37 / 40
四章 狂いの真相
5 一緒に
しおりを挟む
八月十四日午後四時四十分。
夏美と明香は噴水公園から二つの都市伝説の舞台となる所を経由し、都市伝説六番目の舞台、海を眺められる高台へと辿り着いた。
二人のいる高台は一般に”山側”と言われ、海が見える側ではない。
『暮れ六つの誘い』
夕景の海を眺めていると、次第に穏やかで懐かしい気分にさせ、海へ続く一本道の幻影が見えて誘われるように海へと足が向かう。その先は崖である。
江戸時代で使用された暮れ六つは季節により時間にズレが生じ、春分秋分は十八時頃、夏至は十九時頃、冬至は十七時頃とある。
蒼空は、夏だから十九時頃までという都合の良い考えを捨て、十七時に現象が起きると想定して二人に指示した。もし時刻が延びれば不幸中の幸いだと考え。
「ねえ、今更だけど、夏美ちゃんは帰った方が良いよ。もし巻き込まれて死んじゃったら橙也君、夏美ちゃんまで失うことになる」
「それ、言わない約束。明香ちゃんが死んだらあたしも何かの形で死ぬって加賀見さんが言ってたし、後味悪い経験して死ぬぐらいなら出来ることやったほうが気持ちいいし」
「けど、何が起こるか分からないんだよ! 音奏君みたいに普通じゃなくなるかもしれない!」
夏美は木柵の向こう、太陽が沈むであろう所を見た。
「あたしは蒼空君を信じるよ。きっと解決してくれる。そんで、明香ちゃんも無事で、みんな戻ってきて、そしたらまた一緒に花火大会でもしようよ。宿題とか、絶対明香ちゃんに答え教えて貰って楽するとか、あたしの計画もあるんだから」
無事に迎える明るい未来の話。明香は涙が止めどなく溢れた。
「明香ちゃん?」
「……怖かった……ずっと、どんな死に方するんだろって……ずっと」
明香の手を夏美は握った。
「大丈夫。大丈夫だから」
「ごめん。私……夏美ちゃんのように強くなれない! ……まだ、だって怖いもん!」
夏美は明香を抱きしめた。
「みんな、私のせいで死んだらどうしようって!」
「大丈夫だから。……だから、信じよ」
堪えきれず夏美も涙を流した。
「ごめん。……ごめんなさい」
気が落ち着くまで、夏美は明香を抱きしめた。
午後五時。
二人は真夏では考えられないほどの、まるで秋から冬にかけて吹く冷たい一陣の風を感じた。
「明香ちゃん、絶対離れちゃダメだから。絶対護るから」
何が起きるか分からない不安に駆られ、二人は手を強く握って高台の崖から離れる。
この地にて死ぬ可能性があるなら、崖から落ちるしか考えられない。
空気が突然ヒンヤリする。景色は夏の長閑な昼下がりのような状態なのに、二人の周りだけ季節が進みすぎているように感じる。震えが止まらない。
また風が吹き付けた。
ゆっくり、周りの風景が僅かな陰りを帯びる。
夕陽はまだ沈むほどでもないのに、全体が暗く見える。
「どこから、何が来る?」夏美は周囲を警戒する。
何かをして逃げなければならない。しかし何が起こるか分からないから下手に動けない。
このままだと都市伝説に巻き込まれて死んでしまう。そう思ったときであった。
「きゃああ!!」
夏美は崖側に現われた男性を見て驚く。それは突然姿を現わしたからだ。
「……お、兄ちゃん?」
明香は微笑みながら近寄る翔真を見て呟いた。
「お兄ちゃん、待って! そのまま! 動かないで!」
言葉を聞いてくれない。
微笑みながら近づく翔真から感じるのは”不気味さ”しかない。恐怖を増長させるのは、翔真に纏わり付く陰りだ。
「逃げるよ!」
夏美が明香の手を引いて振り返った先に駿平がいた。同じように陰りを纏い笑顔で近づいてくる。
「……音奏君」
明香の視線の先には音奏が。
何をされるのか分からない。ただ、何かの方法で殺される事しか考えられない。
「みんな待って! 近づかないで!」
「音奏君、駿平君! どうしたの! 待ってよ!」
必死の叫びも虚しく、二人は三人に腕を掴まれる。
「きゃあ! 痛い!」
「放して! お兄ちゃん、待って! 止めてぇ!!」
連れて行かれる。どこへ?
