ハルノコクハク

赤星 治

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 高校の卒業を迎える数日前、尾木野おぎの俊弥しゅんやは同級生の三上みかみ優海ゆうみに告白しようと決心した。勝算は壊滅状態といえる負け戦のお手本にでもなるようなものだ。なぜなら、三年間クラスが違い、今まで優海とまともに会話せず、接点らしい接点もない、一方的な片想いであった。
 それでも俊弥は告白する計画を練り、何処でするかも決めた。この燻り続けた気持ちにピリオドを打たなければならないと決心して。


 俊弥が優海を意識しだしたのは高校二年の夏休み。バスケットボール部の俊弥が下校しようと体育館を出たとき、陸上部の優海が体育館前を自転車で通過した、何気ないワンシーンであった。
 夏、外で部活をしている生徒は練習が終わると手洗い場で頭に水をかけて、すっきりしてから帰る生徒が多い。優海もその一人であった。その日、優海のしっとりした長髪に夕日が反射して煌びやかに見えたのだろう、颯爽と過ぎる姿が俊弥を見蕩れさせるほどだった。
 優海は、真面目に部活に取り組み、大会前は勝利することを強く意識して献身的に取り組むほどの負けず嫌い。体型はスマートで活発な雰囲気が醸し出ている。
 今まで気にもとめていなかった俊弥はその一瞬で気になりだし、翌日から妙に意識しだしたのは紛れもなく一目惚れであった。
 会話の一つでもしたい気持ちになるも、女子生徒との会話が苦手な俊弥は、こみ上げてくる恋愛感情を抑え込んで日々を過ごすしかなかった。あまり激しい感情でなかったのが幸いし、どうにか普通を保てた。

 夏休みが終わり、意を決して一度声をかけようと試みるも、今度は『異性と付き合う』という話題に敏感な同級生や部活の先輩後輩の目が気になり、変な噂を恐れた。結果、相変わらず優海の下校姿を傍目に見るしか出来なかった。
 陸上部は秋の大会が控えており、優海は熱心に練習に励んでいる。たまたまバスケットボール部が早く終わり友達と一緒に帰る途中、フェンス越しに陸上部の練習風景を何気なく眺めた。そして視線は優海へと流れる。
「俊弥、気になるヤツいるんじゃね?」
「はぁ? なんで?」
「部活帰りのヤツとか見てるだろ?」
 こんな質問は想定していた。一目惚れする前より気持ちは不安定だが、こういった話に関しては動揺することなく冷静だ。だから、青春ドラマなどでありがちな、”急な質問に赤面する”ことも”返答がおぼつかなくなる”こともない。
「いつも陸上部が早いだろ、だからずっと羨ましいって。ちょっとだけ優越感」
 誤魔化したが、やや本心でもある。自分達より先に帰る生徒はいつ、誰であっても羨ましいと思っていた。

 高校生活残り一年半、三上優海に恋心を抱いている秘密だけは貫き通す決意だけは堅い。しかし秘密を貫くのも楽ではなかった。秘密を優先し、話をする機会を著しく逃し、自分が女子と会話するのを躊躇する性格に直面して苦悩する。それに加えて勉強と部活動。
 俊弥の高校二年後半は心労と頭の痛い日々の連続だった。
「……なに? ぼーっとしてんの?」
 別の教室へ移動する授業の時は、誰よりも早く訪れて気晴らしの静かな時間を過ごすために呆然と外を眺めた。そこを友達に見られて聞かれる。
「将来について考えごとぉ~」
 適当な返答も自然なものとなる。ちなみに、進路については一切なにも考えていない。
「適当に大学行って遊べば?」
 なぜか俊弥の友達はこういった考えが多い。中には”フリーターで稼ぎ、株で大儲けする”と、安直な考えをする者もいる。
 余談だが、俊弥も何気なく両親の前でそんな考えを口にしたことがあった。即答のように全否定され、「そんな生き方すると絶対痛い目をみる!」と強く忠告されている。何気なく口にするのを止め、ついでに株で大儲けする考えも抱かなくなった。

 クラスメートの目を欺き、優海と廊下ですれ違う時に無理やり平静を装い、高まる気持ちに堪えながら俊弥は高校生活を過ごした。中には”彼女が出来た”とクラス内で盛り上がる生徒もいるが、そういった賑わしい人種ではない俊弥には高すぎる壁であった。ただ、変動の乏しい、さざ波のような日々を過ごす。
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