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十章 暗躍と思惑と

Ⅴ オウゾの忠義

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 ヒューガとルダの兄弟対決は誰もが言葉を失うものだった。
 それは、ぶつかり合う刃が放つ衝撃。
 それは、目にも留まらぬ速さで振るわれる、刀と短刀の応酬。
 それは、互いに僅かしか籠めていないものの、光を放つ呪いと呪いのぶつかり合い。
 カミツキに生まれた剣豪同士の高速の死闘。どちらとも、油断を見せれば強力な一撃をその身に食らうだろう。一撃でも食らった傷は、たちまち重症か、死に直結するような致命傷になりかねない。
 ヒューガの身を案じるガルグは、助太刀しても足手まといか、身を挺したところで盾にもならない邪魔者にしかならないと見極め、一人歯痒い思いをしていた。そして、この化け物宛らの戦闘を繰り広げる兄弟は、共に楽しそうな顔でやり合っていた。

「オニが来るぞぉぉ!!」
 二人の戦いが人々の気を引いた為、気づくのが遅れる者が殆どであった。
 ヒューガとルダの放つ呪いに惹かれ、オニ達も集まりだしたのだ。ただし、人間達のように見蕩れているのではなく、触発されて興奮し、暴れ回る様子であった。
「凶暴化、してる?」
 トウマが呟くと、ガルグは指示を下す。
「オニ共はヒューガ様達を狙っているぞ! 一匹たりとも近づけずに仕留めろぉ!!」
 続けてトウマへ、近くのオニを倒すように頼み、了承したトウマはすぐに向かった。
 人々を魅了させる兄弟喧嘩も、避難とオニ討伐により観戦する者はいなくなった。それでも二人の攻防は止まらない。互いに呼吸は乱していても。

(まだかまだかまだか! 早く来やがれ畜生っ!)
 ルダはヒューガに気づかれないよう立ち回り、隙を見て周囲を気にする。待ち望む機会を読まれてしまえば一気に不利に立たされてしまう。
(相変わらず憎たらしい奴だ。何を企んでいる)
 連続した攻撃を繰り広げながらも、ヒューガはルダの思惑がまだ見抜けない。気になる点を上げるなら、時折地面を斬るほどの大振りな攻撃を加える点だ。それが、今まで見ないうちに変わっていったルダの戦闘様式なのかもしれないが。妙な違和感としてあるその戦闘様式が、ヒューガは気になっていた。
 しばらく続いた斬り合いの区切りとして、二人は距離を置いて向い合う。互いに呼吸は激しく乱れた。
 十数秒、呼吸を整えるも、次にどう動こうか迷い合った。
「……王さんらしく護られてろよ」
「動かぬ王などただの仕留めやすい的だ。愉快か、ゾーゴルの幹部は」
「俺が真面目に働くとでも思ってんのかよ」
 ルダの性格から、それはあり得ない。ヒューガはおかしく思った。
「くくく、戯れも度を超せば命取りだぞ。それとも、別の思惑があるのか?」
 ヒューガの憶測はルダの表情を僅かに強ばらせ、魔力を僅かに揺らめかせた。
(相変わらず面倒な野郎だ)
 兄への警戒が一層強まる。
(やはり時間稼ぎが狙いか)
 これ以上の休憩は弟の思うつぼだと察し、ヒューガは再び臨戦態勢をとる。
 ルダも武器を構える。その最中、目当ての力を感じ、口元に微かな笑みがこぼれてしまった。
 不意の感情の吐露が、ヒューガを焦らせ、突進へと至らせた。
 いよいよ斬りかかる時、ルダの身体が霞がかり、ヒューガの一撃は無抵抗のルダの身体を斬るも、その感触はまさしく空を切るものであった。
 何かが来ると察したヒューガは残像のルダから飛び退き、周囲を警戒する。
「前から思ってたんだけどよぉ、弟に手加減ってもんはねぇのかよ。殺す気か?」
「俺へ刃を向ける者は誰であろうと死を覚悟したも同然。それと、お前は本気でなければこちらが危うい」
 ルダの確かな実力は、今も尚ヒューガの脅威として捉えている。この戦闘がまさに物語っていた。
「そりゃ光栄なこった。潮時だ、じゃあな」
 ルダは霧の中へ消えるように姿を消した。

 出現したオニ達を仕留め終え、ガルグはヒューガの元へと駆け寄った。
「ご無事ですかヒューガ様!」
「無論だ。どうやら奴の目当てはビンセントだったようだ」
 続けてスビナとトウマも集まった。
「スビナよ、無事に会えたか?」
「はい、それについてお話ししたいのですが……、ビンセントさんが」
「悔やんでも奴は戻らん。が、奴も何か考えあっての拐かしであろう、今はほうっておけ」
 トウマはルダとヒューガの関係が気になった。
「……あの、どうしてルダさんと」
「逸るな。ガルグよ、場を設けよ」
 返事したガルグは急いで兵隊長の所へと向かった。


