ハルノコクハク

赤星 治

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 優海が橋を渡り終える頃に俊弥は橋の手前まで来た。
 今声をかければ優海は振り向いてくれるだろう。相手が誰であろうと、名前を呼ばれたら振り向くのは当然だ。それよりも、俊弥は次の言葉が纏まらなくて焦っている。
 他愛ない世間話、卒業式の話、高校生活の話。
 諸々のありきたりな雑談さえも、ほぼ会話をしなかった男子生徒とするなんて考えられない。怪しまれて逃げられる。しつこく追えば途中で警察を呼ばれてしまうかもしれない。被害妄想かもしれないが可能性はある。
 不安が次々に湧いてくる。だが貴重な時間の中、無駄な不安を払拭し続けると、本当にどうでもいい雑念だと判断した。そして雑談などどうでもいい、もっとシンプルに、自分の気持ちを伝えれば良いだけだ。今日はそんな日、今まで先延ばしにしてきた大事な告白を、とうとうする時が来たのだ。

『三上さん、ずっと好きでした』
 それを告げる。
 嫌われてもいい、逃げられてもいい、適当に遇われてもいい。自分の中での一段落をつけるときなのだ。
 周りには誰もいない好機。不審がられて逃げられても、フラれて気持ちが不安定になって泣いても誰にも見られずに済む。
 終わった後の無駄な心配がよぎるも、頭は冷静を取り戻した。
 これが最後のチャンス。これを逃せば告白の機会は永久に来ないだろう。
 友人の、どこまで信じて良いか分からない情報網によれば、優海は明日には引っ越してしまい町からいなくなる。都会へ行ってしまい、俊弥より先に一人暮らしを始めるのだろう。すんなりと大人の仲間入りを果たし、自分の夢に向かって邁進していくのだろう。

 温かい気候、晴天で春らしい長閑な昼下がり。
 花の香りだろうか、仄かな春を印象づける匂いがする。
 手すりに手を乗せて温もりを感じる。とても久しぶりの感触、温度、明るさ。
 ゆっくりと離れていく優海の背中を眺めると緊張する。抵抗と決意がせめぎ合う。

 優しく、海のように大らかな人になるようにと願われて付いた名前。そう聞いている。いつ、誰から聞いたか覚えていないが、そのように覚えている。
 こんな時に蘇る、何度もあった告白する機会を逃した日々の思い出。誰かが見ていないかを気にしすぎて一歩が踏み出せずにいた苦い過去。
 優海を好きになった高校二年の八月。昂ぶる恋心に反し、冷静な防衛本能が、同級生の何気ない暴露を恐れ、以降の高校生活に支障をきたす事態を考えてしまい告白できなかった。
 環境は俊弥に味方してくれている。このチャンスを逃してはならない。
 今の今まで、一歩を踏み込みそびれた事を悔やみ続けた。だから、ここは、この一歩は踏みそびれてはならない。
 俊弥は大きく空気を吸って胸を膨らませ、数秒息を止め、息を吐いた。
 一歩。橋を踏んだ。
 ようやく、一歩を踏み出せた。
 長きに渡る踏み出せない一歩の勢いは、二歩三歩と優海の元へ足を運ばせ、さらにはほどよい距離を保った地点で止まり、「あの、三上さん」と、呼ぶまで至った。声には躊躇いがあり、やや小さい。
 優海は振り返った。当然の反応だが、俊弥は嬉しかった。
 真っ直ぐな目を向けられる一方で俊弥は視線が彷徨い、時々優海の目を見てすぐに逸らすを繰り返した。

「何?」
「あ、え、ええっと……。卒業、だね」
 そんな言葉を言いたいのではない。もっと、重要な、大事な告白をしなければならない。
「ん? どうしたの?」
 微笑んで待ち構える素振り。どうやら優海は俊弥が何を言おうとするのか理解している様子だ。その理由を俊弥は知らない。それでも、今は拙いなりに会話が出来ている些細な幸せが嬉しかった。
 ”ここを逃してはならない”
 速度を弱めてしまった勢いと決意を再び奮い立たせた。
 小さく深呼吸し、真剣に向き合った。
「あ、あの、三上さん。高二の時からずっと好きでした! 僕で良かったら、付き合ってくれませんか!」
 深々と頭を下げた。
(言えた。ようやく告白出来た。後はどうでもいい)
 昂ぶりがじわじわと落ち着き、達成感がこみ上げる。恥ずかしさから身体の内から熱くなる。頭を上げるのが怖い。
「友達からでいい?」
 返答に、「え?」と、情けない声を漏らせつつ姿勢を戻した。意外すぎて頭の中が真っ白になる。
「一応、明日から引っ越すし、大学とか、バイトとか。殆ど社会人みたいな環境だから、付き合うにしても、もしかしたら私が俊弥君・・・の足を引っ張る女になるかもしれないのって、嫌だから」
「え、いや、そんなことないよ。僕の方こそ、足引っ張りそうだし」
 まともな言葉が出ない。けど、何を言っても、何を言われても『嬉しい』で満たされる。
「とりあえず五年くらいかな? 本当の意味でお互い大人になって、それでも俊弥君が私のことが好きだったら、その時に真剣な気持ちを伝えるから。それまではお友達。……じゃ、だめ?」
 俊弥は頭を左右に振った。
「いえ、全然。それでいいです」
「じゃあ、連絡先交換」

 弾むような声。春の穏やかな気候の長閑な昼下がり。
 とても楽しく、とても心地よく。
 達成感と充実した気持ちの最高のひととき。

 そんな、……そんな。
 とても悲しく苦しい光景だった。
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