ハルノコクハク

赤星 治

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 ある日俊弥は、不良男子が仲間内で優海の悪口を言っているのを耳にした。原因は悪態について指摘され、それから口論となったが言い負かされてしまう。よほど悔しく、怒りも治まりもせず、腹癒せに優海への報復さえ考えだす。口から出る言葉は罵声ばかり。端的な、”馬鹿”や”性悪”と言った、罵り文句定番の暴言を混ぜての愚痴、そして証明のない噂ばかり。
 好きな女子生徒の悪口を耳にして、俊弥は苛立ちが沸々とこみ上げ、堂々と言い負かして黙らせたい気持ちになった。しかし、相手が悪すぎる。睨み一つで俊弥に白旗を上げさせてしまう威圧と恐怖。勝負にならず負けが確定してしまう。さらには報復やイジメの標的になる危険も高い。
 波風を立てないよう、俊弥は机に凭れ、寝た状態で聞き流した。時折、”ぶん殴る”や”陸上出来なくしてやろうか”などと、恐ろしい言葉も飛び交う。本気で優海の身体を案じ、”いざという時は”と、雀の涙ほどの勇気で決意した。
 だが、その感情は二日後、杞憂に終わる。
 不良男子が深夜徘徊中に他校の不良と喧嘩になり警察沙汰となってしまった。彼らは今までにこのような事件を犯してきたため、退学処分となってしまった。
 俊弥の気持ちに平穏が訪れ、優海は運良く報復などされずに済んだ。とはいえ、俊弥と優海の距離感が縮まった訳でも会話が出来るようになったのでもない。『少し安心した、そして校内も少し平和になった』それだけである。


 年を越し、春を迎え、俊弥と優海が三年生となっても関係性は相変わらずであった。そして今の優海は陸上部最後の大会しか頭にないので、尚更俊弥の僅かな視線には気づかない。
 対して熱意を持たず部活動をしている俊弥は、高校生活最後の大会など“早く終われ”の気持ちしか無く、その気持ちが監督やコーチに伝わっているのだろう、殆どベンチでの応援で終わった。
 夏の大会を終え、受験勉強。
 俊弥は今の成績で進学出来る大学に行ければ良いとしか考えていない。対して優海は偏差値高めの大学を選考していた。受験勉強に励み、当然ながら恋愛とは無縁の、勉強三昧の高校生活ラストスパートを突っ切っている。
 人目を気にして本心をひた隠し、悶々とした三年生の二学期を終え、年を越し、偏差値は普通ぐらいながらもしっかりと緊張して入学試験に挑み、俊弥は合格を果たした。
 一方で優海も無事に受験に合格した。陸上の推薦ではなく実力行使で受かったのだ。
 てっきり陸上の推薦と思い込んでいた俊弥は、風の噂で優海は将来陸上選手を目指していないと知る。詳細は謎のままで、知るには本人か優海を知る生徒に聞くしかない。しかしそんな暴挙に出ようものなら、恋愛云々の噂ではなく、不審者扱いの視線や噂が飛び交ってしまう。今まで接点がない男子生徒の愚行は、無闇に超えてはならない一線だ。
 結果、自身の身を案じ、俊弥は『優海の進学理由を聞かない』安全圏を維持した。

 高校三年生の三学期は休みが多い。
 俊弥は何気ない休日を友達と町中を、何をするでもなく徘徊する惰性の消化試合を果たした。この程度の表現で済んでしまうほど、残りの休日は淡泊を極めた。

 とうとう卒業式前日を迎えた。
 日々、これと言った変化もなく過ごしていた俊弥も、卒業式前日から妙に気持ちがそわそわしていた。あと一日で高校生活が終わる。友達とはまた会えばいいし、連絡は良く取り合っているから卒業してもあまり支障は無い。心残りがあるのは優海への告白だが、最後の最後まで”勇気を振り絞れない自分”が邪魔をした。しかしもう後には退けない。卒業式当日に勇気を振り絞らなければ、一生告白する機会に恵まれないだろう。たいした話もしていないから町中ですれ違っても他人として見向きもされないと予想はつく。
 卒業式前日の夜、俊弥は一睡も出来なかった。


 卒業式はまるで春のように温かい気候に恵まれた。
 いつもの登校も、教室内の雰囲気も、クラスメートや先生達の様子も普段とは違う。
 つい数日前は極々ありきたりで平凡で、嫌々授業をしていた教室、体育の授業になると嫌気をさしていたグラウンド、呆然と眺めるだけだった校庭。早く卒業したいとしか思っていなかった俊弥にも、妙に感慨深い気持ちがじんわりと染み渡っていった。
 卒業式は滞り無く進み、無事に全ての項目が終わった。
 教室で、涙を目に溜めた担任の挨拶、すすり泣く女子生徒、目が赤い数人の男子生徒。申し訳ないほど感涙とは無縁の俊弥はそういった気持ちにはなれなかった。むしろ、”早く寝たい”、”やるべきことを実行する”、その気持ちしかなかった。
 教室での挨拶が終わり友達と些細な会話をする。だが皆もあまり長居する気がなかったのか、あっさりと下校していった。俊弥達とは違い、友達同士で賑わう卒業生は多く点在し、しばらくしてから卒業生の帰宅を促す放送が響いた。校舎を出て、遠くでその放送を耳にした俊弥にはどうでもよかった。つい数時間前に滲んでいた感慨深い気持ちもとっくに冷めている。別の目的だけが俊弥を支配し、眠気も覚めていた。

 帰り道、他の生徒が通る機会の少ない川に架かる橋。優海の通学路。
 ここでなら勇気を振り絞って話しかけられる。もう卒業したし、見られても教室で噂が立つ恐れはない。バレてもどうでもいい。
 俊弥は優海より先に橋へと辿り着き、待ち伏せをしようと計画していた。しかし、到着して計画は崩れた。すでに優海が橋を渡ろうとしているのだ。
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