 ◇◇◇◇◇


 カイネの集落へと到着したジェイクは、見るも無惨に変わり果てた集落を目の当たりにして言葉を失った。半壊の大屋敷には厳重な結界が張られ、その中に避難者がいるのは見て取れる。
「……一体、何が」
 大屋敷からジェイクを呼ぶ叫び声がした。それは、かつて鍛錬に励んだ者達と術師達。
 急いで向かおうとした矢先、近くの倒壊物の陰に気配を感じ立ち止まる。
 威圧感のある気配から警戒が高まり、緊張したまま武器を構えた。
「ベル、先に大屋敷に行ってくれ」
 事態を読んだベルメアは、返事をして大屋敷へと向かう。
 彼女を射殺そうと、倒壊物から何かが飛び、ベルメアを貫くも、まったく意味を成さなかった。
「残念だったな。ありゃ幻みたいなもんだ。一応神様だぜ、罰が当たるぞ」
 出てこいと言わんばかりにジェイクの気迫が強まる。
 倒壊物から現われたのはオウゾ。剣を鞘から抜いていた。
「俺はジェイク=シュバルツ。誰だあんた」
「オウゾ=レバイス。ゾーゴルの騎士だ」
「これをあんた一人でか? 随分と派手にやらかしたな」
「知りたくば力尽くでこい」
 並の剣士ではない。睨み合いでジェイクは冷や汗をかくほどの実力者だと実感した。


「皆、何があったの!?」
 避難者の中にはヌブル族の戦士達もいる。
 戦士の殆どが負傷し、今は別室にて治療を受けているが、大勢の戦士達が死んだとも報される。
 空気が冷ややかになるのを感じ、その変化が業魔の結界が解ける報せだと感じ、術師と数名の戦士で業魔の封印へと赴いた。すると、封印は解けていないが、傍にオウゾが立ち、業魔に触れていた。
 戦士達がオウゾへ立ち向かうも、見えない壁に隔たれ、間もなくして封印された業魔が眩い光を放ち、周囲に烙印が記されたオニが現われたという。その数は不明だが、大凡十数体はいたそうだ。
 数名の戦士と術師が殺され、避難した戦士と術師達はすぐに報せ、敵を警戒した。
 オウゾは攻めてくる者しか相手せず、ほかは全てオニ達へ任せた。
 オニはその辺のオニよりも強く、一撃の攻撃でも食らおうものなら瀕死か絶命してしまうほどだ。カイネの戦士であれ、気功を全力で籠めて挑み三体倒せるも、死者は十名を優に超えた。
 悪戦苦闘の最中、ヌブル族の村は壊滅したと報告を受け、戦意が削がれていく。ジェイクが到着するまでの短い間に、屈強な戦士達の大勢が死に、重傷を負い、ヌブル族の村は壊滅、カイネの集落はも壊滅寸前に追いやられている。

「じゃあ、今オニ達はどこなの?」
「バドが惹きつけて、村へ」
 バドの気質にオニ達は反応しているようであった。なぜバドにその力が備わっているか疑問視するも、一人で多数のオニを相手にするのは無理がある。
「早く、バドを救いたいが……」
 主力となる者達はもういない。既に御頭も死んだと報され、ベルメアはゾッとした。
 絶望の報告を受けた最中、ジェイクはオウゾの強力な攻撃の応酬に防戦一方である。しかもその一撃一撃が、重い。
「はぁ、はぁ、はぁ」
 距離をおき、次の動きを伺う。
 ジェイクは息を切らせ、オウゾは平然とする実力差が現われていた。
「ガーディアンとは名ばかりか、それともただの誇張か。この程度とはな」
「知るかよ、こっちはただの騎士から伝説扱いでな。無理やり重荷背負わされたようなもんだ」
「ほう、一国を護る騎士であったか。これは無礼を働いた、力量を測る戦いは不敬に値するな」
 さらに魔力が籠る。
「ゾーゴルってのはバケもん揃いかよ。それとも、あんたみたいな一国を護る戦士特有の素質ってやつか? リブリオスの三国の幹部ってのは力が与えられるんだろ?」
 オウゾは鼻で笑って返す。
「確かに、この身はゾーゴルへ捧げておるが、我が意志の最たる所は別だ」
「おいおい、ゾーゴルでも国が分かれてんのか?」
「ゾーゴルではない。今は無き、賊の卑劣な罠により滅んだ国、ファドラ皇国こそ我が忠義を置く国だ」
 ファドラ皇国と聞き、かつてバルブラインにて操られた挙げ句、死したガーディアン、ダリオスが思い出された。
「王に仕えし騎士に当たる戦士、レザの実力をその身に刻め、亡霊よ」

 オウゾの切っ先がジェイクへと向けられる。
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