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第二話
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「木佐先生、こんばんは」
「七原さん、こんばんは。やっぱり私は場違いじゃないかしら……」
気後れしつつ担当編集者の七原に耳打ちすると、彼女は大袈裟に首を横に振る。
「何を言っているんですか!? 木佐先生。先生も我がA出版社の大事な大事な作家さまなんですよ! 堂々としていてください」
「えっと」
「それに、お着物とてもよくお似合いになっています。いつもの木佐先生もステキだけど、和服姿の木佐先生もステキです!」
「はは……ありがとう」
円香より二つほど歳が若い七原は、鼻息荒く熱弁する。それを見て、円香は少しだけ眉を下げてほほ笑んだ。
では、また! と元気いっぱいな笑顔を見せた七原は、今日も忙しそうに飛んで行ってしまった。
今日はA出版社主催のパーティーだ。
創立三十五周年記念の式典で、小説家はもちろん、エッセイニスト、漫画家、イラストレーターなどなど、各分野で活躍する一同が集まった大きなパーティーだ。
円香は今、A出版が発行している月刊誌に連載をしていたり、デビュー作もA出版から出していることもあってパーティーにお声がかかったというわけである。
もともとそういうパーティーなどの場は苦手な上に、作家との付き合いも極力していない円香にしてみたら居心地が悪いのも仕方がないだろう。
だが、担当の七原が「ぜひ、ぜひ! 木佐先生にも」と熱心に誘われ、渋々足を運ぶことになったのだ。
円香はソフトドリンクを手にして隅っこの方でひっそりと立ち、辺りを見回す。
大御所作家があちこちでみかける。それだけでテンションは上がってきた。
サインをいただきたい、お話してみたい。そうは思うのだが、なかなか自分から声をかける勇気は持てず、ただただ遠くで目を輝かせるだけにとどめておく。
(あの作家さん、この前テレビで見たわ。それにあちらにいるのは楠先生! 早く新刊が出ないかしら)
円香は壁際の華に徹する気満々で、ミーハーな心を隠しもせずキョロキョロと辺りを見回し続ける。
すでに来客ではなく、スタッフのような気持ちで会場内にいると突然声をかけられた。
「木佐……ちゃん?」
「え?」
振り向くと、そこには長身の男が立っていた。
顎と鼻の下にヒゲをたくわえており、顎をさすって円香を見つめ続けている。
スリーピースのスーツをパリッと着こなしていて、洗練されているイメージだ。
大人な男といった感じで色香も感じる。
相宮はキレイで繊細な雰囲気だが、こちらの男性はどちらかと言うと野性味帯びていてワイルドなイメージだ。
だが、しかし。目の前の男性に見覚えがある。ふと、考えこむ円香の脳裏に昔の面影が過ぎった。
「あ……もしかして、堂上さん?」
「はは。やっぱり木佐ちゃんか。何年ぶりだろう?」
出会ったときは眼鏡だったし、ヒゲもなかったため、一瞬誰だかわからなかった。
デビュー時に円香の担当だった堂上だ。
あのころもワイルドな雰囲気な人だと思っていたが、今は年齢を重ねてより色気に磨きがかかっているように思う。
円香は久しぶりの再会に心を躍らせた。
堂上と顔を合わせたのは何年ぶりだろうか。
今の担当者である七原に代わる前、堂上が円香の担当だった。
堂上が昇進するという機会に合わせ、円香の担当も七原に代わったのだ。
デビューしたてで何もわからない円香に、色々なことを堂上は教えてくれた。
小説を書くということは学生時代からしていたが、賞に応募するわけでもなく、ただただ楽しんで書くのみだった。
何を思ったか、「一度ぐらいは公に出してみてもいいかも」と思って参加した作品が見事A出版社が主催する文学賞を受賞してしまったのだから、人生どこでどう転ぶかなんてわからない。
当時OLだった私はただただビックリし、途方に暮れた。
なにせ何もわからなかったのだから仕方がない。
賞を受賞すれば書籍化される、そう応募規約に書かれてはあったのだが、まさか自分の作品が受賞するだなんて応募するときには夢にも思わず……
