烙印騎士と四十四番目の神

赤星 治

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十章 暗躍と思惑と

Ⅰ 一陣が去って

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 ルダとゼオンはニルド最北の森の中へと行き着いた。
「……話して貰えますか」
 内乱の後軍があると知らせるも、奇襲時点で優勢に立ちながらも誰一人殺さず、空間転移先を無理やり変えたルダの行為。その全てが裏切りではないかとゼオンは怪しんだ。
「ゾーゴルを裏切るおつもりですか?」敵わないと知りつつも、ゼオンは返答次第で戦う心構えであった。「なぜここへ?」
 ルダから敵意も禍々しい気も感じず、第一声が「手を組まねぇか」であった。
「はぁ?」
「お前、黙って禁術の準備してるだろ」
 極秘裏に進めていた研究が知られている。驚きはしたが、すぐさま恵眼で見られたのだと読んだ。
「ここで私を処分、ですか」
 恐れながらも冷静に返すゼオンへ、慌ててルダは言い返した。
「いやいや交渉交渉。黙ってる代わりに俺と手を組まねぇかって話だ」
 嘘を吐いてるように見えず、ゼオンは警戒を解いた。
「貴方様の奴隷として生きろと?」
「曲っ解! お前とそんな交渉しようもんなら、近い将来、しっかり寝首掻かれちまう。そんなんじゃなく、期日と条件をしっかり決めた協力関係だ。過ぎればお前の好きにすれば良い」
 睨みは残したままゼオンは「真ですか?」と問い、「契約してもいいぜ」と返された。
 この場合の契約とは、呪いを用いた命がけの契約である。期日を決め、互いに縛りを課す条件。破れば即死亡の契約だ。

 平然と告げるルダを見て、嘘は吐いていないと感じ取れる。
「何が目的ですか?」
「お前、ゾアの災禍って知ってるだろ?」
 なぜゾアの災禍を持ち出すのか分からないが、ゼオンは腹を探ることなく素直に返した。
「ええ。嘘か本当かは知りませんが、世界を混沌に陥れる災いだと」
「これからその切っ掛けを作るんだ、俺」
 突然のことで何を言っているか分からなかった。
「……何を」
「正確には、ある奴に協力するだけで、俺が今まであっちこっち動き回ってたのはそれが理由」
「ゾーゴル内でも密かに有名でしたよ、貴方様の放浪癖は。道楽かと思ってましたが」
「訳ありだ。まぁ、それなりには楽しんでたがな。つーかお前、驚かねぇのか?」
「ゾアの災禍は研究者として興味ある題材ですからね、恐れより関心が強いので」
 その心意に嘘はないと、恵眼を使わなくとも魔力の揺らぎで証明された。

「話を戻すぞ、これからゾーゴル総出の決死戦が始まるだろ?」
 続く説明はさすがにゼオンも驚き、その後の展開は息をのむほどのものだった。
「……――つー感じで話が進むんだわ。期日は、そん時まで。お前に頼みてぇのは口裏合わせ、俺の役目と、その後の目的を達成するためのな。早くて一ヶ月ぐらいだろ」
「その後、私が禁術を使ったとしても見逃してくれるのですか?」
「俺に害を成せば抵抗はするが、余所でする分には目を瞑るぜ。お前としては好条件じゃねぇか」
 考えるまでもないが出来過ぎている気もする。しかし疑うにしても、ルダが幹部であるにもかかわらずゾーゴル内で強い権力を握っているわけではない。何を訴えようとも素知らぬ顔であしらわれるのは目に見えている。
 やや疑いは残るも、実力者である点を鑑みて、信じることにした。
「いくら幹部とはいえ、裏切りは許しませんよ」
「そこまで落ちぶれちゃいねぇから安心しな」
 交渉は成立した。


 ◇◇◇◇◇


 ルダとゼオンがいなくなるも、オニを警戒したルバス達はトウマとジェイクへ指示を下して部屋の外へ出ると、城内が大小様々な氷柱に塗れて言葉を失うほど驚いた。
「……誰が、一体」
 驚くシオウへの返答ではないが、トウマは「ミゼルさん」と呟いた。そしてガーディアンの仲間であると説明を加える。
「ジェイク、ミゼルはあっちよ!」
 ベルメアが姿を現わして三階の一角を指差した。

