烙印騎士と四十四番目の神

赤星 治

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終章

Ⅰ 怪鳥が爆ぜた時

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 怪鳥の出現は、ニルドで戦う者達にも影響を与えた。
 ヌガの池が弾け飛んだ後、本城、一から三ノ門までいた人間達は怪鳥へと目が向いた。
 クーロから現われたと印象づける怪鳥の、あまりの大きさと奇声に驚愕する者は多かった。中には怯え、大いなる災いの兆候だと口にする者まで。
 一方で冷静に物事を見定める者達もいた。まずはヒューガ、ガルグ、スビナである。
 近場の一番高い建物へと飛び、怪鳥の全容を眺め見たガルグは、それが怪鳥の原寸ではなく、幻が現われているのだと見抜く。理由として、地平線の彼方を注視すると怪鳥の下部が薄らと途切れていたからである。
怪鳥やつ特有の力か、誰かの企てか、自然に起きた奇怪な現象か……」冷静にヒューガは考察するも、思いつくのはミジュナ、呪いなどの異常発生か、オニの襲撃といった、自然災害に近い、予想出来ない事態であった。
「何が起こるか分からん。警戒を怠るな」
 命令にガルグ、スビナを含め、ニルドの兵士達も返事する。

 本城において、ルバスとシオウもヒューガ同様の意見に至る。しばらくして大部屋へと訪れたウーザも、やはり同様の意見であった。
 一同が怪鳥の動きに警戒するも、さすがに飛翔してすぐに弾け飛んだ有様には衝撃を受けた。
 赤黒い曇天がリブリオスの空に広がり、やがて黒ずんだ血の雨が降り注ぐ。
 いくらルバスの命令で国民を避難させるも混乱は避けられなかった。
 冷静に事態を読み解ける者達は、その雨に危険性は無いと判断できた。しかしそうでない者達は、事態の異様さ、時に混ざる肉片などから気分を悪くし、良くない憶測と邪推が膨張し、不安に怯え、錯乱する者まで現われた。


 所変わってカイネの集落。

 ジェイクとオウゾも、怪鳥の出現と奇声には驚きはするも、向い合う敵に隙を見せれば死に直結すると意志が働く。それは、曇天で薄暗くなり、血の雨が降り注いでも続いた。
(退きなさい、オウゾ)
 リーザンの印術と陣術の複合技により通じる念話である。
(できん。隙を見せれば)
(援軍を送ります。すぐ退避を)
 告げると遠くから大群が押し寄せる音がした。
 血の雨に音が紛れるも、それは異様に奇声めいた高い音を響かせているため、ジェイクも気づいた。
 大群の先頭が姿を現わした時、ジェイクは目を見開いた。
(なんでパルドがあんなに?!)
 ベルメアは訳が分からなくなる。リブリオスで一度も遭っていないパルドが、どうして。
「くそったれ!」
 ジェイクはオウゾを警戒しながら、先に攻め入るパルドを斬り、間合いをとり態勢を整える。それは、次第にオウゾから離れていく結果へと繋がる。
 一切追い打ちをかける様子を見せず刀を鞘にしまうオウゾの様子から、退避すると読み解けた。
「待て! 逃げるな!」
 悔いの残る一対一。
 もう少しで何かを掴めそうな時にパルドが邪魔立てし、事実、勝負は打ち切りとなる。
「生き残れたなら仕切り直そう、異なる世界の騎士よ」
 告げてオウゾは去った。途中で消えたのは、空間術によるものだろうと見て取れる。
「くそ、ったれがぁぁ!!」

 強者の勝ち逃げ。パルドの妨害。何から何まで上手くいかない事態。
 ヤケになるジェイクは最後の烙印を使い、目にも留まらぬ速さでパルドを次々に斬っていく。
 呆気なく半数以上のパルドが壊れると、ジェイクは大屋敷の方へと退避した。
「ジェイクさん早く!」
 避難した術師達は、追手を恐れながらもジェイクの避難を優先し、結界の穴から呼んだ。
 パルドの後軍が姿を現わすも、避難し終えたジェイクまで届かなかった。
 しばらくパルドの群れが大屋敷を取り囲み、ジッと見つめる。その様は、さながら化け物と化した人間。恐怖を避難者達に植え付けるほどに禍々しくあった。
 全員が生きた心地のしない中、しばらくしてパルドが次々に去った。
 退避した理由は分からない。醸し出す力は弱いものの、結集して攻撃をしかければ結界は壊せる筈なのに。
「あの戦士の退避を優先した、から?」
 誰かがその可能性に行き着く。それしか考えられない者が多い中、とりあえずは答えより退散してくれた安堵が考察を進めなかった。
 不意にベルメアがバドを心配する。
 こちらも問題ないとカイネの戦士が告げた。ジェイクがオウゾと戦っている間に、三名の戦士がこっそりとバドの援軍へと向かったのだ。
 怪鳥が現われる前、無事であると報告役の戦士が戻り、恐らくは血の雨に警戒してどこかに避難していると読み取った。
 甚大な被害が及んだゾーゴルの襲撃は、多くの戦士達を失い、それぞれの居住区に大きく深い爪痕を刻んだ。
 死んでもおかしくない死地を、どうにか生き延びた。そんな、奇跡に近い生存に終わる。


