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三.
奇妙な老紳士
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ホームに降りると、帰りの電車が来るまで15分ほど待ち時間があることがわかった。了二は近くのベンチに座って待つことにした。
三人掛けのベンチには、了二より先に、上等そうなスーツを着た80代にはなっていると見える男性が、端の席に座っていたので、ひとつ席を空け、了二はもう一方の端に座った。膝の上に抱えた白い袋のなかから伝わってくる、お弁当の温かさがうれしかった。
その時である。お弁当への思いに浸っていた了二に、スーツのじいさんが話しかけてきたのは…
「あのう…ここから深谷(ふかや)まで、どれくらい時間がかかるでしょうか?…」
金縁めがねをかけたじいさんが、弱弱しい口調で尋ねてくる。
了二は内心(おおっ、今日はえらくじいさんに縁のある日だ。)と思いながら、
「深谷はこの路線の終点ですから、三時間弱はかかりますよ。」と、経験知から答えた。
じいさんは、これまた金ぴかの、上等そうな腕時計に目を落とし、ぶつぶつ言い始めた。
「今から深谷に着いて、あの人の家を訪ねて話しをしていたら、夕方になるなあ…泊まれるところがあるかなあ…」
じいさんのつぶやきが耳に入ってきた了二の心に親切心が芽を出した。了二は子どもの頃、母方の、今は亡き祖父と仲が良かったこともあり、じいさんが困っていると、つい助けたくなってしまうのだ。
「あのう…お困りでしたら、深谷に泊まれるところがあるか、調べてみましょうか?」
了二はショルダーからスマホを取り出しながら言った。
金縁めがねのじいさんは、驚いた表情で了二のほうを見た。それから、やや間があって、こう言った。
「ああ、若い人はそれ(スマホ)が使えるから私らとは考えることが違うんですね…あなたの親切に甘えるようですが、深谷のあたりに宿があるか、調べてもらってもいいでしょうか…」
「おやすいご用ですよ。」
了二はちゃっちゃっと旅行サイトを出して、深谷の近くの宿を検索した。
深谷は山の中の、かなり僻地の町なので、じいさんにとって適当な宿があればよいがなあと思いながら探してゆく。「桜山旅館 お部屋から見える清流と山の幸を使ったお料理が自慢の宿、JR深谷駅から徒歩15分」という宿があった。
じいさんにスマホの画面を見せながら、説明すると、じいさんは、
「感じの良さそうな宿ですね。そこを訪ねてみますよ。」
と言うので、了二は、
「よければこの画面から予約を入れときましょうか?一泊 夕朝食つきで12,000円ですけど?」
とじいさんに尋ねると、じいさんは目を丸くして驚いて、
「そこから予約もできるのですか?私達と君達はまるで違う世界に住んでいるみたいだ。じゃあ予約もお願いしていいですか?」
了二はじいさんに、必要事項を尋ねながら、ちゃっちゃと予約を入れ、完了した。
「私達から見たら、まるで魔法みたいですよ。助かりました、どうもありがとう。」
じいさんは笑顔を見せて、了二に感謝を表した。
それからは、ふたりとも、前を向いて言葉を交わさずぼんやりとしていたが、じいさんがハッとしたように自分の手のひらで自分のひざを打ち、了二との間の空いた席に置いていた旅行かばんを開け始めた。
了二はじいさんが、何を出すのだろうと思いながらそれとなく見ていたら、じいさんの手に握られて、木で作られた平たい箱が出てきた。
じいさんは改めて了二の顔を見ながら、話し始めた。
「わたしは先々月まで東京で時計店を営んでいたのですが…もう年寄りになったし、跡を継いでくれる人もいないので、店は廃業して、今は日本各地のお世話になった人を訪ねて人生最後のお礼行脚(おれいあんぎゃ)をしています。感染症のリスクがあっても、あの世に行く前にどうしても会っておきたい人達がいて。深谷にも恩人を訪ねるために行きます。」
「あ…そうなんですか…」
了二はあいづちをうった。
「今日、ここで、あなたに親切にしてもらったのも何かのご縁。商売物で申し訳ないが、せめてものお礼として、これを受け取っていただきたい…」
そう言いながらじいさんが木箱から取り出した腕時計は…
世界に燦然と、その名がとどろく、あの超有名ブランドの腕時計ではないか!!
