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十章 暗躍と思惑と

Ⅹ 未来の、仲間の為に

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 その光景は、端から見ればエベックがビンセントを射殺そうとするものであった。
「良いのか?」
 率直な意見を“運命”はビンセントへ告げた。
「その者と仲間であっただろうがそれは過去のこと、誰がどう見てもお前は殺されるぞ」
 ビンセントが死ねば“運命”も終わる。それが分かっていながらも“運命”の反応が淡泊なのは、どうでも良い気持ちが強かった。六の力の頂点に立とうとする執着や狡猾さが欠如しているからでもある。
「殺さないさ。エベックはそういう奴だから」
 二人の会話をエベックは真剣な顔つきのまま黙って聞いていた。
「過信とは考えんのか? 仲間意識を利用し、容易に殺す戦略だと」
「それはない。魔女討伐の旅で見てきたんだ。“運命”お前には分からないだろうけど、エベックはいつも仲間の事を気にかけてたんだ」
 ビンセントの言葉にエベックの口元が緩む。その言葉が途轍もなく嬉しく、同時に切なく苦しい。こみ上げる気持ちを堪え、無理やり笑みを浮かべた。
「ビン様……変わらないわね」
 泣きそうな気持ちが眼に表れ、無理やり笑顔を作るエベックを見て、ビンセントは胸騒ぎがした。
「……エベック?」
「じゃあね、ビンセント=バートン」
 光の杭が、一瞬にしてビンセントの胸を貫いた。
「え?!」
 痛みはない。ただ、急激な目眩がしたかと思うと、視界が暗転した。


 気づいた時、ビンセントは真っ白な空間の中にいた。
「ほう、私もか」
 隣には“運命”もいた。
「お前、どうして?」
「それは“お前さん”と深く関わっている力だからな」
 呼び方、声。
 ビンセントは慌てて振り返る。しかし何処を探しても『ルバート』はいなかった。
「どこだルバート!」
「これはエベックの力に刺激されただけだ」
「お前、無事なのか!」
「時間が無い。お前さんは奴の意志を理解しろ。“運命”も俺様も、それで通じる」
 詳しく、もっと説明を知りたい。
 声をかけようとした矢先、頭痛を起こすほど多くの情報が次々に入ってくる。
 ビンセントは呻き声を上げ、膝をつき、両手で頭をおさえた。
「うう、ぐぅうううう……」

 六の力、リブリオスとゾーゴルの関係、ゾーゴルが地中へと墜とせた理由、さらに地下に潜むモノ、リブリオスにある紋章、夢幻洞について、ニルド、クーロ、ジュダ、それぞれの思惑。
 多くの情報の中に、エベックの思惑もあった。
 ゾーゴルの王により小国が滅んだ。そして仇討ちの相手を失ったエベックは、“無限”と出会う。
 あらゆる契約や協力により、ゾーゴル内だけではなく外の国へも行き来出来る状態となった。そして、六の力、七の支族、ゾアの災禍も知った。
 伝手を頼りに知ったゾアの災禍の顛末、この世界の在り方を知ったエベックは、どうにかしなければならない使命感を抱いた。その先駆けとして魔女のゾグマを浴びて耐性を得る、であった。
 ビンセント達との旅により、自らを偽り、秘密を貫き、野望のために動いていたが、旅路で人間達を見て、知り、情が移って野望の内容が様変わりしてしまった。
 未来のために立ち回る最中気づいたのは、どう足掻いても変えられない凄惨な戦場の光景。十英雄が必ず死ぬ未来。
 滅亡の未来を救う術を考え抜き、この結論に至った。それは希望に縋るしか無い、この先に何が起こるか見えない未来。
 力を託すのは、一番信頼をおける大切な存在。兄・エベックと似た、正義感と優しさを兼ね備え、どこか抜けているも愛らしさがある英雄・ビンセント。
 全てを託し、エベックがビンセントへ光の杭を放った。


 視界が戻り、元の光景と認識したビンセントの目に飛び込んだのは、酷く憔悴し血の気が引いたエベックの姿であった。息を切らせ、弱っている様子だ。
 ビンセントが声をかけようとした刹那、崖から伸びた数本の赤黒い杭のようなものが、エベックを背後から貫いた。
「う、ぐぅあぁ……」
「エベック!」
 為す術はなかった。あっさりとエベックの胴は貫かれ、けして助からない傷を負った。そして杭はエベックの身体を浮かせ、崖下へと墜とす。
 追いかけようとするビンセントを、“運命”は「行くな!」と叫んで止めた。
 間もなくして、崖の下から黒く、途轍もなく大きな鳥が現われた。どこからともなく現われた怪鳥は、よく見ると地面から出てきたように見える。
「崖から離れろ!」
 “運命”の言葉に反応し、ビンセントは崖から走って退いた。
 怪鳥は巨大な頭、首、胴と現われ、その胸にはエベックが張り付いていた。
「おい! どうしたらエベックを」
「諦めろ。奴は既に事切れている」
 信じたくはない。しかし、続けて魔力と気功を見ろと言われ、見てみると、どちらの力も見えなかった。
「奴はこの未来を選んだのだろう。お前に意志を託してな」
 悔しく思うビンセントを余所に、エベックの死体は怪鳥の胴体へと食い込み、完全に呑まれた。
「くっそ……ちくしょうぅぅ……」
 涙を流し、悔やむ。
 こんな別れ方しかなかったのかと。

 怪鳥は、エベックの身体を取り込むと、まるで活力を得たかのように力が漲り、巨大な双翼を大きく広げ、上空目がけて嘶いた。
「相変わらず世話がやける」
 “運命”がビンセントの前へ立ち、怪鳥から注がれる重圧を、魔力壁を張って防いだ。途端、”運命”は不思議に思った。何か、いつもと違う。それが何かは分からないが、本来なら防壁は張らないだろう。
 怪鳥から発する力はミジュナであった。呪いも混ざるが、敵意を籠めて注いでいるのではなく、ようやく外へ出られた開放感から発散しているようであり、“運命”も防ぐのは容易であった。
「これで暫し保つ。それで、どうするのだ? いつまでも仲間の死を嘆くか」
「お前には分からないだろ! エベックはどんな気持ちで生きて、どんな想いで」
 “運命”は感情の起伏がなく、いつも通りの調子で返す。
「記憶は見たな。しかし、お前達人間で言うところの、仲間を想っての行動だったのだろ。奴は十英雄の、ゾアの災禍により死ぬ未来を見たのだ。それを、あらゆる手段を講じて助かる未来を模索したが、どうあっても全員が死ぬ羽目となる。最後の希望をお前に力を託し、自らが死ぬ、この時だけは先が見えなかった。だから全てを賭けたのだ。どんな思いかと聞いたが、仲間のため、としか私には思い当たらんぞ」
 まさしくその通りだ。
 ビンセントは何も言えなくなる。
「改めて聞くぞ。これからどうする?」
「……どう、って」
 視線を怪鳥へと向けた。
 何をするにしても、今はあの怪鳥を倒さなければならない。周囲の木々を枯らすほどの力をばらまいているのだ、放っておく訳にはいかない。

「お前、どうやってアレを倒すか分かるか?」
「明確な術は知らん。ただ、胸と額にある緑の輝きが気になる。アレを潰すべきでは?」
 方法としては投擲か、術を飛ばすしかない。
 ビンセントはエベックから託された力の中に、戒陸魔術を感じ取る。想像するだけで使える気はするが、果たして怪鳥の急所と思しき箇所を射抜けるか分からない。
 ウダウダと考える時間は無かった。
 一か八か、ビンセントは戒陸魔術を使う決心を固めた。
 手を翳し、念じ始めると、怪鳥は翼を動かし、空へ飛び立とうとし始めた。
「まずい! 早くしないと!」
 焦るも、想像がまるで固まらず、矢ですら形作るのに苦労する。
 もたついている内に怪鳥は飛び上がった。
「逃げられたな」
 “運命”は何気なく口にし、手を打てなかったビンセントは悔しがり、怪鳥が飛び去る様子を、為す術もなく眺めた。
「……え?!」
 ビンセントが驚いたのは、突如として怪鳥が姿を消したのだ。
 その現象には“運命”もさすがに驚いた。

 あれほど大質量の生物が、何の前触れも無く唐突に姿を消すなど考えられないからだ。
 二人が驚き、悩む最中、今度は消えた辺りから、上空目がけて、爆発音と共に赤黒い礫や飛沫が、リブリオス全土を覆い尽くそうとしてるかのような広範囲に飛び上がった。まるで一瞬にして空を曇天へと変えるかの如く。
「なんだあれは!?」
 驚くビンセントの横で、“運命”は事態を口にした。
「怪鳥が、死んだ」
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