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四章 狂いの真相
3 解けていく謎
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八月十四日午前十時二十分。
夕日ノ町の噴水公園に蒼空が到着し、三人は揃った。
音奏の状況を聞いた蒼空は都市伝説を記したノートを開いた。
「多分これだ」
示した伝説は『誘いの行列』。
身内の死を嘆き、会いたがる者を引き込む行列。後に見える人と見えない人とに別れ、完全に見えなくなると存在そのものが消える。
「え、じゃあ音奏君はこのままじゃ」
「今日中に全てを解決しないとだめだ。二人にはこのまま午後五時まで指示する場所を点々としてほしいんだ」
「どういうこと? 蒼空君は?」
「俺は問題を解決する場所。ほら昨日言っただろ、三町を見渡せる双木の丘。あそこへ行ってくる」
「三人一緒じゃダメなの?」
「それだと途中で前園さんが危険に晒される」夢の話を思い出し、明香を見る。「……昨晩夢でお兄さんに会ったよ」
突然の事で明香は驚く。
「都市伝説には縛りがあるんだ。上手く逃げてせいぜい十時間って言ってたから、夕方くらいまで。絶対抗えない数字の縛りがあるから、時間設定がある都市伝説を渡り歩けば生き長らえられる。その時間が来るまでは安全で、時間が来る前に移動するんだ」
「でもさっき蒼空君、午後五時までって」
夏美は不安で浮かない顔になる。
「時間指定のある都市伝説でお兄さんの情報通りなら、最後は夕方の伝説、暮れ六つを記した都市伝説しかない。他の時間指定の場所へ行こうにも、そこからだと間に合わないだろうから」
「でも、どうして確実に起きる都市伝説って?」
「それはまだ途中。ただ今までの法則では素数の一つ過ぎた偶数のものばかりが起きるんだ。理由はこれから考えないとだけど、おそらくはこれを利用すれば前園さんは午後五時までは大丈夫」
それは、謎解き役を蒼空に委ねる事であった。
「蒼空君、信じるよ」
「頑張るよ。二人も絶対生き残って」
夏美と明香は蒼空から無事で済む都市伝説を聞き、その場所へと向かった。
二人と別れた蒼空は重責を背負い不安でしかない。まだ解明出来ていない謎が多すぎる。
なぜ皆は素数の都市伝説を気にかけているのに、起きている都市伝説の殆どが偶数なのか?
日和はなぜ夢の中を自由に動ける存在なのか?
なぜ八月十四日に前園明香が死ぬと確定しているのか?
なぜ夢で御堂六郎は奇跡の話を聞かせたのか?
御堂六郎と加賀見茜はどういう関係か?
なぜ若き日の儀造が夢で蒼空と夏美に干渉できたのか?
駿平は何を伝えたかったのか?
神話と都市伝説の関係性は何か?
狂いとは何か?
どうして場所の指定がない都市伝説に音奏が巻き込まれたのか?
昨晩の夢を思い出す。
翔真が”四十二番で”と言っていた。つまり都市伝説に敗者が組み込まれる法則なのだろう。
四十二番『五メートルの足跡』
これが翔真が明香の後ろに現われた理由だろう。些細だが一つ謎が解けるも、また次の疑問が浮かぶ。
なぜ橙也に見えたのか?
翔真が抗ったのは何か?
蒼空と駿平にのみ夢で会えた理由は何か?
考えればキリが無いほどに謎だけが湧いて出る。謎ばかりが鬩ぎ合っていく。
色んな情報の中から正解へ繋がる何かがあるのだろうが、それが何か分からない。こんな情報過多の状態で、謎や違和感を多く抱えたまま。何か、何かが謎を解く重要な鍵なのだろうが。
この局面で現われた翔真は蒼空に助言をするためだけだろうか?
現われた理由そのものに意味があるのか?
思考すれば謎が増えていく。頭がパンクしてしまいそうになるほど蒼空は昨日から頭が痛い。
双木の丘へ向かう前に定食屋へ立ち寄り昼飯を済ませる。その間もずっと頭を悩ませ続けるが、決め手に欠ける考察しか浮かばない。
(なんだ。何をどう解いたら全員が助かるんだ? そもそも前園さんのお兄さんがこの番号に組み込まれた理由はなんだ? 駿平も音奏も順不同に巻き込まれてる。それに、夢で十時間は大丈夫って言ってたけど、三十八番は大丈夫なのか? ”午後四時”として関係してたらかなり危険だ)
三十八番目の都市伝説『四並びの崩壊』。
明確には記されていないが、“四”が並ぶと“崩壊”に関する不吉が起きるとある。補足として四時四四分四四秒には気をつけろ! と。
(場所とかの指定がないのは、四番と三十番と三十八番の三つ。なんか意味があるのか?)
注文したカツ丼を食べながらも考え続けた。しかし何も浮かばない。
時間は午後一時を過ぎている。
丘までは一時間もあれば問題ない。心境としては時間が欲しいと願う。だが、丸一日猶予を貰っても解けるかどうか分からない。
時間が迫る焦り。
謎が解けなければ多くの友達が死ぬ焦り。
日和が戻らなくなる焦り。
全てを投げ出してどこかへ行きたいとすら思えている。
駅のベンチに座りながら待つも、焦りと不安からか、いくつか乗る電車をやり過ごした。
頭を抱えて苦悩した。このままここにいて、全てが無かったことにならないだろうかと、甘えた願いがポツポツと生まれる。
『蒼空君信じるよ』
夏美の言葉を思い出すと、こうしてはいられない。
焦燥を募らせながら立ち上がり、時間確認で電光掲示板を見た。
”――で、人身事故が発生しました”
駅に響く放送を聞いて思考が停止した。
”皆様には大変ご迷惑を――”
頭の中で時間の焦りが生まれた。今までどれだけ悩み、時間は間に合うかと酷く心配になる。
「やばいやばいやばい」
遅れる時間がまだ電光掲示板に表示されないが、一番近い時間帯が何時着かが分からない。急いで近くの時刻表を見る。
今の時間から次に来る時刻を確認し、長くて三十分見積もってもまだ大丈夫。
こんな事でタイムオーバーとならなくて済み、安堵の溜息が漏れる。
ふと、普通、快速、新快速の、停車駅が目にとまる。何かが気になり、ジッと見つめる。
行きたい所へは普通に乗れば良いが、新快速に乗れば一つ前の駅まで普通電車に乗らなければならない。
『どんな謎解きであっても重要なのは視点を変える事よ』
日和の言葉が思い出された。廃墟で隠していたテープレコーダーからクラシックが流れた夢での。
一つズレる。
蒼空はさらに何かが気になり二歩下がって見た。目指す駅までの停車数ではなく、時刻表全体を。
普通、快速、新快速と、三つが絶対止まる駅もあればそうでない所もある。当然だが、電車の終着点は同じ所だ。
人身事故で時間は遅れる。だから時間も表に記載されている時間より後になる。トラブルが起きても流れは進む。
一つズレる素数の法則。しかし始めは同じ。ズレた理由。不意の事故。
法則には絶対抗えない縛りがある。数字は絶対抗えない。
起きている伝説全てが偶数だが必ずしも偶数ではない。
駿平も日和も前園明香の兄も素数に行き着き、確信して行動した。なら、なぜ一つズレる?
『都市伝説に狂いが生じた』
御堂六郎の提示した問題が浮かんだ後、夏祭りのポスターに書かれている【双木三柱市】の文字を見る。
『奇跡において本質は元の数字通りだ。姿形を変えようと、中身は本来あるべき形のままだ』
見晴らし台の夢での言葉が続いて思い出された。
突如、難解な知恵の輪が外れたような不思議な感覚に陥った。
ぎゅうぎゅう詰めの謎の中から、ある項目の謎と、それに関する情報が浮かび上がり、一つの答えに行き着く。
『いろんな情報にはいろんな意味があるのよ』
日和がテープレコーダーを切る前の言葉が蘇る。
(え? じゃあ、つまり、これが……狂い?)
興奮が沸々とこみ上げる。小さなきっかけから、次々に問題が解けそうな感覚に陥る。
ベンチに腰掛け、メモ帳を取り出して都市伝説全てを見る。そこから素数の伝説に三角印、起きた都市伝説に○印を記入した。
(そうか。そういう繋がりが……。いや、待てよ)
今まで宙ぶらりんとなっている問題から、繋がりある項目だけを思い出し、ノートに大雑把な相関図を書く。
まずは涼城家。祖父・儀造、孫・夏美、橙也。血縁関係で日和。
それぞれの都市伝説に関係する経緯を考えていくと、一つの謎が浮かぶ。それが法則に則ったものと知ると辻褄が合った。
次に前園兄妹。
翔真は十一月終わりに御堂六郎と会い二月に失踪。そして四十二番目の都市伝説に。明香は梅雨頃に御堂六郎に会う。そして八月十四日が死の予言。両方、昔の火事の生き残りの血縁者。
『彼女は時間を代償に特権を得た』
翔真の言葉を思い出し、蒼空は違和感の正体に気づく。
(そうか……そうかそうかそうか!)
翔真が行き着いた末路は些細な情報ではなかった。”四十二番目の都市伝説の正体が判明した”程度ではない。もっと、かなり重大な情報だった。
密集した謎が邪魔だてして気づかなかった。それほど余裕が無かったのかもしれない。もう少しでこの重要な情報を見逃す所だとハラハラする。
そして明香の違和感も次第に謎が解けていく。その全てが日和に関係していると。
最後に日和。
涼城家の親戚、都市伝説に中途半端だが巻き込まれている。蒼空に協力を求めた。
一番の謎は、どうして自由に夢を行き交う事が出来るのか。これにも法則があり、夢であったのは駿平と蒼空だけ。
繋がり、法則、都市伝説、数字。
あらゆる条件を照らし合わせると一つの答えに辿り着く。すると、前園明香が八月十四日に死ぬ予言の理由、儀造と会った夢、全ての違和感が日和を中心に起きたものだった。だから加賀見茜は明香が全てのターニングポイントの要だと告げたのだと。
日和の四十二番と翔真の四十一番に印を付けた理由も。
次々に推論が立った。
「……これが。……やっと、やっと……」
ようやく、ようやく解決に至る答えを見つけた。今まで頭の中で渦を巻き、激しく荒れていたモノが徐々に整理されていく。
ドッシリとベンチの背もたれへ凭れ、達成の余韻に浸っていると、頭が徐々にじんわりとスッキリしていくのを感じた。
しばらくして、遅延した普通電車が到着する。
駅の時計を見てもまだまだ時間に余裕はある。不意に翔真のちょとした疑問が浮かび、それについて考える。今、丘へ向かう必要があるかと疑問に思うも、『向かわなければ夏美達が危険だ』と結論に至る。
到着した電車へ、蒼空は迷うこと無く乗り込んだ。
電車内でメモ帳の空白のページに浮かんだ言葉を記入し、順序を整理する。整理中、ちょっとした謎が浮かぶも、すぐにどうでもいいものだと答えが浮かぶ。
大きい謎の塊が覗かれたので小さな謎はすぐにでも解決させる余裕が出来ていた。
駅を出て双木の丘までは徒歩でしか行けない。午後四時までには到着出来るが、気持ちが急いて早歩きになる。
駅から十分ほど歩くと石畳の上り坂がある。その先に林、しばらく進むと鳥居があり、潜ると計五十一段の石段がある。これを登れば丘の頂上だ。
お盆時期。まだまだ夕方でも暑苦しい。どういうわけか鳥居前は妙に涼しかった。
鳥居の前に立つと、蒼空は日和と最後に夢であったことを思いだした。
『次が最後かもね』
そう言って会わなくなったが、それから怒濤の悲劇が相次いだ。
忘れていた訳ではないが日和とはまだ会っていない。もし可能なら今ここで日和に会い、頼みたい。
いや、下手に出る必要はない。全ては日和が巻き込んだ災難だ。だからもっと堂々と言えばいい。自らが導き出した、おそらくは正解と思われる答えに自信を持ち、大きく深呼吸して階段の先に向かって言った。
「日和、お前の我が儘に付き合ってやったんだ。こっちの我が儘にも付き合え。残りの奇跡全部使ってな」
返事は無い。誰もいないのだから当然だが、蒼空は日和がいるだろうと、根拠の無い確信があった。
「俺が全てを解決する。だから、涼城さんと前園さんを護ってくれ」
真剣になって言葉にすることすら馬鹿らしくなる。後から恥ずかしさがこみ上げてきた。
ふと、そよ風が左側を通るように流れた。
『仕方ないなぁ』
喜んでいるような声が聞こえた。
「――日和!?」
振り返ると遠くの林道を、後ろ姿だが制服姿の女子が歩いているのを見た。
きっと日和に違いない。ただ、追いかける余裕はない。無駄な時間を使えばそれこそ間に合わなくなる。
夏美と明香を日和に任せ、蒼空は丘の頂上を目指した。
夕日ノ町の噴水公園に蒼空が到着し、三人は揃った。
音奏の状況を聞いた蒼空は都市伝説を記したノートを開いた。
「多分これだ」
示した伝説は『誘いの行列』。
身内の死を嘆き、会いたがる者を引き込む行列。後に見える人と見えない人とに別れ、完全に見えなくなると存在そのものが消える。
