ソラのいない夏休み

赤星 治

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二章 協力と謎

3 一人でも多い仲間を

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 三人は木陰のベンチへ来た。
 それぞれの自己紹介は既に済ませている。

「ごめんね、さすがに従業員が中で休憩はダメで」
「いいのいいの。それより都市伝説好き? けっこう食いついてるけど」
 こういうとき、男女問わず気さくに話せる音奏の存在は有り難いと蒼空は密かに感じた。
「うーん、色々ね。その都市伝説、どんな内容とかって分かる?」
 蒼空は大学ノートを渡した。
「昼飯食いながら見ないと時間なくなるよ」
 蒼空の忠告は夏美の耳に入っていないが、偶然鞄から水筒と保冷バッグに入ったサンドイッチを取り出すところだった。返事もなく食べながらノートを見る様子から、かなり空腹だったのだと音奏は思った。一方で蒼空は何かが気になった。
 夏美は四十二個ある都市伝説を一つ一つ指さして黙読し、十八個目の一文で指が止まった。
「……あった」微かな声を漏らし、また指を動かす。続きの内容に目当ての都市伝説が無いらしく指は止まらなかった。

 都市伝説十八番目【白の予言】
 噂の内容は様々だが、蒼空が調べた情報では全身の血を抜かれた青白い人が危険な予言を告げるとあった。

「ねえ、都市伝説調べてるって、なんか訳あり?」
 夏美に訊かれ音奏は返答に困るも、すかさず蒼空が事情を話す。
「単なる自由研究だよ。音奏は夕高だから同じ内容の宿題出してもバレないだろ」
 平然と嘘をつける蒼空に音奏は感心する。
「それより、さっき白の予言が気になってるようだったけど、何か知ってる?」
「え、あーっと……」嘘も言い訳も苦手なのが表情に出る。「なんと、なく」
 とはいえ、何か知っている様子は明白であった。
 このまま何も訊かずにやり過ごせば重要な手がかりを失うと蒼空は考えた。しかし思い違いなら後々高校生活で面倒な噂が立つ危険性を孕んでいる。
 日和の失踪、夢の出来事。全てを解明するには都市伝説を調べなければならない。協力者を増やしたいし確かな情報も欲しい。
 蒼空は腹を括った。背に腹はかえられない、変な目で見られても構わない覚悟を決めた。

「……ごめん、さっきのは嘘」
「え?」
「実は幼馴染みが失踪したんだ」
「おい!」音奏は蒼空に言い寄る。「いいのかよ、面倒な事に」
「涼城さん、さっきからこの都市伝説を必死に調べてるように見えるし、自由研究って感じでも無いから、別の理由で情報が欲しいんじゃないかってな。どう?」
 蒼空に訊かれて夏美は視線を逸らして黙る。ここで臆していたら明香を救えない。覚悟を決めた。
 これから話す内容は、あまりにも非現実的すぎる。二人に告げた事で加賀見茜と会えない事態を招きかねないが、既にそんなことは言ってられなかった。
「あたしも人助けで都市伝説調べないといけないの。接点とかあんまりない人だけど、協力してもらっていい?」
 都市伝説に纏わる同じ境遇に音奏は驚き戸惑うも、蒼空は冷静に受け入れた。

 三人は連絡先を交換すると、夏美の仕事終わりに待ち合わせする約束を交わした。


 午後六時。
 ファミリーレストランに夏美が訪れ、蒼空のいる席へ向かう。
「あれ? 音奏君は?」
「急に姉貴が帰ってくるって連絡があって先に帰った。ついさっきLINE来たから、そっちにも連絡あると思うよ」
 夏美がスマートフォンを見ると、確かに音奏から謝罪の連絡があり、『ごめぇぇぇん!』とアニメキャラクターが叫ぶスタンプを返した。
 二人は互いに都市伝説に関する事情を話し合った。

「……前園さんかぁ……。正直話しにくいかも。優等生だから俺が声かけても話しとか合わなそうだし」
「そう、それ! 学年トップクラスでグループ違うって声かけづらいの! それに、“八月十四日に死ぬかも”なんて言ったら、誰だって“こいつ頭おかしいんじゃない?”って思うでしょ? あたしだったら思う」
「でも女子同士だったら、ちょっとしたきっかけで友達になれるんじゃあ。俺なんかが話しかけて、運悪くクラスの男子に見られたら、付き合ってるとかなんとかって噂立つし。前園さん、密かに男子人気高いから」
「きっかけも何も、あたし既に”頭おかしい人対象”になってるかもしれないのよ」

