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副部長は異星人
しおりを挟む男女共学の平安西高校には、「野草雑草研究部」という部活がある。
部長の都田りん子は、副部長の谷崎純一に助けられながら、部員のみんなと楽しく部活動に取り組んでいる。
今日は生物室で、約一年間かけて、採集してきた校内や校外の植物を台紙に貼って、植物標本に仕上げる作業をしている。
植物標本を作るのは、なかなかに手間がかかる。
まず、採集してきた植物を、新聞紙を半分に切って、ふたつ折りにした間にはさむ。
その上下に、吸水用の新聞紙を重ねて置き、その上に、また植物をはさんだ新聞紙を置いて、また吸水用の新聞紙を重ねる。
これを何層か繰り返し、いちばん上に板を置いて、その上に、漬物用の重しを置く。
そして、ここからがたいへんだ。吸水用の新聞紙は一週間、毎日、新しいものと取り替える。続いて今度は、二日おきに吸水用の新聞紙を取り替えて、植物が完全に乾燥するのを待つ。
野草や雑草を集めて研究する部活動は、このあたりの高校では珍しく、県内で、平安西高校以外では聞いたことがない。
部員は13名と少ないが、野草、雑草は季節とともに移り変わるので、チャンスを逃さないように、手分けして採集し、標本作りにいそしんできた。
今日の作業は、いよいよ仕上げだ。
カラカラに乾燥した標本を、白い台紙に置き、ところどころを専用の紙テープでとめる。これに標本ラベルを貼って、文化祭で展示する。
校内と校外の、野草、雑草だけで、126種類も集めることができた。時間をかければもっと集めることもできるけれど、126枚の標本は、身近なところにこんなに多様な植物があるのかと、見る人を驚かせることができるだろう。
そんな想像をしつつ、部長のりん子は作業にはげんでいた。
部員のみんなが、生物室の大きなテーブルに2人ずつついて、向かい合って作業を進めている。
りん子は副部長の純一と向かい合っている。テーブルの中央に置いた、紙テープに手を伸ばした時。
偶然、同時に手を伸ばした、純一の指と、りん子の指が触れあった。
「あっ。」
「ごめんなさい。」
純一とりん子が同時に言った。
りん子は頬が少し熱くなるのを感じた。
純一が、
「部長から先に取ってください。」
と言ったので、りん子は、自分が必要なだけテープを取って、純一に、
「ありがとう、どうぞ。」
と言う。
りん子は最近、自分が副部長としての純一を信頼しているだけなのか、それとも純一を好きになってきているのか、混乱することがある。
りん子が部長に、純一が副部長になった日のことが、鮮やかに思い出される。
ーー
三年生が卒業し、新しい部長と副部長を決める会議の時。
(部長はりん子しかいないよね。)
という暗黙の空気が漂っていた。
りん子は自他共に、雑草ヲタクとして認められていたからである。
小学生の時、りん子は、この高校の文化祭で、当時の高校生が作った植物標本の展示を見た。
ふだん、足で踏んで通っている草々を、一本一本分けると、一本一本が名前を持っていて、それぞれの生きかたをしている。こんな身近に自分の知らないミラクルワールドがあったことに気づいたりん子は、雑草野草の世界に魅せられて、自分でも植物採集をするようになった。
小学生なりに標本を作り、観察したこと、気づいたこと、調べたことを標本と一緒にまとめ、夏休みの自由研究として提出した。
それがなんと、県の大会で最優秀賞にのぼりつめ、全国大会でも優秀賞を受賞した。
それが知られて、良い意味で、雑草ヲタクのイメージがついた。ここは地方の小さな市であるから、小、中、高校まで一緒の学校という生徒も多く、高校生になった、りん子も相変わらず、同じイメージで見られている。
会議の議長をしている生徒が言った。
「部長の立候補はありますか?」
生物室のテーブルを囲んで、ほぼ円形に座っているみんなの視線が、いっせいに、りん子に集まった。
りん子は、こうなることは予想してはいたものの、いざとなると、なかなか勇気がいるものだ。心を決めて、挙手をし、
