烙印騎士と四十四番目の神

赤星 治

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十章 暗躍と思惑と

Ⅳ 想定外の対面

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 昼過ぎ、異変が起きた。ニルド全域を冷ややかな空気が抜けたのだ。
 その変化はどこにいても感じ、奇妙に感じる者達や気のせいだと思う者達などもいるが、ゾーゴル襲撃を知る者達は全員が結び点けた。第二陣が迫っていると。
 空気の変化がニルド全域だとは分からず、”自分達の持ち場に現われる”のだと気を急かす状態ではあったが、各々が焦りながらも身構えた。
 しばらくして、先遣部隊であろうオニが、本城内以外のそこかしこに現われた。

 まだ持ち場へと到着していないジェイクとミゼルは、ガーディアンである自分達の足止めとして宛がわれたのかと勘違いする。しかしそんな憶測は、すぐに倒す、と心に決め、高まる焦りを無理やり鎮めて剣を構えさせた。
 ”カムラは使わないで温存”
 ジェイクはベルメアの忠告に従い、オニと対峙した。
 一方のミゼルは既に消耗状態であり、ウーザが拵えた特殊な陣術の治癒により、ある程度回復しただけで、カムラを使えない状態に変わりは無かった。魔力と体力を温存した戦術で、どうにかこうにかオニと対峙できはしたが。
 幸い、それぞれの前に現われたオニは一匹であったため、さほど時間はかからなかったが、こんな事が立て続けに起これば太刀打ち出来なくなると考え、急ぎ持ち場へと向かった。

 城内にてルバスの護衛として配属されていたトウマは、外の事態を不安視したウーザの命令によりヒューガへ加勢するように予定を変更された。
 トウマは急いで三ノ門が見える所まで着くと、突如二体のオニが現われた。
 “何が出てきてもおかしくはないと意識しろ”
 ヤザリの助言が功を奏し、トウマは怯むこと無く、すぐさま武器を構えてオニを相手取る。
 時間も魔力も神力も無駄には出来ない。
 最短で片付く方法を想像し、オニの攻撃を躱して跳躍し、脳天目がけて魔力の矢を放った。随分となれたので、魔力消費も抑えられている。
 一点集中の強力な一撃は、すんなりとオニの頭部を貫いた。
 二体とも一挙一動が愚鈍であるのも幸いし、時間は五分もかからなかった。
 こんな事態が二ノ門と三ノ門周辺の町でも起きていると、甚大な被害を予想してしまう。
「焦っても魔力は抑えなよ」
「ああ」
 ビィトラの助言を聞き入れ、トウマは急ぎ三ノ門へと向かった。
 門へ到達すると、今度は不思議な感覚に陥った。またもや冷たい風が、今度は門の向こうから吹き付けたのだ。それは、魔力が混ざる風ではあるが、ミジュナも混じっていた。
「……今のは……」
 何か分からない。ただ、これより先、とても危険な何かがいるかもしれないと勘が働いた。

 ◇◇◇◇◇

 ガルグがニルドの兵達と協力して陣形を整えた。
 一同も冷たい気配を感じ取り、いよいよゾーゴルの襲撃を構えると、町の至る所からオニが出現した。
 家屋は破壊され、あちこちから悲鳴が上がる。
 住民の避難は起きているが、全員が安全圏にはいない。そのため、逃げ遅れたり果敢にも立ち向かう者達をオニが食らう事態へと陥った。
「オニを舐めるな! 一国を潰す作戦に使われる兵器として見ろ。容易く仕留められはせんぞ!」
 ヒューガの意見へ異を唱えるものはいなかった。
 細心の注意を払い、兵達はオニの軍勢と立ち向かう。
 数体のオニがヒューガ達の陣へ攻めてきた。
 ニルド兵達は攻撃を対処し、高所で構えていた弓兵がオニへ次々と矢を浴びせた。
 一人の弓兵が放つ矢には魔力が籠り、当たるだけで深々と突き刺さる。高威力だがあまり数は射れず、出来るかぎり急所を目がけてはいる。
 “人間でいうところの心の臓は分からん。だが脳天を突けば仕留められる”
 ガルグの助言は正しいと判明したが、頭部が小さいので確実に射貫くには困難を極めた。
 どうにか三体のオニを倒した頃、二ノ門のほうから冷たい風が吹き付けた。

「暇も与えんとは、なかなか本腰が入っているな」
 ヒューガもいよいよ刀を持ち、いつでも戦える構えとなった。
「ヒューガ様、今暫し」
 ガルグの呼び止めの最中、ヒューガは気づいた。
「外の連中は斬新な出方をするらしいな」
 冷たい風の向こう、そこから感じる魔力は昨日まで感じていた力であった。さらに後方からガーディアンの力も感じる。
「これは、ミゼルかジェイク、でしょうか?」
 気質はガーディアンだが、ガルグは感じた事の無い力であった。
「おそらく奴らと同族だろう。仲間かどうかは知らぬがな」
 ニルドにもガーディアンがいるとの情報から、ヒューガはその人物だと察した。
 二と三、それぞれの門から駆けてくる者達は、先に二ノ門方向からの二人が到着した。
「なんと、ビンセントにスビナか!?」
 現れ方が気になったので、ガルグは驚きを隠せない。
 遅れて三ノ門から、トウマが到着した。
「あの、ヒューガさ、ま……」
 見た途端、思い出される。
 衣服や人相にやや違いはあるも、ルダとそっくりだと。
 トウマの反応から、ルダと関係があるとヒューガは直感した。
「俺のことは後にしろ。今は」
 告げようとした矢先、トウマは表情を変えて武器を取り出して構える。
 その変化が自分へ向けられたと考えなかったのは、遅れて気配に気づいたからである。

「危ない! 後ろ!」
 トウマの叫びに気づいて振り返ったビンセントの傍には、いつの間にかルダが立っていた。気配をまるで感じなかった。
「よぉ」
 言葉をかけつつビンセントの背を、呪いを纏わせた指先で撫でた。すると、瞬く間にビンセントは気を失った。
「誰もそいつに近づくな!」
 ヒューガは刀を鞘から抜き、切っ先をルダへ向けた。
(げぇっ! なんでいんだよ馬鹿野郎が!)
 不快な心地のまま、ルダは急いで刃渡りが長めの短刀を二本、空間術で取り出して構えた。気を失ったビンセントは、足下の黒い水溜まりの中へと沈んでいく。
「ビンセントさんをどうするつもりですか!」
 叫ぶスビナへ、ルダは普段の調子で返す。
「ご指名でな。ちょいと借りるだけだ」
 その言葉にヒューガは返した。
「俺の前で堂々と拐かしとは、随分と舐められたものよ」
「うるせぇ、一国の王さんだったら、黙って引きこもってろよ。出たがりかよ」
 煽りの言葉にヒューガが憤る様子はない。しかし、魔力が騒ぎ始め、刀に薄らと呪いが籠った。
(野郎ぉ、本気でる気かよ、畜生)
 ルダも同量の呪いをそれぞれ短刀へと籠めた。

 逃げたくとも、退避する術には時間がかかる。
 時間稼ぎに言葉を交して力を温存しようとも、相手がヒューガであるならそうはいかない。会話による時間稼ぎがすぐに見抜かれてしまうからだ。
「俺の手で殺されることをあの世で感謝しろよ」
「しゃしゃり出たことを後悔するぞ、いくさ好き」
 わずか数秒の睨み合いの末、両者共に駆けた。

 目にも留まらぬ速さに、周りの者達は度肝を抜かれた。
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