4 / 40
一章 失踪と死の予言
2 コートの男
しおりを挟む
帰宅した蒼空は夕食と風呂を済ませ、ベッドに寝転がると移動疲れからか落ちるように眠った。
蒼空はどこかの境内に立って上空を眺めていた。印象的に魅せたのは、夕焼けの朱色が広範囲を染め上げている空。
チーチチチチチ……。それほど多くない複数の蜩の声が響は遠くへ溶けこむように消える。
湿気を含む草木の匂いが仄かに鼻孔を抜け、空気もどこか冷ややかに感じる。
微かに吹く風が境内の木々の葉をざわめかせた。
不思議と何かをしようという気も働かず思考も機能していない。呆然とした感覚である。
「……蒼空君」
そう呼ばれた気がした。言葉がはっきりと聞こえなかったが声は耳に届いた。
振り向くと、鳥居に見慣れた女子高生が両手を後ろに回して立っていた。
「……日和?」
空虚な思考が導き出した女子高生の名前が零れた。すると、日和の認識が蘇る。確かに女子高生は日和であった。
穏やかに微笑んだ顔を蒼空へ向ける日和は、軽快に鳥居を通って離れていく。
「待て日和! どこ行くんだ!」
正気に戻ったのかのように蒼空は叫んだ。唐突に都市伝説のこと、日和のことが思い出される。
追いかけるが身体が思うように動かせない。距離は遠退く一方。
「日和行くな! そっちに行っちゃダメだ!」
呼び止める声も虚しく、日和はゆっくりと消えていった。
目を覚ますとゆっくり窓のほうを向いた。外は明るくなり始めた明朝。
クーラーは止まっていてシャツは汗だく。いつも通り冷えすぎない設定で付けて寝た筈なのに消えている。忘れてしまうほど疲れていたのだと考えた。
“祟られても知らないよ”
駿平の言葉が脳裏に蘇る。
まだ日和が死んだとも限らないのに、こんな夢を見てしまうと本当にそう思ってしまいそうになる。
スマートフォンで双木三柱市の都市伝説を検索するも、既に閲覧した同じ文章を何気なしに読んでしまっている。
しばらくして六時にセットした目覚ましのアラームが鳴ると、読むのを止めた。
七月二十四日午前十時五十分。
真昼ノ町駅近くのモニュメント前の長椅子に蒼空と音奏は腰掛けていた。
蒼空はコンビニで購入したLサイズカップのカフェオレを飲み、噴水を呆然と眺めている。音奏は蒼空のノートを見ると、すぐに返して駅を行き交う人々を、ペットボトルに入ったソーダを飲みながら気怠く眺める。
殆どの人が険しい表情を浮かべ、滲み出た汗をハンカチやタオルで拭いながら行き交っている。今日も猛暑日と言われ、嫌気がさすのは皆同じなのだろう。
「あ~……っついなぁ……」
すぐにカフェオレは空になり、しばらくして氷が少し溶けるとすぐに水も飲んでしまう。
今年は七月の半ば過ぎからさらに気温が高くなるとニュースでも報じられている。駅の時計には温度計もあり、既に気温は三十五度を超えていて、今日も熱中症で倒れた報道があるだろうと思わせるほどだ。
嫌味なほど快晴で日差しが強く、木陰であっても暑苦しい環境の中、二人は行きつけのファミリーレストランの開店時間を待っていた。
「あー、やっぱ何も分からん。つーか、時間指定系が多いし、行ったらなんかに会うとか見られるとかばっかじゃん。難しい言葉ばっかでよう分からんし。都市伝説なのか? 実は”怪談話の寄せ集めでした”でいいんじゃね? 四番目とか鬼出てんだぞ。鬼出たらもうガチじゃん」
四番目『嗤う鬼』
その鬼に遭うと行いを試される。幸運だからといってそれを喜んではいけない。後に想像を絶する不幸が待ち構えているかもしれない。逆も然り。
鬼は対象者の反応を静観し、ゆっくり苦難の沼に沈むのを嗤いながら楽しんむ。
音奏が想像する鬼は角を生やして金棒を振り回して攻撃して襲うもの。内容はあまりにもかけ離れていた。
日和を探す為に都市伝説を調べると意気込んだが、どのように調査するか、何を調べて何をするかも分からない。加えて頭を悩ませる問題を前に、真夏の熱気がやる気をより一層下げる。
調査どころではなかった。