「部長に立候補します!」
と言った。
全員から拍手が沸き起こり、
「部長は全員一致で、都田りん子さんに決まりました。」
と、なった。
問題は副部長だ。
「副部長への立候補はありますか?」
シ~ン。
しばらく沈黙が続いた。
その後に、ボソッとした聞き慣れない声が響いた。
「副部長に立候補します。」
みんながいっせいに、声のほうを見た。
谷崎純一くんだ。
谷崎くんは、一年生の二学期に、平安西高校へ転校してきた。
以前はどこの高校だったのか、誰も知らない。
小柄な体格で、色白の顔に丸っこいメガネをかけ、あまりしゃべらず、いつも静かにそこにいるような生徒だった。
そんな谷崎くんが、自分の意思を表明したのは初めてのことで、みんなはびっくりした。
しかし、やがて、ひとりふたりパチパチと拍手が起こり、それが全員に広がった。
谷崎くんが自らやりたいということなら、実力のほどはわからないが、やってもらおう。
「副部長も全員一致で、谷崎純一くんに決定しました。」
りん子もみんなも、谷崎くんがどのような人なのか、興味を持ちつつ見守っていたが、谷崎くんは積極的に、これまで部がしていない、新しい提案をしてきた。
学校の略図を描いて、それを四分割する線を引いた図を持って来て、各区画に、一年を通じて同じ部員を張り付け、各区画における植物の姿の一年の変化を、観察、採集してはどうか、と、きた。
りん子は、これまでやったことのない試みだし、部員達からも「季節を追って変化を見るのは面白そう」という声が上がったこともあり、谷崎くんの提案を採用した。
また、夏休み明けには、谷崎くんの自宅周辺と、足をのばして、山地に行った時の野草だと、校内にはない植物を、採集して持って来てくれた。
今年の文化祭に多くの標本を展示できるのは、谷崎くんの活躍によるところが大きい。
ーー
りん子と純一が、台紙に貼っていた標本作成は終わった。他の部員達もそろそろ完成してきたようだ。
りん子と純一は、部員達のテーブルを回り、完成した標本を集め、文化祭での展示の準備の日まで、保管しておく棚のある別室に運んだ。
部員達はテーブルに出した道具の片付けが終わりしだい、自由解散としたので、りん子と純一が生物室に戻った時には、誰もいなくなっていた。
りん子は純一に言った。
「今年は副部長が大活躍してくれたから、たぶん、これまでの部の歴史の中で、一番充実した展示になると思う。谷崎くんありがとう。」
純一は、照れたように、片手で自分の髪をクシャッとなでた。そして、急に真剣な表情になると、かしこまった声で、
「部長。話しておきたいことがあります。時間ありますか?」
と聞いた。
りん子はその声のなかに、いつもの純一とは違う、ピーンと張りつめた、ただならぬ緊張を感じた。
「ええ。時間はあるわ。椅子に座りましょうか。」
りん子と純一は、さきほどまで作業をしていたテーブルで、向かい合って座った。
純一は、テーブルに落とした視線を上げ、りん子の目を真っすぐに、見つめた。
「ぼくは、今日で学校からいなくなります。」
(えっっっ……)
りん子は驚きのあまり、声が出なかった。ただ驚きで開いてしまった口を、右手の指でふさいだ。
驚きの嵐が心の中をかけぬけた後、りん子はかすれた声で尋ねた。
「急に転校してゆくの?どうして?文化祭を楽しみにしていたのに?」
りん子に問われ、純一は、視線を落とし、
一息してから話し出した。
「信じてもらえないかもしれないけど、りん子さんにだけは、本当のことを告げてから、学校を去りたい。」
りん子は純一から「部長」でも「都田さん」でもなく、「りん子さん」と呼ばれたことに、喜びと、とまどいとを感じた。
「りん子さん、僕は実は、地球人じゃない。」
りん子は再び、声が出なかった。最初は疑いの気持ちが浮かんだが、思い直すと真面目な性格の純一が、冗談を言うとは思えなかった。
純一が話し始めた。
「僕の星は、地球から25光年離れた、フォーマルハウトという恒星をめぐる惑星なんだ。そこでは大きな戦争があってね…地上が2つの勢力に分かれて争った……
僕が所属していた国に対して、敵の国は核兵器を打ち込んだ。
多くの犠牲者が出て、地上にいられなくなった僕達は、地下を掘って逃げ込み、そこで何年間も暮らしながら同時に戦った。
最終的には、僕達の国々が、人工地震発生装置の開発に成功し、敵の国々の大陸に地震を起こし、敵の大陸は地震で寸断され、海に沈んで消えた。僕達は勝利した。
ところが、僕達の大陸では、敵による核兵器の大量使用のせいで、地上は放射線量が高く、とても地上に出られる状態ではなかった。
そこで考えられたのが、遺伝子操作をほどこし、放射性物質を吸い上げて無毒化することができる植物を作ることができないか、ということだった。
しかし僕達の大陸は焼け野原にされ、植物はほとんど残っていない。どの植物が、僕達の目的に適しているのかも、研究してみないとわからない。そこで、僕達の星と似た環境を持つ地球に、プラントハンター達が放たれた。僕は日本のこの地方に来たけれど、僕の仲間たちが大勢、世界中で、植物とその種子を採集している… 」
りん子はやっと、口から言葉を出すことができるようになった。
「それで、転校してきて、野草雑草研究部に入部したのね… 」
「うん、この学校に野草雑草研究部があったのは助かった。おかげで、たくさん植物を採集することができた。りん子さんのおかげだ。ありがとう。」
「明日には、あなたの星へむけて、出発するのね。」
りん子の目に涙があふれ、つうっと、頬をつたった。
純一も、涙ぐんでいた。
その時、目には見えないが、りん子の心の中で燃えている、小さないのちの炎と、純一の心の中の炎とが、重なり合って燃え上がった。
ふたりは同時に、テーブルに両手をついて立ち上がり、上半身を伸ばして、互いの顔を近づけ、唇を重ねた。
りん子は純一のくちびるを、花びらのように柔らかく感じた。それは、数秒だったのかもしれない。しかしその短い時の中に、永遠の時がたたみ込まれているような不思議な時間だったーー
ふいに純一が、りん子から顔を離し、まるで、りん子の顔を記憶に刻み込もうとするように、見開いた目で見つめたかと思うと、きびすを返し、開いていた生物室の入口へ、そして廊下へと走り去った。
りん子も後を追い、生物室の入口へと走ったが、すでに廊下に純一の姿はなく、階段を降りて行ったのだろうと思われた。
りん子は、やるせない気持ちで、入口に、背中をもたせかけていたが、さきほどまで自分と純一が、ついていたテーブルの上に、レポート用紙を折りたたんだ、小さな包みが置かれているのに気づいた。
純一が置いていったのだ。
りん子は包みを取り上げると、そっと開いた。
中には1.5mmほどの、小さな種が十数粒あり、開いたところに、純一の筆跡でメッセージが書かれていた。
「地球人もいつか、超光速航法の技術を手に入れて、僕達の星に来ることができるようになると思う。その時に、りん子さんが迷わずに、僕の星を見つけられるように、細工をした種を作りました。りん子さんのそばに蒔いてほしい。花が咲く方向を見て僕のことを思い出してほしい。」
りん子は自宅のちいさな庭の、日当たりの良い場所に、純一の種を蒔いた。
純一の「細工」とは、遺伝子操作のことだろう。種は異常な早さで発芽して成長し、2週間もすると、黄色い花が咲いた。
マツヨイグサだ。
夕刻に、10本以上も集まって咲いた花々は、いっせいに同じ方向を向いている。そして夜の深まりとともに、花々がそろって上を向いていく。
不思議に思ったりん子は、花々が向いている夜空の方向に、目をむけた。
そこには、ポツンとひとつ、ひときわ明るい星が輝いていた。
「あれが、フォーマルハウト…」
あの恒星の近くの惑星に、純一がいるのだ。核兵器で焼けただれた大地を、元の緑の大地に戻そうとしているのだ。
りん子はフォーマルハウトを見つめて、両手を組み、祈った。
地球の植物が役立って、純一くんの星が、豊かな緑の星によみがえりますように。そして、かなうことなら、純一くんに、再び、会えますように…
(了)
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