甘く危険な交換条件

橘柚葉

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1巻

1-2

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 まさか、竜生がメイの名前や所属部署を知っているとは思わなかった。
 阿藤フード本社には、社員が数百人もいる。役職もついていないOLのメイが重役と接する機会など、皆無かいむと言ってもいい。それなのに、竜生はなぜメイのことを知っているのか。

(……もしかして、あの時のコト、専務も覚えていてくれたの?)

 メイがドキドキしながら見つめると、彼の顔にあの雨の日と同じ笑みが浮かんだ。

「久しぶりだね。一年前はどうも」

 そう言って顔を近づけてくる竜生に、メイは頬を赤らめる。

(ち、近いですってば、専務)

 慌てるメイを見て、竜生は優しくほほ笑んだ。
 竜生はあの時のことを覚えていたのだ。
 メイの心臓はますます高鳴り、嬉しさに頬が緩みそうになる。だが同時に、戸惑いも感じていた。
 あの時、メイは名乗らなかった。けれど彼がメイの名前を知っているということは――

(もしかして私のこと、探してくれたの?)

 少し考える時間がほしくて、メイは顔を背けようとする。しかし、許さないとばかりに、竜生はメイのあごに手を添えて上を向かせた。
 まるでキスをする時のような至近距離に、メイの目は泳いでしまう。
 そんな彼女の慌てぶりを楽しむように、竜生は口の端を上げた。

「さぁて。君に聞きたいことがあるのだが」
「……はい。でも、あの、その前に起き上がってもいいでしょうか?」

 そう言ってメイは起き上がろうとするが、竜生はそれを許してくれない。
 メイが目を見開いていると、竜生の目がキラリと光った。

「だめだね。まだ、君の疑いは晴れていない」
「疑いだなんて! 私、何もしてません!」

 彼の言葉に、メイは声を荒らげた。
 眉間にしわを寄せるメイに、竜生はそっけなく言う。

「じゃあ聞くけど、どうしてこんな時間に、あの場所にいたんだい? 一体、何をしてたの?」
「それは……!」

 メイは理由を話そうと口を開いたが、竜生はそれをさえぎった。

「今、社内には社長である兄と君の先輩の冬川さん、そして俺の三人だけしかいないはずなんだけど?」
「ちゃんと守衛さんの許可は得ています! もし信じられないと言うのなら、守衛さんに聞いてみてください!」
「……」

 メイは必死にそう言いつのる。だが、竜生は無表情のままだ。

「とにかくですね、家の鍵をデスクに置き忘れてしまったんです。今日は家に誰もいないので、鍵がないと家に入れなくて困るんです。だから、会社に戻ってきたんですけど……」

 そう言ったあと、メイは言葉をにごした。
 社長と冬川の激しい情事を思い出して、メイは恥ずかしさのあまり、それ以上何も言うことができなかった。

(うぅ……どうしよう。なんて言えばいいの?)

 メイは、恥ずかしくて顔が熱くなるのを感じた。

「ふーん、なるほど。鍵を取りに戻ってきたら、兄と冬川さんのセックス現場だった、と」
「……っ! そ、そうです」

 コクコクとうなずくメイを見て、竜生はニヤリと笑う。
 その笑みはまるで時代劇に登場する悪代官のようで、あの雨の日に見た優しいほほ笑みとはかけ離れたものだった。
 メイの顔が強張こわばる。

「へぇ、それにしては、じっくり見ていたよね。君に人の情事をのぞき見る趣味があったとは、いやはや」
「ち、違います! そんな趣味ありません! び、び、びっくりして動けなくなっちゃっただけで」

 竜生にとんでもないことを言われ、耳までカァッと赤くなる。

(どうしよう。どうしたら信じてくれるの?)