すぐに察しがついた。都市伝説通り、崖へ。
二人は足を踏ん張り、動かないように頑張る。しかし、常人ではない力が抵抗すら無意味にしていく。
「音奏君止めて! 明香ちゃんの事が好きなんでしょ!」
「好きだよ明香ちゃん。これからもずっと一緒だ」
始めて言葉を発した。視線は夕陽に染まる空を見つめている。
「明香、今まで寂しい思いをさせてすまなかった。これからは一緒だ」
「涼城さん、前園さん。もう怖いのは終わりだよ。僕はこうなる事を望んで、こんな存在になったんだから」
二人は分かっている。これは言わされているのだと。それぞれに人間だった時の意思は無いのだと。
音奏の好きは、こんな方法で叶えたいものではない。
兄の気遣いは、こんな奇妙な方法で叶えようとしない。
駿平は、都市伝説の謎を解決する事に尽力していた。けして存在の一部に入ることなんて望んでいない。
「みんな止めて! 私だけ狙ってるならそれでいいじゃない! 夏美ちゃんは関係無いでしょ!」
「嫌だ! 明香ちゃんは絶対あたしが助けるから!」
二人が泣き叫ぶも虚しく、三人に連れられて木柵まで辿り着いてしまう。
「さあ、一緒に行こう!」
三人は二人の身体を持ち上げる。
夏美と明香は木柵へしがみつき必死に抵抗するも、男三人の力か、奇妙な存在の力か、全身全霊の抵抗虚しく身体を持ち上げられた。それでも木柵を抱く手を放さない。
「いやああああ!!」
「みんなやめてぇぇぇ!!」
泣き叫び、抗う。
「そこまでよ」
突如、女の子の声がした。高くもなく低くもなく、それでいて穏やかな。
声に反応して三人は力を止めると声の主の方を向いた。
何が起きたか分からない夏美と明香は、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま声の主を見た。
「初めまして。三枝日和です」
こんな奇妙な場所にいるのに、まるで夕涼みに訪れたかのように、柔和な表情で挨拶された。
夏美と明香は噴水公園から二つの都市伝説の舞台となる所を経由し、都市伝説六番目の舞台、海を眺められる高台へと辿り着いた。
二人のいる高台は一般に”山側”と言われ、海が見える側ではない。
『暮れ六つの誘い』
夕景の海を眺めていると、次第に穏やかで懐かしい気分にさせ、海へ続く一本道の幻影が見えて誘われるように海へと足が向かう。その先は崖である。
江戸時代で使用された暮れ六つは季節により時間にズレが生じ、春分秋分は十八時頃、夏至は十九時頃、冬至は十七時頃とある。
蒼空は、夏だから十九時頃までという都合の良い考えを捨て、十七時に現象が起きると想定して二人に指示した。もし時刻が延びれば不幸中の幸いだと考え。
「ねえ、今更だけど、夏美ちゃんは帰った方が良いよ。もし巻き込まれて死んじゃったら橙也君、夏美ちゃんまで失うことになる」
「それ、言わない約束。明香ちゃんが死んだらあたしも何かの形で死ぬって加賀見さんが言ってたし、後味悪い経験して死ぬぐらいなら出来ることやったほうが気持ちいいし」
「けど、何が起こるか分からないんだよ! 音奏君みたいに普通じゃなくなるかもしれない!」
夏美は木柵の向こう、太陽が沈むであろう所を見た。
「あたしは蒼空君を信じるよ。きっと解決してくれる。そんで、明香ちゃんも無事で、みんな戻ってきて、そしたらまた一緒に花火大会でもしようよ。宿題とか、絶対明香ちゃんに答え教えて貰って楽するとか、あたしの計画もあるんだから」
無事に迎える明るい未来の話。明香は涙が止めどなく溢れた。
「明香ちゃん?」
「……怖かった……ずっと、どんな死に方するんだろって……ずっと」
明香の手を夏美は握った。
「大丈夫。大丈夫だから」
「ごめん。私……夏美ちゃんのように強くなれない! ……まだ、だって怖いもん!」
夏美は明香を抱きしめた。
「みんな、私のせいで死んだらどうしようって!」
「大丈夫だから。……だから、信じよ」
堪えきれず夏美も涙を流した。
「ごめん。……ごめんなさい」
気が落ち着くまで、夏美は明香を抱きしめた。
午後五時。
二人は真夏では考えられないほどの、まるで秋から冬にかけて吹く冷たい一陣の風を感じた。
「明香ちゃん、絶対離れちゃダメだから。絶対護るから」
何が起きるか分からない不安に駆られ、二人は手を強く握って高台の崖から離れる。
この地にて死ぬ可能性があるなら、崖から落ちるしか考えられない。
空気が突然ヒンヤリする。景色は夏の長閑な昼下がりのような状態なのに、二人の周りだけ季節が進みすぎているように感じる。震えが止まらない。
また風が吹き付けた。
ゆっくり、周りの風景が僅かな陰りを帯びる。
夕陽はまだ沈むほどでもないのに、全体が暗く見える。
「どこから、何が来る?」夏美は周囲を警戒する。
何かをして逃げなければならない。しかし何が起こるか分からないから下手に動けない。
このままだと都市伝説に巻き込まれて死んでしまう。そう思ったときであった。
「きゃああ!!」
夏美は崖側に現われた男性を見て驚く。それは突然姿を現わしたからだ。
「……お、兄ちゃん?」
明香は微笑みながら近寄る翔真を見て呟いた。
「お兄ちゃん、待って! そのまま! 動かないで!」
言葉を聞いてくれない。
微笑みながら近づく翔真から感じるのは”不気味さ”しかない。恐怖を増長させるのは、翔真に纏わり付く陰りだ。
「逃げるよ!」
夏美が明香の手を引いて振り返った先に駿平がいた。同じように陰りを纏い笑顔で近づいてくる。
「……音奏君」
明香の視線の先には音奏が。
何をされるのか分からない。ただ、何かの方法で殺される事しか考えられない。
「みんな待って! 近づかないで!」
「音奏君、駿平君! どうしたの! 待ってよ!」
必死の叫びも虚しく、二人は三人に腕を掴まれる。
「きゃあ! 痛い!」
「放して! お兄ちゃん、待って! 止めてぇ!!」
連れて行かれる。どこへ?