「え、じゃあ音奏君はこのままじゃ」
「今日中に全てを解決しないとだめだ。二人にはこのまま午後五時まで指示する場所を点々としてほしいんだ」
「どういうこと? 蒼空君は?」
「俺は問題を解決する場所。ほら昨日言っただろ、三町を見渡せる双木の丘。あそこへ行ってくる」
「三人一緒じゃダメなの?」
「それだと途中で前園さんが危険に晒される」夢の話を思い出し、明香を見る。「……昨晩夢でお兄さんに会ったよ」
突然の事で明香は驚く。
「都市伝説には縛りがあるんだ。上手く逃げてせいぜい十時間って言ってたから、夕方くらいまで。絶対抗えない数字の縛りがあるから、時間設定がある都市伝説を渡り歩けば生き長らえられる。その時間が来るまでは安全で、時間が来る前に移動するんだ」
「でもさっき蒼空君、午後五時までって」
夏美は不安で浮かない顔になる。
「時間指定のある都市伝説でお兄さんの情報通りなら、最後は夕方の伝説、暮れ六つを記した都市伝説しかない。他の時間指定の場所へ行こうにも、そこからだと間に合わないだろうから」
「でも、どうして確実に起きる都市伝説って?」
「それはまだ途中。ただ今までの法則では素数の一つ過ぎた偶数のものばかりが起きるんだ。理由はこれから考えないとだけど、おそらくはこれを利用すれば前園さんは午後五時までは大丈夫」
それは、謎解き役を蒼空に委ねる事であった。
「蒼空君、信じるよ」
「頑張るよ。二人も絶対生き残って」
夏美と明香は蒼空から無事で済む都市伝説を聞き、その場所へと向かった。
二人と別れた蒼空は重責を背負い不安でしかない。まだ解明出来ていない謎が多すぎる。
なぜ皆は素数の都市伝説を気にかけているのに、起きている都市伝説の殆どが偶数なのか?
日和はなぜ夢の中を自由に動ける存在なのか?
なぜ八月十四日に前園明香が死ぬと確定しているのか?
なぜ夢で御堂六郎は奇跡の話を聞かせたのか?
御堂六郎と加賀見茜はどういう関係か?
なぜ若き日の儀造が夢で蒼空と夏美に干渉できたのか?
駿平は何を伝えたかったのか?
神話と都市伝説の関係性は何か?
狂いとは何か?
どうして場所の指定がない都市伝説に音奏が巻き込まれたのか?
昨晩の夢を思い出す。
翔真が”四十二番で”と言っていた。つまり都市伝説に敗者が組み込まれる法則なのだろう。
四十二番『五メートルの足跡』
これが翔真が明香の後ろに現われた理由だろう。些細だが一つ謎が解けるも、また次の疑問が浮かぶ。
なぜ橙也に見えたのか?
翔真が抗ったのは何か?
蒼空と駿平にのみ夢で会えた理由は何か?
考えればキリが無いほどに謎だけが湧いて出る。謎ばかりが鬩ぎ合っていく。
色んな情報の中から正解へ繋がる何かがあるのだろうが、それが何か分からない。こんな情報過多の状態で、謎や違和感を多く抱えたまま。何か、何かが謎を解く重要な鍵なのだろうが。
この局面で現われた翔真は蒼空に助言をするためだけだろうか?
現われた理由そのものに意味があるのか?
思考すれば謎が増えていく。頭がパンクしてしまいそうになるほど蒼空は昨日から頭が痛い。
双木の丘へ向かう前に定食屋へ立ち寄り昼飯を済ませる。その間もずっと頭を悩ませ続けるが、決め手に欠ける考察しか浮かばない。
(なんだ。何をどう解いたら全員が助かるんだ? そもそも前園さんのお兄さんがこの番号に組み込まれた理由はなんだ? 駿平も音奏も順不同に巻き込まれてる。それに、夢で十時間は大丈夫って言ってたけど、三十八番は大丈夫なのか? ”午後四時”として関係してたらかなり危険だ)
三十八番目の都市伝説『四並びの崩壊』。
明確には記されていないが、“四”が並ぶと“崩壊”に関する不吉が起きるとある。補足として四時四四分四四秒には気をつけろ! と。
(場所とかの指定がないのは、四番と三十番と三十八番の三つ。なんか意味があるのか?)
注文したカツ丼を食べながらも考え続けた。しかし何も浮かばない。
時間は午後一時を過ぎている。
丘までは一時間もあれば問題ない。心境としては時間が欲しいと願う。だが、丸一日猶予を貰っても解けるかどうか分からない。
時間が迫る焦り。
謎が解けなければ多くの友達が死ぬ焦り。
日和が戻らなくなる焦り。
全てを投げ出してどこかへ行きたいとすら思えている。
駅のベンチに座りながら待つも、焦りと不安からか、いくつか乗る電車をやり過ごした。
頭を抱えて苦悩した。このままここにいて、全てが無かったことにならないだろうかと、甘えた願いがポツポツと生まれる。
『蒼空君信じるよ』
夏美の言葉を思い出すと、こうしてはいられない。
焦燥を募らせながら立ち上がり、時間確認で電光掲示板を見た。
”――で、人身事故が発生しました”
駅に響く放送を聞いて思考が停止した。
”皆様には大変ご迷惑を――”
頭の中で時間の焦りが生まれた。今までどれだけ悩み、時間は間に合うかと酷く心配になる。
「やばいやばいやばい」
遅れる時間がまだ電光掲示板に表示されないが、一番近い時間帯が何時着かが分からない。急いで近くの時刻表を見る。
今の時間から次に来る時刻を確認し、長くて三十分見積もってもまだ大丈夫。
こんな事でタイムオーバーとならなくて済み、安堵の溜息が漏れる。
ふと、普通、快速、新快速の、停車駅が目にとまる。何かが気になり、ジッと見つめる。
行きたい所へは普通に乗れば良いが、新快速に乗れば一つ前の駅まで普通電車に乗らなければならない。
『どんな謎解きであっても重要なのは視点を変える事よ』
日和の言葉が思い出された。廃墟で隠していたテープレコーダーからクラシックが流れた夢での。
一つズレる。
蒼空はさらに何かが気になり二歩下がって見た。目指す駅までの停車数ではなく、時刻表全体を。
普通、快速、新快速と、三つが絶対止まる駅もあればそうでない所もある。当然だが、電車の終着点は同じ所だ。
人身事故で時間は遅れる。だから時間も表に記載されている時間より後になる。トラブルが起きても流れは進む。
一つズレる素数の法則。しかし始めは同じ。ズレた理由。不意の事故。
法則には絶対抗えない縛りがある。数字は絶対抗えない。
起きている伝説全てが偶数だが必ずしも偶数ではない。
駿平も日和も前園明香の兄も素数に行き着き、確信して行動した。なら、なぜ一つズレる?
『都市伝説に狂いが生じた』
御堂六郎の提示した問題が浮かんだ後、夏祭りのポスターに書かれている【双木三柱市】の文字を見る。
『奇跡において本質は元の数字通りだ。姿形を変えようと、中身は本来あるべき形のままだ』
見晴らし台の夢での言葉が続いて思い出された。
突如、難解な知恵の輪が外れたような不思議な感覚に陥った。
ぎゅうぎゅう詰めの謎の中から、ある項目の謎と、それに関する情報が浮かび上がり、一つの答えに行き着く。
『いろんな情報にはいろんな意味があるのよ』
日和がテープレコーダーを切る前の言葉が蘇る。
(え? じゃあ、つまり、これが……狂い?)
興奮が沸々とこみ上げる。小さなきっかけから、次々に問題が解けそうな感覚に陥る。
ベンチに腰掛け、メモ帳を取り出して都市伝説全てを見る。そこから素数の伝説に三角印、起きた都市伝説に○印を記入した。
(そうか。そういう繋がりが……。いや、待てよ)
今まで宙ぶらりんとなっている問題から、繋がりある項目だけを思い出し、ノートに大雑把な相関図を書く。
まずは涼城家。祖父・儀造、孫・夏美、橙也。血縁関係で日和。
それぞれの都市伝説に関係する経緯を考えていくと、一つの謎が浮かぶ。それが法則に則ったものと知ると辻褄が合った。
次に前園兄妹。
翔真は十一月終わりに御堂六郎と会い二月に失踪。そして四十二番目の都市伝説に。明香は梅雨頃に御堂六郎に会う。そして八月十四日が死の予言。両方、昔の火事の生き残りの血縁者。
『彼女は時間を代償に特権を得た』
翔真の言葉を思い出し、蒼空は違和感の正体に気づく。
(そうか……そうかそうかそうか!)