じいさんは、了二の手に腕時計を握らせようとしてくるが、了二は超有名ブランドに驚いて、
「こんな高価なものを、いただくわけにはいきません。」
と言ったけれども、じいさんは、
「私には跡継ぎがいないので、これを持っていても使い途がないんです。あなたにもらっていただければ、この時計としても本望でしょう…あ、ほら、電車が来ました…早く乗らないと…」
じいさんは了二の手に腕時計を押し付けると、年寄りとは思えぬ早さで旅行かばんを持って立ち上がり、ホームに着いて開いた電車のドアの中へスタスタと入って行った。了二も後を追って電車に入ったが、じいさんはもうボックス席のどこかに座ったらしく、その姿を見定めることができなかった。
こうして了二の手に、超有名ブランド腕時計は握られたままとなり、次の駅で降りねばならない了二は、腕時計を持って帰ることとなったのである。
三人掛けのベンチには、了二より先に、上等そうなスーツを着た80代にはなっていると見える男性が、端の席に座っていたので、ひとつ席を空け、了二はもう一方の端に座った。膝の上に抱えた白い袋のなかから伝わってくる、お弁当の温かさがうれしかった。
その時である。お弁当への思いに浸っていた了二に、スーツのじいさんが話しかけてきたのは…
「あのう…ここから深谷(ふかや)まで、どれくらい時間がかかるでしょうか?…」
金縁めがねをかけたじいさんが、弱弱しい口調で尋ねてくる。
了二は内心(おおっ、今日はえらくじいさんに縁のある日だ。)と思いながら、
「深谷はこの路線の終点ですから、三時間弱はかかりますよ。」と、経験知から答えた。
じいさんは、これまた金ぴかの、上等そうな腕時計に目を落とし、ぶつぶつ言い始めた。
「今から深谷に着いて、あの人の家を訪ねて話しをしていたら、夕方になるなあ…泊まれるところがあるかなあ…」
じいさんのつぶやきが耳に入ってきた了二の心に親切心が芽を出した。了二は子どもの頃、母方の、今は亡き祖父と仲が良かったこともあり、じいさんが困っていると、つい助けたくなってしまうのだ。
「あのう…お困りでしたら、深谷に泊まれるところがあるか、調べてみましょうか?」
了二はショルダーからスマホを取り出しながら言った。
金縁めがねのじいさんは、驚いた表情で了二のほうを見た。それから、やや間があって、こう言った。
「ああ、若い人はそれ(スマホ)が使えるから私らとは考えることが違うんですね…あなたの親切に甘えるようですが、深谷のあたりに宿があるか、調べてもらってもいいでしょうか…」
「おやすいご用ですよ。」
了二はちゃっちゃっと旅行サイトを出して、深谷の近くの宿を検索した。
深谷は山の中の、かなり僻地の町なので、じいさんにとって適当な宿があればよいがなあと思いながら探してゆく。「桜山旅館 お部屋から見える清流と山の幸を使ったお料理が自慢の宿、JR深谷駅から徒歩15分」という宿があった。
じいさんにスマホの画面を見せながら、説明すると、じいさんは、
「感じの良さそうな宿ですね。そこを訪ねてみますよ。」
と言うので、了二は、
「よければこの画面から予約を入れときましょうか?一泊 夕朝食つきで12,000円ですけど?」
とじいさんに尋ねると、じいさんは目を丸くして驚いて、
「そこから予約もできるのですか?私達と君達はまるで違う世界に住んでいるみたいだ。じゃあ予約もお願いしていいですか?」
了二はじいさんに、必要事項を尋ねながら、ちゃっちゃと予約を入れ、完了した。
「私達から見たら、まるで魔法みたいですよ。助かりました、どうもありがとう。」
じいさんは笑顔を見せて、了二に感謝を表した。
それからは、ふたりとも、前を向いて言葉を交わさずぼんやりとしていたが、じいさんがハッとしたように自分の手のひらで自分のひざを打ち、了二との間の空いた席に置いていた旅行かばんを開け始めた。
了二はじいさんが、何を出すのだろうと思いながらそれとなく見ていたら、じいさんの手に握られて、木で作られた平たい箱が出てきた。
じいさんは改めて了二の顔を見ながら、話し始めた。
「わたしは先々月まで東京で時計店を営んでいたのですが…もう年寄りになったし、跡を継いでくれる人もいないので、店は廃業して、今は日本各地のお世話になった人を訪ねて人生最後のお礼行脚(おれいあんぎゃ)をしています。感染症のリスクがあっても、あの世に行く前にどうしても会っておきたい人達がいて。深谷にも恩人を訪ねるために行きます。」
「あ…そうなんですか…」
了二はあいづちをうった。
「今日、ここで、あなたに親切にしてもらったのも何かのご縁。商売物で申し訳ないが、せめてものお礼として、これを受け取っていただきたい…」
そう言いながらじいさんが木箱から取り出した腕時計は…
世界に燦然と、その名がとどろく、あの超有名ブランドの腕時計ではないか!!
じいさんは、了二の手に腕時計を握らせようとしてくるが、了二は超有名ブランドに驚いて、
「こんな高価なものを、いただくわけにはいきません。」
と言ったけれども、じいさんは、
「私には跡継ぎがいないので、これを持っていても使い途がないんです。あなたにもらっていただければ、この時計としても本望でしょう…あ、ほら、電車が来ました…早く乗らないと…」
じいさんは了二の手に腕時計を押し付けると、年寄りとは思えぬ早さで旅行かばんを持って立ち上がり、ホームに着いて開いた電車のドアの中へスタスタと入って行った。了二も後を追って電車に入ったが、じいさんはもうボックス席のどこかに座ったらしく、その姿を見定めることができなかった。
こうして了二の手に、超有名ブランド腕時計は握られたままとなり、次の駅で降りねばならない了二は、腕時計を持って帰ることとなったのである。
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