園に行き着いたので、了二はここで一休みすることにした。

誰もいない公園のベンチに座り、家で作って水筒につめてきたインスタントコーヒーを飲む。
今はコンビニでコーヒーを買うのも節約せねばならないのだ。

ショルダーからスマホを出して、昨日届いた、(株)アンノウンからのメールをもう一度読んでみる。

(アンノウン…日本語で「未知」という意味だよなあ…)

突然、猫が叫んだ。
(「未知!」あるかもよ! あそこ! 花壇ニャ!)

猫の声に驚いた了二が、スマホから顔を上げると、視線の3mほど先に、「未知」がいた!

子どもの手のひらほどもある大きな蝶が、ひらひらと、花壇に植わった花から花へと飛んでいる。

今は秋だ。了二の頭の中の蝶についてのイメージは、春に飛ぶもので、しかもモンシロチョウやアゲハチョウしか知らなかった。秋に、これほど大きく、はねにはしる黒いすじの広がりが、エキゾチックさを感じさせる蝶を住宅街の真ん中で目撃するのは初めてのことだった。

猫が急かした。
(了二さん、写真ニャ、写真、はよ!)

了二は急いでスマホをカメラモードに換え、写真と動画を撮った。

大きさ8cmほどもある蝶は、了二におびえる風もなく、花に止まっている間はじっとしてくれて、絶好のシャッターチャンスを与えてくれた。はねのつけ根から広がる黒いすじ状の模様とその間の白っぽい部分の対比が鮮やかで、その華麗さは、世の中でこの蝶だけに与えられた妖艶な美しさではなかろうかと思わせる。

やがて蝶にとっての、ここでの用事が終わったのか、花壇から飛び立ち、隣の住宅の庭のあたりへ優雅に姿を消した。

(了二さん、あの蝶なんなん?   調べて教えてニャン。)

猫は蝶好きなのかと思いながら、了二は蝶の写真を検索にかけた。

(ほお…)

そこには了二がこれまで学校で教わったことがなく、身近な人々との会話から知ることもなかった、不思議な蝶の生態が書かれていた。

蝶の名前は「アサギマダラ」。

アサギは浅葱(あさぎ)からきており、昔の日本人が白っぽい青緑色のことを、浅葱色と呼んでいたのだそうだ。はねの黒いすじ状の間の色が浅葱色をしているから「アサギマダラ」の名となったとのこと。

アサギマダラの生涯は、まだ謎につつまれているところも多いが、研究によって解ってきたことは、晩秋から冬にかけ、遠く離れた南西諸島や台湾へと海を越えて渡る。春から初夏にかけては逆コースで、南西諸島や台湾から日本へ渡って来るという。どうも、南の国の酷暑を苦手としているらしい。

あのはかない美しいはねで、それほどの長距離を飛ぶというのも驚きだが、了二がいちばん興味深く感じたのは、夜間は海の上にはねを広げて浮かび休んでいるという解説だった。

アサギマダラが海上に、あのエキゾチックなはねを広げて浮かび、波に揺られている姿を想像すると、そこには妖しいまでの美しさが感じられてくるのだった。

(ふ~ん。ずいぶん面白い生活をしている蝶ニャンやな~。初めて知ったニャ。)
と、猫が言った。

(うん。俺も初めて知った。昆虫好きの人なら、知っているのかもしれないけど、とても遠くまで旅をするこの蝶が、この町の住宅街にいるということが、情報として希少だよね。)

(ほな、記事のネタは決まったニャ。)

(うん。いま見た蝶の姿が、頭の中で新鮮なうちに記事にまとめてみよう。)

了二はスマホをショルダーにしまうと、公園を出て、自分のアパートに帰る道を歩き始めた。

しばらく歩いたところで、園芸用のスコップや熊手などを入れたバスケットを持って、歩いて来るスラリとしてめがねをかけた老婦人とすれ違った。

すれ違ってしばらくしてから、了二は、
(あれ、あの人、園芸道具を持ってあっちへ行っているということは、もしかして、公園の手入れをする人かな?)

そう思って振り返って見ると、思った通り、老婦人が公園の中へ入ってゆく姿が見えた。

了二は、その老婦人にも興味を感じたが、今はアサギマダラの記憶が鮮明なうちに、記事にまとめることが先だと思い、引き返すことはせずにアパートへの道を急いだ。
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