ソラのいない夏休み

赤星 治

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四章 狂いの真相

1 間に合わなかった男

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 蒼空は夕暮れ時の河川敷にいた。すぐに夢だと気づくも、いつの間に寝ていたのかと焦る。
(まずい。すぐ起きないと)
 夢にいる時間が勿体ない。最後の最後まで考え続けなければならない。
 意思に反して夢から目覚める方法が浮かばず、どうしようかと迷う。
「君は、明香の友達だね」
 声の方を向くと、のり面に腰掛ける男性がいた。
 見覚えのある顔だと思うと、それが始めて河川敷の夢で日和を見たとき、いつの間にか後ろに立っていた男性であると気づく。
「あなたは……」
 前園明香を『明香』と呼び捨てする所から正体に気づくも、先に男性から答えが返ってきた。
「明香の兄だ。少し話をしないか」
 のり面を叩かれ、蒼空は近づいて隣に座った。

「あの、訊いて良いですか?」
 時間がない。できるだけ情報を得ようと蒼空はなりふり構ってられない。
「お兄さんは都市伝説に挑戦して、今はどんな状態になってるんですか?」
 翔真は小さく息を吐いた。
「あの子と同じ事を聞くんだな」
「え、誰ですか?」
「桜木駿平と言っていたよ」
 駿平もこの出会いを果たしたと驚くも、翔真について知っていた理由が判明した。ただ、なぜ蒼空と駿平が会えるのか分からない。兄妹なら、明香にも会えばいいのにと。

「どんな状態と言われても、人間でない状態だよ」
「どうして?」
「難しい話じゃないよ、ただ間違えた。そして間に合わなかった。それだけだ」
「間違えた? 俺も御堂さんに日和を助けるには狂いを見つけろ、みたいな事言われて」
「俺は真実を突き止めきれなかった。というかそもそも、俺みたいないい加減な奴が調べようとした時点で間違いだったんだがな。謎ばっか増えるし」
 その言葉は、”巻き込まれた”とは違うものであった。
「御堂さんから願い事を叶える為にって言われて双木三柱市の都市伝説を調べ始めたんじゃないんですか?」
「調べ始めの理由は論文。この町の神話が気になってたからね。ばあちゃんが昔、火事から逃れられた原因が、ある女性の助言だと聞いた男性に助けられたとかで。それがあったから神話と四十二の都市伝説、歴史なんかもな。そしたら十一月の終わりごろにさ、夢で願いを叶えるという男に会って。都市伝説の真実を突き止めなければならなくなったんだ」
「待ってください。願いは何だったんですか? 御堂さんは条件を与える前に願い事を。けど逃げる事も出来た筈ですよ」
「大切な人達の安全だ。どういう訳か家族が死ぬ運命にあると聞かされてね。狂いとやらを見つけることに励んだ。けど失敗した。どんどん考えるものが増えていってな」

 仮説が一つ崩れた。
 翔真が御堂六郎と接触する前から明香の死は確定していた。ただ、何か言葉に違和感を覚える。

「メモ帳を見つけました。日和も同じように調べてたんですけど、あいつは四十二番目、どうしてお兄さんは四十一番目に? やっぱり素数が?」
 同じような所を調べている事が嬉しくなったのか、男の口元が緩む。
「君も素数に気づいたんだな。けど結果はそんな小さな所じゃなかった。もっと広い視野で見とけば良かったんだろうな」
 間違い。
 駿平が最後に告げた、全体的に間違っていた、の言葉が浮かぶ。
 最後の都市伝説はあまり意味が無かったのだろうか。
 何をどう解釈すれば、素数に気づいたのに素数の次の数字に着目するのか分からない。
「やはり乗らなければ良かったと今でも後悔してるよ」
「乗る?」
「ああ。挑戦って言えば聞こえは良いよ。けど、実際はただ首を突っ込んで痛い目を見た。ミイラ取りがミイラになる、だよ」
「え、前園さんが危険だから調べたんじゃ」
「蒼空君、って言ったね」
 不意に言葉を遮られる。明香が関係していないのかと疑問に思う。
「あ、はい」
「俺はこんな状態だから全て知ってるし、縛りもあるのは知ってるだろ?」
 加賀見茜、御堂六郎、両名の言葉が脳裏に蘇る。
「今の俺から蒼空君に言える言葉はこの程度の些細なものだ。駿平君にも言ったよ。全てが君の知る手順通りじゃないってな。決まった流れを基準として考えると、どうしても辻褄が合わなくなる。無理な辻褄合わせの果ては、ちょっとした部分が有耶無耶となって”全体的には正しい形に見える、間違いの形”が仕上がってしまうんだよ」
「どういう事ですか?」
「正解は君が見つけなければならない。全体的に見て、おかしな点の“なぜ?”を、広い目で見ると些細な気がかりに気づく筈だ。その謎を解けば、もしくは全てが分かるかもしれない」
「訳が分かりません。それに、もう時間ないんですよ! 朝には前園さんがいつ死ぬか分からない状況でどうやって進めば良いか、どうやって解決するかがまるで分からない」

 これだけ焦りで興奮してもまだ目が覚めないのに苛立つ。

「考えなしに動けば自然な事故に遭うだろうな。けど、都市伝説には縛りがある。それを利用すれば、死の時間をこちらで決める事は可能だ。けどせいぜい十時間が関の山かな。いや、目覚めてからだともう少し短いか。上手く利用するしかない」
「助けてくれないんですか? 妹さんがピンチなんですよ」
「俺の出来る事はもう何もない。後は利用されるだけさ、四十二番でな。一応、姿を出して気づいてもらう努力はしたんだが、ちょっとだけ怖がらせただけだった。けどそれが上手くいったのも、あの抵抗があったからかもな」
「何をしたんですか?」
「君もあの男から聞いただろ? 奇跡について長ったらしい話を。俺は最後の最後でちょっとした抵抗をしたんだよ。そしたらこんな奇跡が起きた、蒼空君と駿平君に会えた。明香に会えない理由は分からないし、なんでこんな奇跡が出来たのかはよく分からないけど、きっと、失踪状態だからだろうな」

 何の話をしているのかさっぱり分からない。そして、何をしに蒼空の前に現われ、何をもって行動していたのか。そして、四十二番目と。
 次第に周囲の色合いが、柔らかい昼過ぎの陽光に包まれるように明るく穏やかになる。別れの時間が近づく。

「待ってください! じゃあ、日和はなんであんなに自由に動けるんですか!」
「彼女は代償に特権を得た。よくあんな手を思いつくよ。蒼空君、君が一番、彼女の理由に近いんだよ」
 告げると、悲しみが滲み出る笑顔のまま光に包まれた。

 蒼空が何を叫ぼうとも声が出ず、届かず、やがて白い光に包まれると、ある音だけが聞こえた。

 ◇◇◇◇◇

 ブゥゥゥゥ……、ブゥゥゥゥ……。
 スマートフォンのバイブレーションの音で蒼空は目を覚ました。
 時計を見ると午前九時である。
「まずい、寝坊した!」
 急いでスマートフォンを見ると、相手は夏美であった。
「もしもしごめ」
「蒼空君急いで!」
 夏美の様子から緊急を悟る。
「ごめん、今どんな状況?」
「音奏君がいなくなって、明香ちゃんが襲われそうなの!」
「前園さんはいる?」
「うん。今人混みの多い所。これからどうしよ」

 蒼空は翔真の言葉を思い出した。
 何もしなければ明香は早くに死ぬ。しかし都市伝説を利用すれば延命出来る。ただし、十時間より短い。
 得た情報から今まで都市伝説を調べ、ほんの僅かに気になった事を思い出しノートを開く。

「涼城さん、今から言うところに行って! それで三十分後にLINEで送る場所にも!」
「え、なんで?!」
「いいから! それで前園さんが生き残れるから」

 夏美は蒼空の指示に従った。
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