とにかく慌てたことだけは記憶に新しい。
そんなときに担当になったのが、目の前の男性である堂上だったのだ。
処女作の一本のみだけだったから、堂上が円香の担当をしていたのは短い期間だった。
それに、本当にあの頃の円香は必死そのものだった。だから、すぐに堂上だとわからなかったことは許してほしい。
円香は謝罪も込めて、頭を下げた。
「ご無沙汰しております。堂上さんは、課長になられたんですよね?」
「ああ。昇進したから、七原に木佐ちゃんの担当を譲ったんだよな」
懐かしいなぁ、と目を細めて笑う堂上は昔のままだった。
デビュー当時に戻ったように感じ、円香も嬉しくなって口元を緩める。
すると、堂上は円香の姿をジッと見つめたあと、顎に手をやり考えこむ仕草をした。
ヒゲを弄ぶような仕草をしたあと、ジッと円香を見つめる。
どうしたのかと小首を傾げる円香に、堂上はフッと柔らかく笑った。
その雰囲気はとても色気があり、円香の胸はドキッと大きく高鳴る。
「木佐ちゃん……いや、木佐先生か」
「え?」
堂上が円香の担当の頃、いつも“木佐ちゃん”とちゃんづけで円香のことを呼んでいた。
こうして堂上が“先生”と円香を呼んだのは初めてかもしれない。
どこかこそばゆく感じ、円香は頬を赤らめた。
「出会った頃も可愛いと思っていたが、ますますキレイになったな」
「な……!」
円香の顔は一気に熱くなり、赤く染まる。
その様子を見て、堂上はどこか満足そうにほほ笑む。
からかわれた、そう感じた円香は視線を逸らし、唇を尖らせた。
「……リップサービスをしていただかなくても結構ですが」
「そういう返しをするのか……やっぱり木佐ちゃんは大人になったな」
「そういう堂上さんは、意地悪の仕方がおじさんっぽいですよ」
悔しくなって言い返した円香に堂上は目を丸くしたあと、ますます笑みを深くする。
「ますますいい女になったな、木佐ちゃん」
「ですから!」
これ以上はからかわれたくない。
強い意志で挑もうとする円香の頭に、堂上の大きな手のひらが触れた。
ゆっくりと撫でる堂上に驚いて、円香はカチンと固まってしまう。
堂上の絡みつく視線に驚いて視線を外すことができない。
円香は、ただ堂上を見上げた。
「なぁ、木佐ちゃん。担当外れるとき、やっぱり手を出しておけば良かったって、今すっごく後悔してる」
「え?」
あ然としたままの円香に、堂上は流し目で見つめてくる。
その視線はとても熱っぽく、円香は視線を逸らすことができない。
ただ、口を薄く開いてしまう。
そんな円香の頭を、堂上はまだ撫でている。
「俺の手で木佐ちゃんを成長させたい」
「っ!」
「作家としても……そして、女としても」
これ以上は無理だ。円香はサッと視線を逸らし、堂上から離れるように後ずさる。
その行動を目を丸くして見つめたあと、堂上はクスクスと笑った。
「久しぶりに会えて良かったよ」
「堂上さん」
絞り出すように堂上の名前を呼ぶ円香は、ただ彼を見つめるしかできなかった。
だが、そんな円香に堂上は一歩足を踏み出し、距離を縮める。
結局、円香が作った距離をあっという間に堂上によって詰められてしまう。
「木佐円香が欲しい」
「っ!」
「そう言ったら……木佐ちゃんは頷いてくれるか?」
「!!」
顔を真っ赤にして狼狽える円香に、堂上はクツクツと意地悪く笑う。
やっぱり円香をからかっていたようだ。
悔しくて口を歪める円香に対し、堂上は急に真剣な面持ちになった。
「じゃあ、また」
「……はい」
円香が驚きながらも小さく頷くと、堂上は真摯な瞳で円香の目を見つめてきた。
「ああ、さっきの話」
「さっきの話ですか?」
何のことだろうと怪訝に思って眉を顰める円香を見ても、堂上の真剣な表情は崩れない。
それがますます円香の心を混乱に陥れていく。
「そう。木佐円香が欲しいって言ったヤツな」
ですから! と反論しようとする円香の言葉を遮り、堂上は言い切った。
「本気だから」
「え……?」
円香が目を丸くして固まっていると、堂上は手を軽く挙げて離れていく。
「おじさんの本気、甘く見ていると痛い目合うぞ? 木佐先生」
「っ!」
身体をビクッと震わせ目を泳がせる円香に、堂上は妖艶にほほ笑んだ。
そして、堂上は人の波へと消えていった。
「七原さん、こんばんは。やっぱり私は場違いじゃないかしら……」
気後れしつつ担当編集者の七原に耳打ちすると、彼女は大袈裟に首を横に振る。
「何を言っているんですか!? 木佐先生。先生も我がA出版社の大事な大事な作家さまなんですよ! 堂々としていてください」
「えっと」
「それに、お着物とてもよくお似合いになっています。いつもの木佐先生もステキだけど、和服姿の木佐先生もステキです!」
「はは……ありがとう」
円香より二つほど歳が若い七原は、鼻息荒く熱弁する。それを見て、円香は少しだけ眉を下げてほほ笑んだ。
では、また! と元気いっぱいな笑顔を見せた七原は、今日も忙しそうに飛んで行ってしまった。
今日はA出版社主催のパーティーだ。
創立三十五周年記念の式典で、小説家はもちろん、エッセイニスト、漫画家、イラストレーターなどなど、各分野で活躍する一同が集まった大きなパーティーだ。
円香は今、A出版が発行している月刊誌に連載をしていたり、デビュー作もA出版から出していることもあってパーティーにお声がかかったというわけである。
もともとそういうパーティーなどの場は苦手な上に、作家との付き合いも極力していない円香にしてみたら居心地が悪いのも仕方がないだろう。
だが、担当の七原が「ぜひ、ぜひ! 木佐先生にも」と熱心に誘われ、渋々足を運ぶことになったのだ。
円香はソフトドリンクを手にして隅っこの方でひっそりと立ち、辺りを見回す。
大御所作家があちこちでみかける。それだけでテンションは上がってきた。
サインをいただきたい、お話してみたい。そうは思うのだが、なかなか自分から声をかける勇気は持てず、ただただ遠くで目を輝かせるだけにとどめておく。
(あの作家さん、この前テレビで見たわ。それにあちらにいるのは楠先生! 早く新刊が出ないかしら)
円香は壁際の華に徹する気満々で、ミーハーな心を隠しもせずキョロキョロと辺りを見回し続ける。
すでに来客ではなく、スタッフのような気持ちで会場内にいると突然声をかけられた。
「木佐……ちゃん?」
「え?」
振り向くと、そこには長身の男が立っていた。
顎と鼻の下にヒゲをたくわえており、顎をさすって円香を見つめ続けている。
スリーピースのスーツをパリッと着こなしていて、洗練されているイメージだ。
大人な男といった感じで色香も感じる。
相宮はキレイで繊細な雰囲気だが、こちらの男性はどちらかと言うと野性味帯びていてワイルドなイメージだ。
だが、しかし。目の前の男性に見覚えがある。ふと、考えこむ円香の脳裏に昔の面影が過ぎった。
「あ……もしかして、堂上さん?」
「はは。やっぱり木佐ちゃんか。何年ぶりだろう?」
出会ったときは眼鏡だったし、ヒゲもなかったため、一瞬誰だかわからなかった。
デビュー時に円香の担当だった堂上だ。
あのころもワイルドな雰囲気な人だと思っていたが、今は年齢を重ねてより色気に磨きがかかっているように思う。
円香は久しぶりの再会に心を躍らせた。
堂上と顔を合わせたのは何年ぶりだろうか。
今の担当者である七原に代わる前、堂上が円香の担当だった。
堂上が昇進するという機会に合わせ、円香の担当も七原に代わったのだ。
デビューしたてで何もわからない円香に、色々なことを堂上は教えてくれた。
小説を書くということは学生時代からしていたが、賞に応募するわけでもなく、ただただ楽しんで書くのみだった。
何を思ったか、「一度ぐらいは公に出してみてもいいかも」と思って参加した作品が見事A出版社が主催する文学賞を受賞してしまったのだから、人生どこでどう転ぶかなんてわからない。
当時OLだった私はただただビックリし、途方に暮れた。
なにせ何もわからなかったのだから仕方がない。
賞を受賞すれば書籍化される、そう応募規約に書かれてはあったのだが、まさか自分の作品が受賞するだなんて応募するときには夢にも思わず……
とにかく慌てたことだけは記憶に新しい。
そんなときに担当になったのが、目の前の男性である堂上だったのだ。
処女作の一本のみだけだったから、堂上が円香の担当をしていたのは短い期間だった。
