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十章 暗躍と思惑と
Ⅶ 探り合い
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ゲルガッドとクーバトロの紹介は不要であった。二人がミゼルを挟んで互いの名を呼び合って会話をしたからだ。話の内容は、どちらが先に動くか、獲物を仕留めた後の話など、何かの勝負をしているものである。
「この村の者達は業魔を封印する一族であり、日夜鍛錬に励む戦士もいたと聞く。その者達を仕留めたとあるなら、それなりに強いと想像がつくのだが、獲物の取り合いとは……。先に仕留めれば何かを得られるのかな?」
卑しく笑うクーバトロは、刀の切っ先をミゼルへ向けた。
「ケケケ。これは勝負だ。多く仕留めたほうが勝ち。勝った奴が何でも一度命令出来る崇高な勝負だ」
「ほう、なぜ一度なのだ? 期間であればその間は何度でも命令を下せるじゃないか。それとも、なにやら拘束力が働くのかな?」
これ以上の会話は秘術を読まれるとゲルガッドは悟った。
“縛りの秘術”ゾーゴルに伝わる秘術であり、術師が対象に勝負をもちかけ、勝者が一度だけ命令出来るものである。どのような命令でも良いが、互いに命令の条件を敷かなければ発動しない。故に、自死、絶対不可能な条件、死を伴う命令など、命令出来る内容は予め条件を設けなければならない。
二人が敷いた条件は、一時間だけの協力関係。その内容は無理のない労働である。その条件下による事故で死する場合、その死は秘術の枠に収まらない不幸な事故として扱われる。
「クーバトロ、無駄口はそこまでだ。こいつ頭切れるぞ」
探りを入れられればどういった方法でパラド村を壊滅させたかまで読まれてしまいかねない。
やり合う前からゲルガッドはミゼルを警戒した。
今は互いに手の内を見せていない。勝機は今にしかない。全てを見抜かれて勝ち抜くには戦士としての実力勝負となる。
ミゼルの力量を知らないゲルガッドも、警戒心が働いてしまう実力者だと勘で悟った。
「ケケケ。ゲルガッド、恐れすぎ。腰抜けは黙って観てろ!」
クーバトロが突進して先行した。
ゲルガッドは呼び止めもせず、ククリナイフ(のような刀)を構え距離をとって様子を見た。
ミゼルは身を翻して躱し、剣を抜いて構える。休む間もなく斬りつけてくるクーバトロの攻撃を受けては躱し、距離をとって様子を伺うを繰り返した。
(ミゼル、圧されてるよぉ)
(ラオ、少し大勝負に出るが、許してくれよ)
ミゼルの思惑がラドーリオには到底想像もつかない。今は生き残ると願うだけだ。
「いい、いいなぁっ! お前、なかなか骨があってしぶといなぁ!!」
興奮するクーバトロは刀に魔力と気功を混ぜ合わせて籠めた。
「ほう、器用な技を」
見ても分かるように、籠められた二つ力は刀の鋭さを増した。岩や大木は紙を切るほどすんなりと斬れてしまう。
二人の戦いを観戦するゲルガッドはいよいよミゼルの危うさを理解した。
(野郎、この状況でも周りを見てやがる。クーバトロの攻撃も殆ど感覚でやりきってるってのかよ)
ゲルガッドが冷や汗をかきながら手を考える中、「さてさて!」とミゼルが声量を上げて言葉を発した。それが自分へ向けられているのだと、一秒、目が合った時にゲルガッドは気づいた。
「私を倒す算段を巡らせているのかね? 悠長なものだ、パラド村の戦士を屠った術をさっさと出せば勝機を得ただろうに!」
言ってるミゼルはまだクーバトロの攻撃を躱している最中だ。
「笑わせんな! クーバトロで手一杯の野郎がよぉ!!」
「そうか、……そうだな――」
一瞬。刹那と言い換えてもいい。
言葉が途切れた途端、ミゼルの姿が消えた。
空間術を使い、この場から去った。そう感じた矢先、ゲルガッドの眼前でクーバトロの首が落ちた。
「クーバトロ!」
「余所見かい?」
後ろから声がして焦り、振り向き様に距離をとった。自身の身体が斬られていないかを感じつつミゼルを睨む。
「安心するといい、斬ったのは彼だけさ。良いだろ? 君たちは村の者達を惨殺したのだ。自分達が殺されない側に立たされるなど、虫のいい甘い考えを持ち合わせていないとは思うがね」
「てめぇ、どうやった。どんな術を」
「術、というものではないさ。こちらも既に消耗している身だ。手持ちの僅かな力でやりくりしないといけないからね、魔力と気功で対処させてもらったよ」
「はぁ? ふざけるな! 魔力と気功だけで俺の目が追いつかねぇ速さが出せるかよ!」
失言。気づいた時には焦りの色を滲ませながらも表情を戻した。
「ほう、目が良いのか。それは気をつけなければ」
体質か術かは告げていない。しかし余裕を滲ませる目つきが見抜かれていると思わせた。
「手の内を明かすのは気が引けるが、私は嘘を吐いていないよ。そもそも、君の仲間も言っていたではないか」
魔力と気功の混合技。武器に用いれば鋭さと強度を増す術だ。
「それで足も速くなりますってか? んな訳あるか、今まで試した奴は何人もいたんだぞ」
「仕方ないだろ? 出来てしまうのだから」
今、ミゼルは大勝負に出ている。
クーバトロの首を落とし、目にも留まらぬ速さで立ち回ってゲルガッドの背後に立った。その事実は正しくミゼルの行動だが、魔力と気功を混ぜてこの俊足を得たのではない。
魔力と気功を混ぜたのはゲルガッドの攻撃を遇う時だけだ。そうしなければ武器が斬られ、身も容易に寸断されかねなかったからだ。
元々似た技は会得していたが、練度の高いクーバトロの技を見て、洞察力と器用さを活かして技の精度を無理やり上げたのだった。
あのままやり合っていては、消耗しているミゼルが力尽きて負けるのは目に見えていた。
二つしかない烙印。その一つを使い、クーバトロの首を落としてゲルガッドの背後へと回った。それが限界の時間である。ゲルガッドを負傷させる一撃を加える動作すら困難な状態であった。
烙印が切れて以降、身体への負担は大きく、ここで烙印を使いゲルガッドへ攻撃する前に身体が保たない。次に烙印を使うなら退避に徹したい本心だ。
余裕を見せ、煽りの言葉でゲルガッドの出方を伺う。願わくば、このまま恐れて逃げて欲しい所であった。
(落ち着け、落ち着け落ち着け。はったりだ。魔力と気功の混合技は今まで誰もがやってきたことだ)
それはゲルガッドやオウゾよりも強い戦士達が証明し、語り継いでいる。力の混合技で速力は上がらないと。
やや落ち着き、冷静さを取り戻した頭が推論を立てた。
“俊足で動けるなら、なぜ背後へ回ったのか?
早々にゲルガッドの首を落とせばすぐに事は済む。
強い戦士がいる村を潰した者を前にして、なぜ生かす必要がある?”
疑問が浮かぶも、その答えも導かれた。
“ゾーゴルの内情、もしくは村を壊滅させた手段を得るため”
力圧しで村を壊滅させたと思えないのは、村人の死体が何処にもなく、状況は前日以降と示している。今日までの間に、何かをした。その理由まで全てを知りたい。
なぜか。それは次に同じ手段を用いられた時に対抗するため。
なまじ疑り深いゲルガッドの癖が働き、自問自答が繰り返される。しかしすぐに行動に移さない状況が、不利に立たされているミゼルを焦らせる。
(ミゼル、本当に大丈夫!)