 メイは、パニック寸前だ。
 メイの視界が、にじみ始めた。グッと唇をきつくみ、涙がこぼれ落ちないようにたえる。
 竜生はメイの目元に指をわせ、浮かんだ涙をぬぐった。

「女の涙、か。鬱陶うっとうしいと思っていたけど、君の涙はいいな……キレイだ。あの日のままだね」
「は!? ……んっ!」

 メイは竜生の言葉の意味がわからず口を開こうとしたが、唇をふさがれ言葉はすべて呑み込まれてしまった。

「ん……ぁは……んんっ!」

 竜生は、角度を変えて何度もメイに口づける。
 息苦しくなってメイが口を開くと、待ってましたとばかりに、ヌルリと生温かい舌がすべり込んできた。
 クチュクチュとみだらな音が聞こえてきて、メイは恥ずかしさのあまり、耳をふさぎたくなった。
 竜生はメイの歯列を舌でゆっくりなぞったあと、舌を絡ませて吸い上げる。

「あ……ふぅ……っ」

 声を出さないよう我慢していたのに、メイの口からはついに甘い声がこぼれた。
 口内を竜生の舌で犯され、気がつくと甘いしびれでソファーから立ち上がることができなくなってしまった。
 だらんと力なく寝そべるメイから、竜生はやっと唇を離す。
 二人の口の間にツーッと銀色の糸が引き、プツンと切れた。
 ハァハァというメイの荒い息遣いが静かな室内に響く。
 あれだけ濃厚で情熱的なキスをしたというのに、竜生は呼吸ひとつ乱していない。
 それどころか、無表情でメイをジッと見つめてくる。
 そんな彼を、メイはただぼんやりと眺めることしかできなかった。
 静かなオフィスビルの一室――それも専務室で、憧れの彼とこんなキスをするだなんて。
 現状を把握すればするほど、メイは戸惑い、また恥ずかしくなった。
 肩で息をするメイを見て、竜生は片眉を上げて意地悪そうに笑った。だが、瞳にはどこか哀愁あいしゅうが漂っている。
 それはなんとも不思議な表情で、とてもつやっぽく、竜生をより魅力的に見せていた。

「君には好きな男がいるよね?」
「え……?」

 竜生の低く響く声に、メイの胸はドクンと大きく跳ねた。
 無理やりキスをしたあとに、そんなことを聞くなんて。
 どういう意図があるのだろうかと、メイは目を白黒させた。

(もしかして、専務は私の気持ちを知っているというの?)

 誰にも言わず、こっそりと温めていた恋心なのに。
 メイは驚きを隠せず、竜生を見つめた。
 鼓動がどんどん速くなる。顔も、ありえないぐらいに熱い。
 竜生の次の言葉が早く欲しい。でも、欲しくない。彼の意図を知るのが怖い。
 メイが黙り込んでいると、彼はさらに続けた。

「君が好きな男は、この会社にいるんだろう?」
「……っ!」

 やはり、竜生はメイの気持ちを知っている。
 どうして、なぜ? そんな言葉ばかりが頭の中をグルグルと回る。
 顔を背けてしまいたいのに、竜生はそれを許さないとばかりにメイの頬を両手で包み込む。
 ひどく驚いているメイの顔を見て、竜生は一瞬、苦しそうに顔をゆがめた。
 そして、彼は自嘲気味にクスリと笑う。

「その男に……君の上司である加藤かとうには、今日のことを知られたくないよね」
「え?」

 竜生の口から出てきた名前に、メイはパチパチとまばたきをした。
 加藤とは、商品開発課の課長である。面倒見がよく、確かにメイも彼を慕っている。
 だが、どうして加藤の名前がここで出てくるのか。
 メイの好きな人。それは目の前にいる竜生だというのに――― 
 二人の視線が絡んだ瞬間、竜生は困ったような表情を浮かべた。

「加藤に俺とのキスのことをばらされたくなければ、さっき見たことは忘れること」
「そんな……そんなこと言われなくたって、誰にも言いません! 言えるわけないじゃないですか!」
「そうであってほしいと、願っているよ」
「だから、言いませんってば!」

 ムキになるメイに、竜生は少し落ち着いた表情になった。
 これで彼の用事は終わりなのだろうか。メイはそっと息を吐き出し、起き上がるために竜生の胸を押しのけようとした。
 しかし、話はまだ終わっていなかった。
 竜生は、クスクスと楽しそうに笑い出す。