 別場所にて、ジェイクとオウゾ同様に睨み合う二人がいた。ミゼルとゲルガッドだ。
 持ち前の疑り深さがあだとなり、勝ち戦をゲルガッドは逃す結果へと至った。その要因の最たるものは、怪鳥の出現と奇声。
 不意の邪魔立てに驚愕して気を取られ、視線を外した隙を作ってしまった。
「……なんだあれ!?」
 ミゼルは見逃さない。唐突に出来たその好機を利用し、魔力を足に籠めて颯爽と物陰へと避難した。
(――っ!? しまった!!)ゲルガッドは明らかに命取りとなる隙に気づいた。
 振り向くもミゼルは何処にもいない。
 命取りとなる刹那を、自分は斬り殺されたと意識したゲルガッドは、頭の中で酷く動揺した。
 一応の警戒を続け、次第に自分は無傷のままだと実感する。
 安堵の息はまだ吐けない。なぜミゼルは姿を眩ましたのか? 
 謎が、続けて別の疑問を生む。 勝機はあったのに隠れる理由は? 退避したなら、あれははったりだった? 自分を追い込み、情報を得るために隠れ潜んでいる?
 どれが正解か分からない。ただ、ゲルガッドは恐れ悩ませる事態へと陥った。
 立て続けに空が赤黒い曇天で覆い尽くされ、日暮れ時ほどに暗くなり、血の雨が降り注ぐ。
「なんだよ畜生!」
 混乱と恐怖しかない。
 あんな一瞬で斬り殺される羽目には陥りたくない。
 何も成せていないのに、気づいたら死ぬなんてのは嫌だ。

 ゲルガッドは急いでクーバトロの死体の傍へと駆け寄った。
 確かに首を落とされて死んでいる。
「くっそ、俺はこんな死に方御免だぞ!」
 周囲を見渡しながら、気配を読みながら、クーバトロの背に左手を当て、術を発動する。次第に肉体が黒い沼へ沈んでいった。そして肉体が消えると沼も消えた。
 退避の算段を頭で描き、少しずつ後退り、警戒を怠らない。
(もう、何が来ても隙はみせねぇぞ)
「何やってんだ、お前?」
 突然、聞き馴染みのある声に驚き振り向くと、大きな葉っぱを傘代わりに血の雨を避けるルダがいた。
「てめぇ! 今まで何処に!」
 言いつつも周囲を見渡す。
「だから、何やってんだ?」
「あぁ? 危ねぇ野郎がいんだよ! 目にも留まらぬ速さで斬られるぞ!」
 名前は告げられないが、ルダは周囲を流し見、こっそりと恵眼を使って理解した。
「お前、その疑り深い癖、さっさと直せよ。誰もいねぇぞ」
「はぁ!? んなもん、気配消してるに決まってんだろうがよ!」
 ゲルガッドの天性と言えるべき勘の良さは八騎士内でも有名だ。しかし同時に持ち合わせて才能の邪魔立てをする疑り深さと読みの甘さは、ルダも呆れていた。
「一生やってろ」
 言いつつ、ルダはゲルガッドの背に手を触れた。
 気が立っているゲルガッドは、ミゼルかと勘違いし、振り向き様に刀を振るう。
「おっと、危ねぇ危ねぇ」
 来ると分かっていたルダは、軽快に難なく躱す。
「てめぇ、何を」
 それは空間転移による帰還だと、足下の黒い沼を見て分かった。
「あ、そうそう、言伝頼むわ」
「はぁ?!」
「ドーシュは死んだ。んで、俺、ゾーゴル抜けるから」
「はぁ! 何言って――」
 反論は途切れ、ゲルガッドは空間転移の沼に消えた。

 周囲に誰もいなくなると、ルダは叫んだ。
「もう誰もいねぇから出てこいよ、ミゼル!」
 隠れ潜むミゼルに向かって。
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