(残念だが、相手は妙に勘が良い強者かもしれない。気の小さい愚か者であってほしかったが)
両者睨み合い、出方を伺った。
◇◇◇◇◇
トウマが本城へ到着すると、ザラついた纏わり付く粘液のような力を足下に感じた。たった今、腰までその力が現われたような、突然、浅い池にでも入ったような感覚であった。
「なんだこれ?!」
ビィトラが現われ、上空から誰が行ったかを探るも、かなり広域にその力があるとしか分からなかった。
「トウマ大変だ! どこから誰がやってるか分からないし、かなり広いよ!」
「早くルバス様に報せよう!」
気持ちは焦るも、足は沼地を歩くように重く動き難くなった。
それでも足を進めるが、纏わり付く力が徐々に嵩を増した。
「これ、顔まで来たら溺れるとか?」
怖い発想をビィトラは浮かべた。
それを試そうとトウマは考えるも、もし顔を浸けた時点で顔に纏わり付いて窒息死する想像が浮かび、試せなかった。
「いっぺん、カムラ使って城の屋根まで跳ぶよ」
「うん」
ビィトラがトウマの中へ入ったとき、声がした。
『待てトウマ!』
声の主が分からない。それでも反射的にトウマは「はい」と返事し、カムラを発動しなかった。
「え、誰?」
『あとだ! カムラは使わずその場に留まれ!』
「そんな、このままじゃ溺れ死にますよ!」
『ヌガの沼は溺れん! 今は神力を温存しろ。直に使い時が来る!』
「いつですか、それ!」
『ワシが合図する! もう暫しの間だ。絶対使うな!』
声が途絶えた。
声色から老爺が連想される。
トウマが今まで出会った中で声の主と思われる人は知らない。なのに自分の名前もカムラも神力も知っていた。
信じるか疑うべきか。
分からないまま、それでも信じてその場で待った。
「ねえ、本当に信じて大丈夫なの?」
ビィトラに訊かれるも、迷いは拭えない。
「とりあえず、今は」
不安を増長させるかのように、纏わり付く力が勢いを増した。
首元まで昇ると、いよいよ溺死が過る。しかし、頭まで浸かるも、息は確かに出来た。
「ほんとだ、息が――!?」
安心は出来ない。今度は黒く、大きな魚影が、優雅に泳ぐ姿を目の当たりにした。その大きさはクロマグロ程あるものやホオジロザメやシャチほどの大きさのものも。
今度は食われる想像が頭を支配した。
「この村の者達は業魔を封印する一族であり、日夜鍛錬に励む戦士もいたと聞く。その者達を仕留めたとあるなら、それなりに強いと想像がつくのだが、獲物の取り合いとは……。先に仕留めれば何かを得られるのかな?」
卑しく笑うクーバトロは、刀の切っ先をミゼルへ向けた。
「ケケケ。これは勝負だ。多く仕留めたほうが勝ち。勝った奴が何でも一度命令出来る崇高な勝負だ」
「ほう、なぜ一度なのだ? 期間であればその間は何度でも命令を下せるじゃないか。それとも、なにやら拘束力が働くのかな?」
これ以上の会話は秘術を読まれるとゲルガッドは悟った。
“縛りの秘術”ゾーゴルに伝わる秘術であり、術師が対象に勝負をもちかけ、勝者が一度だけ命令出来るものである。どのような命令でも良いが、互いに命令の条件を敷かなければ発動しない。故に、自死、絶対不可能な条件、死を伴う命令など、命令出来る内容は予め条件を設けなければならない。
二人が敷いた条件は、一時間だけの協力関係。その内容は無理のない労働である。その条件下による事故で死する場合、その死は秘術の枠に収まらない不幸な事故として扱われる。
「クーバトロ、無駄口はそこまでだ。こいつ頭切れるぞ」
探りを入れられればどういった方法でパラド村を壊滅させたかまで読まれてしまいかねない。
やり合う前からゲルガッドはミゼルを警戒した。
今は互いに手の内を見せていない。勝機は今にしかない。全てを見抜かれて勝ち抜くには戦士としての実力勝負となる。
ミゼルの力量を知らないゲルガッドも、警戒心が働いてしまう実力者だと勘で悟った。
「ケケケ。ゲルガッド、恐れすぎ。腰抜けは黙って観てろ!」
クーバトロが突進して先行した。
ゲルガッドは呼び止めもせず、ククリナイフ(のような刀)を構え距離をとって様子を見た。
ミゼルは身を翻して躱し、剣を抜いて構える。休む間もなく斬りつけてくるクーバトロの攻撃を受けては躱し、距離をとって様子を伺うを繰り返した。
(ミゼル、圧されてるよぉ)
(ラオ、少し大勝負に出るが、許してくれよ)
ミゼルの思惑がラドーリオには到底想像もつかない。今は生き残ると願うだけだ。
「いい、いいなぁっ! お前、なかなか骨があってしぶといなぁ!!」
興奮するクーバトロは刀に魔力と気功を混ぜ合わせて籠めた。
「ほう、器用な技を」
見ても分かるように、籠められた二つ力は刀の鋭さを増した。岩や大木は紙を切るほどすんなりと斬れてしまう。
二人の戦いを観戦するゲルガッドはいよいよミゼルの危うさを理解した。
(野郎、この状況でも周りを見てやがる。クーバトロの攻撃も殆ど感覚でやりきってるってのかよ)
ゲルガッドが冷や汗をかきながら手を考える中、「さてさて!」とミゼルが声量を上げて言葉を発した。それが自分へ向けられているのだと、一秒、目が合った時にゲルガッドは気づいた。
「私を倒す算段を巡らせているのかね? 悠長なものだ、パラド村の戦士を屠った術をさっさと出せば勝機を得ただろうに!」
言ってるミゼルはまだクーバトロの攻撃を躱している最中だ。
「笑わせんな! クーバトロで手一杯の野郎がよぉ!!」
「そうか、……そうだな――」
一瞬。刹那と言い換えてもいい。
言葉が途切れた途端、ミゼルの姿が消えた。
空間術を使い、この場から去った。そう感じた矢先、ゲルガッドの眼前でクーバトロの首が落ちた。
「クーバトロ!」
「余所見かい?」
後ろから声がして焦り、振り向き様に距離をとった。自身の身体が斬られていないかを感じつつミゼルを睨む。
「安心するといい、斬ったのは彼だけさ。良いだろ? 君たちは村の者達を惨殺したのだ。自分達が殺されない側に立たされるなど、虫のいい甘い考えを持ち合わせていないとは思うがね」
「てめぇ、どうやった。どんな術を」
「術、というものではないさ。こちらも既に消耗している身だ。手持ちの僅かな力でやりくりしないといけないからね、魔力と気功で対処させてもらったよ」
「はぁ? ふざけるな! 魔力と気功だけで俺の目が追いつかねぇ速さが出せるかよ!」
失言。気づいた時には焦りの色を滲ませながらも表情を戻した。
「ほう、目が良いのか。それは気をつけなければ」
体質か術かは告げていない。しかし余裕を滲ませる目つきが見抜かれていると思わせた。
「手の内を明かすのは気が引けるが、私は嘘を吐いていないよ。そもそも、君の仲間も言っていたではないか」
魔力と気功の混合技。武器に用いれば鋭さと強度を増す術だ。
「それで足も速くなりますってか? んな訳あるか、今まで試した奴は何人もいたんだぞ」
「仕方ないだろ? 出来てしまうのだから」
今、ミゼルは大勝負に出ている。
クーバトロの首を落とし、目にも留まらぬ速さで立ち回ってゲルガッドの背後に立った。その事実は正しくミゼルの行動だが、魔力と気功を混ぜてこの俊足を得たのではない。
魔力と気功を混ぜたのはゲルガッドの攻撃を遇う時だけだ。そうしなければ武器が斬られ、身も容易に寸断されかねなかったからだ。
元々似た技は会得していたが、練度の高いクーバトロの技を見て、洞察力と器用さを活かして技の精度を無理やり上げたのだった。
あのままやり合っていては、消耗しているミゼルが力尽きて負けるのは目に見えていた。
二つしかない烙印。その一つを使い、クーバトロの首を落としてゲルガッドの背後へと回った。それが限界の時間である。ゲルガッドを負傷させる一撃を加える動作すら困難な状態であった。
烙印が切れて以降、身体への負担は大きく、ここで烙印を使いゲルガッドへ攻撃する前に身体が保たない。次に烙印を使うなら退避に徹したい本心だ。
余裕を見せ、煽りの言葉でゲルガッドの出方を伺う。願わくば、このまま恐れて逃げて欲しい所であった。
(落ち着け、落ち着け落ち着け。はったりだ。魔力と気功の混合技は今まで誰もがやってきたことだ)
それはゲルガッドやオウゾよりも強い戦士達が証明し、語り継いでいる。力の混合技で速力は上がらないと。
やや落ち着き、冷静さを取り戻した頭が推論を立てた。
“俊足で動けるなら、なぜ背後へ回ったのか?
早々にゲルガッドの首を落とせばすぐに事は済む。
強い戦士がいる村を潰した者を前にして、なぜ生かす必要がある?”
疑問が浮かぶも、その答えも導かれた。
“ゾーゴルの内情、もしくは村を壊滅させた手段を得るため”
力圧しで村を壊滅させたと思えないのは、村人の死体が何処にもなく、状況は前日以降と示している。今日までの間に、何かをした。その理由まで全てを知りたい。
なぜか。それは次に同じ手段を用いられた時に対抗するため。
なまじ疑り深いゲルガッドの癖が働き、自問自答が繰り返される。しかしすぐに行動に移さない状況が、不利に立たされているミゼルを焦らせる。
(ミゼル、本当に大丈夫!)
(残念だが、相手は妙に勘が良い強者かもしれない。気の小さい愚か者であってほしかったが)
両者睨み合い、出方を伺った。
◇◇◇◇◇
トウマが本城へ到着すると、ザラついた纏わり付く粘液のような力を足下に感じた。たった今、腰までその力が現われたような、突然、浅い池にでも入ったような感覚であった。
「なんだこれ?!」
ビィトラが現われ、上空から誰が行ったかを探るも、かなり広域にその力があるとしか分からなかった。
「トウマ大変だ! どこから誰がやってるか分からないし、かなり広いよ!」
「早くルバス様に報せよう!」
気持ちは焦るも、足は沼地を歩くように重く動き難くなった。
それでも足を進めるが、纏わり付く力が徐々に嵩を増した。
「これ、顔まで来たら溺れるとか?」
怖い発想をビィトラは浮かべた。
それを試そうとトウマは考えるも、もし顔を浸けた時点で顔に纏わり付いて窒息死する想像が浮かび、試せなかった。
「いっぺん、カムラ使って城の屋根まで跳ぶよ」
「うん」
ビィトラがトウマの中へ入ったとき、声がした。
『待てトウマ!』
声の主が分からない。それでも反射的にトウマは「はい」と返事し、カムラを発動しなかった。
「え、誰?」
『あとだ! カムラは使わずその場に留まれ!』
「そんな、このままじゃ溺れ死にますよ!」
『ヌガの沼は溺れん! 今は神力を温存しろ。直に使い時が来る!』
「いつですか、それ!」
『ワシが合図する! もう暫しの間だ。絶対使うな!』
声が途絶えた。
声色から老爺が連想される。
トウマが今まで出会った中で声の主と思われる人は知らない。なのに自分の名前もカムラも神力も知っていた。
信じるか疑うべきか。
分からないまま、それでも信じてその場で待った。
「ねえ、本当に信じて大丈夫なの?」
ビィトラに訊かれるも、迷いは拭えない。
「とりあえず、今は」
不安を増長させるかのように、纏わり付く力が勢いを増した。
首元まで昇ると、いよいよ溺死が過る。しかし、頭まで浸かるも、息は確かに出来た。
「ほんとだ、息が――!?」
安心は出来ない。今度は黒く、大きな魚影が、優雅に泳ぐ姿を目の当たりにした。その大きさはクロマグロ程あるものやホオジロザメやシャチほどの大きさのものも。
今度は食われる想像が頭を支配した。
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