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間違いなくトップシークレットです
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「……」
「……」
薄暗いベッドルームは、とても静かだ。サイドテーブルに置かれた間接照明の明かりが仄かにお互いの顔を映し出している。
シャワーを各々が済ませ、バスローブに身を包んでいる二人。
ダブルベッドの上で正座をし、対面している二人からは甘い雰囲気は皆無だ。
恋人になって二ヶ月。初めて彼が住むマンションにやってきた。
この二ヶ月で二人の愛をしっかりと育んできたと思う。だからこそ、「家に来てみないか?」という課長の誘いを受けた。
彼も、私とより関係を深めようと思って、今夜誘ってきたのだと思う。
そう、覚悟を持って今、私たちはベッドの上にいるはずだ。
最初こそ、私は喉がカラカラになるほど緊張をしていた。
私は処女だ。セックスは初めてである。もっと言えば、付き合ってひと月後にしたキスだって生まれて初めての経験だったのだ。
初キスのときの課長は、本当に優しくて涙を流しそうになってしまったほど。
そんな超初心者の私だからこそ、ゆっくりと時間をかけてくれたのだと思う。
初めてが課長でよかった。心の奥底からそう思っているが、やっぱり一生に一度のこと。
否応もなく心臓が先程からバクバク大きな音を立てている。
でも、これは仕方がないだろう。だが、私の緊張よりよほど深刻なのは、この空気感だ。
本来なら、甘い雰囲気が漂っていてもいいはず。それこそ、ラブラブイチャイチャしている時間になる予定だった。
相手は、なんと言ってもイケメン完璧上司の杜乃さんだ。恋愛において百戦錬磨だと噂される人物である。
誰にでも優しくて、仕事も完璧なイケメンな男性。課長の恋人の座を狙っている女性は多数存在していて、モテモテな人だ。
過去に色々な女性と付き合ってきたことだろう。それこそ、才色兼備なお姉様方を相手にしていただろうし、場数はそれはもう数え切れないぐらい踏んでいるはずだ。
そんな彼だからこそ、処女だと一目見ただけでわかる私をうまくリードして雰囲気を盛り上げてくれるのではないか。そんなふうに思っていたのだが……。
――それなのに、どうしてこんなに重苦しい雰囲気になっているの?
どう考えても、付き合ってふた月のラブラブな恋人同士といった雰囲気ではないことは確かだ。
処女の私が緊張で身体を硬直させているのなら、仕方がないと思う。
だが、どちらかといえば私より課長の方が絶対に緊張しているように見える。
――まさか、課長。セックス未経験なんてことは……。
さすがにそれはないだろう。心の中で盛大に首を横に振った。
これだけ素敵な男性だ。三十歳の男盛りなのに、今まで女性との経験がないなんてことはないだろう。
課長が動かなくたって、周りの女性が黙っていないはずだ。
だから、彼が童貞であることはない。断言できる。
となれば、どうしてこんなに課長は固い表情をし、ベッドに正座なんてしているのだろう。
私が処女だから、手を出すのに躊躇しているなんてことはないだろうか。
優しい課長のことだ。あり得るかもしれない。
痛がる女性を見るのが苦手で、どうしたらいいのかと思案中だったとしたら……?
