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十章 暗躍と思惑と

Ⅱ ルダへの疑惑

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 伝令役を担ったジェイクがヒューガの元へと向かう。一ノ門より先かと腹を括っていたが二ノ門手前でヒューガ達を見つけて安堵し、ヒューガとガルグへ事態を報せた。
「ふん、俺の城を痛めつけた礼をしてやらねばな」
 ゾーゴルを迎え撃つ気構えがしっかりと出来上がっている。クーロへ帰る選択肢など存在はしないだろう。
(やっぱりな)
(やっぱりね)
 ジェイクとベルメアは同時に納得した。こうなるであろうと。
 予想に反していたのは、ガルグの呼び止めが弱かったことだ。「宜しいので?」と控えめな反応だ。
「お前も既に分かっていよう」
「はっ。では門兵に事情を説明し、策を練る場を設けます」
「クーロにも伝令を回せ。ニルドのみで治まるとも思えんからな」

 ガルグが動くと、ベルメアは疑問を口にした。
「意外ね、もっと声を上げてヒューガを止めると思ってたのに」
「もしやお前達、ガルグを剣の腕が立つ俺の面倒見役だと思い込んではないか?」
 図星がジェイクとベルメアの表情に現われ、ヒューガに鼻で笑われた。
「あやつほど勘のいい配下はおらん。先の内乱においてはゾーゴルの手の内が分からん奇襲ゆえに後手へ回ったが、ある程度手の内が見えたとあらばガルグの勘は活かされる。最優先は俺の命だが、二ノ門ここへ来るまでに腹を決めたのだろ。ずっと戦略を練っていたはずだ」
 関心の声を漏らすベルメアはジェイクへと視線を流した。
「なんだよ、その目は」
「ジェイクも見習わないとね」
「うるせぇ」
 二人のやりとりに、ヒューガは気持ちが僅かに和んだ。
「けど、ルダが出てきたら、ヒューガは討てるの?」
「愚問だな。身内であろうと俺に刃を向けるとあらばそれは死を覚悟したと同義。存分に殺し合うだろうな。だが奴は俺の前に現われんだろうな、おそらく。見かけようものならすぐさま逃げ仰せるだろ」
「まさか、双子ならではの、意思疎通?」
 ジェイクの率直な疑問に、ヒューガは呆れた。

「たわけ。そんなものあってたまるか気持ち悪い。奴がゾーゴルを優先し、動くなら、先の内乱では完全敗北を喫していた。どこか手ぬるいのは、ルダが関していなかった証拠。クーロを手中に収めれば大いにゾーゴルは動きやすかろうものをだ。アレの心意は知らんが、別の目的を優先して動いているはずだ」
「へぇ、ルダってそんなにすごかったんだぁ」
 ベルメアの記憶では、情けない姿だけが印象深く、やる気無く飄々と立ち回る風来坊だと決めつけていた。
「第一陣により半壊したニルドへ、追い打ちがこうも遅いとあらば、ルダは関与せん。俺でもこの好機を逃しはせんぞ。何をもたついているかは分からんが、ルダが指揮するなら、現時点でニルドは火の海だ」
 しかしそうなると疑問が残る。
「じゃあ、なんでゾーゴルはまだ攻めてこない?」
「徹底して潰す準備に手間取っておるか、身内で揉めているか、何かを待っているか。どうあれ、この間が勝敗を左右する”暇”だ。ジェイク、ルバスへ伝えろ。城へ向かう時間が勿体ない、早々に手を考え、俺へ報せろとな」
 再びジェイクは足に魔力を籠めて本城まで駆けた。


「……つー訳だ。ああなったらクーロへの帰還は諦めたほうがいい」
 まるで身内へ告げる気安い態度のジェイク。即座にミゼルとベルメアから指摘を受けた。
(ボロが出てしまえば後々面倒になるぞ)
(ルバスもそうだけど、ヒューガとルダの関係も秘密だからね。それぞれに事情があるから)
 指摘後に態度が変わるジェイクの様子をシオウが気遣うと、ミゼルが念話についての説明をした。そして補足をベルメアが。
「お見苦しい所を見せる訳には参りませんからねぇ。こっそりと忠告させていただきました」
 まるで母親のように。

 部屋は一階の広間。ウーザの結界により頑丈となり、城が崩れてもこの部屋だけは残るようになっている。
 部屋にはルバス、シオウ、ジェイク、ミゼルの四名と守護神二柱である。現在、城内の怪我人の手当、治療、救出などを手分けして行っている最中である。
「確かにヒューガ様の仰る通り、なぜゾーゴルの二陣が遅いのかは気になりますな」
 シオウに続き、ミゼルが意見した。
「ルダが欺された、とは考えにくいな。奴の命令により一陣が内乱を起こした節も見えんとするなら、ルダは作戦の全容を把握していたが、二陣に何かがあったか、壮大な何かを起こすか……」
「脅かすんじゃねぇよ。そうなったら一巻の終わりだぞ」
 ジェイクはルバスへと顔を向ける。
「ニルドの王様には伝えないのか?」
 もう指摘も諦めたのだろう、ミゼルもベルメアも何も言わなくなった。
「王はこの事態も把握しておるだろう。恵眼は私の比ではないからな。その上でこちらへ姿を現わさず、助言も無いと言うなら考えあってのこと。我々は今ある情報を元に行動するだけだ」
 ますますニルドの王の目当てが分からなくなる。しかし今はそれどころではない。
 生き残った人間、ニルドに住む人間達が危機に瀕している。国や王など関係無く、できうる限りの手立てを講じなければならない状況であった。
「今から話すのはウーザが予測したゾーゴルの動きだ。確実ではないが、これを元に作戦を立てよう」
 シオウがジェイクとミゼルの同意を得て話を進めた。


 ◇◇◇◇◇


 フィーゼルの元にニルド城内での内乱状況の報せが入った。
 予定には無かったルダの命令による”オニを残しての全軍撤退”を聞き、その場に居合わせたリーザンとネルジェナは険しい表情となる。
「王よ、即刻あやつを幹部から除名致しましょう。会合にも出席せず、自由にさせすぎでございます」
 怒り具合は声量から窺える。
 ネルジェナは八騎士の中でエベックとルダを酷く嫌っていた。ゾーゴルへの忠誠心が高いぶん、身勝手な行動をとる輩がどうしても眼についてしまうからである。とりわけ、ルダはネルジェナと二言三言言葉を交すと即座にどこかへと消えるので、尚更揶揄われているようで歯痒くあった。
「尤もな意見だが、無意味な妨害は幹部たる者、不可能だと知っていよう。ルダの除名と処罰は簡単だが、何か意図あってというなら決断は早計だぞ」
 リーザンは思い当たる節を口にする。
「ゼオンめが健在、という点が気にかかります。あやつはニルドの幹部として位を与えられたのです。此度の内乱にて、死しても不思議では御座いません」
 ゾーゴルであれリブリオス三国であれ、王への絶対忠誠を誓う幹部はそれ程に重い位である。本来であるなら、ゼオンの回収と治療には骨を折ると考えられていた。
 当人も裏切り後、自身に起こる災難を乗り切るを課題として与え、ルダは呪いを用いて威力を弱めると提案したため、極秘任務であるゼオン回収作戦は組まれたのだ。

「どういう方法かは知りませんが、ゼオンが幹部ではなく、それを知ったルダが急遽作戦を変更した。……釈然としませんねこの解釈では。ゼオンの犠牲を前提としても撤退命令は行きすぎかと」
「では、この内乱が起こる前から奴は何かを危惧していたと? カガからの報告によれば、邪魔をされたとあります。身内への反逆行為をも作戦とするなら、幹部の縛りに矛盾が生じておりませんか」
 フィーゼルが考える最中、ゼオンが報告に訪れた。
「答えよゼオン! どうなっておるのだ!」
 怒りをぶつけるようにネルジェナが命令する。
「は。その点におかれまして、ルダ様からの言伝が御座います」
「申せ」
 平静のまま命令するフィーゼルの威圧が、ネルジェナより遙かに重くのしかかり、ゼオンは冷や汗をかいた。
「じかにニルドを見た結果、近く、テンシか相応の力を持つ輩が現われ、我らゾーゴル軍も苦戦を強いる危険が大いにあると判断したそうです。当初の予定より範囲を広め、各地の業魔、オニを利用し、備えを整えつつ進軍を提案する。とあります」
「信ずるに値する証拠でもあるのか」
 ネルジェナの命令に「御座いません」と即答があった。

 リーザンは少し考えた。
「なぜ、ルダはテンシの出現が読めるのでしょう」
 恵眼を持つフィーゼルですら読めなかったテンシの出現。ルダの言伝は謎を残す結果となる。
「王よ、やはりルダは信ずるに値しません。即刻奴を見つけ出し吐かせるほうが」
「だが幹部の縛りが奴へ影響を示しておらん。偽り無く立ち回っているのであらば、この報せも事実」
 リーザンは疑問を呈した。
「ですが秘密は通せます。真実を持って誘導し、秘密を使ってゾーゴルへの反旗を翻すとも」
「だがこのまま進軍し、ルダめの忠告通りの顛末を迎え、壊滅などになれば目もあてられん恥さらしだ。それに言伝の作戦の最中、我々が窮地に追いやられたとて対応策は講じやすい。業魔という補給もあるからな」
 フィーゼルは手を考えた。
「ネルジェナ、お前のヌガだが……」

 フィーゼルの提案が余程興味を引くものだったのか、先ほどまでの怒りが消し飛んだネルジェナは、不適な笑みを滲ませながら作戦に同意した。
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