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二章 協力と謎
7 挨拶と一目惚れ
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八月一日午後二時。
喫茶店に夏美と明香はいた。昨日、蒼空からLINEが入り、改めて夏美は明香と挨拶する場を設けてもらった。しかし儀造の体調が優れないとあり、夏美は昼過ぎまで留守番と橙也の面倒を見なければならなくなった。
弟の面倒を見るとはいうが、録画していた夏の特別番組を見るだけで済み、昼食とデザートのスイカは冷蔵庫に入っていたから夏美の苦労はあまりない。ただ、儀造に対する心配しかなかった。
不思議といつもは騒がしい橙也も大人しく留守番をしている。夏美が事情を訊いても「夏バテ~」とだけ返された。食欲も問題なく体調も悪くなさそうなので夏バテではないのだろうが。
澄江が戻り、あらかじめ蒼空から報されていた明香の連絡先へ集合時間と場所を送り、会う運びとなった。ついでの紹介として音奏も集合をかけた。返事は”少し遅れる”であった。
「今日、蒼空君は?」
「なんか用事があるみたい」
改めて二人は挨拶した。
「……こうして話すのって初めてよね」
「この前はごめんなさい。一人で都市伝説を調べてて。……見つかって他の人とか巻き込みたくなかったから」
御堂六郎と接触した明香の事情を夏美は蒼空から聞いている。不意に夢の中で出会った男子生徒が浮かび、それが御堂六郎だと思った。
「けど驚いた。こんな不思議な体験、共有出来る人がいるんだぁっていうの、衝撃的。前園さんはどうして巻き込まれたの?」
「お兄ちゃんが去年失踪しちゃって、それで今年の梅雨明けぐらいに御堂さんと会って、願い事としてお兄ちゃんに会いたいって」
「え、じゃあ何? あたしが加賀見さんに会って前園さんの予言聞いたのがこの前だから……、あの御堂って人が諸悪の根源?」
明香は苦笑いを浮かべ、気まずそうに首を少し傾げた。
「えっとぉぉ……、か、どうかは分からないけど、御堂さんは条件を提示してきて、『都市伝説の狂いを解明して生き残れ』って」
「都市伝説って、双木三柱市の? 四十二もあるんだよ」
「私も一人で調べたけど、決定的なものが見つからなくて。だって殆どが怪談話みたいだし、そもそも何が狂っているのか分からなくて。楸君に会って少し気が楽になったなぁって」
悩みよりも呼び方が夏美には気がかりであった。都市伝説の話をそっちのけにして話題を変えた。
「“蒼空君”にしない? 同級生なんだし」
「え、でも、いきなり楸君に名前って」
「大丈夫だと思うよ。蒼空君、そういうの気にしない系みたいだし」
話の途中、音奏が来店して店員に案内された。
「こちらのお席に」
声が音奏にはよく聞こえなかった。意識が別の所に釘付けであった。
「おっす、音奏君。この子が」
夏美の声すらも音奏には遠くに聞こえている。それほど明香に見蕩れていた。
「音奏君、席、こっち」
夏美が隣の席を指示すると、視線を明香から外さず座った。
「あ、初めまして。俺、御堂音奏って言います」
(え?)苗字が明香は気になった。
「ああ、そういや、音奏君も御堂だっけ」
重要な話だろうが、明香に一目惚れしている音奏には聞こえない。
「初めまして。涼城さんと楸君と同じ高校に通ってます。前園明香です」
「蒼空君でいいよ。それに、あたしも夏美でいいし」
「俺も音奏でいいっす」
気まずいながらも明香は二人を名前で呼んだ。
「けど、本当に楸君は」
「大丈夫だって。蒼空君も呼ばれ慣れてそうだし」
「いい、いい。蒼空は蒼空で上等。なんか文句言ったら俺があいつをぶん殴ってやりますよ」
頼もしいやら恐ろしいやら。
明香は音奏の熱意に少したじろいだ。
それから三十分ほど喫茶店で会話した。前半が夏美と明香の話、後半は音奏が一方的に明香についての質問。都市伝説とは無関係なものばかりであった。
駅へ向かう途中で三人は偶然にも蒼空と出会った。
「あ、蒼空君」
三人に気付いた蒼空はかけ寄ってきた。
「どうしたんだよお前、都市伝説調査」音奏が訊く。
「本当だったら親戚が来るはずだったんだけど、向こうで身内が熱中症になって来れなくなったって。それで母さんが昨日から神経使ってたんだけど、解放されてドッと疲れが出たとかで。今パシリ、晩飯の」
ほどよく膨れているマイバッグを持ち上げて見せた。
明香と目が合うと、蒼空は無事に挨拶が済んだと察した。
「前園さん、全部話せた?」
明香は頷いた。
「楸君の」
言った途端、夏美と音奏が同時に首を左右に振る。
「え、何?」
蒼空が訊くと、音奏が腕を肩に回してきた。
「お前、女の子が名前呼びしたぐらいでグダグダ言う奴じゃねぇよな」
絡みと雰囲気が暑苦しい。
「何言ってんの?」音奏の腕を退ける。「涼城さん、既に名前で呼んでるだろ」
その言葉を了承と捉えた夏美は、気まずそうにする明香の背を押した。
「えっと……、蒼空君のおかげで……ありがとう」
「うん。じゃあ本格的に調べるのは明日にしよう。今日は母さんがへばってるからごめん」
すんなり話せる事に夏美も明香も安心する。
急に音奏は強引に蒼空の腕を引っ張り、夏美達から少し離れた所で声を潜めて訊く。
「お前、日和ちゃんの今カレだよな」
「な!」
唐突な質問に顔が赤くなり焦る。
「急に何言ってんだ?!」少し照れる。「あいつとは幼馴染みだ」
「いや、面倒だから今カレでいい。日和ちゃんラブでいいんだよ。幼馴染みの仲良しは大体が付き合う」青春ドラマの影響による偏見である。「その上で一応言っとくけどな、俺は明香ちゃんが好きだ」
目を見開いた蒼空は、漏れそうな声を強引に抑え込んだ。
「俺は浮気とか二股とか絶対認めないからな。明香ちゃんにお前が惚れたらお前は俺の敵で、あだ名は”二股野郎”ってなるからな」
熱意に反し、蒼空は呆れて冷めている。
「なら八月十四日にしっかり守れよ。前園さんは可愛いし頭いいけど、俺はそういう風に思ってないから安心しろ」
音奏はうれしさのあまり抱きついた。
「馬鹿! 暑苦しい」
引き剥がすと両手で握手された。
その様子を見ていた夏美達は二人の様子に暑苦しさを感じていたが、笑顔で戻ってくる音奏を見るとそっとしておこうと配慮した。
喫茶店に夏美と明香はいた。昨日、蒼空からLINEが入り、改めて夏美は明香と挨拶する場を設けてもらった。しかし儀造の体調が優れないとあり、夏美は昼過ぎまで留守番と橙也の面倒を見なければならなくなった。
弟の面倒を見るとはいうが、録画していた夏の特別番組を見るだけで済み、昼食とデザートのスイカは冷蔵庫に入っていたから夏美の苦労はあまりない。ただ、儀造に対する心配しかなかった。
不思議といつもは騒がしい橙也も大人しく留守番をしている。夏美が事情を訊いても「夏バテ~」とだけ返された。食欲も問題なく体調も悪くなさそうなので夏バテではないのだろうが。
澄江が戻り、あらかじめ蒼空から報されていた明香の連絡先へ集合時間と場所を送り、会う運びとなった。ついでの紹介として音奏も集合をかけた。返事は”少し遅れる”であった。
「今日、蒼空君は?」
「なんか用事があるみたい」
改めて二人は挨拶した。
「……こうして話すのって初めてよね」
「この前はごめんなさい。一人で都市伝説を調べてて。……見つかって他の人とか巻き込みたくなかったから」
御堂六郎と接触した明香の事情を夏美は蒼空から聞いている。不意に夢の中で出会った男子生徒が浮かび、それが御堂六郎だと思った。
「けど驚いた。こんな不思議な体験、共有出来る人がいるんだぁっていうの、衝撃的。前園さんはどうして巻き込まれたの?」
「お兄ちゃんが去年失踪しちゃって、それで今年の梅雨明けぐらいに御堂さんと会って、願い事としてお兄ちゃんに会いたいって」
「え、じゃあ何? あたしが加賀見さんに会って前園さんの予言聞いたのがこの前だから……、あの御堂って人が諸悪の根源?」
明香は苦笑いを浮かべ、気まずそうに首を少し傾げた。
「えっとぉぉ……、か、どうかは分からないけど、御堂さんは条件を提示してきて、『都市伝説の狂いを解明して生き残れ』って」
「都市伝説って、双木三柱市の? 四十二もあるんだよ」
「私も一人で調べたけど、決定的なものが見つからなくて。だって殆どが怪談話みたいだし、そもそも何が狂っているのか分からなくて。楸君に会って少し気が楽になったなぁって」
悩みよりも呼び方が夏美には気がかりであった。都市伝説の話をそっちのけにして話題を変えた。
「“蒼空君”にしない? 同級生なんだし」
「え、でも、いきなり楸君に名前って」
「大丈夫だと思うよ。蒼空君、そういうの気にしない系みたいだし」
話の途中、音奏が来店して店員に案内された。
「こちらのお席に」
声が音奏にはよく聞こえなかった。意識が別の所に釘付けであった。
「おっす、音奏君。この子が」
夏美の声すらも音奏には遠くに聞こえている。それほど明香に見蕩れていた。
「音奏君、席、こっち」
夏美が隣の席を指示すると、視線を明香から外さず座った。
「あ、初めまして。俺、御堂音奏って言います」
(え?)苗字が明香は気になった。
「ああ、そういや、音奏君も御堂だっけ」
重要な話だろうが、明香に一目惚れしている音奏には聞こえない。
「初めまして。涼城さんと楸君と同じ高校に通ってます。前園明香です」
「蒼空君でいいよ。それに、あたしも夏美でいいし」
「俺も音奏でいいっす」
気まずいながらも明香は二人を名前で呼んだ。
「けど、本当に楸君は」
「大丈夫だって。蒼空君も呼ばれ慣れてそうだし」
「いい、いい。蒼空は蒼空で上等。なんか文句言ったら俺があいつをぶん殴ってやりますよ」
頼もしいやら恐ろしいやら。
明香は音奏の熱意に少したじろいだ。
それから三十分ほど喫茶店で会話した。前半が夏美と明香の話、後半は音奏が一方的に明香についての質問。都市伝説とは無関係なものばかりであった。
駅へ向かう途中で三人は偶然にも蒼空と出会った。
「あ、蒼空君」
三人に気付いた蒼空はかけ寄ってきた。
「どうしたんだよお前、都市伝説調査」音奏が訊く。
「本当だったら親戚が来るはずだったんだけど、向こうで身内が熱中症になって来れなくなったって。それで母さんが昨日から神経使ってたんだけど、解放されてドッと疲れが出たとかで。今パシリ、晩飯の」
ほどよく膨れているマイバッグを持ち上げて見せた。
明香と目が合うと、蒼空は無事に挨拶が済んだと察した。
「前園さん、全部話せた?」
明香は頷いた。
「楸君の」
言った途端、夏美と音奏が同時に首を左右に振る。
「え、何?」
蒼空が訊くと、音奏が腕を肩に回してきた。
「お前、女の子が名前呼びしたぐらいでグダグダ言う奴じゃねぇよな」
絡みと雰囲気が暑苦しい。
「何言ってんの?」音奏の腕を退ける。「涼城さん、既に名前で呼んでるだろ」
その言葉を了承と捉えた夏美は、気まずそうにする明香の背を押した。
「えっと……、蒼空君のおかげで……ありがとう」
「うん。じゃあ本格的に調べるのは明日にしよう。今日は母さんがへばってるからごめん」
すんなり話せる事に夏美も明香も安心する。
急に音奏は強引に蒼空の腕を引っ張り、夏美達から少し離れた所で声を潜めて訊く。
「お前、日和ちゃんの今カレだよな」
「な!」
唐突な質問に顔が赤くなり焦る。
「急に何言ってんだ?!」少し照れる。「あいつとは幼馴染みだ」
「いや、面倒だから今カレでいい。日和ちゃんラブでいいんだよ。幼馴染みの仲良しは大体が付き合う」青春ドラマの影響による偏見である。「その上で一応言っとくけどな、俺は明香ちゃんが好きだ」
目を見開いた蒼空は、漏れそうな声を強引に抑え込んだ。
「俺は浮気とか二股とか絶対認めないからな。明香ちゃんにお前が惚れたらお前は俺の敵で、あだ名は”二股野郎”ってなるからな」
熱意に反し、蒼空は呆れて冷めている。
「なら八月十四日にしっかり守れよ。前園さんは可愛いし頭いいけど、俺はそういう風に思ってないから安心しろ」
音奏はうれしさのあまり抱きついた。
「馬鹿! 暑苦しい」
引き剥がすと両手で握手された。
その様子を見ていた夏美達は二人の様子に暑苦しさを感じていたが、笑顔で戻ってくる音奏を見るとそっとしておこうと配慮した。
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