「まぁ、ばらされたら困るよね?」
「え?」

 彼は、片手でメイの手をキュッと握る。

「もし今夜見たことを誰かに話したら……、君の趣味もばらすからね」
「趣味って?」
「だから、人の情事をのぞき見するという趣味」
「そんな趣味ありませんっ!」

 失敬な、とメイが怒りをあらわにすると、竜生は笑いをこらえるように肩を震わせた。

「フフッ。わかっているよ。ただ、人の噂って怖いからね。嘘でも、人は信じてしまうことがあるから」
「……」

 要するに、メイがあらぬ趣味を持っているという嘘を会社中に広めてしまうぞ、と竜生はおどしているのだ。
 まったくもって、いい迷惑だ。メイが眉間にしわを寄せてにらみつけると、竜生はウィンクをしてメイの頭をそっとでた。
 態度や言葉とは裏腹に、彼の大きな手は優しくて温かい。
 そのギャップに戸惑うメイに、竜生は真剣な眼差しでつぶやいた。

「とにかく、誰にも言わないでね?」
「だから、わかってますってば!」

 そもそも、冬川はメイにとって大切な先輩である。
 このことは、墓場まで持っていくつもりだ。

「私は冬川さんのことが大好きです。だから、冬川さんが困るようなこと、言いふらしたりしません。ご心配なく!」

 メイは頭にきて、怒鳴るように言い放った。
 ツンとそっぽを向いたあと、どいてください、と目の前にいる竜生の胸を押す。先ほどとは違い、竜生はすぐに身体をどけたので、メイはやっと起き上がることができた。
 こんなところからはすぐさま退散だ、と腰を上げようとした。しかし、足に力が入らない。

(ちょっと待って。一体、これはどういうこと?)

 先ほどされた竜生からのキスで、メイの身体はまだ甘くしびれたままだったのだ。
 困った様子のメイに、竜生はプッとき出す。
 楽しげに笑う竜生を、メイはキッとにらみつけた。
 だが、それさえも楽しいと言うように、竜生は意地悪く口角を上げる。

「クククッ。そんなに俺のキスがよかった?」
「違います! これは、なんていうか……」
「光栄だな」
「だから、違いますってば!」

 メイは、ガクガクしている膝になんとか力を入れて立ち上がる。
 その様子を腕組みしながら見つめていた竜生は、「もうひとつ、追加しようかな」と意味深なことをつぶやき、ほほ笑んだ。 
 その瞬間、メイの全身がゾクリと粟立あわだった。

「君への口封じ」
「へ?」

 竜生はメイに近寄り、彼女の唇をツンツンと指先でつついた。
 メイはなんのことだかわからず、首をかしげる。だが、もう一度同じ動作をする竜生を見てその意味を察し、顔を真っ赤にした。

「毎日、君のその可愛い唇にキスをしよう」
「なっ!」
「今回のことを君が絶対に他人に話さないだろうと、俺が判断するまでね。そうだな、交換条件ってやつだよ」

 メイは口をパクパクさせるだけで、何も言えない。
 竜生は、そんなメイの唇に指をわせて反応を楽しんでいる。
 まるで、新しいおもちゃを見つけたとでも言うように。
 まったく、いい性格をしている。メイは、地団太じだんだを踏んだ。
 ムキになるメイを見て、竜生はますます笑う。
 どうやら、彼にからかわれているようだ。メイは急に、ドッと疲れを感じた。

(ああ、もう。なんか泣きたい……)

 メイは再び目頭が熱くなったが、目の前の竜生にそれを悟られたくなくて、唇を強くむ。
 何が悲しくて、好きな人からこんなことを言われなければならないのだろうか。
 その上、メイは加藤が好きなのだと勘違いをされているようだ。 
 誤解を解く気力もない。とにかく、今日はもう帰ろう。

「では、失礼します」

 メイがそそくさと頭を下げて専務室を後にしようとしたその時――

(え……?)

