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終章

Ⅲ 相次ぐ謎

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 ジュダ王国、クドの集落にて。
 シャール達も怪鳥の姿に驚愕し、身体の芯まで響く奇声を浴び、飛翔後の爆散により降り注ぐ血の雨を浴びた。
「どうなってんだ! 災難続きじゃねぇかよ、畜生!」
 ずぶ濡れとなるシャールは、急ぎアブロの屋敷へと避難し、上がり框へ腰かけて手拭いで怪鳥の血を拭う。
 ここ最近、奇妙な現象が相次ぎ、地下迷宮の紋章術調査どころではなくなった。

 集落近辺に現われる、呪い混じりの妙な魔力を発するカミツキに似た人間の動向観察。
 耳鳴りがする程の音に頭を痛め、その後に気分が悪くなる者達の介抱。
 突然現われたオニの群衆に警戒。
 そして一連の怪鳥の出来事。
 諸々の出来事に関する情報が一切無く、何が何だか分からない事態であった。

 奇妙な人間はクライブ、ラディア、戦力に足るカミツキの戦士達と共に相手取るも、あまりに素早く、あまりにも強い攻撃に苦戦を強いられた。
 誰が見ても勝ち目の無い戦いだったが、結果は呆気ないものだった。こちらから攻めなければ向こうも何もしない。だから負傷した際、何もせずに退散して助かった。
 奇妙な人間は、意味の分からない破壊活動で木々を倒し、岩を砕き、地面を抉るも、それだけで数日後にはどこかへ去った。謎しか残らない終焉を迎えた。
 続く集団頭痛、大人しすぎるオニの出現。
 これらもなぜ起きたのか、何を意図しているのか。謎だけが残る結果となる。

 謎ばかりが増え、何も出来ない最中、些細な進展はあった。クドの集落の地下迷宮の侵入者防止の空間術が消えたのだ。完璧に、微塵も余韻が残らないと判断できたのは、感覚が鋭いザグルのお墨付きである。
 何も無い空洞へと転じた。しかし確実な安全の保証はない。その確認を担ったのはタダルである。
 事の経緯は、侵入者防止の空間術が消え、この好機を逃すまいと紋章術入手の話合いが成された。幾人か候補が挙がるも、タダルは挙手で候補した。
 だが容易く任命は出来ない。それほどタダルという戦力は貴重であったからだ。もし空間術が再発すればタダルという戦力を失う危険を孕む。しかしこの機会を逃せば、いつ紋章術が手に入るか分からない。
 悩み抜いた末の苦渋の決断によりタダルが紋章術の元へと向かった。ザグルが感覚を研ぎ澄ませ、何か変異が起きれば即帰還を条件として。
 緊張し、集中を切らさない中、タダルは紋章術を手にし、どうにか帰還に成功した。
 紋章術は既存の紋章術とは違い、どれ程念じても、紋章を感じても発動しなかった。
「何かの条件により発動するものかもしれないな」
 アブロの意見はシャール達も抱いていた。
 とりあえずは、異変が起きればすぐに報せるようタダルへ忠告した。

 地下迷宮の出来事、数々の謎を集め、シャールは考えを巡らせる。
 血の雨が降った翌日、集落中に奇病が蔓延していないか、早急に調査が進められた。気を揉み、警戒と不安が膨らむ中、あっさりと無害だと判明された。
 集落中で安堵の息をつく中、さらに報せが入った。
 二十日前から周辺の魔力に違和感を覚えた者達が、近隣の集落や村へ情報収集へ向かったのだ。あまりにも遅く、集落にいる者達が心配しつつも、どうにか無傷で帰還した。ここまで遅くなった理由が一同を驚愕させる。

 ジュダにカミツキが一人もいないと。

「おいおい、それって、最近の異変が関係してんのか?」
 クライブが不安を口にするも、シャールが否定した。
「それでクドの集落だけは無事とは考えにくい。ここだけ安全な保証は」
 言いかけて、その場にいた者がタダルを見た。
「へ? 俺?」
「いや、お前じゃなくて」
 紋章術。何らかの奇異から集落のカミツキを護ったと考えがあった。
 しかしその意見をザグルが否定した。
「それならワシが力の変動を感じておる。ワシも周辺の町村へは行ったが、目立った変化はなかったぞ」
 別に理由がある。
 そもそも情報が少なすぎ、今まで起きた現象がカミツキ消失に値する事象を孕んでいるかも分からない。
 謎が謎を呼び、解決の糸口は何一つ見つからない。
 このまま集落に滞在していても、結局は奇異な現象が相次いだ一時があった過去の出来事として処理されてしまう。
 シャールに焦りが生じた。早く謎を解かなければ危険だという嫌な予感に類する焦りだった。
「――ん?!」
 突如、ザグルが何かを感じた。それは、あまりにも洗練された、清々しすぎる魔力。いや、ミジュナに性質は近いが、禍々しさも不気味さもない。そんな力を持つ何かが屋敷の外に現われたのだ。
 その力は徐々に近づいてくる。
 屋敷内にいる者達が警戒し、代表してラディアが玄関へ向かおうとした時であった。

「失礼するよ」と、唐突に廊下に現われた老爺が告げた。
 一同が今にも鞘から剣や刀を抜こうと構えるも、老爺が空中を横一文字に撫でると、全員が動けなくなる。
「すまんな。こうでもせねばおぬし等に殺されかねないからな」
 老爺が胡座をかくも、まだ縛りは解けない。
「貴方は……何者ですか?」
 アブロが代表して訊いた。
「ワシはコルバという、しがないジジィだ」
 どの口が。シャールは毒づきたくなるも、一言が危険と判断して黙った。
「今、ジュダではカミツキがおらんでな。ここはなかなか、キワモノ揃いだから足を運んだのだ」
「爺さん、何かの術師か? 見た事ないぞ」
 狩りになれた者達と情報交換しあっているクライブも、コルバの情報はなかった。
「その話は追々。それより、今は急がねばならん。まずは……」
 言いつつアブロと目を合せ、すぐに逸らした。その些細な行動がシャールは気になり、アブロは不思議と緊張した。

「先の怪鳥の一件。ゴウガがいよいよ重い腰を上げよった。戦が近いぞ」
 ゴウガを警戒していたので、コルバの一言が一同を騒然とさせた。
「おい爺さん、本当か」
 タダルの言葉を、手を翳して遮ると、話を続けた。
「そして」
 次はシャールと目を合せた。こちらは目を逸らさない。
「おぬしが”貯め込む謎”を解くにはニルドへ向かうしかないぞ」
 見透かされている。どういったすべかは分からない。得体の知れない老爺が、なぜこんな事を告げに来るかは分からない。その謎も増えた。
「用は済んだ。今度はちゃんと玄関から入る故、茶の一つでも頂こうかのう」
 徐ろに立ち上がり、一息吐いて手を叩いた。すると、全員の縛りが解け、瞬く間にコルバが消えた。
 急いでザグルが気配を探るも、一切の余韻を残さずに消えている。
 意味の無い報せではない。罠で嵌めようものなら、圧倒した力によりこの場でねじ伏せれば用は済む。
 コルバは何かを進めたいために告げに現われた。
 これ以上、クドの集落にいても進展は無い。そしてジュダは危険地帯となりかねない懸念を孕んでいる。
「アブロ殿、提案して良いか?」
 意を決した。他の二国がどういう状況かは分からないが、今はコルバの報せを信じるしかない。

 ニルドへ向かう、と。
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