ようやく十一時を迎え、「時間だ。早く行こ」と音奏が先行して早足で進み、蒼空が着いていく。早く冷房の効いた屋内で昼飯にありつきたい気持ちが二人は強かった。
ふと、蒼空は噴水を挟んで向こう側に目が行った。傍にいる男の衣服が気になったからだ。
男はこの猛暑では絶対着ない、コートを着て立ち尽くし、じっと一点を見つめている。視線の先が気になって蒼空も目を向けると、やたらと周囲を気にしながら横断歩道を渡る女性がいた。よくは見えないが背格好から中学生か高校生だとは思われる。
「蒼空、早く行こうぜ」
音奏に返事をして視線を逸らし、すぐ戻すも男の姿は消えていた。少女も横断歩道を渡りきってどこかへ行っている。
一瞬のことで気のせいだと思った蒼空は、レストランに入ると音奏にそのことを話した。
「熱中症になりかけじゃね? 幻覚だろ」
昨晩も冷房を点け忘れて寝ている手前、真剣に熱中症に気をつけようと蒼空は心に決めた。
蒼空はどこかの境内に立って上空を眺めていた。印象的に魅せたのは、夕焼けの朱色が広範囲を染め上げている空。
チーチチチチチ……。それほど多くない複数の蜩の声が響は遠くへ溶けこむように消える。
湿気を含む草木の匂いが仄かに鼻孔を抜け、空気もどこか冷ややかに感じる。
微かに吹く風が境内の木々の葉をざわめかせた。
不思議と何かをしようという気も働かず思考も機能していない。呆然とした感覚である。
「……蒼空君」
そう呼ばれた気がした。言葉がはっきりと聞こえなかったが声は耳に届いた。
振り向くと、鳥居に見慣れた女子高生が両手を後ろに回して立っていた。
「……日和?」
空虚な思考が導き出した女子高生の名前が零れた。すると、日和の認識が蘇る。確かに女子高生は日和であった。
穏やかに微笑んだ顔を蒼空へ向ける日和は、軽快に鳥居を通って離れていく。
「待て日和! どこ行くんだ!」
正気に戻ったのかのように蒼空は叫んだ。唐突に都市伝説のこと、日和のことが思い出される。
追いかけるが身体が思うように動かせない。距離は遠退く一方。
「日和行くな! そっちに行っちゃダメだ!」
呼び止める声も虚しく、日和はゆっくりと消えていった。
目を覚ますとゆっくり窓のほうを向いた。外は明るくなり始めた明朝。
クーラーは止まっていてシャツは汗だく。いつも通り冷えすぎない設定で付けて寝た筈なのに消えている。忘れてしまうほど疲れていたのだと考えた。
“祟られても知らないよ”
駿平の言葉が脳裏に蘇る。
まだ日和が死んだとも限らないのに、こんな夢を見てしまうと本当にそう思ってしまいそうになる。
スマートフォンで双木三柱市の都市伝説を検索するも、既に閲覧した同じ文章を何気なしに読んでしまっている。
しばらくして六時にセットした目覚ましのアラームが鳴ると、読むのを止めた。
七月二十四日午前十時五十分。
真昼ノ町駅近くのモニュメント前の長椅子に蒼空と音奏は腰掛けていた。
蒼空はコンビニで購入したLサイズカップのカフェオレを飲み、噴水を呆然と眺めている。音奏は蒼空のノートを見ると、すぐに返して駅を行き交う人々を、ペットボトルに入ったソーダを飲みながら気怠く眺める。
殆どの人が険しい表情を浮かべ、滲み出た汗をハンカチやタオルで拭いながら行き交っている。今日も猛暑日と言われ、嫌気がさすのは皆同じなのだろう。
「あ~……っついなぁ……」
すぐにカフェオレは空になり、しばらくして氷が少し溶けるとすぐに水も飲んでしまう。
今年は七月の半ば過ぎからさらに気温が高くなるとニュースでも報じられている。駅の時計には温度計もあり、既に気温は三十五度を超えていて、今日も熱中症で倒れた報道があるだろうと思わせるほどだ。
嫌味なほど快晴で日差しが強く、木陰であっても暑苦しい環境の中、二人は行きつけのファミリーレストランの開店時間を待っていた。