――あり得るけど、こればっかりはどうしようもないんだけど。
初心者ではないと偽るのには、さすがに無理があるだろう。
キスに至るまでだって、かなり恥ずかしがってできなかった私だ。課長には、すでに何もかもバレバレである。
今からどこかで処女を捨てる訳にもいかず、かと言って課長以外の男性とそういうことをしたいとは思わない。
課長が好き。その気持ちだけで、私は彼のマンションにやってきた。覚悟はできている。
これは一つ、課長に自分の気持ちを告げるべきだろう。
痛くても大丈夫だから、抱いてほしい。貴方が好きだから、できたら全部を受け取ってほしい、と。
太股の上に置いていた手をギュッと握りしめ、私は意を持って顔を上げた。
深刻そうに顔を苦くしている彼に、私は口を開きかけた、そのとき――課長が背筋をピンと伸ばして私の名前を呼んできた。
「ハルミ」
「は、はいっ!」
ようやく口を開いた課長だったが、その声はとても固く厳しい。
なんだか処女うんぬんの話ではなく、そもそもこういう行為は止めておこう、そんなふうに言われるかもしれない。
それほど課長からは、緊迫した雰囲気が伝わる。
縋るべきか。でも、煩わしい女だと思われるのはイヤだ。
戸惑って視線を落としていると、彼が私の手を握ってくる。
驚いて顔を上げると、課長は唇をきつく横に引いて、私を真摯な目で見つめていた。
ドキッとするほど情熱的な目と視線が絡み合い、何も言えなくなる。
課長の手は、私の手をギュッと握って切羽詰まった様子で私の顔を覗き込んできた。
沈黙が闇に落ちる。息を呑む私に、彼は意を決したように唇を動かす。
「君を抱く前に、話しておきたいことがある」
「話しておきたいこと……ですか?」
「ああ。俺の特殊体質について」
「特殊体質……?」
どういうことなのだろう。内容を聞かなくてはわからないが、どうやら別れ話の類いではなさそうだ。
そのことに胸を一度は撫で下ろしたが、これほど課長が深刻な顔をしているのである。よほどの事なのだろうか。
心配になって「大丈夫ですか?」と思わず声をかける。そんな私を見て、課長は目を丸くさせたが、すぐに困ったように柔らかくほほ笑んでくれた。
「ありがとう。ハルミは優しいね」
「え?」
「ハルミ、セックスは初めてで緊張しているんだろう? それなのに俺に気を遣ってくれるなんて、優しいよ」
「えっと、あの……」
慌てる私を見て、課長の目尻が下がる。
「やっぱり俺は君が好きだ」
「っ!」
胸を高鳴らせていると、彼は掴んでいた私の手を引っ張って自分の腕の中へと導いてきた。
トクトクと速めに鼓動している彼の心臓の音が聞こえる。
課長も緊張してくれているんだ。そう思うと、嬉しさが込みあげてくる。
彼の背中に手を回し、ギュッと抱きつく。すると、キツく抱きしめ返してくれた。
だが、すぐにその腕を解き、課長は私を解放してしまう。ぬくもりがなくなり寂しくなって彼を見つめると、再び正座をして姿勢を正していた。
それに習って私も慌てて姿勢を正すと、彼は再び厳しい表情に戻っていた。
「……」
薄暗いベッドルームは、とても静かだ。サイドテーブルに置かれた間接照明の明かりが仄かにお互いの顔を映し出している。
シャワーを各々が済ませ、バスローブに身を包んでいる二人。
ダブルベッドの上で正座をし、対面している二人からは甘い雰囲気は皆無だ。
恋人になって二ヶ月。初めて彼が住むマンションにやってきた。
この二ヶ月で二人の愛をしっかりと育んできたと思う。だからこそ、「家に来てみないか?」という課長の誘いを受けた。
彼も、私とより関係を深めようと思って、今夜誘ってきたのだと思う。
そう、覚悟を持って今、私たちはベッドの上にいるはずだ。
最初こそ、私は喉がカラカラになるほど緊張をしていた。
私は処女だ。セックスは初めてである。もっと言えば、付き合ってひと月後にしたキスだって生まれて初めての経験だったのだ。
初キスのときの課長は、本当に優しくて涙を流しそうになってしまったほど。
そんな超初心者の私だからこそ、ゆっくりと時間をかけてくれたのだと思う。
初めてが課長でよかった。心の奥底からそう思っているが、やっぱり一生に一度のこと。
否応もなく心臓が先程からバクバク大きな音を立てている。
でも、これは仕方がないだろう。だが、私の緊張よりよほど深刻なのは、この空気感だ。
本来なら、甘い雰囲気が漂っていてもいいはず。それこそ、ラブラブイチャイチャしている時間になる予定だった。
相手は、なんと言ってもイケメン完璧上司の杜乃さんだ。恋愛において百戦錬磨だと噂される人物である。
誰にでも優しくて、仕事も完璧なイケメンな男性。課長の恋人の座を狙っている女性は多数存在していて、モテモテな人だ。
過去に色々な女性と付き合ってきたことだろう。それこそ、才色兼備なお姉様方を相手にしていただろうし、場数はそれはもう数え切れないぐらい踏んでいるはずだ。
そんな彼だからこそ、処女だと一目見ただけでわかる私をうまくリードして雰囲気を盛り上げてくれるのではないか。そんなふうに思っていたのだが……。
――それなのに、どうしてこんなに重苦しい雰囲気になっているの?
