上 下
187 / 202
終章

Ⅳ 災禍への予兆

しおりを挟む
 怪鳥が爆ぜて五日後、座り心地の良い窪みのある気に入りの岩へ腰かけるコルバの元へルダが現われた。
「やれやれ、お主は大忙しだなぁ」
 背後から近づく、気配を完全に消しているルダを見ずにコルバは告げた。
「すげぇな。何でもお見通しかよ」
「何年生きとると思っとる。お主のこれまでの行いも丸見えだわ。あっちへ行きこっちへ行きと、無理ばかりしおってからに。ビンセント=バートンはほったらかしにすると踏んでおったが……」
 怪鳥が爆ぜて以降、ルダによりビンセントは三ノ門付近まで送られた。
「悪趣味な覗きすぎは老体に毒だぜ。こっちは見世物じゃねぇぞ、恥ずかしい」
「誤解を招く言い方はやめてくれ、気持ち悪い」
「してねぇわ」
 コルバは岩から降り、ルダと向い合った。

「直に見てようやく分かったわ。お主と繋がりがある“力”の正体をな」
「分かってどうする? 力尽くで止めるか?」
 一陣の風が吹き付け、空気が張り詰めた。
 風が止むとコルバは頭を掻いて呆れた様子を表わす。
「こんな老いぼれをいたぶろうって気なら勘弁してくれ。コホッ、コホッ。ほれ、身体も弱っとるのに」
「あと五十年は平気で生きてけそうな身体で病弱演技は通用しねぇぜジジィ。いいのか、俺を止めねぇで」
「止めてどうする。元気が有り余っとる若造なんざ放っておくのが世の常よ。それに、余所で何をしようとワシには関係無い話だ。ワシはワシのやるべきことを」
「テンシを止める算段はついたのか?」
 見抜かれ、コルバの目つきが若干、鋭くなった。
「……そこまで見抜くか。……まあ、元の眼が才能故仕方ないのだろうがな」
「奴らを潰せるのか? 俺でもまだ見えねぇ未来だ。それに、あの奇声は脅威だぜ。あっという間にグルザイアが怪物の地へと化しちまう。しかも、ゾーゴルも次の手へと動き出しやがった。爺さんが育てたネルジェナが、一番躍起になってやがるぜ。なんであんな奴を育てたよ」
 コルバはそっぼを向き、「さぁなぁ」と惚けた。
 ルダは感心が乏しく、恵眼を使わなかった。

「それよりお主、容易にリブリオスを抜け出せるのか? ゴウガは確実に力を手にしたぞ。お主も奴と関係があったなら、ちょっかいの一つはしてこよう」
「だろうな。あのおっさんは俺の恵眼か、“力”を欲してる。悪趣味な上に強欲であくどいからなぁ。そこで、爺さんに協力を願いたいんだが、いいか? 良いな」
 コルバは鼻でため息を吐いた。
「さすがクーロの王の弟よ。弱々しい老爺であろうとも、馬車馬の如く扱おうとするとは」
「百人もの術師に匹敵する力を持ち得たような強健ジジィが何言ってやがる。んなことはどうでもいい。テンシを止めるって点で言えば、一時の機会だが俺はあんたの強い味方になれるぜ。なにせゴウガの目当てがテンシ様だからよぉ。知ってるだろ?」
「確かに。その一時を蔑ろには出来んな。しかしたった一人で何が出来る? 邪魔立てする輩はそこら中に作ってきただろうに」
「いけ好かねぇ野郎だが、機会を作ってくれそうな野郎が一人いてな。そいつが動く時は色々と動き出す時なんだわ。その機を使って俺はリブリオスを出る。爺さんもその時に動けば、ゾーゴルもゴウガも戦力を一気に削れるぜ」
 少しコルバは考える。確かにその機会を待つほかなかった。
「いつ頃だ?」
 今、恵眼でゾーゴルを見るのは危険を伴う状況であった。在る存在に居場所を気づかれてしまえば、コルバの計画も頓挫し、死に瀕する状況となりかねない。
「あと十日だろうな。一日ぐらいは前後するだろうから、今からでも手を打った方がいいぜ」
「そうか。では、恩返しではないが、お主が動く時までここで休んでいくと良い。それだけ疲弊しては、何をするにも上手く立ち回れんだろうからな」
 さすがに疲弊具合までは隠せなかった。平然としているが、時折手足が小さく痙攣してしまう。
「恩に着る。じゃあ、早速失礼するぜ」
(それを目当てで来たようなものだろうに、白々しい苦労人め)
 コルバは寝床へと案内した。


 ◇◇◇◇◇


 怪鳥の出現は、リブリオス以外の国にも異変が波及した。


 ゼルドリアスでは、ゾグマがさざ波のように広がり、廃城に身を潜めていたコーとスレイは感じ取っていた。
 そのゾグマは毒っ気が無く、浴びてしまえば安らいだ気持ちにさせた。
「……コーさん、これって」
「何も心配いらないさ。怖くないだろ?」
「ええ」
 スレイはその言葉を信じ、不安は無くなった。しかしコーは感じていた。これより起こる事態に。


 バルブラインでは、今まで姿を見せなかったパルドがあちこちに現われた。
 誰しもが驚きと警戒を強めるも、パルドは大人しく、人間を見るとすぐにどこかへと去って行った。
「どう思いますか? ノーマさん」
 パルドを調べる研究者でもあるノーマは、調査許可をアードラから受けての調査である。護衛の戦士を二人傍に置いている。
 去って行くパルドを見たノーマは、深く、静かに息を吐いた。
「魔力もゾグマも異常なし。まあ、連中が異常だから、なんと言えばいいものか……」
 いつもの何気ない眼は、どこか空虚でもあった。何かを思う雰囲気も混じっている。
「一度戻ろう。街から離れすぎている。もし援軍でも呼ばれては大変だ」
 馭者の戦士の意見にノーマは素直に従った。


 グルザイア、ガニシェッドでは、震度の低い地震が一日に多くて五度、普段は二度起きていた。
 ガイネスは、ゾアの筋書きがいよいよ描かれたと密かに推測した。
 一方のガニシェッドでは、各宮殿の長が集まり、国王と共にこれからの対策を議論しあっていた。

 コルバの協力によりガニシェッドへ帰ったサラだったが、上手く空間術が働かなかった影響により、大海側の浜辺へと辿り着いた。
 数日がかりで苦労して辿り着いたのは、ウォルガが管轄する区域。
 これからウォルガへ事の経緯を報せようと向かう矢先、とても冷たい気配を感じた。それは、どこから発せられたか分からないほど、一瞬にして広域に広がりをみせるも、サラは直感で宮殿に嫌な予感を感じた。
「行ってはダメよサラ、危険すぎるわ!」
「でもウォルガさん達が大変なことになっちゃう」
 カレリナの制止を振り切り、急いで宮殿へと向かった。
 冷たい気配の正体は一体のテンシである。そのテンシが現われたのは、レイアードが封印されている黒い柱の前。
 かつてレイデルで行った奇声を発するではなく、口を開け、柱に口を押しつけた。そして別の波長がする奇声を響かせると、柱は波打った。
 それ以外の変化を及ぼさないまでも、事を終えたテンシは口を柱から離すと、どこか微笑みを浮かべている様子であった。
 異変に感じたウォルガの弟子達が柱の元へ訪れると、そこには誰もいなかった。


 レイデルでは、例年異常に寒さが増し、極寒の季節へと戻った。
 国中の術師達は女王の命令により、各地で陣を張って住民達を護った。これにはスビナの父・モーシュも駆り出される始末となる。
 たとえモーシュといえど、この異常気象の理由は突き止められなかった。


 七国の中央にある大湖では、巨大な蛇の目撃証言が相次ぎ、船は出さない事態となった。
 その光景を、ミルシェビスの大精霊は楽しそうに眺めていた。
「いよいよ生き残りをかけた戦いの幕が開かれますわね」
 泉の上へ浮遊し、左手を翳し、赤、青、緑、白、紫の光を出現させた。
「やっぱり“調整”は敗北しましたわね」
 言うと、緑の光が消えた。
「保険を増やすことばかり感けすぎますから読み違いをしますのよ。残存の力まで奪われてしまうのは、悲しいわね。楽しめそうでしたのに」
 今度は赤色の光の下へと飛んだ。
「“運命”は何を企んでいますのかしらね。ビンセント=バートンに潜み、いよいよ動きだしたかと思えば、本腰は入れずじまい。本人は敗北を豪語してますが、その意図はなにかしら?」
 続いて青の光へ。
「勢力から鑑みれば“無限”は着々と力を付けてますわね。運が良いのかしら? “調整”の残り物も上手く取り込めたようですし。ですが、それが果たして貴方の為になるのかしらねぇ」
 紫の光は流し見た。
“時空”こちらの動きは気に入りませんわ、相変わらず。弱者を演じつつ、協力者を演じつつ、不意に現われた拠り所へも躊躇いなどないなんて。強欲で、勝利を手にするしたたかさ。気に入りませんがほかの力の強敵となるのは彼女かしら? ……それとも」
 白い光の下へ、静かに寄った。
 残る力、“世界”。
「そろそろ姿の一つでも現わしてはどうかしら? それとも、わたくしにすら姿を見せず、水面下で動いていらっしゃるの? 未だに目立たない暢気な姿勢は、既に諦めたと見るべきかしら? ……違いますわね、貴方は姿に似合わず狡猾な御方。もしかして、最初から? ……それとも、”前回”から何か手を打っていたのかしら?」
 手を叩くと四つの光が消えた。
「さて、いよいよ七の支族が関わってきますのね。既に二つの支族は終わってしまいましたが。……励みなさい十英雄、それにガーディアン方。ゾアの災禍まで残しておくと、大変な事態になってしまいますわよ」

 こみ上げる昂ぶりは、大精霊ですら見えない未来への期待に満たされている。”気に入りの者達”の運命がどのように転ぶか、驚愕と苦悩の連続となる未来を、早く見たい気持ちが溢れんばかりに。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

傭兵アルバの放浪記

有馬円
ファンタジー
変わり者の傭兵アルバ、誰も詳しくはこの人間のことを知りません。 アルバはずーっと傭兵で生きてきました。 あんまり考えたこともありません。 でも何をしても何をされても生き残ることが人生の目標です。 ただそれだけですがアルバはそれなりに必死に生きています。 そんな人生の一幕

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...