 先ほどと同じように竜生の肩にかつがれたメイは、何度かまばたきをしたあと、状況を把握した。

「ちょ、ちょっと! 降ろしてください!」

 ジタバタと暴れ、キャンキャン叫ぶメイ。だが、竜生はそんなメイにはお構いなしで歩き出す。

「車で送ってあげるよ。ああ、その前に商品開発課に行かなくちゃね。そろそろ二人も帰っただろうし。鍵を取りに行こうか」
「遠慮いたします。自分一人で行けます」
「ダーメ。そんな色っぽい顔して電車に乗る気? ナンパの餌食えじきになっちゃうよ?」
「え、餌食って……」
「ってことで、人の好意には甘えなさい。メイちゃん」

 慌てふためくメイを見て、竜生は楽しそうだ。
 何度抗議をしても、竜生は笑っているだけで話を聞いてくれない。
 メイはなかば諦めながら、竜生の様子をこっそりとうかがった。
 態度や口調には、先ほどまでの意地悪な感じはまったくない。
 優しい雰囲気が伝わってきて、こんな状況下だが少しだけ安心した。
 意地悪で、どこか冷たい竜生。
 人当たりがよくて、優しい竜生。
 一体、どちらが本当の竜生なのだろうか。
 わからないことばかりだ。
 竜生は、メイをかついだまま商品開発課のある二十二階のフロアに足を踏み入れた。
 しかし、そこでもまだメイを降ろしてくれない。

「逃げませんから、もう降ろしてくださいってば」
「そんなの、わからないからね。用心って必要だと思わない?」

 そんなやり取りをしていると、いつの間にか商品開発課の前まで来ていた。中に入ると、すでに冬川と社長はいなくなっていた。メイは、心底ホッとする。

「メイちゃんのデスクはどこ?」
「……」
「早く言わないと、兄貴たちの二の舞になるけど。いいの?」
「……っ! そ、そこのデスクです。家の鍵は二段目の引き出しの中です」

 メイが慌てて言うと、竜生は鼻歌まじりでうなずいた。
 引き出しから鍵を取り出した竜生は、「これ、メイちゃんに似ているね」とつぶやく。
 なんのことだろうと首をかしげたメイだったが、それが家の鍵に付けたキーホルダーのことだと気がついて、顔をしかめた。毛糸で編んで作ったタヌキのキーホルダーだ。

「私の顔、タヌキみたいってことですか?」
愛嬌あいきょうがあって、可愛らしい顔をしているって言ったんだよ」
「……」
「鍵もあったし。さぁ、帰ろうか」

 竜生はメイを担いでエレベーターに乗り、裏口を目指す。
 メイは、社内に誰も残っていなくてよかったと安堵あんどした。
 もし誰かにこの状況を見られてしまったら――想像するだけで恐ろしい。
 しかし、よくよく考えてみれば、社員はいなくとも守衛はいる。
 案の定、守衛はメイをかついだまま裏口を通る竜生を見て、呆気あっけに取られた顔をした。
 居たたまれなくなったメイは、身体を小さく丸めた。
 そんなメイの気持ちなどお構いなしに、竜生はカツカツと靴音を響かせて颯爽さっそうと歩いていく。
 竜生の車は、重役専用の駐車場に停められていた。
 彼はメイを肩から降ろすと、助手席のドアを開けて座るようにうながす。
 このまま逃げてしまいたかったが、竜生の鋭い眼差しに負け、メイはしぶしぶ助手席に乗り込んだ。

「さぁて。メイちゃんのおうちはどこかな?」
「……」

 運転席に乗り込んだ竜生は、助手席に座っているメイに自宅の場所を聞く。しかし、メイは黙り込んだままだ。

(こうなったら、黙秘もくひだ)

 メイがツンとそっぽを向くと、竜生は運転席から身を乗り出し、突然、親指をメイの唇にあてた。
 メイは驚いて竜生の顔を見る。
 すると思ったよりも顔が近くにあって、メイの心臓は再び高鳴った。
 竜生は、親指でメイの唇をゆっくりとなぞりながら言う。

