ソラのいない夏休み

赤星 治

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三章 迫る恐怖

5 儀造の初恋

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 八月十二日。午前八時三十分。
 目覚めた夏美は、祖父の死と駿平の死、立て続けに起きた身内の不幸に気分が優れない朝を迎えた。
「あら夏美、無理しなくていいから休んでなさい」
 居間では澄江が儀造の遺品整理をしていた。
 儀造の死は前もって言っていたから影響は少ないが、最近まで一緒に仕事をしていた友達が死んだのだから気を遣わずにはいられない。
「大丈夫。なんかしてないと気が変になるから」
「バイトなんだけど、浩君も相当ショックを受けてるの、弟みたいに思ってたからね。もう今年は店を開けないって」
「事情が事情だから、仕方ないよ」
 言いながら駿平の顔を思い出すと感極まりそうになる。考えないようにしようと遺品整理を手伝う。
 ふと気になった。澄江は晴仁と橙也も一緒に作業をしていると。しかし二人は居間にいない。
「お父さんと橙也は?」
「ああ、倉庫の方。なんでも橙也が約束してたみたい。でも一人で倉庫行くの怖がってるから」
「なんかあるの?」
「昔、お義父さんが書いた絵があるんだって」
 初耳の情報に夏美は驚いた。
「お爺ちゃん、絵とか得意だったの!?」
「え? お義父さん、てっきり夏美にも話してると思ったけど……。そこに飾ってる絵と玄関に飾ってる絵、お義父さんが若いときに描いたものよ」
 居間には竹林の傍の広場のような絵。玄関には、白い帽子を被った女性の斜め上から描いた絵。顔は帽子の縁に隠れて片目から下までしか描かれていない。

「超上手いじゃん!」
「今だったらSNSとかに載せれば稼げるかもしれないけど、昔は絵で生きていくのは大変な世の中だったから諦めたのよ。戦後でもあったしね。殆どが趣味で描いてたけどいつしか辞めて、盆栽とかに走ったみたい」
「じゃあ、倉庫にもいっぱい絵があるの?」
「正確な数は知らないけど、なんでも初恋の女性が頭から離れなかった状態で描いたものがあるんだって。橙也にはお義父さんが死んでから見ていいって約束してたみたい」
「なんで死んでから?」
「恥ずかしかったんだって」
 笑って返す母の後ろを通り、夏美は縁側から草履を履いて倉庫へと向かった。
 倉庫には既に絵を見つけたらしい、晴仁と橙也がいた。
「おお、夏美。おはよう。大丈夫か?」
 母と同じ心配をされた。
「なんかしてないと頭変になっちゃいそうだから。それよりお爺ちゃん、絵が上手って聞いた。部屋とか玄関の絵がそうだって」
「ああ、それで橙也と見つけたんだ」
 夏美を心配していた橙也は、いつもなら独り占めする素振りを見せるのだが、素直に絵を夏美にも渡した。
「じいちゃんの初恋だって。三人もいるから三股だよ」
「どこでそんな言葉覚えたんだ」
 晴仁が軽くデコピンをした。
「へぇ、じいちゃん、三人も……」

 絵を見た夏美は目を見開いて驚いた。

 一人は完全に知らない女性。顔全体と襟首までしか描かれていないが、制服と思われる。下に苗字と名前が描かれているが、全く分からない。しかし二人目。どうみても加賀見茜にしか見えない。
「これなんか凄いんだよ。ちょっと姉ちゃんにそっくりな感じ」
 渡された用紙を見て、絶句した。
 三人目は夏美が夢で着ていた制服姿。プールの上に立っていた情景としか思えない。
 寒気が全身を駆け巡り鳥肌が立つ。同時に繋がりが判明した。あの夢で一緒に何かから逃げ、御堂六郎に突っかかっていったが消された男子生徒は儀造だと。
(そういえば)
 夏休み初日。儀造が見た幽霊の話を思い出す。
『やたらと見下した目で見てくるだけで、追いかけてもすぐに消えたから、腰抜けな幽霊だな』
 つまり、もう一人の男子生徒。儀造の喧嘩相手で蒼空達が言っていた御堂六郎だと結びついた。
 居ても立ってもいられない夏美の気持ちは逸る。
「お父さんごめん。ちょっと行ってくる」
 居間へ向かうと母にも同じように言って玄関へ向かった。
 目的地は風見鶏公園であった。


 夏美が公園の休憩所へ着くと既に茜は長椅子に座り、いつも通りの柔和な表情で読書していた。
 いつも通りに穏やかな気候の中、どこか冷たい雰囲気がする。原因は分からない。
「まだ大丈夫でしょうけど、若いからって無理して走りすぎると身体を壊すわよ」
 しゃがみ込んで息を切らせる夏美は「大丈夫」と返す。呼吸がある程度整うと立ち上がって近づいた。
「加賀見さん、お爺ちゃんのこと知ってたんですよね」
「ええ。儀造君でしょ? 彼はまっすぐで熱い、でも繊細な部分を持ち合わせていた人よ」
「お爺ちゃんとの経緯を教えてください。明香ちゃんの問題解決に役立つかもしれないので」

 茜は少し悩む素振りを見せた。

「役立つかどうかは別として、儀造君と当時の私については話してもいいかもしれないわね」
「……どういう意味ですか?」
「儀造君とはここで出会ったのよ。夏美ちゃんの時と同じで読書中。ただ違うのは、夏美ちゃんは私に纏わる怪談の確認だけど、儀造君は噂よ」
「どんな、ですか?」
「”綺麗なお姉さんがいる”って。思春期の男子達が盛り上がりそうな話題じゃない?」
 そんな理由で行動された事に夏美は気恥ずかしくなった。
「儀造君が一人でこっそりここへ来て私と会ったの。戸惑ってはいたけど、やがては話をしてくれたわ。三日かかったけど、そんな照れ屋な所は可愛らしかったわね」
「どんな話をしたんですか?」
「話は殆どが儀造君の一方通行よ。照れ隠しと私に馴れるために自分から色々話していたわね、まさしく堰を切ったように。ようやく会って話すのが当たり前と感じて一方通行の話も落ち着いた頃かな。私が儀造君の近所で大火事が起きる予言を聞かせたの。あの時の表情は今でも覚えてるわ。異性と話す事に恥じらいと喜びを滲ませていた表情が、一変して不安な様子に変わったの。夏美ちゃんと反応はほぼ一緒よ。さすが血筋ね」
「……それで……どうして御堂六郎さんとお爺ちゃんが会うようになったんですか? 会ってるんですよね、お爺ちゃん。上から目線でものを言うって人と会ったって言ってたし」
「ええ。ただ、”私と接点をもったから御堂六郎さんが現われた”のではなく、”私と会った時期に儀造君は御堂六郎さんとも会った”が正解。正真正銘の偶然よ。御堂六郎さんが私に何かしたから奇妙な予言をするようになったって思い込んで、ずっと御堂六郎さんを責めていたわ。挑戦権の話も聞かずにね」
「じゃあ、お爺ちゃん……都市伝説の?」
「本人は聞いていないから知らないままだったかもしれないわね。私はそこまでは知らないの。御堂六郎さんと私は会えないからね」
 急に夏美は混乱した。
 加賀見茜と御堂六郎に儀造は会っている。それが偶然で、加賀見茜は御堂六郎と会えない。互いに接点はない。
「え、じゃあ、加賀見さんと御堂六郎は全くの無関係ですか? 向こうは関係があるから御堂六郎って」

 加賀見茜は本を閉じ、夏美に顔を向けた。

「そこは夏美ちゃんが……、いえ、あなた達が考える所よ。随分と深く話しすぎたから、私にも制限がかかるでしょうね」
「どういうことですか?」
「それも考察のネタって事にして。ただ、最後に一つ言えるのは、儀造君は私達と接点をもったけど頼らず、ただ抗った。だから今、夏美ちゃんと私が会えた。加賀見茜として・・・・・・・会えたのよ」

 まったく意味が分からない。けど、重要な情報であることに違いない。
 言い終えた加賀見茜は、夏美が瞬きした一瞬にして姿を消した。

 何度か加賀見茜の名を呼ぶも、返事は愚か、姿も気配も感じさせなかった。
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