君が好きで好きで仕方がないんだ!

橘柚葉

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オフィスラブは危険がいっぱい!?

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「人生、色々とうまくいかないことが多いものだなぁと思いまして」
「まぁ……人生なんてそんなもんだ」
「はい」
「噂もここまで広まると大変だよな。本当か嘘かもわからないのに」

 なぜか神楽課長が大声で言う。ん、と首を傾げていると、パタパタと慌てた足音が去って行った。
 どうやら先程から私に対しての愚痴を言っていた先輩方が逃げたのだろう。
 神楽課長は私と龍臣さんがお付き合いしていて、この関係を社内で隠しているのを知っている。
 だからこそ、こうしてうまく助け船を出してくれたのだろう。

「ありがとうございます、神楽課長」
「……お前も苦労するな」
「まぁ……有名税みたいなものです」
「お前が有名じゃねぇだろうが」
「ごもっともです」

 ぶっきらぼうな神楽課長だが、いつも私を、そして部下を心配してくれる頼れる上司だ。 厳つい容姿ではあるが、彼も龍臣さんと負けず劣らずの出世頭。
 かなりモテる要素はあるのだが、彼も以前までの龍臣さんのように誰とも付き合っていない。
 社員の女性が何人も告白を試みているらしいのだけど、誰一人としてOKをもらった人はいないようだ。
 それは社外の女性も同様で、彼は相当女性につれないらしい。
 龍臣さんが事情があって誰とも付き合っていなかったのと同じで、この上司にも人知れず悩みなどがあるのだろうか。
 ジッと神楽課長を見つめていると、「あのなぁ……」となぜかため息交じりで嘆かれた。
 どうしたのだろう、と首を傾げると、再びため息をつかれてしまった。

「……そういうところだよなぁ」
「え?」

 今度は神楽課長が私をジッと見つめてくる。その視線の強さにたじろいでいると、彼は再び息を吐く。
 なんだか先程から失礼じゃないだろうか。神楽課長はいい人だ。だが、時折こうして失礼なことをしてくるのだ。
 ムッとして眉間に皺を寄せると、なぜか神楽課長は私の頭をグチャグチャと勢いよくなで始めた。

「ちょ、ちょっと! 神楽課長!??」
「……」
「意味がわからないのですが!?」

 私をペットか何かと間違えていないだろうか。慌てて彼の手を振り払おうとしたのだが、急に神楽課長の手が離れる。
 ホッとしたのもつかの間、背筋がゾゾッと寒くなるほど冷たい声が降ってきた。

「神楽、セクハラで訴えられてもしらないぞ?」

 私たちが座っている長椅子の裏に立ち、腕組みをした龍臣さんが立っていた。
 そんな彼を見て、神楽課長は肩を竦める。

「小鳥遊が訴えなければ、大丈夫だな」
「あのですね、神楽課長……」

 呆れかえっている私を見て、神楽課長は肩を震わせてクツクツと意地悪く笑う。

「うちの優秀な部下は、訴えるなんてことしないよなぁ? こんなに俺に世話になっているのに」
「それ、ちょっと脅しが入っていますよ!」
 
 余裕綽々で言う神楽課長に反論したのだが、彼はどこ吹く風といった様子だ。
 唇を尖らせて彼に不服だと態度で示すと、ますます笑われる。
 いつもの私たちのやりとりだ。というより、神楽課長にかかれば、部下たちはいつもこんな感じで揶揄われる。
 しかし、通常仕様と思っていたのは、どうやら私だけだったようだ。

「小鳥遊さん。遠慮せずに人事に言った方がいいかもしれないね」
「え?」

 慌てて龍臣さんに視線を向けると、声にならない悲鳴が出てきてしまった。
 私たちのやりとりを見て、笑顔の龍臣さんだが顔が引き攣っている。その上、目が笑っていなかった。

「龍臣さ……、杜乃課長」

 マズイ。ここ最近意識的に名前呼びを徹底していたので、会社でも思わず出てしまった。
 肩を竦める私を見て、龍臣さんは自身の唇に人差し指を押し当ててほほ笑む。
 ここではプライベートは禁止、そう言いたいのだろう。
 慌てて辺りを見回したが、運良くリフレッシュルームは私たち三人だけ。ホッとして胸を撫で下ろす。
 チラリと龍臣さんを見ると、面白くなさそうな表情をしていることに気がつく。
 表面上では温厚な杜乃課長だ。しかし、不機嫌な様子を感じ取る。

 ――もしかして、ヤキモチ……なんてことはないか!

 ないない、と自分の中で否定していると、二人は連れだってリフレッシュルームを出ようとしていた。
 慌てた私に、龍臣さんはいつものように穏やかな表情でほほ笑んでくる。

「では、小鳥遊さん。君の上司を連れて行くよ。これから会議でね」
「えっと、はい。どうぞ、どうぞ」

 ジェスチャー付きで差し出そうとすると、神楽課長はブスッと不服そうに眉間に皺を寄せている。
 ふわわぁぁ、と大きなあくびをしたあと、「部下に売られちまったから、いくかぁ」とのんびりとした口調で身体を伸ばした。
 そんな神楽課長を連れて行こうとする龍臣さんは、振り向きざま私に小声で言づてをしてくる。

「あとで連絡をするから」
「あ、はい」

 元々今夜はデートの予定だ。そのことについてなのだろう。
 思わず顔がにやけてしまいそうなのをグッと堪えて、彼には笑顔を向ける。
 それに応えるように、龍臣さんは口角を微かに上げた。
 そのあとは、すぐに仕事モードに切り替わった龍臣さんと神楽課長は何やら真剣な顔つきで話をしながら会議室へと向かって行く。
 その後ろ姿を見送りながら、龍臣さんの最後の様子を見て胸を撫で下ろす。
 どうやら機嫌は元通りになったのだろう。いつも通りの彼でホッとした。
 神楽課長に撫でられた私を見て龍臣さんが不機嫌になったのは、課長に対してヤキモチを焼いたからなのだろうか。

 ――もし、そうだったら……嬉しいのになぁ。

 再び、脳裏には先程ここで先輩方が話していた内容が過る。
 龍臣さんと会社で会話ができて気分が上昇していたが、一気にその気持ちはぺしゃんこになってしまう。
 
「あーあ、私が絶世の美人ならなぁ……」

 もしくは、仕事ができて誰しもが認める才女なら、悩むことなどなかったのだろう。
 普通が一番だと思って生きてきたが、普通というのもなかなかに辛い時がある。
 もっと自信がほしい。文句を言う彼女たちに物申せるような自信、そして強さがほしい。
 だが、今の私には残念ながら、そのどちらも兼ね備えていない。

「高嶺の花と付き合うのも、大変なんだなぁ……」

 誰もが夢見る王子さまとの恋愛。だが、モブ役っぽい私がその恋を継続させるためには、色々な覚悟と努力が必要なようだ。
 
 ――頑張れ、私。負けるな、私。

 負けたら、彼女たちに龍臣さんを奪われてしまうかもしれない。それだけは、絶対にイヤだ。
 私は背もたれに身体を預け、ただ天井を眺めて息を吐いた。
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