どう考えても、付き合ってふた月のラブラブな恋人同士といった雰囲気ではないことは確かだ。
処女の私が緊張で身体を硬直させているのなら、仕方がないと思う。
だが、どちらかといえば私より課長の方が絶対に緊張しているように見える。
――まさか、課長。セックス未経験なんてことは……。
さすがにそれはないだろう。心の中で盛大に首を横に振った。
これだけ素敵な男性だ。三十歳の男盛りなのに、今まで女性との経験がないなんてことはないだろう。
課長が動かなくたって、周りの女性が黙っていないはずだ。
だから、彼が童貞であることはない。断言できる。
となれば、どうしてこんなに課長は固い表情をし、ベッドに正座なんてしているのだろう。
私が処女だから、手を出すのに躊躇しているなんてことはないだろうか。
優しい課長のことだ。あり得るかもしれない。
痛がる女性を見るのが苦手で、どうしたらいいのかと思案中だったとしたら……?
――あり得るけど、こればっかりはどうしようもないんだけど。
初心者ではないと偽るのには、さすがに無理があるだろう。
キスに至るまでだって、かなり恥ずかしがってできなかった私だ。課長には、すでに何もかもバレバレである。
今からどこかで処女を捨てる訳にもいかず、かと言って課長以外の男性とそういうことをしたいとは思わない。
課長が好き。その気持ちだけで、私は彼のマンションにやってきた。覚悟はできている。
これは一つ、課長に自分の気持ちを告げるべきだろう。
痛くても大丈夫だから、抱いてほしい。貴方が好きだから、できたら全部を受け取ってほしい、と。
太股の上に置いていた手をギュッと握りしめ、私は意を持って顔を上げた。
深刻そうに顔を苦くしている彼に、私は口を開きかけた、そのとき――課長が背筋をピンと伸ばして私の名前を呼んできた。
「ハルミ」
「は、はいっ!」
ようやく口を開いた課長だったが、その声はとても固く厳しい。
なんだか処女うんぬんの話ではなく、そもそもこういう行為は止めておこう、そんなふうに言われるかもしれない。
それほど課長からは、緊迫した雰囲気が伝わる。
縋るべきか。でも、煩わしい女だと思われるのはイヤだ。
戸惑って視線を落としていると、彼が私の手を握ってくる。
驚いて顔を上げると、課長は唇をきつく横に引いて、私を真摯な目で見つめていた。
ドキッとするほど情熱的な目と視線が絡み合い、何も言えなくなる。
課長の手は、私の手をギュッと握って切羽詰まった様子で私の顔を覗き込んできた。
沈黙が闇に落ちる。息を呑む私に、彼は意を決したように唇を動かす。
「君を抱く前に、話しておきたいことがある」
「話しておきたいこと……ですか?」
「ああ。俺の特殊体質について」
「特殊体質……?」
どういうことなのだろう。内容を聞かなくてはわからないが、どうやら別れ話の類いではなさそうだ。
そのことに胸を一度は撫で下ろしたが、これほど課長が深刻な顔をしているのである。よほどの事なのだろうか。
心配になって「大丈夫ですか?」と思わず声をかける。そんな私を見て、課長は目を丸くさせたが、すぐに困ったように柔らかくほほ笑んでくれた。
「ありがとう。ハルミは優しいね」
「え?」
「ハルミ、セックスは初めてで緊張しているんだろう? それなのに俺に気を遣ってくれるなんて、優しいよ」
「えっと、あの……」
慌てる私を見て、課長の目尻が下がる。
「やっぱり俺は君が好きだ」
「っ!」
胸を高鳴らせていると、彼は掴んでいた私の手を引っ張って自分の腕の中へと導いてきた。
トクトクと速めに鼓動している彼の心臓の音が聞こえる。
課長も緊張してくれているんだ。そう思うと、嬉しさが込みあげてくる。
彼の背中に手を回し、ギュッと抱きつく。すると、キツく抱きしめ返してくれた。
だが、すぐにその腕を解き、課長は私を解放してしまう。ぬくもりがなくなり寂しくなって彼を見つめると、再び正座をして姿勢を正していた。
それに習って私も慌てて姿勢を正すと、彼は再び厳しい表情に戻っていた。
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