ソラのいない夏休み

赤星 治

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三章 迫る恐怖

11 俺が絶対護る

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「初めまして、前園明香です。……あの、突然の事で申し訳ありません」
 音奏の母・光枝みつえは絶句した。息子の彼女が美少女だからである。
 突然電話で明香を家に泊めると連絡があり、理由は「彼女だから」と、雑な報告だったからである。光枝は電話越しに怒鳴るも、音奏に時間を潰してくるように命令し、急いで家の掃除に励んでいた。

 八月十三日午後五時三十分。
 光枝はすぐにでもベッドに寝転がって寝たいほどに疲れ切っている状態で玄関に立っている。疲労困憊ひろうこんぱい状態で息子の可愛い彼女に驚く心境。もう、頭の中が混乱しっぱなしだ。
「ああ。いえいえ。音奏の母です。ゆっくりしていってね」
 居間へ案内すると、「すぐにお茶を入れるから座って待ってて」と告げ、コップにお茶を注ぎ、プリンを渡してもてなした。
 終始笑顔を崩さずこなすと、去り際に音奏を呼んで別室へと行く。部屋で音奏と二人きりになると表情が鬼の形相のように一変する。

「お前、何もかもが突然すぎるだろ! いい加減にしろ!」全部小声だ。
「わりぃわりぃ。急だったから」
「急って、こっちの都合も考えろやドアホ!」唐突に邪推が働き、睨み付ける。「一線越えたらどうなるか分かってんだろうな」
「するか! 息子になんっつー事言ってんだ!」
「我が子だから言ってんだよ! ってか、前園さん家の娘さんだぞ、尚更許さねぇからな」
 完全に脅しだ。
「知ってんのかよ」
「当たり前でしょ。有名なデザイナーさんだし、三町合同の町内会行事でも色々助けてくれてるいい人なんだから」
 光枝は何かを思い出したようにスマートフォンを取り出した。
「お父さんにも連絡するから」
 忙しく光枝が部屋を出て、居間へと向かう。
 音奏と光枝の会話は聞こえていないが、急な泊まりが原因で気を遣わせたと察した明香は、光枝が戻ってくるとすぐに謝った。
「あの、お邪魔して申し訳」
「いやいや関係ないの。あの馬鹿息子が悪いことしないように釘刺しただけだから。明香ちゃんも、何かあったらすぐに叫びなさい。あたしがいの一番で助けてあげるから」
 態度の豹変ぶりもそうだが、良い母親を演じているのに言葉の内容が恐ろしい。音奏にも聞こえている。

 午後七時。
 光枝から連絡を受けた音奏の父・誠二は、奮発して刺身の盛り合わせを買ってきた。おかずも光枝は見栄を張って豪華に。既に光枝の笑顔は疲れ切った様子が滲み出ている。
(こんだけ食えるか?)音奏は言葉に出さずに思う。
 乾杯をした後、誠二はビールを飲んで訊いた。
「単刀直入で申し訳ないが、音奏の何処が好きなんだ?」
 本人を前に、ド直球の質問が音奏を赤面して焦らせた。明香も頬を赤らめて返答に戸惑う。
「……えっと、とても逞しくて優しい所です。かね」
 光枝は感動し、突然ティッシュペーパーを二枚取り、目元を拭いた。
「なんて良い子。有名な音楽家になって欲しいからって音に奏でる、で、カナデにしたのに。音楽とか一切興味ない子に育った親不孝者よ」
「関係ねぇだろ」
 両親は完全に浮かれてしまい、食事はテレビ番組をそっちのけで質問と自分たちの話を続けた。

 午後七時四十分。
 一番風呂を終えた誠二の次を薦められた明香は、丁寧に挨拶して風呂場へ向かった。すると、両親は真剣な表情になり音奏を見た。
「お前、分かってるな。泊まらせるだけだぞ」
 両親からしたら明香を妊娠させてしまうのではないかと不安で仕方ない。
「はぁ!? 揃いも揃って息子信じろよ!」
 聞こえないように音奏も小声で反論する。
「俺等の子だから言ってんだぞ」
 もう、自白と捉えていい。
 両親の年齢、姉の年齢から差し引いても、姉が出来たのは両親が二十歳過ぎ。つまり、二人とも高校時代に男女の苦労があったのは真剣な目から読み取れる。

「父ちゃん母ちゃん、冷静になってみ。俺、一人で金稼げてねぇから。百歩譲って子供出来ても養っていける自信ねぇし。景気とか世の中色々大変なのに、そんな、“若いから”で何でも出来るって感じでやれると思うか?」
 全くもって正しい、分別を弁えた意見である。
「若気の至り舐めんじゃねぇぞ!」誠二の眼力が強まり即答をぶつける。「大丈夫大丈夫と分かっていて狂うのが恋愛だ。何でもかんでも分かって理性働きゃ苦労しねぇんだからな」
「じゃなきゃ若気の至りなんて言葉あるわけないでしょ」
 余程辛いことがあったのは、両親の表情と必死さから窺えるが、息子を少しは信じて欲しいと音奏はしみじみ思う。
「前園怒らすとマジで怖ぇからな。それも肝に銘じておけよ」
 呼び捨てする間柄なら、本当に恐い一面も知っているのだろう。一体、明香の父親はどんな人間なのか、そこも知りたいと音奏は思う。
 しばらくして明香が風呂上がりの報告をすると、誠二も光枝も何事も無かったかのように笑顔で振る舞う。
(あんたら、狂ってるよ)音奏は心中でぼやいた。


 明香の寝室は音奏の姉の部屋に決まった。音奏の部屋を階段と廊下を挟んだ向かいの部屋である。
 音奏は風呂上がり、部屋へ戻る時に念押しで光枝に口うるさく注意された。
 光枝達の忠告を薄らと感じ取った明香は、気を遣って部屋の襖を開けて音奏と話をする。音奏は廊下に座り、部屋に入っていないことが見て分かるように明香と話をした。

「なんか、大変な事になってごめんね」
「いいのいいの。うちの両親、昔ヤンチャした者同士だから、俺もそっち系にならないようにしてぇんだろ」
「いいお父さんとお母さんね」
 手を振って違うと示す。
「外ヅラ外ヅラ。長くいたら本性むき出しだから。けど、いきなり恋人同士にして悪かったよ。こうでも言わねぇと泊まるなんて出来ないから。男同士だったら平気なんだけど、さっき見て分かる通り異性で付き合うとか、かなり厳しいの。親の目が」
「けど楽しかった。うち、両親が揃うって殆どないし、あっても二人は勉強の事や仕事の話とか。お兄ちゃんがいなくなってからは特に寂しくなって。あんなに楽しいのは始めてかも」

 明日、都市伝説の狂いを見つけなければ明香は死ぬ。忘れている訳ではないが、音奏にも沸々と焦りと恐怖がこみ上げてくる。
 今、恥ずかしがってこの時を逃してはならない。音奏は勇気を振り絞った。

「……あの、さぁ」
「ん?」
「正直、全部蒼空任せで、俺が何か言えた義理じゃ無いけどさ。何かあったら絶対護ってやるから」
 言えなかった。こんな時、情けない自分が嫌になる。
 明香から返事はない。しかし、手が、敷居に乗った。
「……ちょっとの間だけ、手、握って貰っていい?」
 音奏は緊張しながら階下から親が見ていないかを確認し、そっと握った。
「ごめん。急に恐くなってきちゃった。皆がいるから安心してたんだけど、ずっと我慢出来たのに。……なんか、楽しいのに、それが、できなくなっちゃうんじゃあって……思ったら。皆巻き込むんじゃないかって、考えたら」
 声が弱くなり震えだす。
「大丈夫。絶対明香ちゃんは助かる」
 しっかり手を握ると、明香も音奏の指先を握る。
「何があっても俺が助けるから。だから……」

 勢い余ってつい口走る。照れからか、声が少し弱い。

「だから?」
「あ、ごめん。つい、……その」
 明香は振り向いて微笑んで訊いた。
「なんとなく分かるけど、言って。音奏君の口から聞きたい」
 意を決し、音奏は真剣な顔つきになる。
「俺が絶対護るよ。だから……これが終わったら……俺と付き合ってください」
 頭を下げると、少し間を置いて返事があった。
「……いいよ」
 喜んで顔を上げると、続いて声がかかる。
「よろしくね」
「お、おう。任せて――」

 突然、強く、冷たく、恐い気配を感じ、空気が変わった。
 音奏は恐る恐る階下に目を向けると、目を見開いて凝視する両親の姿を目にした。
 慌てて手を離した音奏へ向けて、両親は首を音奏の部屋方向へ動かし、部屋へ戻る指示を下す。
「じゃ、じゃあ明香ちゃん、また明日」
 いそいそと部屋へ戻る音奏を見送ると、明香は返事をして襖を閉めた。

 ◇◇◇◇◇

 音奏が目を開けると、なぜか家の前にいた。
(……あ、れ?)
 異常事態なのに思考がはっきりしない。呆然と、暢気に周囲を眺めている。
 明け方近い、暗闇から青みがかる風景へと変わり、周囲のあらゆるものの輪郭が分かりだす時間帯。
(なんで外に出てきたんだ?)
 不意に近くの大通りが騒がしくあり、様子見に向かった。
 大通りには、まるでデモ行進のように大勢の人が歩いていた。思い当たるとすれば夏祭りだが、こんな朝早くから行く理由は分からない。
(今日の祭り、有名人とか来たっけ?)
 異変だと気づかない。日常生活の、些細な異変ぐらいにしか。
「……あれ?」
 人混みの中に気になる人物を見つけた。

 瞬間、異変に気づくより先に、その人物を戻したい気持ちだけが働いた。
 急いで駆け寄り、人混みをかき分け、手の届くところまで近づけた。
「こっち来い駿平!」
 手首を掴んだ。
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