すぐに察しがついた。都市伝説通り、崖へ。
二人は足を踏ん張り、動かないように頑張る。しかし、常人ではない力が抵抗すら無意味にしていく。
「音奏君止めて! 明香ちゃんの事が好きなんでしょ!」
「好きだよ明香ちゃん。これからもずっと一緒だ」
始めて言葉を発した。視線は夕陽に染まる空を見つめている。
「明香、今まで寂しい思いをさせてすまなかった。これからは一緒だ」
「涼城さん、前園さん。もう怖いのは終わりだよ。僕はこうなる事を望んで、こんな存在になったんだから」
二人は分かっている。これは言わされているのだと。それぞれに人間だった時の意思は無いのだと。
音奏の好きは、こんな方法で叶えたいものではない。
兄の気遣いは、こんな奇妙な方法で叶えようとしない。
駿平は、都市伝説の謎を解決する事に尽力していた。けして存在の一部に入ることなんて望んでいない。
「みんな止めて! 私だけ狙ってるならそれでいいじゃない! 夏美ちゃんは関係無いでしょ!」
「嫌だ! 明香ちゃんは絶対あたしが助けるから!」
二人が泣き叫ぶも虚しく、三人に連れられて木柵まで辿り着いてしまう。
「さあ、一緒に行こう!」
三人は二人の身体を持ち上げる。
夏美と明香は木柵へしがみつき必死に抵抗するも、男三人の力か、奇妙な存在の力か、全身全霊の抵抗虚しく身体を持ち上げられた。それでも木柵を抱く手を放さない。
「いやああああ!!」
「みんなやめてぇぇぇ!!」
泣き叫び、抗う。
「そこまでよ」
突如、女の子の声がした。高くもなく低くもなく、それでいて穏やかな。
声に反応して三人は力を止めると声の主の方を向いた。
何が起きたか分からない夏美と明香は、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま声の主を見た。
「初めまして。三枝日和です」
こんな奇妙な場所にいるのに、まるで夕涼みに訪れたかのように、柔和な表情で挨拶された。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
昭和レトロな歴史&怪奇ミステリー 凶刀エピタム
かものすけ
ミステリー
昭和四十年代を舞台に繰り広げられる歴史&怪奇物語。
高名なアイヌ言語学者の研究の後を継いだ若き研究者・佐藤礼三郎に次から次へ降りかかる事件と災難。
そしてある日持ち込まれた一通の手紙から、礼三郎はついに人生最大の危機に巻き込まれていくのだった。
謎のアイヌ美女、紐解かれる禁忌の物語伝承、恐るべき人喰い刀の正体とは?
果たして礼三郎は、全ての謎を解明し、生きて北の大地から生還できるのか。
北海道の寒村を舞台に繰り広げられる謎が謎呼ぶ幻想ミステリーをどうぞ。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

その人事には理由がある
凪子
ミステリー
門倉(かどくら)千春(ちはる)は、この春大学を卒業したばかりの社会人一年生。新卒で入社した会社はインテリアを専門に扱う商社で、研修を終えて配属されたのは人事課だった。
そこには社長の私生児、日野(ひの)多々良(たたら)が所属していた。
社長の息子という気楽な立場のせいか、仕事をさぼりがちな多々良のお守りにうんざりする千春。
そんなある日、人事課長の朝木静から特命が与えられる。
その任務とは、『先輩女性社員にセクハラを受けたという男性社員に関する事実調査』で……!?
しっかり女子×お気楽男子の織りなす、人事系ミステリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる