1 / 17
1巻
1-1
しおりを挟む「松沢茜さん。アンタは今年中、災難が続くであろう」
金曜日の夜。友人からの食事の誘いを断り、仕事を終わらせた私は占いの館をハシゴしていた。この水晶占いの館で、すでに五軒目だ。そして今、先の四軒と同様に、最悪な占い結果を突きつけられている。
室内は薄暗く、明かりはろうそく一本の光のみ。
天井から幾重にも垂れ下げられた真っ黒なサテン地のカーテンのせいで、怪しい雰囲気に満ちている。
部屋の内装もさることながら、一番不気味なのは、この占いの館の主人であるお婆様だ。
彼女は黒地のロングドレスを身に纏い、口元をベールで隠している。むき出しの目はギロリとしていて、見つめられるだけで、思わず後ずさりたくなってしまう。
お婆様は、十分ほど前、恐る恐る入室した私に椅子に座れと言うと、仰々しく水晶に手をかざして覗き込んだ。
その姿勢のまま、鋭い視線を水晶に向けること数秒。お婆様は大きく息をつき、先程の最悪な未来を予言したのだ。
今は十一月初旬。今年中ということは、あと二か月は災難が続く計算だ。
そう思い、私ががっくりと項垂れていると、お婆様は小馬鹿にするようにフンと鼻で笑った。
ギリギリと歯ぎしりをしたいところだが、グッと我慢して頬をピクピクと引き攣らせるにとどめる。
「えっと……それは、本当のことでしょうか?」
「ああ、間違いない」
何度も言わせるな、と言わんばかりの口調に、私の頬はますます痙攣した。
こんなの嘘に決まっている。そう思いたいのだが、今の私は、そんなごまかしがきかない状況に置かれていた。
松沢茜、二十九歳。
短大卒業後、老舗お菓子メーカーである株式会社オリーブ・ベリーに入社し、経理部に配属になってから……うん年経つ。
身長は百六十七センチもあるので、女性にしては長身の方だろう。
よくスレンダーだと評されるが、要するに凹凸がない身体ということだ。
少しでも女らしく見せるために、黒い髪を背中の長さまで伸ばしているものの……その効果は、いかほどのものか。
サバサバした気性と荒っぽい口調のせいで、同僚や後輩から姉御と呼ばれ続けてきた私には、実は秘密の乙女趣味がある。それが占いだ。
と言っても、自分でタロットカードや水晶を使い占うわけではない。評判の占い師をハシゴしたり、占いの書籍を買って運勢をチェックしたりする程度だ。
そんな私はこのところ、悩みを抱えている。
あれは、今週の月曜日の朝。私は日課となっている占いのチェックのため、テレビの電源を入れ、情報番組にチャンネルを合わせた。
いつもなら当たり障りのない運勢が出るのだが、その日に限っては『当分いいことはなさそう。じっとこらえて』などと、やけに深刻なメッセージを告げられたのだ。朝一番から不吉な結果を聞き、身震いがした。
嫌な予感を覚えて、通勤途中でファッション雑誌を購入し、掲載されている占いを見ると、『思いもよらぬ災難があなたを襲うかも。気をつけて』との警告。
そのときは、占いなんて当たるも八卦当たらぬも八卦と言うじゃないかと、自分を慰めた。
だが、それからというもの、不幸な出来事ばかりが続いているのである。
まずは、この人だけは共に最後まで独身を謳歌するであろうと思っていた親友の南涼花が、電撃結婚を決めたこと。
最後の砦だと思っていたのに裏切り者! と電話越しに叫んだのは、同じ月曜日の夜のことだった。私の友人はこれですべて既婚者となり、私だけが独身という、なんとも空しい状況に追い込まれた。
そして火曜日の朝。
私はふんわりと揺れる、膝丈のフレアースカートを穿き、ウキウキ気分で出社した。
カツカツとヒールの音を立て、廊下を颯爽と歩くカッコいい女を気取っていたはずなのに……鞄を持ち直した拍子にスカートが巻き込まれ、大きく捲れてしまったのだ。
慌てて手で押さえたが、時すでに遅し。数秒は下着丸見え状態だっただろう。
誰もいないことを祈って辺りを見回したところ、後ろに同期の梅田が立っていた。
梅田は私の顔を見るとプッと噴き出して、「朝からご馳走様、松沢」と慰めるでもなく去った。
その瞬間、梅田に殺意を覚えたのは、無理のないことだと思う。
さらに水曜日の就業中。
後輩女子が切り忘れた売上伝票の件で、なぜか私が怒鳴られた。