「こちらが聞いているのに黙っている悪い口は、これ?」
「せ、専務!?」
「そんな悪い口を開かせるためには、またキスしなくちゃいけないのかな?」

 メイは、慌てて答えた。

「は、は、春ヶ山はるがやま駅です」
「んー? メイちゃんは駅に住んでいるんじゃないだろう?」
「……」
「メイちゃんの住んでいる家の住所を聞いているんだけど?」

 このまま住所を言わなければ、また強引にキスをされるかもしれない。
 メイは大きなため息をひとつらすと、小さくつぶやいた。

「春ヶ山駅近辺にある、春蘭しゅんらん学園のすぐ側です」
「ラジャー」

 竜生は車のエンジンをかけ、ゆっくりと車を発進させる。
 乗り心地のよいシートに身をまかせながら、メイはドキドキする胸のあたりをギュッとつかんだ。

(本当にキスされるかと思った)

 竜生と顔を合わせないように、メイは窓の外に目を向ける。だけど、どうしても気になって、運転している竜生の横顔をチラリと盗み見た。
 先ほどとは打って変わり、真剣な顔で運転している竜生を見て、メイはこっそりと思う。

(専務って……こんなに強引な人だったんだ)

 喫茶店の軒先でにじを見た日には、そんなふうには感じられなかった。
 なんだか今夜はいろんなことが起こりすぎて、すでにメイはいっぱいいっぱいだ。
 それに、竜生からされたキスで、まだ身体が甘くしびれている。
 あのキスは、威力がありすぎた。
 降ろして、と抵抗はしたが、竜生にかつがれていなければ、まともに歩くことができなかったかもしれない。
 もしかして、竜生はそれに気がついていたから、無理やりメイを担いだのだろうか。
 優しいのか、意地悪なのか。阿藤竜生という人物がわからない。
 メイはそっと自分の唇に指をあてた。
 キスが初めてだったわけじゃない。

(だけど……)

 何も考えられなくなるような、あんなキスはしたことがない。メイの頬がうっすらと赤く染まった。
 渋滞もなく順調に春蘭学園まで来ると、竜生は車を路肩ろかたに停めてハザードをつけた。

「メイちゃん。おうちはここからすぐなんだよね?」
「あ、はい。すぐそこの……青いポストがある家です」

 メイが自宅を指差して教えると、竜生は少しだけ心配そうにメイの顔をのぞき込んだ。

「メイちゃん。今日はお家の人はいないんだろう?」
「あ、はい」
「ちゃんと戸締まりして、気をつけるようにね」
「……ありがとうございます。気をつけます」

 メイはペコリと頭を下げたあと、竜生から一刻も早く離れるため車から降りようとした。
 だが、それはできなかった。
 運転席から伸びてきた腕に抱きしめられたからだ。

「せ、専務」

 上ずったメイの声を聞いて、竜生は満足そうに笑う。

「さっきの『交換条件』のこと。忘れないでね? メイちゃん」

 メイの耳元でささやく彼の声は、腰がくだけてしまいそうなほどセクシーだった。
 竜生は、チュッとリップ音を立てて、メイの頬にキスをしてくる。

「う、うわぁっ!!」

 メイが慌てて離れようとすると、竜生はすぐに腕を緩めてメイを解放した。
 専務室ではあんなにしつこかったのに、呆気あっけないぐらいにさっぱりとしている。なんだか拍子抜けだ。

(本当に調子が狂う。専務……阿藤竜生という男は読めないわ)

 とにかく早くこの場から逃げようと、メイは車の外に出て扉を閉める。
 すると、助手席側のウィンドウが開いた。

「早くお家に入りなさい」

 竜生はそれだけ言うと、車を発進させた。 

「本当に……一体なんなのよぉ」

 真面目な顔をしておどしてきたと思ったら、ヘラヘラ笑って冗談みたいなこともする。
 どう対応すればいいのか、困惑するばかりだ。
 メイは先ほど竜生にキスされた頬を押さえながら、いつまでも車のテールランプを見つめていた。

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