ソラのいない夏休み

赤星 治

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一章 失踪と死の予言

2 コートの男

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 帰宅した蒼空は夕食と風呂を済ませ、ベッドに寝転がると移動疲れからか落ちるように眠った。


 蒼空はどこかの境内に立って上空を眺めていた。印象的に魅せたのは、夕焼けの朱色が広範囲を染め上げている空。
 チーチチチチチ……。それほど多くない複数のひぐらしの声が響は遠くへ溶けこむように消える。
 湿気を含む草木の匂いが仄かに鼻孔を抜け、空気もどこか冷ややかに感じる。
 微かに吹く風が境内の木々の葉をざわめかせた。
 不思議と何かをしようという気も働かず思考も機能していない。呆然とした感覚である。
  
「……蒼空君」
 そう呼ばれた気がした。言葉がはっきりと聞こえなかったが声は耳に届いた。
 振り向くと、鳥居に見慣れた女子高生が両手を後ろに回して立っていた。
「……日和?」
 空虚な思考が導き出した女子高生の名前が零れた。すると、日和の認識が蘇る。確かに女子高生は日和であった。
 穏やかに微笑んだ顔を蒼空へ向ける日和は、軽快に鳥居を通って離れていく。
「待て日和! どこ行くんだ!」
 正気に戻ったのかのように蒼空は叫んだ。唐突に都市伝説のこと、日和のことが思い出される。
 追いかけるが身体が思うように動かせない。距離は遠退く一方。
「日和行くな! そっちに行っちゃダメだ!」
 呼び止める声も虚しく、日和はゆっくりと消えていった。


 目を覚ますとゆっくり窓のほうを向いた。外は明るくなり始めた明朝。
 クーラーは止まっていてシャツは汗だく。いつも通り冷えすぎない設定で付けて寝た筈なのに消えている。忘れてしまうほど疲れていたのだと考えた。
 “祟られても知らないよ”
 駿平の言葉が脳裏に蘇る。
 まだ日和が死んだとも限らないのに、こんな夢を見てしまうと本当にそう思ってしまいそうになる。
 スマートフォンで双木三柱市の都市伝説を検索するも、既に閲覧した同じ文章を何気なしに読んでしまっている。
 しばらくして六時にセットした目覚ましのアラームが鳴ると、読むのを止めた。


 七月二十四日午前十時五十分。
 真昼ノ町駅近くのモニュメント前の長椅子に蒼空と音奏は腰掛けていた。
 蒼空はコンビニで購入したLサイズカップのカフェオレを飲み、噴水を呆然と眺めている。音奏は蒼空のノートを見ると、すぐに返して駅を行き交う人々を、ペットボトルに入ったソーダを飲みながら気怠く眺める。
 殆どの人が険しい表情を浮かべ、滲み出た汗をハンカチやタオルで拭いながら行き交っている。今日も猛暑日と言われ、嫌気がさすのは皆同じなのだろう。

「あ~……っついなぁ……」
 すぐにカフェオレは空になり、しばらくして氷が少し溶けるとすぐに水も飲んでしまう。
 今年は七月の半ば過ぎからさらに気温が高くなるとニュースでも報じられている。駅の時計には温度計もあり、既に気温は三十五度を超えていて、今日も熱中症で倒れた報道があるだろうと思わせるほどだ。
 嫌味なほど快晴で日差しが強く、木陰であっても暑苦しい環境の中、二人は行きつけのファミリーレストランの開店時間を待っていた。
「あー、やっぱ何も分からん。つーか、時間指定系が多いし、行ったらなんかに会うとか見られるとかばっかじゃん。難しい言葉ばっかでよう分からんし。都市伝説なのか? 実は”怪談話の寄せ集めでした”でいいんじゃね? 四番目とか鬼出てんだぞ。鬼出たらもうガチじゃん」

 四番目『嗤う鬼』
 その鬼に遭うと行いを試される。幸運だからといってそれを喜んではいけない。後に想像を絶する不幸が待ち構えているかもしれない。逆も然り。
 鬼は対象者の反応を静観し、ゆっくり苦難の沼に沈むのを嗤いながら楽しんむ。

 音奏が想像する鬼は角を生やして金棒を振り回して攻撃して襲うもの。内容はあまりにもかけ離れていた。
 日和を探す為に都市伝説を調べると意気込んだが、どのように調査するか、何を調べて何をするかも分からない。加えて頭を悩ませる問題を前に、真夏の熱気がやる気をより一層下げる。
 調査どころではなかった。
 ようやく十一時を迎え、「時間だ。早く行こ」と音奏が先行して早足で進み、蒼空が着いていく。早く冷房の効いた屋内で昼飯にありつきたい気持ちが二人は強かった。

 ふと、蒼空は噴水を挟んで向こう側に目が行った。傍にいる男の衣服が気になったからだ。
 男はこの猛暑では絶対着ない、コートを着て立ち尽くし、じっと一点を見つめている。視線の先が気になって蒼空も目を向けると、やたらと周囲を気にしながら横断歩道を渡る女性がいた。よくは見えないが背格好から中学生か高校生だとは思われる。

「蒼空、早く行こうぜ」
 音奏に返事をして視線を逸らし、すぐ戻すも男の姿は消えていた。少女も横断歩道を渡りきってどこかへ行っている。
 一瞬のことで気のせいだと思った蒼空は、レストランに入ると音奏にそのことを話した。
「熱中症になりかけじゃね? 幻覚だろ」
 昨晩も冷房を点け忘れて寝ている手前、真剣に熱中症に気をつけようと蒼空は心に決めた。
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