ソラのいない夏休み

赤星 治

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二章 協力と謎

2 作戦失敗の翌日

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 七月二十九日午前九時十分。

 夏美は海の家で仕込みしながら苦悩していた。当然、加賀見茜の予言についてである。仕事では平静を装っているが、内心ではかなり焦っている。
 予言の期日は八月十四日。今日を含めてあと十八日しかない。
 アルバイトは十日あり、自由に動ける期間は八日。その間に明香と仲良くなり、死ぬ展開を回避させるなど、どう考えても無理だ。
 そもそも何を回避するのかが分からない。危険地帯へ行かないようにするのか、何かを手に入れなければならないのか。疑問ばかりで、するべきことがまるで定まらない。
 苦悩に追い打ちをかけるように、昨日の出来事と問題が思い出される。

 加賀見茜に助言を賜り、明香が現われるであろう場所を視てもらった。すると、正午過ぎに市立図書館へ訪れるとあった。
 気が気でない夏美は一時間も前から図書館に先回りしていたが、十分後に明香が訪れて焦る。
 どうやって声をかけようかと迷いつつ浮かんだ策は、『偶然を装って再会してからの世間話作戦』。夏美のイメージでは、偶然の再会、一方は本を落とし、もう一方はそれに気付く。使い古されたようなベタすぎるシチュエーションであった。
 失敗を想像してしまい緊張する夏美を無理やり動かしたのは、『なんでもやってみにゃ分からんだろ』という儀造の教えであった。
 なりふり構わず作戦を決行した結果は散々なものだった。
 わざとらしい本の落とし方、ぎこちない口調、下手な苦笑い、全ての不自然さが相まって、誰であろうと不審者としか見えない無様を披露してしまった。
 イメージトレーニング無し、本番に頭が真っ白、そのままの行き当たりばったり。当然の結果だ。
 気味悪がられて逃げられる。夏美の予想に反して明香の反応は違った。夏美を見つけると驚き、視点が定まらず動揺していた。簡単な挨拶を済ませると「用事がある」と言って帰った。
 そんな反応の機微を見抜けていない夏美は、”変な奴だと思われてる”と決めつけて落ち込んだ。落胆しきったまま公園へ到着して加賀見茜の向かいに座ると、全ての気力を失ったように項垂れる様子で失敗談を語った。
 加賀見茜が明香の行動に疑問を抱いていることなど、夏美には知る由も、心の余裕もない。

 作戦失敗があり、明香と仲良くなる壁が一段と高まってしまい夏美の焦りが増した。このままでは明香が死に、自分の家族も死んでしまう。誰が死ぬのも嫌だ。救いたい。けどどうすれば良い?
 悩みは尽きないが、仕事は不思議といつも以上にテキパキと熟せてしまう。何も知らない浩信は感心していた。

「そういやぁ昨日、駿平の友達来てたぞ。つー事は、夏美と同いか」
 暇な時間帯に浩信が話しかけた。
「話し相手増えるぞ」
「高校違うかったらタメでも話しないって」
「一人はお前と同じ高校って言ってたぞ、自分は一度しか会ってないって、駿平が」
 それだけの情報では誰かは分からない。そもそも内気な駿平に他校との交友関係があるとは思えなかった。
 不意に妄想が膨らむ。”その男子生徒と仲良くなって、実は明香と仲良くて、その縁で友達になれるかも?”と、夏美に都合が良すぎる展開が。反面で自分が働いている所を観られるのが恥ずかしくて嫌な感情が混ざる。
 苦悩、妄想。拒否反応に対しては人の生死を天秤にかけている。頭の中は混乱状態だ。
「大丈夫か?」
「え、あ、いや。じゃなくて、大丈夫」
 ”思春期の悩み多い年頃”と、浩信は完結させて深くは訊かなかった。
 間もなくして来店客があった。
「いらっしゃいませ。ああ……」
 見知った二人の男子高校生の注文を終えると、夏美の方へ寄ってきた。
「あそこの二人。どっちか見覚えあるか?」

 すぐに蒼空が朝日ノ高校だと分かる。話はしないが高校二年生から同じクラスなのだから当然だ。
 浩信のありがた迷惑な計らいで、夏美にアイスカフェオレを運ばせた。
 ”話をしたことが無ないから相手も分からないだろう。同じクラスでも街中で気付かないなんてのはよくあることだ”
 その思い込みに賭け、夏美は話しかけられないと腹を括って二人が座る長椅子席へと向かう。
「あ」
 蒼空の第一声に夏美は緊張した。
「どうした? 彼女か?」
「違う」
「違います」
 音奏の質問に二人が同時に否定した。
 もう、こうなっては知らぬフリは出来ない。何を訊かれてもちゃんと答えようと覚悟を決めた。

「同じクラスの涼城さん」夏美の方を向く。「ちょっと意外。部活してるイメージだったから」
「え、あー。うん。叔父さん手伝いでお盆過ぎまでのバイト。駿平君なら今日は休みよ」
 頭の中に、乗り切るための言葉は用意していない。普通の会話をする事に集中する。
 蒼空に訊いたつもりが答えたのは音奏であった。
「あー、あいつLINE見てねぇみたいなんだわ」確認するも既読になっていない。「寝てんのか? 都市伝説の進展聞かせようと来たのに」
「え、都市伝説?」
 このフレーズに加賀見茜の姿が被る。
「ん? ああ。ちょいと訳ありで俺等二人で都市伝説調べてんだ」
「おい音奏」
 話を隠したい一心で蒼空は止める。同級生の女子の前で、失踪した幼馴染みの話をするのは変な目で見られると思ったからだ。
「ああ、すまん。悪ぃ悪ぃ」
 二人の心情など知る由も無く、夏美は別の理由で興味を持った。
「ねぇ、その話、昼休みの時に聞いて良い? もう三十分ほど後だから」
 蒼空と音奏は、女子高生の好奇心から来る興味本位と感じ、気まずくありながらも了承した。
 夏美が作業場へ戻ると、離れながらも二人がひそひそ話をしているのは分かった。「おいどうする? 絶対変な噂たつぞ」「悪いって。まあ、適当に都市伝説の話して終わりゃ良いだろ」そんな会話をしていると。

 あまり良い風に思われていないと夏美は覚悟している。しかしなりふり構っていられない。二人は興味本位で調べているだけだろうが、蒼空は夏美より頭が良い。上手く話せば協力してくれるかもしれない。
 安易な考えだが今の夏美には頼れる人を一人でも多く増やしたい気持ちだ。このチャンスを逃さない意思は強かった。
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