それに、本当にあの頃の円香は必死そのものだった。だから、すぐに堂上だとわからなかったことは許してほしい。
円香は謝罪も込めて、頭を下げた。
「ご無沙汰しております。堂上さんは、課長になられたんですよね?」
「ああ。昇進したから、七原に木佐ちゃんの担当を譲ったんだよな」
懐かしいなぁ、と目を細めて笑う堂上は昔のままだった。
デビュー当時に戻ったように感じ、円香も嬉しくなって口元を緩める。
すると、堂上は円香の姿をジッと見つめたあと、顎に手をやり考えこむ仕草をした。
ヒゲを弄ぶような仕草をしたあと、ジッと円香を見つめる。
どうしたのかと小首を傾げる円香に、堂上はフッと柔らかく笑った。
その雰囲気はとても色気があり、円香の胸はドキッと大きく高鳴る。
「木佐ちゃん……いや、木佐先生か」
「え?」
堂上が円香の担当の頃、いつも“木佐ちゃん”とちゃんづけで円香のことを呼んでいた。
こうして堂上が“先生”と円香を呼んだのは初めてかもしれない。
どこかこそばゆく感じ、円香は頬を赤らめた。
「出会った頃も可愛いと思っていたが、ますますキレイになったな」
「な……!」
円香の顔は一気に熱くなり、赤く染まる。
その様子を見て、堂上はどこか満足そうにほほ笑む。
からかわれた、そう感じた円香は視線を逸らし、唇を尖らせた。
「……リップサービスをしていただかなくても結構ですが」
「そういう返しをするのか……やっぱり木佐ちゃんは大人になったな」
「そういう堂上さんは、意地悪の仕方がおじさんっぽいですよ」
悔しくなって言い返した円香に堂上は目を丸くしたあと、ますます笑みを深くする。
「ますますいい女になったな、木佐ちゃん」
「ですから!」
これ以上はからかわれたくない。
強い意志で挑もうとする円香の頭に、堂上の大きな手のひらが触れた。
ゆっくりと撫でる堂上に驚いて、円香はカチンと固まってしまう。
堂上の絡みつく視線に驚いて視線を外すことができない。
円香は、ただ堂上を見上げた。
「なぁ、木佐ちゃん。担当外れるとき、やっぱり手を出しておけば良かったって、今すっごく後悔してる」
「え?」
あ然としたままの円香に、堂上は流し目で見つめてくる。
その視線はとても熱っぽく、円香は視線を逸らすことができない。
ただ、口を薄く開いてしまう。
そんな円香の頭を、堂上はまだ撫でている。
「俺の手で木佐ちゃんを成長させたい」
「っ!」
「作家としても……そして、女としても」
これ以上は無理だ。円香はサッと視線を逸らし、堂上から離れるように後ずさる。
その行動を目を丸くして見つめたあと、堂上はクスクスと笑った。
「久しぶりに会えて良かったよ」
「堂上さん」
絞り出すように堂上の名前を呼ぶ円香は、ただ彼を見つめるしかできなかった。
だが、そんな円香に堂上は一歩足を踏み出し、距離を縮める。
結局、円香が作った距離をあっという間に堂上によって詰められてしまう。
「木佐円香が欲しい」
「っ!」
「そう言ったら……木佐ちゃんは頷いてくれるか?」
「!!」
顔を真っ赤にして狼狽える円香に、堂上はクツクツと意地悪く笑う。
やっぱり円香をからかっていたようだ。
悔しくて口を歪める円香に対し、堂上は急に真剣な面持ちになった。
「じゃあ、また」
「……はい」
円香が驚きながらも小さく頷くと、堂上は真摯な瞳で円香の目を見つめてきた。
「ああ、さっきの話」
「さっきの話ですか?」
何のことだろうと怪訝に思って眉を顰める円香を見ても、堂上の真剣な表情は崩れない。
それがますます円香の心を混乱に陥れていく。
「そう。木佐円香が欲しいって言ったヤツな」
ですから! と反論しようとする円香の言葉を遮り、堂上は言い切った。
「本気だから」
「え……?」
円香が目を丸くして固まっていると、堂上は手を軽く挙げて離れていく。
「おじさんの本気、甘く見ていると痛い目合うぞ? 木佐先生」
「っ!」
身体をビクッと震わせ目を泳がせる円香に、堂上は妖艶にほほ笑んだ。
そして、堂上は人の波へと消えていった。
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