翔真が行き着いた末路は些細な情報ではなかった。”四十二番目の都市伝説の正体が判明した”程度ではない。もっと、かなり重大な情報だった。
密集した謎が邪魔だてして気づかなかった。それほど余裕が無かったのかもしれない。もう少しでこの重要な情報を見逃す所だとハラハラする。
そして明香の違和感も次第に謎が解けていく。その全てが日和に関係していると。
最後に日和。
涼城家の親戚、都市伝説に中途半端だが巻き込まれている。蒼空に協力を求めた。
一番の謎は、どうして自由に夢を行き交う事が出来るのか。これにも法則があり、夢であったのは駿平と蒼空だけ。
繋がり、法則、都市伝説、数字。
あらゆる条件を照らし合わせると一つの答えに辿り着く。すると、前園明香が八月十四日に死ぬ予言の理由、儀造と会った夢、全ての違和感が日和を中心に起きたものだった。だから加賀見茜は明香が全てのターニングポイントの要だと告げたのだと。
日和の四十二番と翔真の四十一番に印を付けた理由も。
次々に推論が立った。
「……これが。……やっと、やっと……」
ようやく、ようやく解決に至る答えを見つけた。今まで頭の中で渦を巻き、激しく荒れていたモノが徐々に整理されていく。
ドッシリとベンチの背もたれへ凭れ、達成の余韻に浸っていると、頭が徐々にじんわりとスッキリしていくのを感じた。
しばらくして、遅延した普通電車が到着する。
駅の時計を見てもまだまだ時間に余裕はある。不意に翔真のちょとした疑問が浮かび、それについて考える。今、丘へ向かう必要があるかと疑問に思うも、『向かわなければ夏美達が危険だ』と結論に至る。
到着した電車へ、蒼空は迷うこと無く乗り込んだ。
電車内でメモ帳の空白のページに浮かんだ言葉を記入し、順序を整理する。整理中、ちょっとした謎が浮かぶも、すぐにどうでもいいものだと答えが浮かぶ。
大きい謎の塊が覗かれたので小さな謎はすぐにでも解決させる余裕が出来ていた。
駅を出て双木の丘までは徒歩でしか行けない。午後四時までには到着出来るが、気持ちが急いて早歩きになる。
駅から十分ほど歩くと石畳の上り坂がある。その先に林、しばらく進むと鳥居があり、潜ると計五十一段の石段がある。これを登れば丘の頂上だ。
お盆時期。まだまだ夕方でも暑苦しい。どういうわけか鳥居前は妙に涼しかった。
鳥居の前に立つと、蒼空は日和と最後に夢であったことを思いだした。
『次が最後かもね』
そう言って会わなくなったが、それから怒濤の悲劇が相次いだ。
忘れていた訳ではないが日和とはまだ会っていない。もし可能なら今ここで日和に会い、頼みたい。
いや、下手に出る必要はない。全ては日和が巻き込んだ災難だ。だからもっと堂々と言えばいい。自らが導き出した、おそらくは正解と思われる答えに自信を持ち、大きく深呼吸して階段の先に向かって言った。
「日和、お前の我が儘に付き合ってやったんだ。こっちの我が儘にも付き合え。残りの奇跡全部使ってな」
返事は無い。誰もいないのだから当然だが、蒼空は日和がいるだろうと、根拠の無い確信があった。
「俺が全てを解決する。だから、涼城さんと前園さんを護ってくれ」
真剣になって言葉にすることすら馬鹿らしくなる。後から恥ずかしさがこみ上げてきた。
ふと、そよ風が左側を通るように流れた。
『仕方ないなぁ』
喜んでいるような声が聞こえた。
「――日和!?」
振り返ると遠くの林道を、後ろ姿だが制服姿の女子が歩いているのを見た。
きっと日和に違いない。ただ、追いかける余裕はない。無駄な時間を使えばそれこそ間に合わなくなる。
夏美と明香を日和に任せ、蒼空は丘の頂上を目指した。
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