 昨日の失敗を思い出すと恥ずかしさが蘇る。
 二人が話している間に注文した料理が運ばれた。

「前園さんに何かしたの?」
 料理を食べながら夏美は昨日の失態を語った。蒼空は考えながら冷やし中華を食べる。
「あ、そうだ、音奏君に頼んでみるとか。他校だからバレても」
 目を向けると蒼空が箸を止め考え込んでいた。
「なんだろ……なんかおかしい」
 冷やし中華に異物が混入したのかと思い、夏美が心配するが蒼空は別の事で悩んでいた。
「カガミさんって人の予言的中率とかって分かる?」
「え、えーっと、あたしも出会って数日だから分からないし、前園さんが図書館来たのは当てたけど時間が大幅にずれてたから、五分五分じゃないかな」
「一度会えないかな。連絡先とかは?」
 夏美は首を左右に振った。
「風見鶏公園知ってる? そこの休憩所に行くしか……。けど、蒼空君が会えるかどうかは分からない。あと、複数人で行っても会えるかどうか」
「けど一度検証してみないと。会えたら色々分かるかもしれないし」
「でもどうしよ。あたし、明日もバイトだから今日みたいな時間になっちゃうし」
「じゃあ俺一人で会ってみるよ。それでなんか分かったら連絡するし」

 未だに加賀見茜については謎が多い。夏美は加賀見茜が自分以外の人には態度が変わるのだと考えたら不安になる。本当の姿は横行する噂通り人を殺す存在かもしれないと。さらに、”予言しない”、”現われない”、”恐ろしい事を言葉にする”などを考えると蒼空が加賀見茜と会うのに抵抗があった。
「危なくない? 都市伝説通りだったら、命落とすかもしれないし」
「けどせっかくの進展だ。それに日和を捜す手がかりになる可能性が高い。都市伝説通りだとしても何か予言はしてくれるだろうから」
 ここまで幼馴染みの女子生徒の為に動く蒼空の姿を見て、夏美は別のことが気になった。
「蒼空君と日和ちゃんって、恋人同士?」
「いや、ただの幼馴染み」
 即答で否定される。表情にも動揺の色がない。
「色々家庭内事情が複雑だから、殆ど同情で動いてるかも」
 自分の心情がはっきりしない様子を見て、本音の所では恋心を抱いているかもしれないと夏美は邪推を抱きつつ黙った。


 七月三十日午前十時十分。
 蒼空は風見鶏公園へ訪れた。音奏に連絡はしたが、『姉貴と買い物に行くから今日は無理』と返された。久しぶりに会うのだから仕方ない。
 音奏の協力を諦め、緊張の面持ちで蒼空は公園内へ足を踏み入れる。
 本日も日差しは肌を刺すように暑く、既に服の中は汗で湿る。蝉の鳴き声は連日同様に騒がしく鬱陶しい。いつも通りの猛暑日の日常。暑すぎて加賀見茜という人物はいないと思わせる。
 階段を降りて休憩所まで着くと、そこには誰一人としていなかった。木漏れ日で日差しの照りつけは和らぎ、この一角だけ不思議と気温が少し低く感じる。

(やっぱり涼城さんじゃないとダメか)
 思った矢先、
 コツ、コツ、コツ――……。
 蝉の騒音で分かりづらいが、階段を降りる微かな靴音を耳にした。
 咄嗟のことで驚きつつ見上げると、上下共に若干の色違いはある白い服装の女性がいた。容姿端麗で聡明な顔立ち。色白で夏の暑さとは無縁のような印象。
 女性は蒼空を見て微笑んだ。
「あら、あなたは少し変わった子ね」言いながら淡々と降りた。
 彼女が加賀見茜だと蒼空は直感した。
「……あなたがカガミアカネ、さん?」
「ええ、そうよ」
 蒼空は警戒して加賀見茜から一定の距離を保った。
「夏美ちゃんの友達かしら? あの子と同じような警戒の仕方ね」
 言いながら長椅子の方へ向かう。
「何もしないからこっちに来て座らない?」
 恐る恐る蒼空は近づいた。それでも五メートルの距離はある。

「……楸、蒼空君」
 自己紹介していないのに名前を呼ばれ、緊張と寒気が全身を駆け巡る。
「良い名前ね、蒼い空。字面だけを見ると晴れ渡る青空とか、少し藍色寄りの濃い青の印象だけど、蒼って字は色合いが違うの。知ってる?」
「……いえ」
「蒼空君の蒼って字は緑寄りの色合いよ。だからって指摘するものではないわね。蒼穹や蒼天、蒼を用いた熟語は“青空、大空”って意味だから、当て字でも組み合わせは好感を持てるわ。蒼い空で蒼空君。良い名前」
 おしゃべりが好きなのだろうか。蒼空が抱いた加賀見茜の第一印象は『よく喋る女性』であった。
「俺、名乗ってないですよね。本当に予言出来るんですか?」
「それを望んだからここへ来たのでしょ?」
 見事に見抜かれてしまい何も言えない。
「あなたは前園明香ちゃんの予言より、三枝日和ちゃんの失踪が気になってるみたいね」
 またも見抜かれた。
「日和がどこにいるか知ってるんですか!?」つい、声を強めに訊く。
 加賀見茜は平静な様子を崩さずに話を続ける。
「じゃあ、何か話して欲しいなら、こっちに座ってくれるかしら」
 楽しそうに相席を望まれる。
 警戒心が強く反応して蒼空は拒んだ。この距離感を崩したくない意思は防衛本能に近かった。
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