 ウーザは氷柱の状態を調べると口実に残り(既に触れて調べ始めている)、一同がミゼルの元へと向かった。
「無事かミゼル!」
 開口一番、四つん這いで呼吸を乱すミゼルをジェイクは心配した。
 負傷した兵士達がルバスとシオウへ説明する最中、ラドーリオも現われて説明に加わる。
 ミゼルは人間への被害を警戒したため烙印も混ぜ、氷柱の標的をオニに絞ってカムラを発動した。結果、見事にオニは全滅させたが、あまりにも消耗が激しく、カムラが解けた途端に反動で体調を崩した。
 呼吸困難、視界が定まらず、急激な魔力消費により立つ事さえままならない脱力。
 仲間がいない場での使用は命取りになると示した結果に終わる。
 無事にミゼルの体調が戻ると、一度話を整理する場を設けることとなった。
 大部屋にはルバス、シオウ、ウーザの三名、そしてガーディアン三名が揃う。ヤザリと兵士達は生き残った兵達の救援へと向かった。
「まったく、相も変わらず奴の考えがまるで分からないな。素直に信じるとするなら、ゾーゴルの第二陣が迫ってくる点ぐらいだろ」
 ミゼルは未だにルダの心意が掴めていない。
 何を目的として動いているのか、ニルドで何をしたかったのか。ゼオン退却の援助が目的とも思えず、トウマと協力して仲間であるはずのカガと対峙した理由も不明だ。
「ルダなるカミツキは何者ですか? そちらの仲間だったのでしょ?」
 シオウがジェイクへ訊くも、返答は曖昧なものだ。仲間ではある、“あった”と言うべきだろうが、助言に加え本気で殺しにこない点をみても、まだ仲間意識を持たれているのかもしれない。全てが憶測だ。
「この際ルダの話は置いておきましょ」
 ベルメアが口を挟み、ラドーリオとビィトラも加わった。
「多分、まだ完全に敵じゃないけど味方でもないみたいな人だよ」
「謎の風来坊ってことにしとかないと、頭痛くなるよぉ」
 三柱の守護神の意見を尊重し、ルダについての言及はこれ以上進まなかった。

「事態は非常に危険だ。一陣の襲撃で兵力は大幅に削がれています。ここは、城を捨てて逃げるしか」
 シオウの提案にウーザが「冗談じゃない」と間髪入れず返す。
「例え石板の部屋へ何重もの結界を張ろうとも、他の部屋にも重要な資料などがあるのだ。それをゾーゴルめに回収でもされてみろ、リブリオスの勢力は十日を待たずしてゾーゴル一強と転じるぞ。そうなってしまえば態勢を立て直した所で墜とすのは極めて困難となる」
 ルバスもウーザの意見に補足した。
「それに私の立場もゾーゴル内部へじきに広まるだろう。気を引く戦略はとれなくなる」
 その点についてトウマは気になった。
「そういえば、ルバス様の避難を優先に、でしたけど。”王様の命を最優先”と考えてましたけど、他にも何かあるのですか?」
 答えたのはウーザだった。
「国が三つに分かれた際の縛りだ。恵眼、神通力、呪いなど、力に関する特権は与えられるが、全てはその土地を守護するが絶対の条件だ。その地の地力を得たくば、王を殺すのが最優先なのだ」
「じゃあ本物のニルドの王様はどこだ?」
 ジェイクの問いには「言えない」とルバスが返す。
「たとえ非常時であれ、王が赴かぬならそれは王命に他ならない。私がニルドの王を続けるだけのことだ。クーロの王にも黙っていてくれ」
 説明は省かれたが、ヤザリには既にウーザが口止めを念押ししている。忠義の強い彼女は護るだろう。
 不意に、ラドーリオが提案した。
「ヒューガに頼ったら? 大戦とか好きだろうし」
 現在、ヒューガはニルドにいる。このまま本城へ辿り着けばどのみち戦場へと加わってしまう。
「さすがに帰国を願う。ニルドの問題にクーロの王が加わるなど」
 必死にシオウが加えるも、何とも言えない表情をジェイクとミゼルは示した。
「まあ……、無理でしょうねぇ」
 ベルメアが呟いた心意を、ルバス、シオウ、ウーザ、トウマは分からないでいた。
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