「あー、やっぱ何も分からん。つーか、時間指定系が多いし、行ったらなんかに会うとか見られるとかばっかじゃん。難しい言葉ばっかでよう分からんし。都市伝説なのか? 実は”怪談話の寄せ集めでした”でいいんじゃね? 四番目とか鬼出てんだぞ。鬼出たらもうガチじゃん」
四番目『嗤う鬼』
その鬼に遭うと行いを試される。幸運だからといってそれを喜んではいけない。後に想像を絶する不幸が待ち構えているかもしれない。逆も然り。
鬼は対象者の反応を静観し、ゆっくり苦難の沼に沈むのを嗤いながら楽しんむ。
音奏が想像する鬼は角を生やして金棒を振り回して攻撃して襲うもの。内容はあまりにもかけ離れていた。
日和を探す為に都市伝説を調べると意気込んだが、どのように調査するか、何を調べて何をするかも分からない。加えて頭を悩ませる問題を前に、真夏の熱気がやる気をより一層下げる。
調査どころではなかった。
ようやく十一時を迎え、「時間だ。早く行こ」と音奏が先行して早足で進み、蒼空が着いていく。早く冷房の効いた屋内で昼飯にありつきたい気持ちが二人は強かった。
ふと、蒼空は噴水を挟んで向こう側に目が行った。傍にいる男の衣服が気になったからだ。
男はこの猛暑では絶対着ない、コートを着て立ち尽くし、じっと一点を見つめている。視線の先が気になって蒼空も目を向けると、やたらと周囲を気にしながら横断歩道を渡る女性がいた。よくは見えないが背格好から中学生か高校生だとは思われる。
「蒼空、早く行こうぜ」
音奏に返事をして視線を逸らし、すぐ戻すも男の姿は消えていた。少女も横断歩道を渡りきってどこかへ行っている。
一瞬のことで気のせいだと思った蒼空は、レストランに入ると音奏にそのことを話した。
「熱中症になりかけじゃね? 幻覚だろ」
昨晩も冷房を点け忘れて寝ている手前、真剣に熱中症に気をつけようと蒼空は心に決めた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
昭和レトロな歴史&怪奇ミステリー 凶刀エピタム
かものすけ
ミステリー
昭和四十年代を舞台に繰り広げられる歴史&怪奇物語。
高名なアイヌ言語学者の研究の後を継いだ若き研究者・佐藤礼三郎に次から次へ降りかかる事件と災難。
そしてある日持ち込まれた一通の手紙から、礼三郎はついに人生最大の危機に巻き込まれていくのだった。
謎のアイヌ美女、紐解かれる禁忌の物語伝承、恐るべき人喰い刀の正体とは?
果たして礼三郎は、全ての謎を解明し、生きて北の大地から生還できるのか。
北海道の寒村を舞台に繰り広げられる謎が謎呼ぶ幻想ミステリーをどうぞ。
放浪探偵の呪詛返し
紫音みけ
ミステリー
※第7回ホラー・ミステリー小説大賞にて異能賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
観光好きで放浪癖のある青年・永久天満は、なぜか行く先々で怪奇現象に悩まされている人々と出会う。しかしそれは三百年前から定められた必然だった。怪異の謎を解き明かし、呪いを返り討ちにするライトミステリー。
※2024/11/7より第二部(第五章以降)の連載を始めました。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

その人事には理由がある
凪子
ミステリー
門倉(かどくら)千春(ちはる)は、この春大学を卒業したばかりの社会人一年生。新卒で入社した会社はインテリアを専門に扱う商社で、研修を終えて配属されたのは人事課だった。
そこには社長の私生児、日野(ひの)多々良(たたら)が所属していた。
社長の息子という気楽な立場のせいか、仕事をさぼりがちな多々良のお守りにうんざりする千春。
そんなある日、人事課長の朝木静から特命が与えられる。
その任務とは、『先輩女性社員にセクハラを受けたという男性社員に関する事実調査』で……!?
しっかり女子×お気楽男子の織りなす、人事系ミステリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる