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第五話(2)

ひきこもりと集合的無意識

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鈴木医師が「とちの実病院」で診察を終えた夜は、毎週、決まったビジネスホテルを常宿にしている。

ホテルの部屋でベッドに横になりながら、今朝受け取った「全日本ひきこもり当事者の会 会長 中光 正希」氏からのメールを、何度も読み返した。

現在の日本で、ひきこもりの人口は、約146万人といわれているが、彼ら彼女らにどう接してゆくのが適切なのかは、厚生省も試行錯誤しているところだ。

中光氏が言及している集合的無意識とは、1961年まで存命したスイスの精神科医、カール·グスタフ·ユングが提唱した、人間の精神構造に対する考え方で、今では日本の高校生の教科書にも載っている。

よく氷山に例えられるが、海面から上に出ている氷の部分が「顕在意識」。普段、自分で意識することのできる意識のことで、論理的な思考・理性・知性・意思・決断力などのことをいう。

これに対し、海面の下にある膨大な量の氷が「潜在意識」。心の底にあって、自覚されないが、本人の行動や思考に大きな影響を与えている、秘められた意識。 経験に基づく記憶、感情、知識などが莫大な量眠っているという。自分が気づかぬうちに、自分の思考と言動に影響するからやっかいだ。

ユングは「潜在意識」の下にさらに、「集合的無意識」があると提唱した。すべての人類が潜在意識の底ではつながり合って「集合的無意識」とユングが名付けた、大きな大きな意識を共有しているということを。

ユングが「集合的無意識」の存在を、提唱するに至った根拠は、遠方の人との交流がなかったはずの古代の世界において、それぞれの地域に伝わっている神話のなかに、偶然とは思えない類似性があまりにも多く見られるという理由が説かれている。

これらのことは、精神科医はもちろんのこと、精神世界に興味のある人にとっては常識だが、知識として知っているというのと、知識を使いこなせるというのは、雲泥の差だ。

鈴木医師は自らが「集合的無意識」に到達できるようになるまで、数年の修行をした。

修行と言っても、静かに座って瞑想をするだけなのだが、一回一回は短い時間でも、回数を重ねるうちに、自分の「潜在意識」の中身を感じとれるようになる。

ああ、自分は、あのことに関しては、こういう感情を抱いているんだな、あの時には、本当は、ああしたかったんだな、など、潜在意識に閉じ込めていた経験と感情を、客観的に見られるようになり、潜在意識の中身の理解が進んでゆくとともに、潜在意識のより深い部分まで、潜れるようになってゆく。

そして、やがて、潜在意識の底とつながった、より広く、より大きなところに出る。そこが「集合的無意識」だった。

鈴木医師の場合、他の人が自分に電話をかけてきた時、電波をたどって、集合的無意識の中を進み、その人の潜在意識にたどり着き、上へ上がって顕在意識に現れる、ということができるようになった。また、電話でなくても、相手が自分に対して、強い念を発していれば、まるで灯をともしたロウソクが、点々とその人のところまで続いているように見えるので、それをたどってその人の顕在意識まで行き着くこともできる。

しかし、集合的無意識まで降りてゆくことが出来る人間は、ごくごくわずかだろう。
鈴木医師は、これまで何度か、患者の潜在意識や顕在意識を見るために、集合的無意識に潜ったが、そこで他の人物に出会ったことはなかった。

半年ほど前、セフティホームの内村氏の顕在意識へ行くために、集合的無意識を通っている私の姿を、中光 正希という人物は見ていたのか。

たいしたものだ。

それに、私の所属と氏名まで突き止めるとは、どれほどの組織力を持っているのだろう。

鈴木医師は、中光 正希氏に興味がわき、私用のメールアドレスから中光氏に返信してみることにした。
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