だが、後輩に仕事を教えたのは私だ。その彼女がミスをしたのなら、教育係の私が怒られるのは仕方がない。
そう考えて、黙って怒られていた私だが、当の後輩は事情がわかっていなかったのか、自分の席で恐々と様子を窺っていた。しかし途中で自分が原因だと理解したらしい。怒鳴り散らしていた上司に彼女が慌てて謝ると、上司は途端に猫なで声を出したのだ。
「いいんだよ、ミスは誰にでもあるからね」と言って、彼はスタスタと立ち去った。
ちょっと待って、私に謝罪のひとつもないのか。そう叫びたくなったのは、言うまでもない。
極めつけは木曜日の帰宅中。
工事現場の近くを歩いていたら、突然空からペンキが落ちてきた。私の身体にはペンキがつかずに済んだが、お気に入りのワンピースにはベットリと赤いペンキがついてしまった。
工事現場のおじちゃんたちが「クリーニングに出す」と言ってくれたけれど、汚れた範囲が広すぎて、まず元通りにはならないだろう。「なら、弁償する!」と言われたが、それは遠慮した。
何せ友人の手作りワンピースで、ふたつとない代物。どこを探したって手に入るわけがないし、値段のつけようもないからだ。
そして金曜日の今日。
仕事をなんとか定時に終わらせ、私はこうして占い巡りをしている。
当たると評判の大御所から、聞いたことがない占い師まで、総勢四名に占ってもらったのだが、返ってくる言葉はすべて同じで『災難は回避できない』だった。
これが最後と決めて飛び込んだ水晶占いでも、結果は先程の通り惨敗。がっくりと肩を落とす私の前で、お婆様は突然「ん?」と声を上げた。
どうしたのかと様子を窺っていると、お婆様は再び水晶を覗き込み始める。そして興味深そうに深く頷いたあと、私に顔を向けた。
「……ひとつ聞くが」
「はい?」
「アンタ、男と長続きしないだろう?」
「っ!」
なぜお婆様がそれを知っているんだ。驚愕の表情を浮かべる私を、お婆様はフンと鼻で笑った。
「だろうと思ったよ。水晶にも、しっかりそう出ておる」
「……」
水晶、恐るべし。私は何も映っていない水晶玉をジッと見つめた。
お婆様が言う通り、私は男と長く関係が続いた試しがない。このちょっと雑な性格が災いして、いつの間にか女として見てもらえなくなってしまうのだ。
学生の頃は友達付き合いの延長みたいな交際をしていた。けれど社会人になって以来、いい雰囲気にはなるが、付き合う前に「何かが違う」と言われて交際に発展しない。たとえ友達以上恋人未満の関係になっても、相手が男友達と一緒にいる感覚になるのか、そのまま友達に戻ってしまうのだ。
そんな私でも二年前までは恋人がいたが、結局うまくいかず、破局を迎えたのだ。
それからは恋をすることを諦めてしまい、彼氏を作らなくなった。
男枯れしている現実に危機を感じてはいるのだ。現に、友人たちの結婚報告に焦る気持ちもある。
しかし、私がいくら焦っても、世の男性は『松沢茜』が女性であると認識してくれない。こうなるともう……仕方がないと思うしかないだろう。
あとは、この世界のどこかに物好きがいることを祈るばかりだ。
がっくりと項垂れる私に、お婆様は怪しげな声で笑い出した。
「災難を回避するための秘策はある」
「ほ、本当ですか!」
そんなものがあるなら早く言ってよ。人をこんなに落胆させるとは、なんて人が悪いお婆様なんだ。
嬉々としてお婆様を見つめる私を見て、彼女は笑うのをやめ、大きくため息をついた。
「他のお嬢さんなら、こんなのすぐに解決できる。しかし、アンタじゃねぇ」
「どういうことですか、それ」
カチンときて眉を寄せる私を見たあと、お婆様はもう一度水晶に手をかざす。
「災難を回避したければ、男を作るんだね」
「男?」
「そう。必ず作ること。そうしないと……」
「そうしないと?」
ゴクンと唾を呑み込む。ギュッと握り締めていた拳は、嫌な汗でベットリしていた。
前屈みになる私に、お婆様はニヤリと意味深に笑う。
「これ以上は言わないでおく」
「ど、どうしてですか!?」
私が立ち上がって抗議すると、お婆様はシッシッと手で追い払う仕草をした。
「さぁ、お客さんがお帰りだよ」
「ちょ、ちょっと! 肝心な内容を聞けていないし……」
「ちょうど、占い時間が終わったからねえ」
「いや、ありえないでしょう! 気になることを言っておいて、これで終わり?」
しかし私の叫びなど無視して、お婆様は部屋から出ようとする。止めようとしたが、すぐ近くにいた助手たちに羽交い締めにされてしまった。
それに抵抗しながら、「教えてください!」と叫ぶけれど、お婆様はケケケッと不気味に笑うだけだ。
「あとは、アンタが持っている運に賭けるしかないだろうねぇ」
「運って!」
「掴んだら離すんじゃないよ。名前のイニシャルがAの男だ。間違えないことだね」
意味がわからない。しかしそれ以上、お婆様からの返答はなく、私は助手たちに館から摘まみ出された。
私を外に追い出すと、助手の一人が閉店のプレートを扉にぶら下げ、内側から鍵をかけてしまった。
ドンドンと扉を叩いても大声で叫んでも、何もアクションが返ってこない。
「肝心の男を作るためのアドバイスはないの? 男を作らないと私、どうなっちゃうの?」
大きな占いの館を前に、私はただ途方に暮れるのだった。
* * * *
ここは会社近くにある居酒屋『紗わ田』。酒の種類も多く、そして何より肴がおいしいと評判のお店だ。
よく会社の同僚たちと仕事終わりに訪れているが、こうして会社がお休みである土曜日に来たのは初めてだった。
いつもは、客の大半がスーツ姿のサラリーマン。だけど、今日はラフな格好をした人の方が多い。
そんな『紗わ田』の、少し奥まった座敷席で、私は神妙な顔をして頭を下げていた。
「頼む。一生のお願い。年内いっぱい、私の彼氏役をしてほしい」
「は……?」
何を言われたか理解できなかったのか、目の前の男はぽかんとする。そして次の瞬間――彼は、勢いよくビールを噴き出した。
「本当にもう、汚いなぁ」
私は、まだゲホゲホとむせている男を放置して、お手拭きでテーブルを拭く。
「ダスターいりますか?」という店員の声に、大丈夫と手を振る。
その間にやっと落ち着いた男――梅田は、真剣な顔をして呟いた。
「お前、それ……本気で言っているのか?」
「本気だよ。じゃなければ、わざわざ休日に梅田をこんなところに呼び出さないって」
「だろうけど……マジかよ」
ため息まじりに言ったあと、梅田は天井を仰いだまま動かない。
梅田晃、三十一歳。私と同期入社で、老舗お菓子メーカー、株式会社オリーブ・ベリーの営業一課の課長様だ。
同期といっても、私は短大卒業後に入社したから、大卒の梅田とは二つ歳が違う。だけど、敬語を使わず好きにさせてもらっている。
同期の出世頭である梅田は、女子社員の人気が高い。
爽やかな出で立ちで、仕事ができる優しい男。これだけ揃えば、向かうところ敵なし! と言いたいところだが、そんなことはなかったようだ。
彼には、社内に片思いの女の子がいたという噂がある。
その想い人にアプローチもできないまま、彼女は社外の男とめでたく結婚したらしい。この件について本人に直接聞いたわけではないから、本当なのか嘘なのかはわからない。
ただ、梅田ならどんな女でも靡くと思っていたため、噂を聞いたときはかなり驚いたものだ。
「お前なら、すぐ男ができるだろう?」
「できないし、女扱いされない」
断言する私に、梅田は「ああ……」となぜか納得した表情で、再び天井を仰ぐ。
それって何気にバカにしていませんかね、梅田くん。
なんだか悔しくて、呷るようにビールを飲んでいると、梅田は私にチラリと視線を送ってきた。
「それにしても突然呼び出しておいて、あれはないだろう」
「そんなこと言ったって、梅田しか思いつかなかったの」
言い切る私に、梅田は大きくフゥと息を吐き出した。
同期の中でも梅田とは特に仲が良い。そのきっかけとなったのは、新入社員オリエンテーリングだ。
オリーブ・ベリーでは、新入社員オリエンテーリングは必ず山登りと決まっている。忍耐力と団結力、そして達成感を味わうために実施するらしい。
その山登りの班分けで、私と梅田、そして数人のメンバーが一緒になった。
しかし、私以外の班員はすべて大学卒業組で二つ年上。同じ新入社員とはいえ、どう接すればいいのか迷っていたときに声をかけてくれたのが、梅田だった。
「なんだ、もしかして俺より二つも年下なのか!? よし、それなら君に、俺の背中を押す係を任命する。おじさんは体力がないから、なんとしても俺を頂上まで連れて行ってくれたまえ」
彼がそんな冗談を言うと、一気に場の雰囲気が明るくなり、私は班に溶け込むことができたのだ。
実際には、私が梅田に引っ張ってもらって頂上にたどり着いたという少しだけ情けないエピソード付きだが、あの頃から彼は優しかった。
そのオリエンテーリング以降、仕事帰りに同期たちと飲みに行くことが、ままある。
特にこの二年間は、私も梅田も恋人がいなかったため、彼とは頻繁に顔を合わせていた。
しかし、こうして会社がない日に彼と二人きりで飲むなんて、初めてのことだ。
本当なら月曜日まで待って、今回の件を梅田に相談するのが一番良かったのかもしれない。だけど土曜、日曜を心穏やかに過ごす自信がなく、待てなかったのだ。
もしグズグズしていたら、また新たな不運が起きるのではないかと思うと、いても立ってもいられなかった。
月曜から今日まで、一日一回は何かしら良からぬことが起こってきた。認めたくはないが、占い師たちの言葉は当たっている。
こうなったら、水晶占いのお婆様が言っていた『災難を回避したければ、男を作るんだね』という言葉に縋るしかない。
となれば、すぐさま彼氏を作るべきである。しかし、残念ながら適当な相手がいない。そもそも、そんな心当たりがいれば、とっくに男枯れの状況から抜け出していただろう。
それでも諦めきれず、周りにシングルの人間はいないか考えたとき、まっ先に頭に浮かんだのは梅田だった。
彼には今、彼女はいないはず。だから彼氏役を頼めるだろうと思いついた。
それで休日の今日、この居酒屋『紗わ田』に有無を言わせず梅田を呼び出し、頼み込んだのだ。
「一体なんなんだよ、年内いっぱいの彼氏役って……」
ようやく落ち着いてきた梅田が、眉根を寄せて問いかける。
「あ、彼氏というか、恋人活動って感じかな。略して恋活! とにかく恋人のふりをしてほしい。徹底的にさ」
いわゆる世間一般でいう『恋活』は、恋愛活動の略語だ。恋愛をするために、恋人を作る活動をいうらしい。
しかし、私の場合は違う。私にとっての『恋活』とは、恋人のように振る舞う活動をして、神様の目をごまかすこと。うん、我ながらいいネーミングだ。
とはいえ、確かに突拍子もない話だったかもしれない。今さらだが少し反省し、身体を縮こまらせる。
梅田はおしぼりで口元を拭くと、コホンと小さく咳払いをした。
「その前に、どうして松沢が男を作らなければならなくなったのか。理由を話せ」
「端折っていい?」
「ダメ。しっかり隅から隅まで話せ」
仕方がない。梅田に力添えしてもらわねば、自分の身が危ういのだ。
私は、この一週間の出来事と、占い師たちの言葉をすべて話した。
最初は真剣に聞いていた梅田だったが、占い巡りをした日に話が及ぶと、おかしくて耐えられないといった様子でクスクスと笑い出した。
「なんだよ、そんな占いを気にしているのか?」
「だって、どこの占い師も同じことを言うんだよ? 怖くない? やばくない?」
「偶然だって、考えすぎ」
カラカラと笑って枝豆に手を伸ばそうとする梅田の手を、ペチンと叩く。
「痛いなぁ。叩くことないだろう」
「痛くない、優しく叩いたし。そうじゃなくて。本当に助けてもらいたいの。真剣なのよ、こっちは」
しっかり話を聞いてよ、と最後は泣き真似までしてみたが、目の前の男は落ちなかった。
私みたいな、イマイチいけていない女の泣き落としなんかに引っかかるような相手ではないようだ。
口を尖らせて拗ねる私に、梅田はニヤニヤと意地悪く笑った。
「確かに災難続きだよな。パンツまでさらけ出していたしな」
「うるさいよ、梅田。エッチ、スケベ」
「無理やり見せておいて、よく言うぜ」
忘れたい過去を思い出させた上に笑うなど、男の風上にも置けない。
惨めさと怒りに身体を震わせていると、店員が「お待たせいたしました」と声をかけ、注文した料理をテーブルに置いていく。
怒り狂っていた私だが、食べ物を前にすると機嫌が直ってしまう。
「ほら、食え」
梅田は湯気が立ち上る焼き鳥を一本摘まんで、私に差し出した。私はその串を受け取り、ほおばる。じわりと口の中に広がる肉汁と、タレとのハーモニーが絶妙だ。
「うまいだろう」
「うまいよ、うまいけどさ」
モグモグと焼き鳥を食べる私に、梅田は優しく目を細めた。全く、笑顔の大安売りだわ。
特に意味がない笑みだとわかっていても、至近距離でカッコいい男が自分に向かってほほ笑んでいるかと思うと、顔が熱くなる。
私は恥ずかしさをごまかすように、無言で焼き鳥を味わい続けた。
「うまいもん食って、酒飲んで忘れろ。来週にはケロッとしているから」
「むー」
梅田のその言葉に縋りたいし、そうであってほしい。だけど、本当に来週には平常運転になるのだろうか。
私は眉間に皺を寄せて考え込み、ビールが入ったグラスをギュッと握り締める。
すると梅田は、自分が持っていたグラスを、乾杯するみたいに私のグラスに当てた。
「大丈夫、そんなの当たらないから」
「……うん」
「心配していると、余計に気になっちまうもんなんだよ。気にするな」
「うん、そうだよね」
そうだよ、と笑って梅田は私のグラスにビールを注いだ。シュワシュワと泡が弾ける音を聞いていたら、本当に大丈夫な気がしてきた。
私って結構単純で、おめでたいヤツなのかもしれない。
「今まで悪いことばっかり起きたんだし、もうこれ以上はないよね!」
「その意気だ。大丈夫だから。ほら、飲め松沢」
梅田に大丈夫だと言われたら、それで解決した気になった。
彼の言う通り、迷信だよ。占いなんて、そんなに当たるものじゃないしね。
ただ、この五日間、不幸が続いただけ。来週になれば、厄が落ちて平穏な日々が来るはずだ。
「よーし、飲むぞぉ! 梅田も付き合え」
「もう付き合ってるって」
苦笑するカッコいい男を眺めながら、私はビールを飲み干した。
* * * *
「松沢は、今後、酒を飲まなくてもよろしい」
「なんでよ」
「ミネラルウォーターみたいに飲みやがって。金の無駄だ。これから松沢は水にしろ」
「酔わなくても、味を楽しめればいいのよ」
二時間ほど酒の席を楽しんだあと、居酒屋『紗わ田』から出て、駅までの道のりを梅田と肩を並べて歩く。
秋も深まり、少し冷たい風が頬を掠める。酔っていないとはいえ、やっぱり身体は熱を持っているようで、大変気持ちいい。
駅に続く大通りを行く間、梅田と他愛のないことを話す。
居心地がいい時間を過ごしていたら、ここ最近の不運なんて、すっかり忘れてしまった。
梅田の言う通り、この五日間は、ただ運が悪かっただけだ。
水晶占いのお婆様の忠告は間違いだろう。そうに違いない。
空を見上げると、私たちを照らしているまんまるお月様が目に入った。星もキラキラと瞬いて、とてもキレイだ。
アルコールが入り、いい気分になって月を眺める私の横で、突然、梅田が叫ぶ。
「松沢、危ない!」
その言葉に驚いて身体を強張らせた私は、気がついたら梅田の腕の中にいた。
どうしたのかと慌てていると、私の近くでガシャンと大きな音が響いた。
梅田に抱かれたまま、音がした方向に視線を向けたところ、さっきまで私が歩いていた先に、工事現場の看板が落ちていた。
目をこらして頭上を見れば、看板を吊るしてあったらしき鎖が切れて揺れている。どうやら、あそこから落ちてきたようだ。
それを見て、ジワジワと恐怖が込み上げてくる。
「梅田……」
私は、梅田のシャツをギュッと握り締めた。
もし、あのまま呑気に歩いていたら……私は、きっと、この看板に当たっていたはずだ。こんな固いものが頭にぶつかれば、大ケガをしたことだろう。
頭上から「大丈夫ですか?」という、作業員の慌てた声が聞こえた。
「大丈夫です」
梅田が私の代わりに答える。そんな光景をボンヤリと見つめながら、私は自分の身体をきつく抱き締めた。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
竜人王の伴侶
朧霧
恋愛
竜の血を継ぐ国王の物語
国王アルフレッドが伴侶に出会い主人公男性目線で話が進みます
作者独自の世界観ですのでご都合主義です
過去に作成したものを誤字などをチェックして投稿いたしますので不定期更新となります(誤字、脱字はできるだけ注意いたしますがご容赦ください)
40話前後で完結予定です
拙い文章ですが、お好みでしたらよろしければご覧ください
4/4にて完結しました
ご覧いただきありがとうございました
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。