3 / 4
3
しおりを挟む
優海が橋を渡り終える頃に俊弥は橋の手前まで来た。
今声をかければ優海は振り向いてくれるだろう。相手が誰であろうと、名前を呼ばれたら振り向くのは当然だ。それよりも、俊弥は次の言葉が纏まらなくて焦っている。
他愛ない世間話、卒業式の話、高校生活の話。
諸々のありきたりな雑談さえも、ほぼ会話をしなかった男子生徒とするなんて考えられない。怪しまれて逃げられる。しつこく追えば途中で警察を呼ばれてしまうかもしれない。被害妄想かもしれないが可能性はある。
不安が次々に湧いてくる。だが貴重な時間の中、無駄な不安を払拭し続けると、本当にどうでもいい雑念だと判断した。そして雑談などどうでもいい、もっとシンプルに、自分の気持ちを伝えれば良いだけだ。今日はそんな日、今まで先延ばしにしてきた大事な告白を、とうとうする時が来たのだ。
『三上さん、ずっと好きでした』
それを告げる。
嫌われてもいい、逃げられてもいい、適当に遇われてもいい。自分の中での一段落をつけるときなのだ。
周りには誰もいない好機。不審がられて逃げられても、フラれて気持ちが不安定になって泣いても誰にも見られずに済む。
終わった後の無駄な心配が過るも、頭は冷静を取り戻した。
これが最後のチャンス。これを逃せば告白の機会は永久に来ないだろう。
友人の、どこまで信じて良いか分からない情報網によれば、優海は明日には引っ越してしまい町からいなくなる。都会へ行ってしまい、俊弥より先に一人暮らしを始めるのだろう。すんなりと大人の仲間入りを果たし、自分の夢に向かって邁進していくのだろう。
温かい気候、晴天で春らしい長閑な昼下がり。
花の香りだろうか、仄かな春を印象づける匂いがする。
手すりに手を乗せて温もりを感じる。とても久しぶりの感触、温度、明るさ。
ゆっくりと離れていく優海の背中を眺めると緊張する。抵抗と決意がせめぎ合う。
優しく、海のように大らかな人になるようにと願われて付いた名前。そう聞いている。いつ、誰から聞いたか覚えていないが、そのように覚えている。
こんな時に蘇る、何度もあった告白する機会を逃した日々の思い出。誰かが見ていないかを気にしすぎて一歩が踏み出せずにいた苦い過去。
優海を好きになった高校二年の八月。昂ぶる恋心に反し、冷静な防衛本能が、同級生の何気ない暴露を恐れ、以降の高校生活に支障をきたす事態を考えてしまい告白できなかった。
環境は俊弥に味方してくれている。このチャンスを逃してはならない。
今の今まで、一歩を踏み込みそびれた事を悔やみ続けた。だから、ここは、この一歩は踏みそびれてはならない。
俊弥は大きく空気を吸って胸を膨らませ、数秒息を止め、息を吐いた。
一歩。橋を踏んだ。
ようやく、一歩を踏み出せた。
長きに渡る踏み出せない一歩の勢いは、二歩三歩と優海の元へ足を運ばせ、さらにはほどよい距離を保った地点で止まり、「あの、三上さん」と、呼ぶまで至った。声には躊躇いがあり、やや小さい。
優海は振り返った。当然の反応だが、俊弥は嬉しかった。
真っ直ぐな目を向けられる一方で俊弥は視線が彷徨い、時々優海の目を見てすぐに逸らすを繰り返した。
「何?」
「あ、え、ええっと……。卒業、だね」
そんな言葉を言いたいのではない。もっと、重要な、大事な告白をしなければならない。
「ん? どうしたの?」
微笑んで待ち構える素振り。どうやら優海は俊弥が何を言おうとするのか理解している様子だ。その理由を俊弥は知らない。それでも、今は拙いなりに会話が出来ている些細な幸せが嬉しかった。
”ここを逃してはならない”
速度を弱めてしまった勢いと決意を再び奮い立たせた。
小さく深呼吸し、真剣に向き合った。
「あ、あの、三上さん。高二の時からずっと好きでした! 僕で良かったら、付き合ってくれませんか!」
深々と頭を下げた。
(言えた。ようやく告白出来た。後はどうでもいい)
昂ぶりがじわじわと落ち着き、達成感がこみ上げる。恥ずかしさから身体の内から熱くなる。頭を上げるのが怖い。
「友達からでいい?」
返答に、「え?」と、情けない声を漏らせつつ姿勢を戻した。意外すぎて頭の中が真っ白になる。
「一応、明日から引っ越すし、大学とか、バイトとか。殆ど社会人みたいな環境だから、付き合うにしても、もしかしたら私が俊弥君の足を引っ張る女になるかもしれないのって、嫌だから」
「え、いや、そんなことないよ。僕の方こそ、足引っ張りそうだし」
まともな言葉が出ない。けど、何を言っても、何を言われても『嬉しい』で満たされる。
「とりあえず五年くらいかな? 本当の意味でお互い大人になって、それでも俊弥君が私のことが好きだったら、その時に真剣な気持ちを伝えるから。それまではお友達。……じゃ、だめ?」
俊弥は頭を左右に振った。
「いえ、全然。それでいいです」
「じゃあ、連絡先交換」
弾むような声。春の穏やかな気候の長閑な昼下がり。
とても楽しく、とても心地よく。
達成感と充実した気持ちの最高のひととき。
そんな、……そんな。
とても悲しく苦しい光景だった。
今声をかければ優海は振り向いてくれるだろう。相手が誰であろうと、名前を呼ばれたら振り向くのは当然だ。それよりも、俊弥は次の言葉が纏まらなくて焦っている。
他愛ない世間話、卒業式の話、高校生活の話。
諸々のありきたりな雑談さえも、ほぼ会話をしなかった男子生徒とするなんて考えられない。怪しまれて逃げられる。しつこく追えば途中で警察を呼ばれてしまうかもしれない。被害妄想かもしれないが可能性はある。
不安が次々に湧いてくる。だが貴重な時間の中、無駄な不安を払拭し続けると、本当にどうでもいい雑念だと判断した。そして雑談などどうでもいい、もっとシンプルに、自分の気持ちを伝えれば良いだけだ。今日はそんな日、今まで先延ばしにしてきた大事な告白を、とうとうする時が来たのだ。
『三上さん、ずっと好きでした』
それを告げる。
嫌われてもいい、逃げられてもいい、適当に遇われてもいい。自分の中での一段落をつけるときなのだ。
周りには誰もいない好機。不審がられて逃げられても、フラれて気持ちが不安定になって泣いても誰にも見られずに済む。
終わった後の無駄な心配が過るも、頭は冷静を取り戻した。
これが最後のチャンス。これを逃せば告白の機会は永久に来ないだろう。
友人の、どこまで信じて良いか分からない情報網によれば、優海は明日には引っ越してしまい町からいなくなる。都会へ行ってしまい、俊弥より先に一人暮らしを始めるのだろう。すんなりと大人の仲間入りを果たし、自分の夢に向かって邁進していくのだろう。
温かい気候、晴天で春らしい長閑な昼下がり。
花の香りだろうか、仄かな春を印象づける匂いがする。
手すりに手を乗せて温もりを感じる。とても久しぶりの感触、温度、明るさ。
ゆっくりと離れていく優海の背中を眺めると緊張する。抵抗と決意がせめぎ合う。
優しく、海のように大らかな人になるようにと願われて付いた名前。そう聞いている。いつ、誰から聞いたか覚えていないが、そのように覚えている。
こんな時に蘇る、何度もあった告白する機会を逃した日々の思い出。誰かが見ていないかを気にしすぎて一歩が踏み出せずにいた苦い過去。
優海を好きになった高校二年の八月。昂ぶる恋心に反し、冷静な防衛本能が、同級生の何気ない暴露を恐れ、以降の高校生活に支障をきたす事態を考えてしまい告白できなかった。
環境は俊弥に味方してくれている。このチャンスを逃してはならない。
今の今まで、一歩を踏み込みそびれた事を悔やみ続けた。だから、ここは、この一歩は踏みそびれてはならない。
俊弥は大きく空気を吸って胸を膨らませ、数秒息を止め、息を吐いた。
一歩。橋を踏んだ。
ようやく、一歩を踏み出せた。
長きに渡る踏み出せない一歩の勢いは、二歩三歩と優海の元へ足を運ばせ、さらにはほどよい距離を保った地点で止まり、「あの、三上さん」と、呼ぶまで至った。声には躊躇いがあり、やや小さい。
優海は振り返った。当然の反応だが、俊弥は嬉しかった。
真っ直ぐな目を向けられる一方で俊弥は視線が彷徨い、時々優海の目を見てすぐに逸らすを繰り返した。
「何?」
「あ、え、ええっと……。卒業、だね」
そんな言葉を言いたいのではない。もっと、重要な、大事な告白をしなければならない。
「ん? どうしたの?」
微笑んで待ち構える素振り。どうやら優海は俊弥が何を言おうとするのか理解している様子だ。その理由を俊弥は知らない。それでも、今は拙いなりに会話が出来ている些細な幸せが嬉しかった。
”ここを逃してはならない”
速度を弱めてしまった勢いと決意を再び奮い立たせた。
小さく深呼吸し、真剣に向き合った。
「あ、あの、三上さん。高二の時からずっと好きでした! 僕で良かったら、付き合ってくれませんか!」
深々と頭を下げた。
(言えた。ようやく告白出来た。後はどうでもいい)
昂ぶりがじわじわと落ち着き、達成感がこみ上げる。恥ずかしさから身体の内から熱くなる。頭を上げるのが怖い。
「友達からでいい?」
返答に、「え?」と、情けない声を漏らせつつ姿勢を戻した。意外すぎて頭の中が真っ白になる。
「一応、明日から引っ越すし、大学とか、バイトとか。殆ど社会人みたいな環境だから、付き合うにしても、もしかしたら私が俊弥君の足を引っ張る女になるかもしれないのって、嫌だから」
「え、いや、そんなことないよ。僕の方こそ、足引っ張りそうだし」
