ソラのいない夏休み

赤星 治

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二章 協力と謎

11 駿平の実力

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 八月三日午前十時。
 蒼空の部屋に音奏と駿平がいる。明香は親戚の人が来るから参加出来ず、夏美はバイトで来れない。
 駿平は蒼空が大学ノートに記した四十二の都市伝説を読んでいる。部屋に来て真っ先に求められたので何かの意図があるとは思われたが、夏美と違って表情に出ない駿平から読み取る事は困難であった。

「何か気になることあったら言って」
 駿平はノートを離し、全体を見るように眺めた。
「なんか見えたのか?」
 音奏は駿平の学力を知っているから期待値は高い。夕日ノ高校二年生上位の学力を有しているからだ。
 大まかに教えられた、加賀見茜と御堂六郎と三枝日和の情報を駿平は照らし合わせて考える。
「僕もちょっとだけネットで調べたんだけど、この都市伝説の殆どが発生場所が確実に決まってるものが無いでしょ、どれもがどこかで使われたような情報のねつ造みたいで信憑性ゼロだし。それで考えてみたんだ、もしかしたら今書かれてる各都市伝説の名称そのものが重要じゃないかなって。これだけはネットでもいじられていないし」

 蒼空はノートに『都市伝説は名称が重要』と記した。

「涼城さんが加賀見さんって人の事を、この十八番目の伝説を指して言ったんだよね」
「うん。予言に関する伝説はそれしかないし、この状況だったら加賀見さんがこれだ」
「じゃあ、御堂六郎って人は……三番目『夢幻の願望成就』だろうね。願い事系はそれしかないから」
 駿平の説明に従い、ノートに『六郎=三番目』と記される。
「それよりも気になるのが時間指定系の都市伝説だ。昔の呼び方、寅の刻や丑の刻、夜五つとか暮れ六つとか、晡時や平坦まで使われてる」
「それ何? 晡時とか」
「寅の刻とか、って言い方のもう一つの言い方だよ」

 一応、音奏は市立図書館で日和から説明を受けているが、きれいさっぱり忘れている。

「後半の都市伝説の時間が現在使われてるのも気になるし、それぞれが、何かが現われるか現象が起きるかの二つに分かれてる」
 淡々と語られる疑問を蒼空はノートに記す。
「三枝さんが夢に出るのって、都市伝説に関係してるとか?」
「どうだろ? あいつ”重要な事は言えない”って言ってるし」
 蒼空もそれは考えた。しかし都市伝説に夢の記述はない。同じ失踪という点から鑑みても、同じ事が出来るなら明香の兄も夢に出る可能性はある。だが明香からその情報は無い。まだ知らない何かがあるのか、謎が残る。
「日和ちゃんが言いたい事を言えなくなってるってことは」音奏はノートを取って眺める。「この四十二個ある伝説から日和ちゃんの伝説を見つけ出せってか?」
「見つけたところでどうするかだね。「三枝さんはこの伝説にいるんだろ!」って、犯人当てみたいに言っても、「だから何?」って空気になって終了だろうし。御堂六郎って人の言う狂いに繋がってるとも思えないし」
「……都市伝説の狂った所ってなんだ? 元々は怪談系じゃなかったってか?」

 悩む三人。ふと蒼空は日和の言葉を思い出し、「視点を変える」と呟いた。
 二人は「え?」と返す。
「昨日の夢。廃墟でクラッシックが流れた夢だ。けどそれは日和が瓦礫に隠したレコーダーから流したもので、主観で見たらホラー映画みたいな構図でも、視点を変えたら単なる悪戯だった。しかも隠したレコーダーから曲が流れるだけの、単純な」
「何の話?」
 音奏を余所に、駿平も何かに気付く。
「四十二の都市伝説……。“四十二”と“纏わる話”……。数字が何か関係してるとか?」
 蒼空は御堂六郎の助言、数字が大事という事を思い出した。
「そういや、御堂さんは数字は大事だって言ってた」
 助言を得た駿平は数字に関する単語を口にする。
「ってことは、偶数、奇数。素数や不吉とか幸福とかに関連する、みたいな。日本だったら『四』が死を表わすもので、『七』はラッキーセブンで幸福とか」
「あ、それ俺も聞いたことある。六が三つ揃ったり、『十三』は西洋とかじゃ不吉って。そう考えたら四十二って完全にヤバいやつじゃん。『死に』だから」

 しかし四十二番目の伝説は『五メートルの足跡』。ネットの記事やコメントでは雪が積もった道路に、突如足跡が現われ、五メートル進んだぐらいで消えると記されている。冬以外と考えも、砂場、砂浜、雨天で泥濘んだ地面などがある。どれも死を強調させるには無理がある。
 足跡に近づけばあの世へ誘われるとの解釈もある。他の都市伝説から連想しても考えられなくもないが。
「……無理やり感ありすぎじゃね? 雪無いとダメだし、冬だし」
 音奏の否定に二人も納得する。
 蒼空はメモ帳に、『伝説の数字。関係性』と記した。
 まだ気になる所はあった。一と二の都市伝説がまるで怪談めいていない。それは些細な違和感を覚えるほどであり、駿平は言葉にしなかった。

「桜木君、凄いな。なんかサクサク問題が解決していくみたいな感じ」
「だってこいつ、クラスで二位ぐらいに頭いいし、学年上位者だし」
 なぜか自慢気に音奏が語るが、一方で自分はクラス下位に位置する。
「つーかよ、お前等も名前呼びすれば? 蒼空、駿平って。呼びやすいし」
 しかし駿平は頑なに苗字呼びを押し通した。音奏以外は全員苗字呼びだからである。つられて蒼空も駿平を桜木君と呼ぶ事に決めた。
「けど、どうして協力してくれる気に? 怪談とか嫌だったんじゃ」
 少し悩む間が空き、「うーん……」と、悩む声が微かに漏れた。
「……なんか、十四日越えたら涼城さんも死ぬみたいな話になってて、気分的に嫌かなぁって思って。小学生の時にクラスの明るい子が死んだ交通事故とかあったから」
 それは音奏も知っている。その理由だけで夏美がいなくなった時を想像するとショックは大きい。
「じゃあ、何か分かったら度々連絡して。LINEでも電話でもいいから」
 駿平は「うん」と小声で返す。
「けどこの後どうするよ。今日は俺等男勢だけだぞ。部屋ん中でずっとこんな感じとか嫌じゃね?」
 音奏は今すぐにでも外へ出たい気分であった。
「僕、加賀見さんって人に会ってみたいんだけど」
「あ、それ俺も同意見。なんか、蒼空と夏美ちゃんだけ会ったみたいで、俺等置いてけぼり感あんだけど」
「うーん、俺もいつ会おうかって思ってて。会える回数に限りとかあるかもって考えると、聞きたい事を貯めてからのほうがいいかなって」
「行くときに質問考えればいいんじゃない? 三人もいるんだし」
 駿平が思いのほかガツガツくることに驚きつつ、これから加賀見茜と会う方に話が進んだ。


 昼食を済ませ、午後十二時十五分。三人は風見鶏公園の休憩所へ訪れた。

「誰もいねぇな」
 音奏は茂みも除く様に見る。
「けど誰もいなさすぎだね。夏休みだから誰かいてもいいと思うのに」
 駿平は冷静に分析を始めた。
 五分ほど待つと、今日は現われない日なのかもしれないと考えられた。
「もしかしたら回数制限より面倒じゃない? 会える日時が決まってるってなるだろうから、タイミング勝負になるよ」
 心配そうに駿平が意見を述べると、拍手が起きた。
 音は長椅子の所から。三人は反応して向くと、前回同様に白い服を着た加賀見茜が笑顔で拍手していた。

「憶測でもそこまで語れるのは大したものね」
 始めて会う音奏と駿平は、穏やかな心地の中に、どこか冷たい緊張を微かに感じた。なにより、突然現われたことに恐怖を抱き、平穏さの中に恐ろしさが潜んでいる気がする。
「蒼空君に心強い仲間が出来た。と言えばいいのかしらね」
「あ、俺、みど」
「御堂音奏君よね」
 自己紹介前に名前を当てられた。
「音に奏でると書いて『かなで』。両親のどちらかは音楽の道に進んでほしいと願ったのかしら?」
 柔和な表情に見蕩れつつ、音奏は「母ちゃんが」と答えた。そして微笑みで返され、顔が少し赤くなる。
「貴方は桜木駿平君。夏美ちゃんに説得されて協力したなんて、まさに青春物語のようで可愛いじゃない」
「そ、そんなんじゃ」恥ずかしくなりやや顔を赤らめる。
「それとも、別の理由だったりして」
 何かを見抜かれた気になり、駿平は緊張して耳が赤くなる。

「事情は話さなくても結構よ。だから先に言っておくけど、回数制限はあるわよ」
 三人は緊張する。話が見抜かれていると判明するや、音奏と駿平は恐怖にかられた。
「だって、十四日まで二週間をきったのよ。毎日会って、最後が十四日だと想定しても、今日を抜いて十一回じゃない」
 笑顔で返される。回数制限が単純な日数計算で三人は胸をなで下ろした。

「加賀見さん、俺等、気になる事をこうやってメモに残して」
 メモ帳を開くと加賀見茜は左手のひらを向けた。黙るようにの合図と感じ、蒼空は黙る。
「前に蒼空君に言ったでしょ、『これから見つけるもの、きっかけとなる出来事、あらゆる点から様々な考察を膨らませて一つの答えに辿り着かなければならない』って。私にアドバイスを貰って一つ一つ可能性を消去しようとしてるだろうけど、私は未来を見て、話せる事を話すだけよ」
「え、じゃあ、どうあっても明香ちゃんを助ける手はないって事ですか」
 まっすぐで深い考察も無い音奏の意見に、「貴方たちが見つけるのよ」と端的に返される。

 続いて駿平が「ちょっといいですか?」と口を出した。
「楸君から加賀見さんが未来を見て、それを告げるだけと聞きました。今もメモ帳を見ずに自分はアドバイスするだけと」
「ええ、その通り」
「それって、前園さん絡みですよね。じゃあ、それ以外の未来も見えてたりしますか?」
「あらら、予言を試されるのかしら? 営利目的とかはお断りよ」
 冗談を無視して駿平は続けた。
「八月十四日以降、加賀見さん自身はどうなってますか?」
 思いがけない質問。しかし蒼空もそれは気になる。今まで浮かばなかった疑問を駿平が口にした事が驚きであった。

「答えらしい答えは無いわね。私はこれからも必要とする人のところで予言を告げるだけよ」
 これからも都市伝説の一つとして存在し続けると分かる。
「じゃあ次、僕と音奏はどうなってますか?」
 まさか自分の未来を聞かれるとは思ってない音奏は驚き、視線を加賀見茜へ向けると緊張した。
「……今見える未来は『曖昧』としか言えないわね。正確には、『まだターニングポイントへ到達していない』としか」
「まだ?」
「ええ。このままだとどんな未来へも転べるということよ。高校二年生の夏休みに悲しい体験をして二学期を迎える未来も、明香ちゃんを助ける未来も、何かに巻き込まれて命の危機に瀕する未来も様々。いつターニングポイントが来るか知りたいだろうけど、それはまだ見えないとしか言えないわ」

 腹の内を読まれた駿平は緊張する。一方、蒼空は何か違和感を覚えた。それが何か、まだ分からない。

「……もう一ついいですか?」
 加賀見茜は笑顔で「ええ」と返す。
「加賀見さんと御堂さんと三枝さんが、楸君や涼城さんの前に現われるのって、調べてる都市伝説の正解に触れたとか接近してるとか、そっち方面に進んでるからですか?」
「……類は友を呼ぶってものかしら。蒼空君も頭がいいけど、君も中々ね。勘が鋭いと言えばいいのかしら?」
「え、じゃあ、俺等って正解に近づいてるって?」音奏が一番興奮する。
「『そんな単純なものではない』が答えよ。まず、正解が何を指すかが定まってないから何とも言えないけど、現実離れした者達が現われるのは、確かに”良い方向へは近づきつつある”でしょうね。言い換えれば、”間違いだらけの方に進んでいない”という証拠にもなるわ。誤解があるといけないから補足するけど、間違いだらけっていうのは、死の予言から回避したいのに、未来の婚約者を探そうとするぐらい的外れな間違いの事よ」

 加賀見茜は徐に立ち上がった。

「駿平君、貴方は本当に勘が鋭いと実感したわ。けど気をつけてね。ずば抜けて周りより秀でていると、その力は使い方を間違えれば諸刃の剣よ。その剣も使いようでは失敗に見えて成功に転じるかもしれないけどね。それは所持者の使いどころもそうだけど、周りの者の力も関係するわ。だから、使いどころが重要って覚えてて」
 もう、ついて行けない音奏は、何度か瞬きをしてから二人に訊く。
「俺、全然ついて行けねぇ。どういうこと?」
 二人が音奏を見て、”自分たちもよく分からない”と返した。

 三人が加賀見茜の方を見ると誰もいない事に驚き、周囲を見回した。まるで、狐に化かされた気持ちになる。しかし空気や雰囲気が一変し、いつも通り騒がしい蝉の声と纏わり付くような暑い熱気を感じた。
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