まともな言葉が出ない。けど、何を言っても、何を言われても『嬉しい』で満たされる。
「とりあえず五年くらいかな? 本当の意味でお互い大人になって、それでも俊弥君が私のことが好きだったら、その時に真剣な気持ちを伝えるから。それまではお友達。……じゃ、だめ?」
俊弥は頭を左右に振った。
「いえ、全然。それでいいです」
「じゃあ、連絡先交換」
弾むような声。春の穏やかな気候の長閑な昼下がり。
とても楽しく、とても心地よく。
達成感と充実した気持ちの最高のひととき。
そんな、……そんな。
とても悲しく苦しい光景だった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
余命3年の君が綴った、まだ名前のない物語。
りた。
ライト文芸
余命3年を宣告された高校1年生の橋口里佳。夢である小説家になる為に、必死に物語を綴っている。そんな中で出会った、役者志望の凪良葵大。ひょんなことから自分の書いた小説を演じる彼に惹かれ始め。病気のせいで恋を諦めていた里佳の心境に変化があり⋯。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
冬の水葬
束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。
凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。
高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。
美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた――
けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。
ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。
流星の徒花
柴野日向
ライト文芸
若葉町に住む中学生の雨宮翔太は、通い詰めている食堂で転校生の榎本凛と出会った。
明るい少女に対し初めは興味を持たない翔太だったが、互いに重い運命を背負っていることを知り、次第に惹かれ合っていく。
残酷な境遇に抗いつつ懸命に咲き続ける徒花が、いつしか流星となるまでの物語。
叶うのならば、もう一度。
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ライト文芸
今年30になった結奈は、ある日唐突に余命宣告をされた。
混乱する頭で思い悩んだが、そんな彼女を支えたのは優しくて頑固な婚約者の彼だった。
彼と籍を入れ、他愛のない事で笑い合う日々。
病院生活でもそんな幸せな時を過ごせたのは、彼の優しさがあったから。
しかしそんな時間にも限りがあって――?
これは夫婦になっても色褪せない恋情と、別れと、その先のお話。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

ボイス~常識外れの三人~
Yamato
ライト文芸
29歳の山咲 伸一と30歳の下田 晴美と同級生の尾美 悦子
会社の社員とアルバイト。
北海道の田舎から上京した伸一。
東京生まれで中小企業の社長の娘 晴美。
同じく東京生まれで美人で、スタイルのよい悦子。
伸一は、甲斐性持ち男気溢れる凡庸な風貌。
晴美は、派手で美しい外見で勝気。
悦子はモデルのような顔とスタイルで、遊んでる男は多数いる。
伸一の勤める会社にアルバイトとして入ってきた二人。
晴美は伸一と東京駅でケンカした相手。
最悪な出会いで嫌悪感しかなかった。
しかし、友人の尾美 悦子は伸一に興味を抱く。
それまで遊んでいた悦子は、伸一によって初めて自分が求めていた男性だと知りのめり込む。
一方で、晴美は遊び人である影山 時弘に引っ掛かり、身体だけでなく心もボロボロにされた。
悦子は、晴美をなんとか救おうと試みるが時弘の巧みな話術で挫折する。
伸一の手助けを借りて、なんとか引き離したが晴美は今度は伸一に心を寄せるようになる。
それを知った悦子は晴美と敵対するようになり、伸一の傍を離れないようになった。
絶対に譲らない二人。しかし、どこかで悲しむ心もあった。
どちらかに決めてほしい二人の問い詰めに、伸一は人を愛せない過去の事情により答えられないと話す。
それを知った悦子は驚きの提案を二人にする。
三人の想いはどうなるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる